Aichi TOHO University Academic Repository / 愛知東邦大学　機関リポジトリ

松村 雄樹

須藤 瑠斗

東邦学誌第54巻第 1号2025年 7 月論　文1水泳指導に求める理想的なコーチ像の検討 1Examination of the ideal coach image required for swimming instruction松村 雄樹・須藤 瑠斗MATSUMURA Yuki・SUDO Ryuto愛知東邦大学人間健康学部要　旨　本研究の目的は、水泳指導における理想的なコーチ像を明らかにすることとした。特に、技術的な指導力だけでなく、コミュニケーション能力や選手のモチベーション向上に関する心理的サポートの重要性に着目し、選手と保護者の間でどのような認識の違いがあるかを比較検討した。 　本研究は、A県K市にあるスポーツクラブに通うキッズスクールの保護者およびベストスイマーの選手を対象に、2024年11月 3 日から 9 日までの 7 日間、Webアンケートを用いて調査を実施した。アンケートはクラブの掲示板にQRコードを掲示し、同意を得た上で回答を依頼した。有効回答数は50件であった。研究方法として、コーチの役割や指導方法に関する質問項目を設定し、選手と保護者の間での認識の違いを統計的に分析した。 　主な研究結果は以下のとおりである。 1 ） コーチの役割に関する因子では、「instructor（指導者）」が平均得点4.145と最も高く、次いで「motivator（モチベーター）」が4.110であった。2 ） 選手と保護者の間での認識の違いを明らかにするために、各仮因子の平均得点の差異を統計的に検定した結果、「manager（管理者）」のカテゴリーにおいて有意差が確認された。キーワード：スイミング，水泳，コーチ，選手，保護者1 ．緒言　日本では、子どもの習い事の中で水泳が常に人気を集めており、習い事ランキングでも上位に位置している。笹川スポーツ財団（2021）によると、2010年から2021年までの10年間にわたる全国の 4 歳から11歳の子どもを対象とした習い事実施率のデータで、水泳は常に最も高い実施率を誇り、全期間を通して 1 位となっている。特に2021年度において、水泳の実施率は23.9%に達し、実施率 2 位の「学習塾」の17.8%よりも6.1ポイント高い結果となっている。こ1  本論文は筆者（須藤）が2024年度愛知東邦大学人間健康学部の卒業研究として提出した論文に加筆修正を行ったものである。32のことは、水泳が他の習い事と比べても依然として非常に人気があり、多くの家庭で重要な習い事として位置づけられていることを示している。水泳の人気の背景には、その運動特性や健康効果があると考えられる。佐藤（2019）や花井（2006）は、水泳や水中運動が年間を通じて季節を問わず実施可能であり、この特性で水泳は生涯スポーツとしての大きな利点を有し、健康増進や予防医学的観点からも注目される運動であると述べている。　その一方で、尾鳥（2012）によるとコーチの素養（指導知識、指導技術、安全管理）は、勤務年数が長くなるにつれて身につくことを明らかにしているが、現在のスイミングクラブでは勤務年数が 4 年未満の「新人」や「中堅」コーチが全体の71%を占めており、このことから十分に素養や安全管理が身についていないコーチが多いことを指摘している。　そのためには、スイミングコーチが理想的なコーチング方法を見つけ出し、それを実践することが重要である。具体的には、個々の利用者の年齢や体力、健康状態、さらには運動の目的に応じた柔軟な指導が求められる。たとえば、初心者には水への親しみを重視した指導を行い、運動能力の向上を目的とする利用者には具体的な技術指導を行うといったように、多様なニーズに対応できる能力が必要である。また、安全管理の徹底や、モチベーションを高めるためのコミュニケーションスキルの向上も欠かせない。そこで本研究の目的を水泳指導における理想的なコーチ像を検討することとした。2 ．研究方法2.1．調査方法および分析対象　本調査の対象はA県K市にあるスポーツクラブのスイミングに通っているキッズスクールの保護者およびベストスイマークラスに所属する選手とした。調査日時は2024年11月 3 日～ 9 日の 7 日間で、Googleフォームによるwebアンケートを実施した。webアンケートについては、当該スポーツクラブ支配人に対し、研究の活動の了解を得た上で、掲示板にQRコードを記載した案内を掲示した。その上で調査対象者に対し調査について口頭による説明を実施した上で、アンケートへの回答を依頼した。有効回答数は50件であった。2.2．分析方法　本研究における分析項目は、「個人属性（年齢、性別、所属区分）」および「コーチの理想的な姿」に関する項目で構成した。