論文ARTICLE本稿では、谷崎潤一郎の作品において視覚の排除が確認される「盲目物語」「春琴抄」「秘密」「少将滋幹の母」の 4つの作品を通して 2つの点に注目する。1つ目は、視覚の排除の効果時間である。一時的に視覚が排除された場面では、視覚から聴覚や触覚など他の感覚表現への切り替えが意識的になされている。一方、盲目もののように恒久的に視覚が排除された作品では、作品全体を通して、厳密に視覚を通じた感覚表現を排除することは不可能であり、他の感覚表現への切り替えというような分かりやすい叙述は見られない。2つ目は、テキストの視点である。盲人による一人称小説では、視覚を利用した描写は、伝聞を表す叙述になっており、三人称小説では、書き手の視点から描写されている。三人称小説「春琴抄」では、「ぼんやり」という視覚的効果が作品を通した主題となり、感覚表現を多用しないことで、いうならば「ぼんやりした描写」を確立したのである。departmental bulletin pape
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