Masuda, Masashi

Taketani, Yutaka

ヤマモト, ナツミ

Japanese

Tokushima University Institutional Repository

340 トピックス 〔ビタミン 97巻　1．はじめに　慢性腎臓病（CKD）は腎機能が慢性的に低下している状態を指す総称で，CKDの原因には糖尿病，慢性腎炎，高血圧などが代表的である．CKDの進行を防ぐ方法のひとつとして，腎臓における慢性的な炎症の際にコラーゲンなどの繊維タンパク質の蓄積による腎組織の硬化（線維化）を抑止することが重要と考えられている 1）2）．そのため，抗炎症作用を有するステロイド薬が CKDを含む多くの腎疾患に用いられているが，ステロイド薬には易感染症，高血糖，高血圧，骨粗鬆症，脂質異常症などの副作用があるため，ステロイド薬に依存しない治療法が求められている．ビタミン Aは抗炎症作用を有していることから，腎疾患モデル動物へのビタミン A投与により多くの腎保護作用が報告されているが 3）4），有益な効果だけではなく相反する影響も報告されている 5）6）．近年，その腎臓においてビタミン Aが毒性を示す機序の一端が明らかにされたため，本トピックスで紹介する．　2．CKD　腎臓は，尿の生成や体液の恒常性維持など生命活動において重要な働きを担っている．腎臓の重要な役割のひとつである血液の濾過を担っているのが糸球体であり，腎臓ひとつあたり約 100万個の糸球体が存在する．糸球体における濾過に重要なフィルターとも言える糸球体係蹄壁は，血管内皮細胞，糸球体基底膜，糸球体上皮細胞（ポドサイト）の 3層からなる 7）8）．タンパク尿の原因として，糸球体の形態変化による濾過機能の低下や，それに伴う尿細管内タンパク量増加によって近位尿細管における再吸収が追いつかなくなることが考えられている 9）．ポドサイト障害が継続すると，糸球体基底膜上からポドサイトの脱落を引き起こして更なる濾過機能の低下を招くことや，タンパク尿の持続は尿細管細胞を損傷することで再吸収機能の低下を招くという報告がある 7）．慢性腎臓病（CKD）は，腎臓の障害（タンパク尿，血尿など），もしくは糸球体濾過量（GFR）が 60 mL/min/1.73 m2未満の腎機能低下が 3か月以上持続するものと定義されている 10）．つまり，長期化した糸球体障害やタンパク尿は，糸球体硬化さらには CKDへと病態を悪化させる重大な因子となる．日本国内において CKD患者数は年々増加し，現在は 1,330万人にも上ると推定され 11），CKDは新たな国民病として特に問題視されている．CKDは腎臓の糸球体や尿細管の機能が低下するとともに体液の恒常性維持が破綻する重篤な疾患であり，心血管疾患やその死亡率を引き上げる重大なリスク因子にもなる 10）．CKDの治療は喫緊の課題であるが，CKDにまで進行すると腎機能の回復は難しく，現在有効な根治方法は確立されていない．CKDの進行を防ぐ方法のひとつとして，腎臓における慢性炎症を抑止することが重要と考えられているため 1）2），抗炎症作用を有するステロイド薬が CKDを含む多くの腎疾患に用いられている．しかしながら，ステロイド薬には易感染症，高血糖，高血圧，骨粗鬆症，脂質異常症などの副作用があることから，ステロイド薬とは異なる新たな治療法が求められている．　3．ビタミンAの腎臓保護効果　血中を循環しているレチノールは retinol binding protein 4（RBP4）と結合し，主に細胞膜受容体の stimulated by retinoic acid 6 （STRA6）を介して標的組織の細胞に取り込まれる．細胞内に取り込まれたレチノールは，レチナールを経て活性本体 all-transレチノイン酸（atRA）へと代謝された後，atRAは核内受容体（RAR：レチノイン酸受容体／ RXR：レチノイド X受容体）を介して標的遺伝子の転写を制御する 12）–14）．レチノールは，腎近位尿細管の管腔側膜に高発現しているメガリン（エンドサイトーシス受容体）を介して再吸収される 15）．また，レチノールの動態研究からは，血中レチノールのターンオーバーの 50％近くは腎臓で制御されていることが分かっており 8），腎臓は体内のビタミン A代謝にとって重要な役割を果たしていることが考えられる．腎臓病に対するビタミンAの影響ト ピ ッ ク ス341トピックス7号（7月）2023〕　ビタミン Aは腎臓の発達にとって非常に重要で，例えば妊娠ラットがビタミン A欠乏状態になると胎児の腎臓は軽度の発育不全になることが分かっている 16）17）．