「コーチの理想的な姿」については、野老・坂井（2006）を参考にスイミング指導の専門家 2 名、スポーツ社会学の専門家 1 名でトライアンギュレーションを実施し「コーチの役割に関する項目」および ｢指導に関する項目｣ の、合わせて10因子を設定し、下位尺度として40の質問項目を設定した（表 1 ）。質問項目への回答は，理想的なコーチ像として 「すごく重要である・最もあてはまる」「重要である・あてはまる」「どちらともいえない」「あまり重要でない・あまり あてはまらない」「全く重要でない・あてはまらない」の 5 件法として、それぞれに 5 点～ 1点を与えて得点化した。分析方法は単純集計を実施した上で、「コーチの理想的な姿」に関する10因子について、それぞれのグループの平均得点を集計した。その後、選手と保護者の二群に分けてT検定を実施した。分析に利用した統計処理パッケージはSPSS29.0であった。323 ．結果3.1．単純集計結果　対象者の平均年齢は31.98歳で年齢範囲は17歳から62歳であった。性別は男性36名（72%）、女性13名（26%）、無回答が 1 名（ 2 %）であった。回答者の区分は、選手は30名（60%）、保護者が20名（40%）であった。3.2．水泳コーチに求める理想的な指導方法　コーチの理想的な指導方法に関する集計結果を表 2 に示す。平均得点が4.25以上、かつ肯定的な回答が90%以上の項目として、選手の自主性を促す、選手と気軽に話せる、豊富な知識を持っている、選手の変化に気づく、選手一人一人の能力を理解する、プレーしやすい環境を作る、選手を安心させる、コミュニケーションを取れる、選手のやる気を引き出すといった特徴が挙げられた。これらの結果から、コーチが選手との良好な関係を築き、個々の選手に対する理解とサポートを重視することが理想的な指導方法であることが示された。一方、平均得点が3.0以下、かつ否定的な回答が30%以上の項目として、いつも怒っている、嫌われ役である、結果次第で評価が変わる存在である、選手の私生活までサポートする、がむしゃらに練習させる、精神的なことをしつこく言うといった特徴が挙げられた。これらの結果から、コーチが過度に厳格であったり、選手の私生活に過干渉であったりすることが否定的に捉えられることが示された。　これらの結果を総合すると、水泳コーチに求められる理想的な指導方法は、選手の自主性や個々の能力を尊重し、良好なコミュニケーションを保つことが重要であると結論づけられる。逆に、過度な厳しさや過干渉は避けるべきであることが示唆される。この知見は、コーチングにおける指導方針の改善や、選手との関係構築に役立つものと考えられる。表 1 　仮因子の観点と対応する質問項目の番号因子 質問項目の番号コーチの役割に関する項目　instructor（指導者） 5 ， 6 ，11，34，　teacher（先生） 2 ， 3 ， 8 ， 9 ，14，18，20，29，30，32，　motivator（モチベーター） 26，28，　disciplinarian（規律励行者） 23，37，38　manager（管理者） 13，35，36　social worker（ソーシャルワーカー） 21，22，24　friend（友人） 4 ，10，16，19，　wining（勝利） 17，38指導に関する項目　強制的/命令的指導 7 ，15，25，31　自発的行動を促す指導 1 ，12，27，3354表 2 　コーチの理想的な指導方法の調査結果質問項目 平均値 標準偏差問 1  選手の自主性を促す指導をする 4.26 0.53問 2  選手を平等にしてあつかう 4.10 0.91問 3  結果ではなく過程を大切にする 3.84 0.91問 4  選手と気軽に話せる 4.40 0.67問 5  知識を豊富に持っている 4.44 0.64問 6  マンツーマンで選手を指導する 3.44 0.86問 7  いつも怒っている 1.78 1.06問 8  選手の支えになる 4.46 0.50問 9  選手の変化に気づく 4.62 0.60問10 選手と対等な立場である 3.56 1.18問11 選手一人一人の能力を理解する 4.56 0.54問12 のびのびとプレーさせる 4.10 0.86問13 選手がプレーしやすい環境を作る 4.50 0.54問14 競技力を重視するのではなく人間的に良い子を育てる 3.72 0.95問15 嫌われ役である 2.78 1.11問16 指導者も選手の 1 人である 3.40 1.20問17 結果次第で評価がかわる存在である 2.92 1.23問18 選手の私生活までのサポートをする 2.72 1.01問19 指導者は自分たちの仲間である 4.08 0.78問20 人生に影響力を残すことができる存在である 3.90 