Aichi University of the Arts Repository / 愛知県立芸術大学リポジトリ

小林, 英樹

コバヤシ, ヒデキ

Japanese

表紙絵《DEEDS of COLORS 蝶》

No.54 title

1 〈論　　文〉 カラーステンレスによる制作研究  ―ベンガラ色への挑戦―  村尾　里奈11 〈研究報告〉 実践報告  災害支援活動との連携によるアートプロジェクト  髙橋　伸行25 〈研究報告〉 愛知県立芸術大学欧文タイプフェイス・ロゴタイプのデザイン  春田　登紀雄39 〈研究報告〉 多声性の音楽をめぐる試論  ―日本伝統音楽の見地から―  丹羽　菜月51 〈論　　文〉 日本におけるホルヴァート上演  ―劇団「東京演劇アンサンブル」の演出家・広渡常敏と公家義徳の試み―  大塚　直目　次71 〈論　　文〉 松村光秀の絵画作品に描かれたモチーフと詞章に関する一考察  ―1985 年・1986 年の制作をもとに―  渡邊　亮平15 〈論　　文〉 源氏絵図様の継承  ―「源氏物語　若紫・浮舟図屏風」  （インディアナ大学美術館蔵）を介した事例―  本田　光子1 〈論　　文〉 建箔（寄箔）  ―近世における金箔成形技法の試論―  阪野　智啓1 〈論　　文〉 カラーステンレスによる制作研究  ―ベンガラ色への挑戦―  村尾　里奈11 〈研究報告〉 実践報告  災害支援活動との連携によるアートプロジェクト  髙橋　伸行25 〈研究報告〉 愛知県立芸術大学欧文タイプフェイス・ロゴタイプのデザイン  春田　登紀雄39 〈研究報告〉 多声性の音楽をめぐる試論  ―日本伝統音楽の見地から―  丹羽　菜月51 〈論　　文〉 日本におけるホルヴァート上演  ―劇団「東京演劇アンサンブル」の演出家・広渡常敏と公家義徳の試み―  大塚　直目　次71 〈論　　文〉 松村光秀の絵画作品に描かれたモチーフと詞章に関する一考察  ―1985 年・1986 年の制作をもとに―  渡邊　亮平15 〈論　　文〉 源氏絵図様の継承  ―「源氏物語　若紫・浮舟図屏風」  （インディアナ大学美術館蔵）を介した事例―  本田　光子1 〈論　　文〉 建箔（寄箔）  ―近世における金箔成形技法の試論―  阪野　智啓1 〈Essay〉 The Study on Achieving the Bengara Color in Colored Stainless Steel  MURAO Rina11 〈Report〉 Art project in collaboration with disaster relief activities  TAKAHASHI Nobuyuki25 〈Report〉 The design of European typeface   and logotype design for Aichi University of the Arts  HARUTA Tokio39 〈Report〉 An essay on polyphonic music   : From the viewpoint of traditional Japanese music  NIWA Natsuki51 〈Essay〉 Ödön von Horváth auf japanischen Bühnen. （Aufsatz） Versuche der Regisseure Tsunetoshi Hirowatari und Yoshinori Koke mit der   Theatergruppe „Tokyo Engeki Ensemble“  OTSUKA SunaoCONTENTS71 〈Essay〉 A Study on Koshu Matsumura's Works in 1985-1986  ：their Motifs and their Lyrical sources  WATANABE Ryohei15 〈Essay〉 Succession of the tale of Genji imagery  A case study with the screens of the Tale of Genji Wakamurasaki   and Ukifune chapter in the Sidney and Lois Eskenazi Museum of Art,   Indiana University  HONDA Mitsuko1 〈Essay〉 Tatebaku（Yosebaku）:  An Examination of Gold Leaf Forming Techniques   in the Early Modern Period  BANNO Tomohiro1 〈Essay〉 The Study on Achieving the Bengara Color in Colored Stainless Steel  MURAO Rina11 〈Report〉 Art project in collaboration with disaster relief activities  TAKAHASHI Nobuyuki25 〈Report〉 The design of European typeface   and logotype design for Aichi University of the Arts  HARUTA Tokio39 〈Report〉 An essay on polyphonic music   : From the viewpoint of traditional Japanese music  NIWA Natsuki51 〈Essay〉 Ödön von Horváth auf japanischen Bühnen. （Aufsatz） Versuche der Regisseure Tsunetoshi Hirowatari und Yoshinori Koke mit der   Theatergruppe „Tokyo Engeki Ensemble“  OTSUKA SunaoCONTENTS71 〈Essay〉 A Study on Koshu Matsumura's Works in 1985-1986  ：their Motifs and their Lyrical sources  WATANABE Ryohei15 〈Essay〉 Succession of the tale of Genji imagery  A case study with the screens of the Tale of Genji Wakamurasaki   and Ukifune chapter in the Sidney and Lois Eskenazi Museum of Art,   Indiana University  HONDA Mitsuko1 〈Essay〉 Tatebaku（Yosebaku）:  An Examination of Gold Leaf Forming Techniques   in the Early Modern Period  BANNO Tomohiro

