Abe, Kazuaki

Kambara, Toshimune

Nanba, Shushi

Japanese

Hiroshima University Institutional Repository

広島大学学術情報リポジトリHiroshima University Institutional RepositoryTitle手を差し伸べるのは誰か : 情動認知に対する領域横断的アプローチAuthor(s)難波, 修史; 安部, 主晃; 神原, 利宗Citation広島大学大学院教育学研究科共同研究プロジェクト報告書 , 18 :17 - 22Issue Date2020-03-19DOISelf DOI10.15027/48928URLhttps://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/00048928RightRelation（共同研究プロジェクト報告書書式 R1）  手を差し伸べるのは誰か－情動認知に対する領域横断的アプローチ－研究代表者 難波 修史（心理学講座）研究分担者 安部 主晃（心理学講座）神原 利宗（心理学講座）Ⅰ 研究の背景と目的１．研究の背景我々の日常生活において，感情を示す表情は様々なコミュニケーションを円滑に進めることのできるツールの一つである。他者から示された感情表情に対して，我々がどのようにふるまうのか，という疑問については数多くの研究がおこなわれている。例えば，Reed & DeScioli (2017) は恐れ表情とともに警告信号を提示することによって，よりそのメッセージの信ぴょう性を高めることができることを示し，Caudek, Ceccarini & Sica (2017) は幸福や悲しみなどの表情が観察者の注意を捕捉することを示した。 しかしながら，我々の表情は常に内的な感情状態と一致しているわけではない。すなわち，感情を示す表情は感情体験を表出者が内在することの必要条件ではない，ということである。例えば，心から楽しんでいる場合の笑顔（真の笑顔）とそうでない場合の作り笑いのような笑顔（偽の笑顔）では形態学的な特徴が異なり (Namba et al., 2017)，それらに対する我々の協力的な行動は異なる反応が生成されることが示唆されている (Krumhuber et al., 2007)。換言すれば，心から楽しそうな他者に対してはそうでない他者よりも多くの協力行動が喚起されるのである。この結果は，笑顔が親和性を伝達するシグナルであり，真の笑顔はそのシグナルの信用性が高いために生じたと解釈できる。こうした表情に含まれる内的状態の存在に基づいたシグナルとしての信用性に関する議論は近年注目されている。また，それと同時に Barrett ら  (2019) は知覚者ベースの表情研究の必要性を，Fernández-Dols & Russell (2017) や Mandal & Awasthi (2014) は領域横断的な表情研究の必要性を指摘している。  ２．研究の目的以上より本研究では①知覚者が真の（あるいは偽の）笑顔と判断できる表情を用いた実験課題および②社会臨床心理学的観点に基づく再確認傾向や言語心理学的観点による実験課題成績の相関を検討する。また，より一般的な知見を提供するためにクラウドソーシングサービスを用いることで，多くのデータを測定することを目指した。再確認傾向とは自分は価値がある存在なのかについて，他者に対して過度に確認を求める比較的安定した傾向である。この傾向と精神的傾向には負の関連が見られており (安部他, 2014)，適応的なコミュニケーションを行うためにはこうした個人特性が情動認知にどう影響していくかを検討することは肝要であるといえる。また，言語心理学的観点では母音を発話しているときの好ましさという印象判断は個人が他者の発話に対して，接近的な動機をもちやすいか回避的な動機をもちやすいかを間接的に測定可能な指標であると考えられる (Namba and ― 17―（共同研究プロジェクト報告書書式 R1）  Kambara in preparation)。こうした言語発話時の表情に対する印象が情動認知にどのようにかかわるのかを検討することも表情が特定の観察者にとってどのように機能していくのかを洞察する上で重要となりうる。 また，本研究では真の笑顔あるいは偽の笑顔を表出した人物に対して各参加者に最後通牒ゲームと呼ばれる課題を仮想的に行ってもらった。最後通牒ゲームとは，お金の分配に関する２人２段階ゲームである。