0.93問21 選手を安心させることができる 4.32 0.55問22 選手とコミュニケーションがとれる 4.60 0.54問23 甘えのある選手を厳しくする 3.56 0.93問24 選手を癒す存在である 3.44 0.99問25 がむしゃらに練習させる 2.58 1.09問26 その競技を好きになるようにさせる 3.92 1.01問27 全て自分で判断させる指導 3.12 1.00問28 選手のやる気を引き出す 4.30 0.74問29 熱血指導をする 2.96 0.95問30 冷静沈着な指導をする 3.30 0.86問31 精神的なことをしつこく言う 1.90 0.97問32 卒業（リタイア）後の面倒をみる 2.84 1.13問33 長期的に選手を育成を考える 3.90 0.74問34 選手ととことん話し合う 4.14 0.67問35 保護者とのコミュニケーションをとる 3.96 0.93問36 OB･OGとのコミュニケーションをとる 3.42 0.99問37 チーム内の約束を厳しくする 3.30 0.95問38 常に目標を明確に示す 4.20 0.86問39 仕事（学業）と選手活動のけじめをつけさせる 4.18 0.83問40 現在お子様が受けている指導に満足しているか 3.20 0.76543.3．グループ別の平均値算出　各グループの平均値を算出した結果は表 3 の通りになった。分析の結果、コーチの役割に関する仮因子では、「instructor」が平均得点4.15と最も高く、次いで「motivator」が4.11を示した。一方で、「指導に関する項目」では、「自発的行動を促す指導」が3.85と比較的高い平均得点を示し、これに対して「強制的/命令的指導」は3.42にとどまった。3.4．T検定結果　選手と保護者を 2 群間に分け、それぞれの「manager」の因子に関する平均得点を比較するためのT検定を実施した結果（表 4 ）、「manager」の因子において選手と保護者の 2 群間で有意な平均得点の差が認められた。具体的には、選手の平均得点は4.02（標準偏差=0.36）、保護者の平均得点は3.50（標準偏差=0.51）であり、等分散を仮定した場合表 3 　コーチの役割および指導法に関する仮因子別平均得点因子 平均コーチの役割に関する項目　instructor（指導者） 4.15　teacher（先生） 3.65　motivator（モチベーター） 4.11　disciplinarian（規律励行者） 3.66　manager（管理者） 3.96　social worker（ソーシャルワーカー） 4.12　friend（友人） 3.86　wining（勝利） 3.56指導に関する項目　強制的/命令的指導 3.42　自発的行動を促す指導 3.85表 4 　因子グループにおけるT検定結果選手保護者 度数 平均値 標準偏差 有意確率　instructor（指導者）選手 30 4.1917 0.392180.436保護者 20 4.075 0.49404　teacher（先生）選手 30 3.6367 0.380090.476保護者 20 3.66 0.49778　motivator（モチベーター）選手 30 4.1167 0.665440.983保護者 20 4.1 0.64072　disciplinarian（規律励行者）選手 30 3.64 0.7370.495保護者 20 3.75 0.62　manager（管理者）選手 30 4.1667 0.36880.014保護者 20 3.65 0.66205　sociakworker（ソーシャルワーカー）選手 30 4.1889 0.468820.906保護者 20 4.0167 0.53503　friend（友人）選手 30 3.9083 0.677480.463保護者 20 3.7875 0.60847　wining（勝利）選手 30 3.45 0.976890.119保護者 20 3.725 0.65845　強制的命令的指導選手 30 3.3833 0.54430.429保護者 20 3.475 0.45088　自発的行動を促す指導選手 30 3.8667 0.397910.186保護者 20 3.8125 0.5372676のt値は3.54、自由度は48であった。有意確率（p値）は0.001未満であり、統計的に有意な差があることが確認された。4 ．論議　スイミングスクールの現場においては、コーチが選手との信頼関係を築くことが非常に重要であり、この信頼関係が選手の心理面に与える影響を十分に理解し、それに配慮した指導を行うことが求められる。