No.54 index

金川, 千夏

キンカワ, チナツ

68 mixed muses no.20卒業論文コンピューターゲームにおける音響的演出の研究 ―《ポケットモンスター ソード・シールド》を例に― 金川千夏　愛知県立芸術大学音楽学部作曲専攻（音楽学コース）要旨　本論文は、《ポケットモンスター》シリーズから《ポケットモンスター ソード・シールド》をとりあげ、本作における BGM を分析し、音楽面でどのような工夫がなされているのか、プレイヤーにどのような効果をもたらすのかについて考察することを目的とする。　《ポケットモンスター》シリーズとは、1996 年に任天堂株式会社から発売された《ポケットモンスター 赤・緑》に始まり、現在も続くロールプレイングゲームシリーズである。ゲームシリーズを原作とした様々なメディアミックス作品が存在し、世界的な人気もある《ポケットモンスター》シリーズは日本のゲーム市場で最も成功している作品の 1 つであるといえる。　第 1 章では任天堂株式会社から発売されたゲーム機を中心に、ゲーム音楽の歴史について概観した。1983 年に発売されたファミリーコンピュータのゲーム音楽は、音階を持つ音は同時に最大 3 音しか発音することができないという技術的制約の中で作られ、シンプルなメロディーでプレイヤーの記憶に残ることが目指されていた。その後技術の進化や容量の増加に伴って、発音できる音の表現の幅が広がり、音楽が複雑化し、作品の世界観を描写する重要な要素へと成長したことを示した。　第 2 章では《ポケットモンスター》シリーズの概要と、シリーズ全体を通した BGM の特徴について述べた。物語は、プレイヤーが操作する主人公が「ポケットモンスター」と呼ばれる生き物とともに旅に出るところから始まる。旅の目的はポケモン図鑑を完成させることと、舞台となる地方で最も強いポケモントレーナーであるチャンピオンとのポケモンバトルで勝利することである。旅の道中でのライバルや悪の組織との会話、バトルによって物語が展開していく。シリーズを通した BGM の特徴として、シリーズの 1 作目である《赤・緑》の特定の場所や場面の BGM がのちのシリーズにも登場することが挙げら69mixed muses no.20れる。これらの BGM は作品ごとに異なる舞台やテーマに合わせてアレンジされており、それによって統一感を持たせつつそれぞれの作品の特色を表現する効果があると考えられる。《赤・緑》の BGM を作曲した増田順一（1968-）はシリーズののちの作品の BGM や他の作曲家たちに影響を与えている。　第 3 章第 1 節では《ポケットモンスター ソード・シールド》の概要と BGMの作曲家について述べた。《ソード・シールド》は 2019 年に株式会社ポケモンから発売された、Nintendo Switch 対応のゲームソフトである。　第 2 節では《ソード・シールド》の BGM の楽曲分析を行った。ジムリーダーとの戦闘 BGM〈戦闘！ジムリーダー〉には戦況によって曲調が変化するという特徴が挙げられる。プレイヤーが有利になると長調に、逆に不利になると短調に転調し、さらに相手の残り 1 匹のポケモンが「ダイマックス」状態になると観客たちの応援歌のような歌声が曲に加わる。スパイクタウンのフィールド BGM も同様に物語の展開とともに曲調が変化していく。町に入った時点ではシンセサイザーとベースのみだが、バトルに勝利して町の奥に進むにつれて新たに楽器が加わり、演奏する旋律が変化していく構成になっている。このようにインタラクティブに曲調が変化する BGM は《ポケットモンスター》シリーズでは本作で初めて採用された。街の BGM ではそれぞれの街の特色を表すような音や楽器が使用され、関連のあるキャラクターの BGM には共通したモチーフや楽器が使用されている。物語最後のバトルで使用される〈決戦！チャンピオンダンデ〉では、重要な場面がある街の BGM と共通のモチーフが使用されている。これは物語がクライマックスに向かっていることを示すライトモチーフ的な働きをしている。また《赤・緑》の〈殿堂入り〉のモチーフも使用されている。〈殿堂入り〉はシリーズを通してゲームクリアを象徴する BGM で、これによってゲームクリアに近づいていることを示している。　このように、物語の展開に応じた曲調の変化や、共通の楽器やモチーフを用いているという点から、臨場感を演出し物語や世界観を描写する要素として、ゲームにおいて音楽が重要な役割を担っているということが分かる。《ポケットモンスター ソード・シールド》の音楽は単なる背景音楽ではなく、プレイヤーの感情を動かす効果があるといえる。

