Bukkyo University
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Practical Implementation and Effects of Tablet Devices in Art and Crafts Education:Visualizing the Activity Process through the Creation of Digital Portfolios
本研究は図画工作科における振り返りをタブレット端末を用いたポートフォリオを作成することにより,その効果及び共有の輪の広がりを調査することを目的とした。児童 1 人に 1 台割り当てられているタブレット端末を使用して本時の制作物の写真を撮影し,教師が事前に用意したフォーマットに添付を行ない,振り返りを記述する。フォーマットは作品の制作前段階と後段階の 2 枚を比較できるように作成した。こうした活動を 1 年間通して行い,結果として以下の 3 点の効果が得られた。(1)作品の進捗状況の確認,(2)教師と児童の共有,(3)児童同士の共有デジタルポートフォリオを活用することにより,児童,教師共に共有できる範囲がひろがり次回に向けて制作をすすめていく手掛かりに効果があったと考えられる。図画工作科ICTタブレットポートフォリ
A Study on the Succession Relationship from Weber to Parsons : From the Horizon of Action Theory
本稿の主たる目的は,M. ウェーバーとT. パーソンズの理論的な継承関係を跡づけ,明証することにある。パーソンズの主意主義的行為理論は,彼にとって畢生のテーマともいえるホッブズ的秩序問題への処方箋として提唱されたものだが,主意主義的な行為およびその担い手をめぐる基本的な命題や概念図式は,ウェーバーが宗教研究のなかで示した「いくつかの視座」に負うところが大きい。ウェーバーは『プロテスタンティズムと資本主義の精神』を契機として,ドイツ観念論の系譜に連なる理想主義的行為理論の立場から脱し,主意主義的行為理論の立場へと接近していった。後期のウェーバーは,目的の達成をめざす意志と努力といった行為者の主観的(主体的)な観点から行為を理解しようとする点や,集合体において究極的な位置を占める宗教理念などの価値に関して,人びとの行為を合目的的に内側から組織化していく規範的要素(内在的な手段の選択規準)と捉える点で主意主義的視座に立っていたといえる。行為理論の次元でウェーバーからパーソンズに継受されたものは何であったのかを探る本稿の試みは,混迷の度を増す21世紀のホッブズ的秩序問題に対応した「当為」としての新しい主意主義的人間像について定立していくうえで,礎石の一部を担うものである。主意主義的行為理論ホッブズ的秩序問題主意主義的視座規範的要素主意主義的人間
On “Pretty Mouth and Green My Eyes”
J・D・サリンジャーの「愛らしき口もと目は緑」という短編小説は、ほとんど全ての作品において若者ばかりを描いてきたサリンジャーにとっては、大人の男女の情事を扱っているという点で極めて異質な作品である。これまで多くの批評家は、サリンジャーがその作品中でずっと描き続けた「無垢と欺瞞」といったテーマからこの作品を解釈しているが、本論文ではそれ以外の解釈の可能性を追求している。まず、この作品を解釈する際に、物語のエンディングにおいてアーサーがリーに対して、なぜジョーニーが帰宅したと嘘をついたのかが重要となることを指摘した上で、それはアーサーがリーを心配させないためについた嘘であったという可能性、アーサーの精神的破綻を示すものであるという可能性、さらに、実はアーサーは巧妙な策士であったという可能性を提起している。結論としては、これまでほとんど批評家によって指摘されてこなかった、実はアーサーは巧妙な策士であったという解釈が可能であることを論証している。サリンジャー「愛らしき口もと目は緑」アーサーの嘘コンテクス
The Milieu of “Nietzsche” and The Milieu of the Overseas Student Zhou Shuren