また，糸球体炎症モデルラットに atRAを投与すると，糸球体上皮前駆細胞のポドサイトへの分化が促進されてポドサイト数が増加することが報告されている 18）．また，メサンギウム増殖性糸球体腎炎モデルラットにatRAを投与すると炎症マーカーとして知られるtransforming growth factor- 1（TGF- 1）の発現が腎臓で減少することから，atRAは腎臓における炎症の減弱に有用である可能性がある 19）．さらに，糖尿病性腎症モデルラットへの atRA投与は，腎臓の炎症の抑制やタンパク尿を改善することが報告されている 18）．CKD患者では血中レチノールや atRAの濃度上昇が確認されているが 20），これは CKD患者の糸球体の炎症によって低下した糸球体濾過機能を回復させるために生じている可能性がある．　4．ビタミンAの腎臓に対する毒性　糸球体疾患を有するヒトの腎臓における atRAの効果に対する知見が不足していることや，特に高用量のatRAでは複数の組織において重大な毒性を有する可能性があることから，腎疾患に対する臨床応用には至っていない 5）6）．Chenらは，ヒトの糸球体疾患におけるatRAシグナルの役割をより明確にするために，ネフローゼ症候群研究ネットワークコンソーシアム（NEPTUNE）により収集された糸球体疾患患者のトランスクリプトームのデータを使用し，atRA関連シグナル分子および標的遺伝子の発現変化を調べた．解析の結果，RAR responder protein 1（RARRES1）発現は原発性糸球体疾患の進行と正の相関があり，RARRES1が腎臓病のリスク因子である可能性が示唆された 21）．別名 Tazarotene-induced gene 1（TIG1）と も 呼 ば れ るRARRES1は，皮膚細胞の 2次元および 3次元培養においてRAR選択的アゴニストTazarotene（AGN-190168）で発現が誘導される遺伝子として同定されていた 22）．RARRES1は高用量の atRAによっても発現が誘導されるが 22）23），既に述べたように CKD患者では血中 atRA濃度の上昇が確認されている 20）．Chenらは，腎臓の網羅的遺伝子発現解析 Nephroseqのデータから糖尿病性腎症患者の糸球体で RARRES1の発現が上昇することを明らかにした 24）．さらに，Rarres1遺伝子の過剰発現によるポドサイトのアポトーシスや薬剤誘導性のRarres1遺伝子導入マウスでは糸球体障害が生じるが，Rarres1遺伝子をノックダウンさせるとそれらとは逆の現象が起きたことから，RARRES1は糸球体疾患の発症や進行に寄与していることが示唆された 24）．反対に，CKDモデルマウスにビタミン A欠乏食を与えると腎臓におけるアポトーシスの減少や CKDで上昇する血中尿素窒素（BUN）値の低下がみられる 25）．　CKD病態下では腎臓に高度な炎症が生じており 1）2），Chenらは，炎症性サイトカインである tumor necrosis factor-（TNF- ）によっても RARRES1 発現が誘導されることを示している 24）．また，ポドサイトの細胞外ドメインに存在する RARRES1の C末端は，炎症で発現誘導されるマトリックスメタロプロテアーゼ（MMP）により切断されることで細胞外に放出されることを明らかにした．さらに，細胞外に放出された soluble RARRES1は再度ポドサイトにエンドサイトーシスされて，抗アポトーシス活性を持つセリン／スレオニン特異的プロテインキナーゼ RIO kinase 1（RIOK1）に結合することで p53の活性化とアポトーシスを誘発することを示した 24）．ポドサイトでは未だ証明されていないが，ヒト大腸がん細胞（HCT-116細胞，LoVo細胞）に RIOK1を過剰発現させると，ユビキチン・プロテアソーム系を介して p53は分解される 26）．この p53の発現制御には RIOK1による GAP SH3 binding protein 2（G3BP2）のリン酸化，そして G3BP2による E3ユビキチンリガーゼ murine double minute 2（MDM2）の発現誘導を介したユビキチン・プロテアソーム系分解が関与しているかもしれない 26）27）．RIOK1は G3BP2をリン酸化させることで，p53のユビキチン化を促進するMDM2の発現量を増加させる．その結果，p53はユビキチン・プロテアソーム系分解される．