コンピューターゲームにおける音響的演出の研究：《ポケットモンスター ソード・シールド》を例に（卒業論文要旨）

井上, さつき

イノウエ, サツキ

30 mixed muses no.20新刊紹介マルク・バティエ著『人工音の美学――電子音楽の起源　Esthétique du son artifi ciel: Genèse des musiques électroniques』パリ　ヴラン社　2024 年井上さつき　愛知県立芸術大学名誉教授（音楽学）　今回はフランスの音楽学者・作曲家であるマルク・バティエ先生の新刊書についてご紹介します。　マルク・バティエ Marc Battier 先生は現在、パリ＝ソルボンヌ大学の名誉教授です。バティエ先生は愛知県立芸術大学とは縁が深く、さまざまな形で何度も本学にいらしてくださいました。直近では、2018年前期に本学の短期客員教授をお願いし、音楽学と作曲の学生を対象に英語で講義をしていただきました。また、それに先立つ 2016 年に本学創立 50周年の記念国際シンポジウムを開催したときにはゲスト・スピーカーの一人としてご登壇いただきました。このシンポジウムは音楽学コースと美術学部芸術学専攻の共同企画で実施したもので、本学の協定校であるパリ＝ソルボンヌ大学、台南芸術大学、ミラノ大学（当時は協定締結準備中）から研究者をお招きして、「異文化へのまなざし」をテーマに、音楽・美術研究における異文化理解のダイナミックな相互関係を浮き彫りにすることを目的としたものでした。そのときにパリ＝ソルボンヌ大学からお招きしたのがバティエ先生でした。　長年、電子音響音楽の研究に携わり、電子音響音楽の作曲家としても活躍されているバティエ先生が、これまでの研究成果を踏まえて、満を持してパリの写真 1　書影写真 2　マルク・バティエ先生31mixed muses no.20ヴラン社から出版されたのが、『人工音の美学――電子音楽の起源』（フランス語）です。　　本書の紹介文は以下のように書かれています。　本書は、音楽家、芸術家、詩人、作家たちが、自分たちの音環境と築いてきたつながりをたどる。 自然音、工業音、都市音を問わず、世界の音を自らの創作に反映させ、変容させようとする試みを行ってきた人々である。 本書は、詩の再創造を願い、世界の交響曲をとらえるために蓄音機のアイデアをつかんだアポリネールから始まり、人工音の出現につながった問いにおけるクリエイターたちの観察の影響をたどる。モホリ＝ナギのような芸術家、マリーナ・スクリアビンのような音楽学者、ピエール・シェフェールのような研究者、その他多くの人々の考察によって、この道の探求は育まれてきた。20 世紀、そして今日に至るまで、人工音の思想がどのように様々な形で呼び起こされてきたかを検証することは、実に必要なことである。もちろん、最も頻繁に世の中の雑音を取り上げてきたのは電子音響音楽である。人工音を音楽の素材に変え、そうすることで音の形を作り直し、新しい聴き方を誘発したのである。本書は、この網の目を解きほぐしながら、まずミュジック・コンクレートが、そしてその後、さまざまな形態の電子音響音楽やコンピュータ音楽が、それぞれのやり方で、人工音の音楽的な支配という問題にどのように応えてきたかを検証する。　この文章の中で出てくるギョーム・アポリネール（1880-1918）はフランスの詩人、ラースロー・モホリ＝ナギ（1895-1946）はハンガリー出身の画家，写真家，造形作家，デザイン教育者、マリーナ・スクリアビン（1911-1998）はフランスの音楽学者・作曲家で、ロシアの作曲家アレクサンドル・スクリャービンの娘、ピエール・シェフェール（1910-1995）はフランスでミュジック・コンクレートを創始した人物です。このように、本書は音楽家だけに電子音楽の起源を求めるのではなく、「人工音の美学」を推進した芸術家、詩人、作家たちにも目を配っているのです。32 mixed muses no.20　本書の目次を見てみましょう。　全体は 6 章から構成されています。　第 1 章「音のテクノロジーの出現」　第 2 章「詩の蓄音機、創造の蓄音機」　第 3 章「発明された楽器」　第 4 章「研究所の音楽」　第 5 章「人工音の実践の広がり」　第 6 章「コンピュータ音楽と人工音」　　このようになっています。バティエ先生はソルボンヌ大学に着任される前、1980 年から 2002 年までパリの Ircam で教えていらっしゃいました。Ircam（イルカム、音響／音楽の探求と調整の研究所）はフランス政府の強力なバックアップで 1970 年に作られた音楽研究所で、ピエール・ブーレーズの構想から生まれたものです。バティエ先生は Ircam で音楽ドキュメンテーションの責任者であり、ジョン・ケージの音楽アシスタントを務められました。ミュジック・コンクレートを創始したピエール・シェフェールは占領下の 1943 年、フランス国立放送局の実験スタジオのディレクターとなりましたが、1958 年、このスタジオは GRM（音楽実験グループ）と名前を変え、フランスの前衛音楽に大きな役割を果たしました。バティエ先生は GRM でフランソワ・ベイルの、Ircam ではカールハインツ・シュトックハウゼンと湯浅譲二の音楽アシスタントを務められました。こうした経験を踏まえて本書は電子音楽の歩みが多方面から描かれています。　バティエ先生は日本をはじめとするアジアの電子音楽について以前から注目され、電子音響音楽研究アジア・ネットワーク（EMSAN）を創設されました。これは東アジアの電子音楽作品のデータベースです。バティエ先生は 2016 年の本学の 50 周年記念国際シンポジウムの際、「日本の電子音響音楽研究――パリからの視点」というテーマで発表されました。そこでは、日本は電子音響音33mixed muses no.20楽の実践を展開したアジアで最初の国であり、それは 1950 年代初頭にはじまり、西洋におけるこのジャンルの卓越した重要な諸楽派と関わってきたこと、作曲家の黛敏郎はパリ留学後、東京への帰途に際してアジアにおける最初の電子音響音楽作品の 1 つを作曲したが、パリのスタジオからの影響にもかかわらず、その音楽に日本文化が言及されているのは明白であること、黛はシェフェールの理論に依拠するのではなく、さまざまな日本文化の音響的な抜粋を操作したが、これは文化的な下地の概念、言い換えれば、複文化的状況に直面した際、芸術の実践が可変的であることを示している、という趣旨の発表をされましたが、その内容も本書に生かされています。　さまざまな電子音楽を年代的に羅列するのではなく、その背後にある美学に着目して整理されているのが本書の特徴だと思われます。日本語に翻訳され、出版されることを心から願っています。追記：バティエ先生が本書についてお話しされている動画が YouTube にあります（フランス語）。https://www.youtube.com/watch?v=0JtKrEaDlXQ

マルク・バティエ著『人工音の美学―電子音楽の起源 Esthétique du son artificiel: Genèse des musiques électroniques』　パリ　ヴラン社　2024 年：新刊紹介