本研究結果からも選手のモチベーションを高めるためには、具体的で効果的な指導方法を採用することが不可欠であり、特に個々の選手が感じる不安や課題に対して適切に対応することが、指導の質を向上させる要素となること、また、選手一人ひとりの変化に敏感に気づき、それに応じた柔軟な対応を行うための観察力は、コーチにとって重要なスキルであることが示された。　これらの研究結果から、理想的なコーチ像には単に技術的な指導力だけでなく、選手の心理的な側面にも配慮し、寄り添いながらサポートを提供する能力が求められることが明らかになった。さらに、選手だけでなく保護者とも円滑なコミュニケーションを築き、選手が抱える問題や課題を共有しやすい環境を整えることが、指導力の向上に大いに寄与するということが示唆された。このような視点は、コーチングにおける実践的なアプローチにおいて重要な要素であり、従来の技術的な指導力に加えて、選手の個別のニーズに対応する能力を持つコーチが理想的であることが改めて確認された。　さらに、コーチが選手への質の高い指導を実践するためには、施設側からの支援が不可欠である。施設では、コーチが最新の指導法や心理学的アプローチを学ぶための指導方法研修会やスキルアップ研修会への参加を積極的に推奨し、これを定期的に実施することが求められる。これらの研修会では、技術的なスキルだけでなく、選手の心理的なサポート方法や問題解決能力を高めるプログラムが提供されるべきである。また、他のコーチとの情報共有や経験交流の場としても機能し、コーチ間の連携を強化する重要な機会となる。　加えて、施設内におけるコーチ支援体制の充実も重要である。たとえば、選手の身体的・心理的状況を把握しやすくするためのデータ管理システムの導入や、専門家（心理士や理学療法士など）との連携を通じたサポート体制の構築が挙げられる。このような環境整備は、コーチが安心して選手の指導に集中できる基盤を提供するものであり、指導の質のさらなる向上に寄与するであろう。　本研究は、スイミング指導の現場における指導の質を高めるために必要な要素について、新たな知見を見出すことができ、さらに今後の実践や研究においてさらに発展させていくべき課題を示したといえる。選手とコーチとの関係性や指導方法における新たなアプローチを見つけ出すとともに、施設からの研修や支援体制の強化を図ることが、今後のスイミング指導の質向上に向けた鍵となるだろう。　一方で研究の限界として本研究は特定の地域と施設における調査であり、その結果が全国のスイミングクラブに必ずしも適用できるとは限らない。また、回答者が50名と比較的少ないことから、今後はサンプル数を増やし、より一般化可能な知見を得る必要がある。さらに、今回の調査では先行研究で指摘のあったコーチの勤務年数などは変数として採用できなかったため今後はその点についても検討していく必要があるといえる。参考文献1 ．花井 篤子・高澤 直哉（2007）．学内トレーニングモニターを対象とした屋内プール開放とその利用状況─北方圏生涯スポー76ツとしての水泳・水中運動のニーズに関する検討─．浅井学園大学短期大学部研究紀要，45．35-42．2 ．野老 稔・坂井 和明（2005）．コーチングスキル構築のための基礎的研究：体育系女子大学生が描く理想的なコーチ像を手がかりに．スポーツ方法学研究，18（1），11-22．3 ．尾鳥 大樹（2012）．スイミングクラブで子どもの指導をするコーチの素養：安全管理に対する意識調査，2011年度びわこ成蹊スポーツ大学卒業論文．https://biwako-seikei.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=3611&file_id=20&file_no=14 ．笹川スポーツ財団（2021）．『【子どもの習いごと】 1 位は「水泳（スイミング）」子どもの習いごとの実施率は71.2%2025年 1 月 8 日現在』最終閲覧日2025年 1 月 8 日．https://www.ssf.or.jp/thinktank/sports_life/data/lesson.html5 ．佐藤 大輔（2019）．健康づくりを目的とした水泳のメリットデメリット．体力科学，68（1），99-101．

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谷口 正博