しかしながら，CKD病態下では生体内の atRA量が増えることに伴って RARRES1が増えるが，同時に炎症も起きることで増加する MMPによって生じる soluble RARRES1はRIOK1に作用する．これにより RIOK1が G3BP2をリン酸化できなくなり，最終的に p53が活性化される．これらのことが，RIOK1の soluble RARRES1との結合による p53のリン酸化誘導機序の仮説として考えられる．以上より，CKD病態下では生体内で過剰となったatRAと炎症が RARRES1の発現を誘導し，さらに炎症によって生じる soluble RARRES1が結果的にポドサイトのアポトーシスを誘導することで CKD病態を悪化させていることが示唆される（図）．　5．おわりに　atRAは腎障害の進行を抑制できる多くの細胞機能を有しているだけでなく，天然カロテノイドの摂取量が多いほど総死亡率には有益であることが証明されている．しかしながら，ビタミン Aをサプリメントで補給342 トピックス 〔ビタミン 97巻しても CKD患者の死亡率減少に目立った効果は表れていない．また，CKDの進行を遅らせる治療法として，このビタミン Aを使用することを支持する確実な証拠もまだ多くない．本トピックスで紹介したように，CKDではビタミン Aの過剰かつ炎症が腎臓で生じると CKD病態の悪化が進行することが推測される．CKDに対する有用な予防や治療法を推奨するためには，ビタミン Aの充足状況や腎臓の炎症状態を考慮した介入対象の設定，より大きなサンプルサイズでの無作為化比較試験，そしてそれらの結果を裏付ける基礎研究が今後より活発に実施されることが期待される．また，腎臓病の栄養管理では，リンやカリウムなどのミネラルが重要とされるが，ビタミン Aの供給源の中にはこれらのミネラルを多く含む食品もあるため，様々な栄養素との組み合わせなども将来的には考慮する必要があるだろう．Key words : chronic kidney disease（CKD）, vitamin A, vitamin E, all-trans retinoic acid（atRA）, tocopherolDepartment of Clinical Nutrition and Food Management, Institute of Biomedical Sciences, Tokushima University Graduate School徳島大学 大学院医歯薬学研究部 臨床食管理学分野増田　真志，山本　菜摘，竹谷　豊利益相反自己申告：申告すべきものなし （2023.2.21受付）STRA6p53(CKD)RARsRARRES1MMPsolubleRARRES1RALatRAROHROHRIOK1G3BP2 G3BP2p53p53p53 MDM2 RIOK1図　CKDの過剰な atRAと炎症による RARRES1を介したポドサイトのアポトーシス誘導機序（仮説）の概略図CKD病態下で RBP4と結合した高用量のレチノール（ROH）が，STRA6を介してポドサイトに取り込まれる．細胞内に取り込まれた ROHはレチナール（RAL）そして atRAへと代謝され，atRAは RARsを介して RARRES1発現を誘導する．細胞外ドメインに存在する RARRES1の C末端は，炎症により発現が誘導されるMMPによって切断されて生じるsoluble RARRES1が細胞外に放出される．細胞外に放出された soluble RARRES1は，再度ポドサイトにエンドサイトーシされ，RIOK1と結合することで p53を活性化してアポトーシスを誘導する．ポドサイトにおいては不明であるが，RIOK1の soluble RARRES1との結合による p53のリン酸化誘導機序の仮説として，soluble RARRES1と未結合の RIOK1による G3BP2のリン酸化の減少，そして p53のユビキチン化を促進するMDM2発現の低下が考えられる．343トピックス7号（7月）2023〕文　　献  1） Meng XM, Nikolic-Paterson DJ, Lan HY (2014) Inflammatory processes in renal brosis. 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Influences of vitamin A on the kidney disease

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