山上, 千乃

ヤマカミ, ユキノ

64 mixed muses no.20音楽学コロキウム報告――2024 年度の実施状況山上千乃　愛知県立芸術大学大学院音楽研究科博士前期課程（音楽学）1．はじめに　音楽学コロキウムは、音楽学コースに所属する学生と教員が集まり、それぞれの研究発表を行ったり、ゲストスピーカーの方に講義していただいたりする場である。講義の内容は音楽分野に限らず、多岐にわたる。他分野の学びから思考を深め、自身の研究へと還元されていく。　本授業は、2006 年度に開講された「音楽学コロキアム」から、2008 年度に「音楽学研究総合ゼミ」へ、2022 年度のカリキュラム改革にともない「音楽学コロキウム」へと改編された。　今年度は学生の発表のほかに、2 名のゲストスピーカーをお招きした。以下に、今年度の音楽学コロキウムについて報告する。2．2024 年度の音楽学コロキウム■4 月 25 日（木）　博士後期課程 3 年生 1 名による博士論文中間発表■5 月 23 日（木）　図書館データベース講習会（EBSCO）■5 月 30 日（木）　図書館データベース講習会（紀伊國屋）■6 月 27 日（木） 　井上さつき先生（愛知県立芸術大学名誉教授・音楽学）　　『1903 年第 5 回内国勧業博覧会カナダ館のピアノ』音楽学コロキウム報告65mixed muses no.20■7 月 18 日（木）　小林英樹先生（愛知県立芸術大学名誉教授・油画）　　音楽学部の学生のための美術講座　　『ゴッホと向き合いなおす（ゴッホ再発見）Ⅰ』■10 月 3 日（木）　学部 4 年生 2 名による卒業論文中間発表■10 月 17 日（木）　博士前期課程 2 年生 3 名による修士論文中間発表■11 月 21 日（木）　小林英樹先生（愛知県立芸術大学名誉教授・油画）　音楽学部の学生のための美術講座　　『ゴッホと向き合いなおす（ゴッホ再発見）Ⅱ』■1 月 23 日（木）　博士前期課程 1 年生 1 名による修士論文中間発表3．おわりに　今年度の音楽学コロキウムは、全 9 回開講された。本学名誉教授の小林英樹先生、2021 年度に退任された井上さつき先生の講義は、毎回学生たちに新たな気づきを与えてくださる、貴重な機会となっている。この場を借りて、御礼を申し上げる。　そのほか、学部 4 年生から博士後期課程までの学生による研究発表が、4 回行われた。学生の研究はどれも非常に興味深く、質疑応答や意見交換も活発になされていた。　今年度で、音楽学コースが創立 30 周年を迎えた。今後も、音楽学コロキウムを通したコースの発展に努めていきたい。

音楽学コロキウム報告：2024 年度の実施状況：音楽学コロキウム報告

武田, 真於

タケダ, マオ

62 mixed muses no.20武田真於   愛知県立芸術大学大学院音楽研究科博士前期課程（音楽学）1．はじめに　2024 年度音楽学コースの特別講座では、田中東子先生（東京大学大学院教授）をお招きした。題目は「『オタク文化とフェミニズム』を通じて考える研究～研究への昇華法」で、2025 年 2 月 6 日（木）16:10 ～ 17:40 に愛知県立芸術大学大演奏室 B にて開催された。田中先生はメディア文化論、ジェンダー研究、カルチュラル・スタディーズを専門とし、ジェンダーに関する研究プロジェクトを多数扱っている。著書に『メディア文化とジェンダーの政治学－第三波フェミニズムの視点から』（世界思想社、2012 年）、『出来事から学ぶカルチュラル・スタディーズ』（共編著、ナカニシヤ出版、2017 年）、翻訳に『ユニオンジャックに黒はない－人種と国民をめぐる文化政治』（ポール・ギルロイ著、共訳、月曜社、2017 年）、『日本のヒップホップ : 文化グローバリゼーションの＜現場＞』（イアン・コンドリー著、共訳、世界思想社、2009 年）などがある。2．講座の内容　田中先生は、自著『オタク文化とフェミニズム』（青土社、2024 年）の目次を提示した。具体的には、Ⅰ（1-3 章）：「推し活」社会と私たち、Ⅱ（4-6 章）：アイドルたちがみせるもの、Ⅲ（7-10 章）：オタク文化とフェミニズムというⅢ 部にわかれており、各パートで扱っている内容は Ⅰ：推し活、労働、消費、Ⅱ：2.5 次元ミュージカル、ジャニーズ問題、Ⅲ：消費主体／消費客体、ルッキズム、「かわいさ」という逃げ場、である。　目次を一瞥すると、「この本の各章はどのように書かれたのか？」という表題のもとで、この書籍がどのように作られたのかという種明かしをされた。　『オタク文化とフェミニズム』は書き下ろされたのではなく、2015 年から2024 年、ほぼ 10 年に亘って書かれた論文を 1 冊にまとめたものである。各章特別講座報告田中東子先生「『オタク文化とフェミニズム』を通じて考える～研究への昇華法」  63mixed muses no.20の執筆年は、9 章（2015 年）⇒ 7 章（2016 年）⇒ 5 章（2019 年）⇒ 10 章（2020年）⇒ 8 章（2021 年）⇒ 4 章（2022 年）⇒ 6 章（2023 年）⇒ 1-3 章（2024 年）であり、理論部分にあたる 1-3 章は書籍刊行の年に書き下ろされたものであるが、当初は別の書籍として発表される予定だったものである。　こうしたなかなか知ることの出来ない著者自身による書籍紹介に続いて、理論的なものを含めながら「推し活」という事例を検証した。「推し活」とは、2019 年頃から新聞やテレビ等で見られるようになった、特に応援している人物のファンや「応援する」という行動そのものを表した用語である。現在「推し活」は、政治活動や企業、さらには心理学や医療といった領域でポジティブな要素として用いられている。しかしながら、「推し活」にはお金、時間、労力において重大な問題を抱えていると指摘され、「推し活」が企業のマーケティングに利用されることでお金と結びつき、ファン側も経済学的な語彙によって労力を表現することが日常になっていると示された。　最後に、「対象に近づきつつ、距離を取る」という研究対象への向き合い方、学術論文としてまとめていく際の理論枠組みの有効性について言及された。さらに、読み手を意識した文章を書くことの大切さにも触れてくださった。3．まとめ　本講座では、田中先生が昨秋に刊行された『オタク文化とフェミニズム』（青土社、2024 年）の内容にとどまらず、どのように書籍化していったのかの経緯と、自著を解析しながら研究対象への接し方や理論の重要性を私たちに示してくださった。　筆者自身、フィールドワークを通じて研究対象と密に関わる機会が多くなってきた。本講座により、研究としての客観性や説得力を持たせることの大切さに気付き、対象者への接し方を省みることができた。このような機会を作ってくださった田中先生に、御礼申し上げます。