本論では、テキスト調査により、周樹人(のちの魯迅)が留学時代に書いた論文である「文化偏至論」に記述されているニーチェの言説は、彼がニーチェの原書を読んでまとめたものではなく、桑木厳翼『ニーチェ氏倫理説一斑』から直接翻訳されたものであることを初めて発見し、当時清国留学生であった周樹人が実際に直面した「ニーチェ」の真相を実証的に明らかにしたものである。その上で本論では、これまでの先行研究における「魯迅とニーチェ」の関係の枠組みにおいて論じられてきた「ニーチェ」は、ほとんど留学期の周樹人が実際に直面した「ニーチェ」ではなく、「魯迅」となった以後の「魯迅」を想像することによって構築された「ニーチェ」であると指摘した。さらに留学生周樹人の周辺の「ニーチェ」とその周辺を考察し、ドイツ語、丸善、高山樗牛および「美的生活論争」などを含め、当時の「魯迅」がニーチェに接していた思想的環境を再現することを試みた。周樹人ニーチェ周辺桑木厳翼個人主
Tendency of Connotative Meaning for Emotion Words Specificto the High Anger Suppression Group, Measured by the SD MethodUsing Rating Words Based on the Schema Theory
意思伝達において感情の適切な解釈は重要であるが,感情の内包的意味の個人差は,そのような意思伝達に誤解を生む可能性がある。本研究は,感情語の内包的意味の個人差と怒りの抑制傾向との関連の検討を目的に行った。内包的意味の測定にはYoungの早期不適応スキーマ(early maladaptive schemas)の概念に合致すると考えられる形容詞対を用いた。怒りの抑制が潜在的自己愛と関連する感情であるため,怒りを抱きやすく抑制しやすい者ほど感情語の内包的意味が潜在的自己愛タイプ的(covertnarcissism)になる傾向が見られるという仮説の下,SD 法にて検討を行った。その結果,仮説は 「怒った」 という感情語に対する制約の欠如スキーマ,「悲しい」 に対する自律性と行動の損傷スキーマに関連した内包的意味において支持された。これらの結果は,自己愛タイプの,潜在的自己愛タイプの特徴を反映したものであると考えられ,感情語の内包的意味の個人差が怒りの抑制に影響する可能性が示唆された。感情語の内包的意味早期不適応的スキーマ怒
Social Work and Theater of Modern Jodo Buddhism
近年の近代演劇研究における潮流のひとつに、演劇雑誌類の考察があげられる。『演芸画報』や『幕間』など、専門雑誌類の編集方針・傾向、主宰者・編集者、掲載の芸談・芸論などが考察され、これまでにない知見の発見が相次いでいる。では、宗門系の雑誌類からは、どのような演劇関係記事を抽出することができるのであろうか。 本稿は近代浄土宗の公論的機関紙である『浄土教報』などに掲載された演劇関係記事を中心に、近代浄土宗と演劇・演芸との相関関係を考察することを目的とする。その際、慈善事業と演劇関係記事を取り上げ検討してみたい。というのも、近代浄土宗は戦前の一時期、「社会事業宗」と称されるほど、社会事業に力を入れ、社会に貢献した宗派であった。そのため、さまざまな慈善事業・救済事業、社会事業を展開するが、そういった事業実施の際、演劇・演芸が「慈善公演」というかたちで実施されることが多かったからである。浄土宗社会事業慈善公演歌舞伎『浄土教報
Creating a Bottom-up Theory from Participant Practices : Through the Experience of M-GTA Supervision
社会福祉における研究とは何か,そして研究者は誰に向けて行うのかという問いがある。 M-GTA は,人と人との相互作用から,データに密着した理論を生成する研究法である。本稿では,筆者(眞砂)のM-GTA のスーパービジョンの経験を加えて,M-GTA を用いた社会福祉実践に関する研究を行う際に必要な事柄について,M-GTAにおける「研究する人間」という考え方を軸に検討した。 M-GTA で通常用いられるインタビューの語りとは別に,社会福祉の研究では当事者や家族の手記,当事者団体の機関誌などがあり,これらには,社会福祉が取り組むべきテーマであることが多い。そこで,後半部分では,知的障害者福祉施設創始者の伝記などを用いてM-GTA 手法を援用して鍵概念を生成し,鍵概念から当事者家族の手記の分析を行った滝沢が研究事例を紹介する。 この研究事例について,文献データの分析に加え,手記という主観のデータの分析についてM-GTA の主観と客観の関係で検討を試みた。 これらのことから,当事者や家族の実践である質的データについて「主観客観の往還」を絶えず行いながら,「研究する人間」を基軸に研究法としてのM-GTA の考え方に沿って丁寧に分析を行っていくことにより,社会福祉実践についてのボトムアップ理論を創りだすことの可能性について提案した。M-GTA理論的サンプリング研究する人間主観客観の往還手