東邦学誌第54巻第 1号2025年 7 月研究ノート59非デザイン系大学学部におけるデザイン思考教育導入と実践： 株式会社ZINAZOLとの産学連携を通じたブランディング再構築の試みDesign Thinking Education in Non-Design University Faculties谷口 正博TANIGUCHI Masahiro愛知東邦大学経営学部要　旨　本稿は、非デザイン系大学学部におけるデザイン思考教育の導入とその実践事例について研究経過を報告するものである。具体的には、株式会社ZINAZOLと愛知東邦大学経営学部プロジェクト授業科目の産学連携プロジェクトを通して、デザイン思考のプロセスを応用したメディアコンテンツ制作と、その後の企業ブランディング再構築への展開を検証した。　初期段階では、ZINAZOL製品の広告・グラフィックデザインにデザイン思考を適用し、ポップアップストアでの実践を通じてその効果を測定した。その結果、企業理念や開発背景といった「ストーリー」を掘り下げることがブランディングにおいて極めて重要であるとの知見を得た。これにより、本研究は企業組織・人材のブランド価値再定義へと領域を拡大し、広告代理店ディレクターを招聘して株式会社ZINAZOLのリブランディングを学生が実体験する形での教育実践へと発展した。本実践は、非デザイン系学部学生がデザイン思考と、そのアウトプットスキルを体得し、創造的な課題解決能力を育成する上で有効な学習プログラムを目指したものである。1 ．はじめに　今日の複雑な社会課題に対応するためには、分野横断的な視点と創造的な問題解決能力が不可欠である。特に、ビジネスの現場においては、聞き取りや調査では見えてこない顧客の潜在的なニーズを発見し、新たな価値を創出する「デザイン思考」の重要性が高まっている。　デザイン思考とは、「共感」「定義」「発想」「試作」「テスト」のプロセスを繰り返すことで創造的な思考を導き出し、これまで見落とされていた価値を創出することにより新たな課題解決手段を実践することである。　ここでは非デザイン系の学部に所属する学生が、実社会で求められるデザイン思考を効果的に習得するための教育プログラムの開発を目指し、デザイン思考教育の実践事例として、株式会社ZINAZOLとの産学連携プロジェクトを通じて行われた一連の取り組みについて報告する。　本プロジェクトでは、学生がメディアコンテンツの制作・提供を実際に行う形で実践的な教育を展開し、デザイン6160思考のプロセスをビジネスの現場に応用することで、様々なビジネスシーンで通用するクオリティを目指した。　本稿では、初期の広告・グラフィックデザインへの応用から、その後の企業全体のブランディング再構築へと研究領域が拡大していく過程の報告と、その教育的意義についての考察となる。2 . 研究方法　本研究は、株式会社ZINAZOLの商品事業展開におけるメディア活用の可能性検証を目的とした産学連携プロジェクトとして実施された。研究期間は2024年度から複数段階に分けて進行した。2.1．第 1 段階：商品広告・グラフィックデザインへのデザイン思考応用　この段階では、ZINAZOL製品の商品広告およびグラフィックデザイン制作にデザイン思考プロセスを適用した。具体的には以下のステップで実践を行った。　 1 ． 共感・定義：ZINAZOL製品の持つイメージや価値観をリサーチし、ターゲット層のニーズと現状の課題を明確化する。　 2 ．発想：視覚的インパクトや共感を生むアイデアを多角的に発想し、ブレインストーミングやスケッチを通じて具体的なコンセプトを検討する。　 3 ．試作：複数のデザイン案を実際に制作し、視覚化する。　 4 ． テスト（実装）：制作したデザイン案について、内部での意見交換を通じて、配色、レイアウト、メッセージの伝わりやすさなどを検証し、実制作に反映させる。このプロセスを通じてターゲット層に響くデザインが完成し、広告効果の向上を目指した。2.2．第 2 段階：ポップアップストアでの実践とデザイン要素の検証　第 1段階で制作したデザインコンテンツを、2024年度に複数回開催されたポップアップストア（期間限定販促店舗）出店を通して実践的に展開した。これにより、実際の顧客反応や販売状況からデザインの有効性を検証した。特に、他の出店品が数百円からの菓子、雑貨類が中心である中で、ZINAZOL製品の「体験」価格1,500円という価格帯、および数千円から 1万円を超える商品本体価格という高価な部類に属することから、顧客にその価値を共感させるデザイン要素（上質感、高級感）の重要性について実践的に検証を行った。図. 16160　2024年度に参加したポップアップストアは上記の 3企画である。（図. 1 ）2.3．第 3 段階：ブランディング再構築への研究領域拡大　第 2段階の実践を通じて、商品そのものに留まらず、大元の企画、その開発のきっかけ、そして開発会社の理念や想いを具現化することにこそデザインという行為の大義があり、それが広く商品・企業組織・人材の再定義、すなわちブランディングにつながるという知見を得た。この知見に基づき、本研究は大幅にその領域を拡大した。　この段階からは、外部アドバイザーとして広告代理店ディレクターを招聘し、企業組織や人材が持つ「ストーリー」を深掘りする作業を開始した。