田中東子先生 「『オタク文化とフェミニズム』を通じて考える～研究へ の昇華法」：特別講座報告

小島, 大輝

コジマ, ヒロキ

70 mixed muses no.20要旨　本研究の目的は、AI 技術を活用した近年の音声合成ソフトが VOCALOID をはじめとする既存の音声合成ソフトを使用した楽曲に対し、どのような変化をもたらしているのかを明らかにすることである。なお、従来のボーカロイドを使って作られる音楽には、ある程度の傾向や特徴がみられるという先行研究はいくつかあったものの、従来のボーカロイドと AI 型ボーカロイドの双方を比較している研究は見当たらない。　VOCALOID は、ヤマハ株式会社が開発した音声合成技術およびソフトウェアの名称であり、入力した歌詞とメロディーに基づいて人工的な歌声を生成することができるものである。VOCALOID は 2003 年に発表され、2004 年に最初の製品が発売された。音声合成のためのエンジンと、それを使用するための歌声ライブラリ（ボイスバンク）で構成されており、多くの企業が独自のキャラクターと歌声ライブラリを開発している。2007 年に歌声ライブラリ「VOCALOID2 初音ミク」が発売されると、「ニコニコ動画」というネット上の動画投稿サイトにおいて VOCALOID を使用した音楽を伴う動画が多数投稿された。これを皮切りにニコニコ動画では VOCALOID を使用した音楽、いわゆる「ボカロ曲」が流行し、VOCALOID という単語は一音楽ソフトとしての呼称から「ボーカロイド」という音楽ジャンル、ひいては文化そのものを指す言葉となった。　VOCALOID をはじめとする音声合成技術は、近年急速な進化を遂げており、特に AI 技術の発展によってその表現力や自然さが飛躍的に向上している。従来の音声合成ソフトウェアとして代表的なものに「VOCALOID」や「CeVIO」修士論文音楽制作ツールとしてのボーカロイドがクリエイターの表現に及ぼす影響小島大輝　愛知県立芸術大学大学院音楽研究科博士前期課程（音楽学領域）令和 6 年度（2024 年度） 修士論文要旨愛知県立芸術大学大学院音楽研究科博士前期課程71mixed muses no.20などがあるが、近年ではディープラーニングを活用した音声合成技術が登場し、従来の音声合成ソフトとは異なる歌唱表現が可能となっている。　本論文は全 5 章から構成されている。　第 1 章では研究の目的と背景、ならびに本研究の中で使う言葉の定義を確認する。AI 技術を活用した音声合成ソフトの発展が、音楽制作や音楽文化にどのような影響をもたらすのかについて考察し、ボーカロイドという音楽ジャンル内における AI 音声合成技術の可能性と課題を示した。　第 2 章では、音声合成技術と VOCALOID の歴史および背景を概観した。2-1において、1791 年の機械式音声合成の発明から今日に至るまでの音声合成技術の歴史を整理し、VOCALOID の登場が音声合成の歴史においてどのような意味を持つのかということを明確にした。2-2 では VOCALOID がニコニコ動画という動画投稿サイトに定着した過程と背景について検討した上で、後述する人気ボカロ曲に見られる共通の特徴が生まれた要因を示した。　これを踏まえた上で、第 3 章ではボカロ曲の音楽的な特徴を分析した。3-1から 3-4 では、2007 年の初音ミク登場から 2024 年までの期間を 4 つの時期に分け、それぞれの時代における代表的なボカロ曲を、曲調と世界観という観点から分析した。総じて、ボカロ曲の曲調や世界観は、テクノロジーの進化、メディアの変遷、リスナーの嗜好の変化に影響を受けながら発展を遂げてきたと言える。3-5 では筆者が設定した条件をもとに人気曲を選出し、それらのメロディーに見られる共通点や特徴を分析した。分析の際には、人気ボカロ曲の特徴である「音域が広い、テンポが速い、早口である、音価は 8 分音符中心で単調である」という 4 つの点を踏まえて、「音域、テンポ、発音速度、音価」を観点として取り入れた。　これらの楽曲から判明したことをまとめると、速いテンポの楽曲が多く、早口であることが際立つ楽曲もあるが、それが全体の傾向であるとは言えなかった。また音域については、ボーカロイドの持つ潜在的な能力に比べ、実際の楽曲では人間が歌唱可能な範囲内に収まるケースがほとんどであった。おおむね先行研究で挙げられていた 4 つの特徴と合致するものの、人気ボカロ曲に共通する傾向として挙げられそうものはテンポが速いということだけであると言える。もっとも、先行研究が指摘したのは、人間が歌唱する楽曲と比較した場合72 mixed muses no.20にボカロ曲に見られる有意な特徴であるため、一致しなくても矛盾しているわけではないと考えた。　第 4 章では、AI を搭載していない既存のボーカロイドと AI 型ボーカロイドの技術的な差異や、AI 型ボーカロイドを使用したボカロ曲の特徴を分析した。4-1 では既存のボーカロイドと AI 型ボーカロイドの仕組みや設計の違いを明確にすることで、それぞれが得意とする音楽的表現方法の違いが何に由来するものなのかということを示した。4-2 では、AI 型ボーカロイドの歴史と、いくつかの有力な AI 型ボーカロイドソフトにおける機能面の違いや共通点といった情報について整理した。4-3 では、先述した既存のボーカロイドと AI 型ボーカロイドの違いを踏まえたうえで、AI 型ボーカロイドを使用したボカロ曲から一定の条件に沿って人気曲を選出し、「音域、テンポ、発音速度、音価」の 4 つの観点から分析するという、3-5 と同様の手法をとった。この結果、既存の AI を搭載していないボーカロイドを使用した楽曲とほぼ同じ傾向が見られることが明らかとなった。つまり、AI 型ボーカロイドの出現は、既存のボーカロイドを使用した楽曲に対して大きな影響を与えることはなかったと考えられる。　第 5 章では、これまでの内容を踏まえ、既存のボーカロイドと AI 型ボーカロイドの比較と、AI 型ボーカロイドが「ボカロ曲」に与えた影響を考察した。結論として、AI 型ボーカロイドが、クリエイターの音楽表現に対して変化をもたらすことはなかったと言える。しかし音楽的な観点以外でいくつかの発見が得られた。ボカロ曲は主に YouTube やニコニコ動画などの動画プラットフォームで公開されるため、映像のクオリティーも重要な要素になるということ、使われる歌声ライブラリにも偏りがあるということ、SNS で話題になったインターネットミーム（インターネット上で拡散される、面白い画像や動画、フレーズなど）を取り入れた楽曲が人気になるという傾向があることが明らかとなった。　以上のことから、AI による音声合成という技術の発展による表現方法の多様化よりも、音楽以外の要素が「ボカロ曲」というマルチメディアに与える影響のほうが大きいと言えよう。