まず，プレイヤー１（参加者）はなんらかの報酬額を最初に分配され，その金額のうち任意の金額をプレイヤー２に与えることを提案できる。次に，プレイヤー２（対象者）はプレイヤー１の提案を OK するか NO と答えるかを選択することができ，プレイヤー２（対象者）が参加者の提案額を受諾（OK）したとき, 参加者の利得は（最初に分配された額 - 参加者が提案した分配額）円，プレイヤー２の利得は（参加者が提案した分配額）円となる。しかしながらプレイヤー２（対象者）が提案額を拒否（NO）した場合には，２人の利得はともに０円となる。当然，参加者は全額を分配しない，という選択も可能ではあるが，その場合プレイヤ－２ は提案を拒否する可能性が高くなる，という実験経済学で用いられるゲームである。本研究ではこの分配額を他者への利他的行動と想定して実験を行った。 （難波修史＊・安部主晃・神原利宗）Ⅱ 研究方法１．誰に手を差し伸べるのか：最後通牒ゲームクラウドワークスを用いて 184 名の参加者に，オンライン実験プラットフォームであるQualtrics によって作成された実験課題を行ってもらった。女性は 99 名，男性は 85 名であり，平均年齢は 36.92 歳 (SD = 9.04) であった。用いた刺激は現在進行中の別プロジェクト (Nakamura, Namba et al. in preparation) で作成された多くの人物が『体験を有する』あるいは『意図的に作成された』と判断される幸福表情を用いた（男女２名ずつ）。参加者は実験開始前に，プラットフォーム上で①研究目的および手続きの詳細，②研究への参加は自由意志によるものであり，参加に同意した後または実験の進行中にあっても参加を中止できること，③調査及び実験への不参加による不利益は生じないこと，④得られたデータは研究目的以外で使用しないこと，⑤プライバシーの保護，について説明を行った。研究参加時には同意ボタンを押下することにより実験参加の同意を得た。その後，最後通牒ゲームについての詳細を改めて説明した後，『体験を有する』あるいは『意図的に作成された』と判断される幸福表情を提示し表情表出者と最後通牒ゲームを行うと仮定して，８人分の表情表出者に対して２人分の実験報酬額である 400 円をどのように対象者に対して分配するかを測定した。実験課題は全部で 15 分ほどであり，実験終了後に各参加者には実験報酬として 200 円がクラウドワークス上で振り込まれた。 （難波修史＊）  ２．手を差し伸べるのは誰か：再確認傾向および母音発話時の表情認識課題Ⅱ－1 と同じサンプルに対して最後通牒ゲームの後に以下の質問紙および課題に回答してもらった。まず重要な他者に対する再確認傾向を測定するために，勝谷 (2004) の作成した改訂版重要他者に対する 12 項目で構成された再確認傾向尺度を用いた。各項目に該当― 18―（共同研究プロジェクト報告書書式 R1）  する程度について，“まったく当てはまらない”（１点）から“非常によく当てはまる”（７点）の７件法で採点し，得点が高いほど再確認傾向が高いことを示す。この質問紙には６項目ごとの二因子が想定されており，一つは再確認願望（例：“自分のことを受け入れてくれるのかどうか確かめたい”）であり再確認行動（例：“自分を好きかどうか確かめても，さらに相手にたずねたり，あるいは相手を試すようなことをする”）であった。本研究ではいずれの因子においても十分な内的一貫性が確認された (再確認願望：α＝.92，再確認行動：α＝.86)。 さらに質問紙の回答の後には母音発話時の口の動きに対する個人の印象を測定するため，「い」を発話しているときの人物に対して抱く好ましさの印象評定課題も行った。好ましさは“好ましくない”（１点）から“好ましい”（５点）の５件法で行った。これら二つの質問紙および実験課題は，どういった人物がより多くの分配額を他者に送るかの個人差を反映した指標として考えられる。 （安部主晃＊・神原利宗＊）  Ⅲ 結果と考察１．誰に手を差し伸べるのか：最後通牒ゲーム以下のデータ解析には，統計プログラミング言語である R 3.6.1 (R Core Team, 2019) を用いた。最後通牒ゲームにおける分配額の平均額は 152.21 円であり，SD は 76.28 であった。『体験を有する』と判断される幸福表情と『意図的に作成された』と判断される幸福表情で分配額が異なるかどうかを調べるために，個人と刺激の切片・傾き変量要因を含めたベイジアン階層線形モデルを行った。