具体的には、会社全体から商品価値の向上を目指し、株式会社ZINAZOLのリブランディングを実施する過程を学生が目の当たりにし、その体験をふまえて会社案内や商品案内の再編集作業に着手した。3 ．結果と考察3.1．デザイン思考を用いた広告・グラフィックデザインの有効性　第 1段階におけるデザイン思考プロセスの適用は、ZINAZOL製品の広告・グラフィックデザインにおいて、より効果的なビジュアルコミュニケーションを可能とした。リサーチを通じて課題を明確化し、多角的な発想から複数のデザイン案を試作することで、単なる美的表現に留まらない、ターゲット層に響くデザインコンセプトの構築が促進された。意見交換を通じての検証と改善の繰り返しは、デザインの質を向上させ、目的に即した効果的なデザインを実現する上で不可欠であった。3.2．ポップアップストア実践から見えた課題と価値の再認識　2024年度のポップアップストア出店は、高価格帯のZINAZOL製品において、顧客がその「体験」に1,500円を支払うことに加えて、数千円から 1万円を超える商品本体の価値を認識し、共感できるような上質感と高級感をデザインに取り入れることの重要性を明確にした。他の安価な商品が中心の出店環境において、ZINAZOL製品が際立つためには、単なる視覚的な魅力だけでなく、商品の背景にある価値とストーリーを伝えるデザインが不可欠であると認識図. 2 図. 36362を新たにした。　（図. 2 ）は学生の当初の制作物である。決して悪いものではないが、最良と呼べるものでもなく途上のクオリティを感じるものとなっていたため、谷口研究員が学習指導として制作した告知チラシが（図. 3 ）となる。　価値向上を目指すデザイン思考において、何が重要な点となるかを再考する中で、商品そのものに捉われず、大元の商品企画やその開発のきっかけ、開発会社の理念や想いを具現化することにこそデザインという行為の大義があり、それは広く商品・企業組織・人材のブランド価値の再定義＝ブランディングにつながることになるとして、本研究は大幅にその領域を拡大することになった。3.3．デザインの領域拡大とブランディングへの展開　上記の考察を踏まえ、本研究はデザインの役割を商品単体の広告・グラフィックデザインに限定せず、商品企画、開発のきっかけ、開発会社の理念や想いといった、より根源的なブランドの核を具現化することへと領域を拡大した。これは、デザインという行為が、商品のみならず企業組織、さらには人材を含む広範な対象のブランド価値再定義、すなわちブランディングにつながるという重要な知見を学生が得る機会となった。図. 4図. 56362　（図. 4 ）（図. 5 ）は外部アドバイザーによる株式会社ZINAZOLリブランディングの成果となるブランドブックの経過資料である。　外部アドバイザーとして広告代理店ディレクターを招聘したことは、学生が実践的なブランディングプロセスに深く関わることを可能にした。企業組織や人材が持つ「ストーリー」を掘り下げ、それを会社案内や商品案内といった具体的な成果物として再編集する作業は、机上の理論に留まらない、生きたデザイン思考の実践となった。このプロセスを通じて、学生は単にデザインスキルを習得するだけでなく、ビジネス全体を俯瞰し、企業価値を高めるための戦略的思考を養うことにつながったと評価できる。4 ．結論　本研究は、非デザイン系大学学部におけるデザイン思考教育が、産学連携プロジェクトを通じて実践的な成果と教育効果をもたらすことを示した。初期段階での商品広告・グラフィックデザインへの応用から、ポップアップストアでの実践、そして最終的には企業全体のブランディング再構築へと研究領域を拡大する過程は、デザイン思考が一意的な視覚表現に留まらず、企業の根源的な価値を創造し、再定義する強力なツールであることを学生が実体験する貴重な機会となった。　特に、商品そのもののデザインに加えて、企業の理念や開発ストーリーといった「見えない価値」をデザインの対象とすることで、高価格帯の商品においても顧客との共感を深め、ブランド価値を向上させる可能性が示された。非デザイン系学部の学生が、広告代理店ディレクターの指導のもと、実際の企業リブランディングに携わった経験は、彼らが将来、多様なビジネスの現場において創造的な課題解決能力を発揮するための重要な基礎を形成したと考えられる。　今後の課題としては、リブランディングによって制作された成果物の、実際の市場における効果検証を継続的に実施すること、および、非デザイン系学部におけるデザイン思考教育のカリキュラムへの恒常的な組み込み方について、さらなる検討を進める必要があるため、単年度の成果として纏められるだけではなく、より長期的に継続する必要があり、現時点での報告から引き続き本研究を進めていくものとしたい。

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