音楽制作ツールとしてのボーカロイドがクリエイターの表現に及 ぼす影響（卒業論文要旨）

樋口, 萌音

ヒグチ, モネ

73mixed muses no.20要旨　池内友次郎（1906-1991）は、作曲家、音楽教育家、俳人である。日本人作曲家として初めてパリ音楽院に正規の学生として留学した。帰国後は、作曲家として自身の作品を発表するだけでなく、1937 年から 1947 年まで日本大学芸術科で、1947 年からは東京音楽学校（東京藝術大学）で教鞭をとり、後進の指導にあたった。加えて、理論書を中心に翻訳書や自著の刊行を行い、近代フランスの作曲技法を紹介した。池辺晋一郎（1943-）、青島広志（1955-）といった池内の弟子は現在も楽壇で活躍しており、池内によって書かれた理論書は、新版（内容の変更はなく、言葉遣いや譜例の音部記号が修正されたもの）が現在も出版されている。このことから、池内は日本の音楽界において大きな影響を与えた人物だといえる。　本論文は、まず池内の活動の根底にある理念の内容を示す。その上で、彼の理念が活動の中でどのように実践され、弟子に伝わっているのかを明らかにすることを目的とする。　先行研究では、池内に関わる記事を分析し、彼の音楽観を能楽と俳句の実践、フランス留学という 2 つの要因から読み取っている。これにより、池内の創作理念を明らかにし、昭和戦前期におけるフランス音楽受容の重要な一例として考察している。当該研究では、池内は戦前において西洋近代音楽と日本の伝統的な美意識との融合をはかろうとした初めての作曲家で、この流れは戦後にも続くと言及されている。しかしながら、主に論じられているのは彼の理念が確立するまでの期間、つまり戦前、戦中期のことである。そこで、本論文では戦後も彼の理念が一貫しており、作曲活動や教育活動を通して彼の理念が後世に伝えられていることを池内に関わる記事の分析と作品の楽曲分析によって明らかにする。　本論文は、全 3 章から構成されている。　第 1 章では、池内の活動を概観した。音楽に関わる活動に加えて、俳句や能修士論文池内友次郎の理念の実践と後世に与えた影響樋口萌音　愛知県立芸術大学大学院音楽研究科博士前期課程（音楽学領域）74 mixed muses no.20といった彼の理念の形成に繋がる音楽以外の活動についても言及している。池内は、俳人の高濱虚子（1874-1959）の次男であり、兄妹の多くが俳人であった。池内自身も 10 代から句作を始め、4 冊の句集を出版している。幼少期より、能楽師であった仲父や、能楽に造詣が深かった虚子の影響で能楽の稽古を始め、一時は能楽師を志して本格的な修行を積んでいた。中学生になり、レコードで西洋音楽を聴くようになると、特に近代フランス音楽に魅入られた。中学卒業後は、大学予科に通いながら、フーゴー・リーマン Hugo Riemann（1849-1919）によるドイツ式の和声や対位法を教わる。日本で受けられる教育に疑問を感じた池内は 1927 年から 1936 年までフランスに留学し、和声をポール・フォーシェ Paul Fauchet（1881-1937）に、作曲をアンリ・ビュッセル Henri Büsser （1872-1973）に、フーガをジョルジュ・コサード Georges Caussade （1873-1936）に師事した。このような流れの中で、池内は自身の理念を形成していった。　第 2 章では、彼の理念の内容を示した。池内は、漢文や俳句の批評で用いられる「倭わしゅう臭」、句作の中で使われる「正せいかく格」、俳句のあり方を示す「深しんは新しんなり」という言葉を使って自身の理念を説明している。3 つの言葉は音楽以外の場面で用いられるものだが、池内は自身の理念を説明するためにそれぞれの言葉を次のように解釈していた。「倭臭」は、洗練されたものの中の雑味、わざとらしく演出された中途半端な表現という意味で使われている。池内は、日本における西洋音楽は洗練されておらず、複雑で不必要なものが多く、倭臭に満ちていると考えており、日本における西洋音楽は、技巧を極め、1 つの余計なものも足りないものもない完成された芸術品を作るべきである、すなわち倭臭を脱するべきであると主張している。「正格」は伝統、オーソドックスという意味で使われており、野蛮と激越を排するものとされている。池内は、あらゆる虚飾を廃し、無駄を省いて、深いものを平易に表現することが重要であると主張している。「深は新なり」は、新しいものは新しいものを作ろうと意気込んだ結果生まれるものではなく、深い研究に従って、自然と生まれてくるものであるという意味で使われている。池内は、無闇に新しいものを使うのではなく、伝統的な表現や理論を深く研究していくことによって新しい表現が生まれると主張している。これらの言葉で説明された理念は、年代の異なる記事の中で共通する内容が示されていることから、一貫していたといえる。75mixed muses no.20　第 3 章では、池内の音楽活動を作曲活動と教育活動にわけ、それぞれの活動の中でどのように理念が実践されていたのかを示した。作曲活動では、池内の作品の中から 1942 年に作曲された《熊ゆ や野 - ソプラノと管弦楽のための三つの小品（謡曲「熊野」より）》と 1957 年に作曲された《チェロのためのソナチネ》を分析した。2 曲に共通する特徴として、シンプルな主題を様々に変形させながら展開していく点が挙げられる。これは池内の「無駄を省き、深いものを簡潔に表現する」という理念が実践された結果である。音楽評論家や音楽学者による池内作品への評価を見ても、彼の掲げる理念と共通していることから、作曲活動において池内の理念は実践されていたといえる。教育活動では、矢代秋雄（1929-1976）、三善晃（1933-2013）など、弟子による池内に関する記述をまとめ、理念がどのように受け取られているのかを明らかにした。弟子の記述から、彼らは池内の理念を理解し、池内との記憶をもとにそれぞれの形で解釈していることがわかった。池内の作品に対しても、彼の掲げる理念が実践されているものであるという認識が共通していることから、弟子は作品からも彼の理念を感じ取っていたといえる。　池内は、技法を極め、無駄を省き、深いものを簡潔に表現する完成された作品を作るべきだということと、伝統的な技法や理論を深く研究し、修練を重ねることが重要であるということを理念として掲げ、「倭臭」、「正格」、「深は新なり」といった言葉を用いて内容を示した。　背景には、俳人の高濱虚子の次男として俳句に接し、自身も俳人として活動したこと、幼少期に能修行をしたことなど日本の文化の理念に触れる経験があった。そこに、フランス留学の中で、エクリチュールを学び、パリ音楽院においてさまざまな音楽家と関わる経験が加わることにより、俳句や能楽を通して見出した彼の理念はより強固なものになった。こうして掲げられた池内の理念は一貫しており、彼の作品や教育活動の中で実践されていた。　その結果、池内の作品は「伝統的な技法や理論を深く研究し、修練を重ねた結果生み出された、完成された作品」と評され、弟子たちはそれぞれの形で池内の理念を理解し、解釈していた。以上のことから、池内の理念は作曲活動、教育活動を通して後世に影響を与えたと考えられる。

池内友次郎の理念の実践と後世に与えた影響（修士論文要旨）

76 mixed muses no.20要旨　本論文の目的は、愛知県の民俗芸能である尾お わ り ま ん ざ い張万歳の音楽面について、現在演じられている万歳の演目に着目し、万歳師がどのように音楽を使用しているのかを示したうえで、尾張万歳の音楽的特徴を明らかにすることである。　万歳は正月の祝福芸である。飛鳥時代に隋や唐からの渡来人によって伝えられた「踏と う か歌」を起源とし、中世に万歳へと発展した。その後、呪術的芸能や予祝芸能を行った「声し ょ う も じ聞師」が民家を周って歩くようになり、全国へ伝播した。現在は三河万歳、越前万歳、加賀万歳などが保存、伝承されている。尾張万歳は、尾張地域一帯で伝承される万歳群のことを指す場合もあれば、知多市で伝承される万歳（以下「尾張（知多）万歳」）のみを指す場合もある。本論文では、尾張（知多）万歳（知多市八や わ た幡）を主な対象とし、比較対象として矢や た田万歳（常とこなめ滑市矢田）、板いたやま山万歳（半田市板山町）、東海市御ご て ん殿万歳（東海市加か ぎ や木屋町）、伊い ろ く六万歳（津島市）を取り上げる。　尾張万歳の主な演目に、「門か ど づ付け万歳」と舞台用の万歳がある。門付けとは「太た ゆ う夫」と「才さいぞう蔵」の二人一組で家々を訪ね歩いて万歳を披露し、対価として金品を得るもので、1960 年代まで広く伝統的に行われていた。一方、舞台用の万歳である「御殿万歳」は江戸時代、天保年間（1831-1845）から明治初年にかけて創案された。門付けのように 2 人ではなく、太夫 1 人を中心に才蔵が 4 人や 6 人に増え、扇状に配置される。さらに同時期には鼓、三味線、胡弓を使用する「三さんきょく曲万歳」も考案された。これは、明治時代後期に玉た ま ご や え ん た つ子屋円辰（1865-1944）や砂すながわすてまる川捨丸（1890-1971）らによって大阪で寄席芸能として取り入れられ、その後、昭和初期に演芸の「漫才」へと発展する。　このように尾張万歳は、庶民文化の歴史において重要であるにもかかわらず、深く扱われた先行研究は少ない。尾張万歳に関する先行研究として挙げられるものは、「尾張万歳の歴史民俗学的研究：民俗芸能の再評価と持続」（織田修士論文現在演じられている尾張万歳の音楽構造—「御殿万歳」と「三曲万歳」の分析を通して—山上千乃　愛知県立芸術大学大学院音楽研究科博士前期課程（音楽学領域）77mixed muses no.202007）や『近世出かせぎの郷 — 尾張知多万歳 — 知多町文化財資料集第 8 集』（愛知県知多郡知多町教育委員会 1966）などである。しかしながら、尾張万歳の音楽に注目しているものはなく、研究が充実しているとは言い難い。以上のような研究状況に鑑みて、本論文では尾張万歳の現在演じられている演目に着目し、万歳における音楽の使用について示し、その特徴を明らかにする。　本論文は、全 3 章から構成される。　第 1 章では、尾張万歳の歴史や演目について整理する。1 節は、鎌倉時代の誕生から江戸時代末期まで、2 節は明治時代から第二次世界大戦期まで、3 節は戦後から現在にかけてというように区分しながら、それぞれの時代における万歳の性質を明らかにする。1 節では、門付けに向かう家の宗派や環境に即して 5 種類の万歳を使用していたことを述べた。さらに万歳師が知多から出発し、犬山や郡上八幡へ向かう道程を示した。門付け先と親しくなると、万歳師は野菜の種子の交換や養蚕の指導などを行い、万歳だけにとどまらない関わり合いが見られた。2 節では、舞台用万歳である「御殿万歳」と「三曲万歳」が創案されたことや大正時代を盛期に「万歳劇団」が結成されて全国各地を巡業したことを述べた。3 節では、戦後の門付けの衰退、現在にかけての保存会の活動について言及した。加えて、今後の芸や楽器の伝承の課題についても考察した。　第 2 章では、各万歳について分析する前に、それぞれの万歳が誕生、発展し、民俗芸能として定着するに至った土地の背景、特色を述べる。特に、多くの万歳師が従事していた農業に焦点を当てながら、気候や地質などの自然、人々の生活、産業などについて概観する。1 節は知多市、2 節は常滑市、3 節は半田市、4 節は東海市、5 節は津島市の特色を明示した。前章で言及した知多半島の降水量の少なさ、土地の透水性の低さ、干害率など各市町村史（誌）や『愛知用水史』（愛知用水公団、愛知県 1968）を参照し、近世から現代にかけてのデータを示した。　第 3 章では、筆者がフィールドワークで撮影した万歳の映像やインターネット上の映像をもとにした歌詞の書き起こし、採譜から分析を行う。それぞれの保存会の「御殿万歳」や「三曲万歳」の歌詞、旋律、踊りから演目の全体像を提示した。　以下に分析結果を述べる。まず「三曲万歳」についてである。本論文では、78 mixed muses no.20尾張（知多）万歳の三曲万歳を分析した。これは、謎かけを主とし、言葉でのやり取りをもって展開していく演目であるが、その合間には 3 小節ほどの短い囃が挿入されている。♩♪の三連符のリズムで構成されており、特徴的で印象に残りやすい。この楽器による短い演奏がネタや笑いのテンポを整え、演者にとっては万歳をやりやすく、観客にとっては見やすくするために効果的に使用されていると考える。　次に「御殿万歳」である。本論文では分析に際して、「導入」「柱立て」「祝い込み」「七福神」という 4 つの部分を設け、それぞれ分割した。歌詞の特徴としては、「エヘ オホ」や「チョロリや チョロチョロ」「ホテホテ ホテテコテン」などの擬音が多用されていることが挙げられる。これは万歳に滑稽さを加えるだけでなく、軽やかなリズムの万歳を生み出す要因の一つになっていると考えられる。他にも「七福神」の場面では、歌詞が保存会ごとに異なっており、うたの旋律に関しても各団体に独特の音型、リズムが見られた。「導入」や「柱立て」など前半部分では、類似性を感じるものの、後半の「祝い込み」特に「七福神」では、各保存会が独自の万歳を演じていた。さらに、言葉のリズムを活かした旋律、鼓や拍子木の効果的な使用などの音楽面においても、尾張万歳の各保存会の独自性が明らかになった。　尾張万歳の多くは尾張（知多）万歳から派生したものであるが、万歳の実演の分析、比較からもそのように考えられる。しかしながら、それぞれの万歳に特有のものが見受けられ、尾張（知多）万歳を源流としながらも、独自に発展してきたのだと言える。　本論文では、現在演じられている演目にのみ注目したため、御殿万歳や三曲万歳の過去の音や演じられ方、その変遷などに言及することができなかった。過去の音を探るためには、レコードや CD などの音源をもとにした、尾張万歳がかつて上演されていた姿を明らかにする必要があると考える。加えて、万歳は大阪で演芸として吸収され、今日の漫才へと発展していったものである。ここで、万歳の発展の過程で音楽がどのような役割を果たしたのかという疑問が生まれる。これらの問題の解決については、今後の課題としたい。

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表紙絵《DEEDS of COLORS 蝶》

No.54 title

No.54 index

コンピューターゲームにおける音響的演出の研究：《ポケットモンスターソード・シールド》を例に（卒業論文要旨）

マルク・バティエ著『人工音の美学―電子音楽の起源 Esthétique du son artificiel: Genèse des musiques électroniques』　パリ　ヴラン社　2024 年：新刊紹介

音楽学コロキウム報告：2024 年度の実施状況：音楽学コロキウム報告

田中東子先生「『オタク文化とフェミニズム』を通じて考える～研究への昇華法」：特別講座報告

音楽制作ツールとしてのボーカロイドがクリエイターの表現に及ぼす影響（卒業論文要旨）

池内友次郎の理念の実践と後世に与えた影響（修士論文要旨）

現在演じられている尾張万歳の音楽構造：「御殿万歳」と「三曲万歳」の分析を通して（修士論文要旨）

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