事前分布や Iteration などの設定は brms パッケージのデフォルトの状態で行った。Rhat は 1.1 以下であることから収束を確認した。その結果，表情の性質によって分配額が異なるという結果は得られなかった (β= 11.60, 95%CI = [-24.11, 47.23])。体験を有する笑顔とそうでないと考えられる笑顔の間では，分配額に違いは見られなかった。その理由として以下のことが考えられる。各表情映像を直接見ることで確認すると，『体験を有する』と判断される幸福表情と比べ『意図的に作成された』と判断される幸福表情は形態学的な強度が強いことが判明した。『体験を有する』と判断される表情はメッセージの信用性が高まる一方で，『意図的に作成された』と判断される表情はメッセージの信用性は相対的に低いもののメッセージの知覚的強度が高くなってしまったことから，分配額の間に違いが見られなかったと考えられる。  ２．手を差し伸べるのは誰か：再確認傾向および母音発話時の表情認識課題『体験を有する』と判断される表情に関して，分配額と再確認傾向の相関分析を行った。その結果，分配額と再確認傾向の間に有意な相関は見られなかった (all rs < .12, all ps > .12)。一方で『意図的に作成された』と判断される表情に関して，分配額と再確認傾向の相関分析を行ったところ，分配額と再確認行動の間に有意な相関は見られなかった (r = .09, p = .23)。しかしながら，再確認願望の間には効果量が小程度の有意な相関がみられた (r = .18, p = .02)。この結果から，“自分のことを受け入れてくれるのかどうか確かめたい”と重要な他者に対して関係性を確認したがる人物は『意図的に作成された』と判断される幸福表情に対して，より多くの分配額を提供することがわかった。この結果は，再確認をしたが― 19―（共同研究プロジェクト報告書書式 R1）  る個人は他者の表面的なメッセージ，すなわち知覚的強度の高い社会的刺激に対してより感度高くふるまうことを示唆する結果であると解釈できる。しかしながら，図１をみればわかる通り，本研究で得られた効果量は決して大きいものではないため，解釈は慎重に行う必要があるといえるだろう。   図１．再確認願望と分配額の相関図。y 軸は意図的表情に対しての分配額を，x 軸は再確認願望の平均値を示している。青い線は回帰直線を示している。  さらに『体験を有する』と判断される表情に関して，分配額と母音発話時の口の動きに対する個人の印象の相関分析を行った。その結果，二つの変数間に有意な相関は見られなかった (r = -.01, p = .90)。最後に『意図的に作成された』と判断される表情に関して，分配額と母音発話時の口の動きに対する個人の印象の相関分析を行った。その結果，二つの変数間に有意な相関は見られなかった (r = -.03, p = .69)。 （難波修史＊・安部主晃・神原利宗）  Ⅳ 研究の成果と今後の課題本研究の結果，『体験を有する』と判断される幸福表情と『意図的に作成された』と判断される幸福表情に対する分配額に違いは見られなかった。さらに母音発話時の口の動きに対する印象形成や再確認行動の傾向も同様に幸福表情に対する分配額と有意な関連は見られなかった。本研究では，“誰に手を差し伸べるのか”あるいは“手を差し伸べるのは誰か”という疑問について頑健な効果を生み出す成果を生み出すことはできなかった。こうした結果が得られた理由として，分配額を生み出す要因としてメッセージの信用性が存在する一方でメッセージの強度，という要因も同時に存在しているため，分配額に条件間の違い― 20―（共同研究プロジェクト報告書書式 R1）  が見られなかったことが考えられる。今後の研究では，そうした知覚的強度を統制した同様の実験課題を行う必要があるだろう。 さらに再確認傾向および母音発話時の表情認識と対応する個人特性について，そうした変数は幸福表情に対する分配額と有意な関連を得ることはほとんどの場合できなかった。その一方で，再確認願望と『意図的に作成された』と判断される幸福表情に対する分配額の間には有意な相関がみられた。この結果は，再確認をしたがる個人は知覚的強度の高い社会的刺激に対してより感度高くふるまうことを示唆する結果であると解釈できる。すなわち，再確認をしたがる個人が社会的刺激の知覚レベルの信号強度に対して感度が高くふるまう可能性を示している。今後の研究では，刺激の強度を操作することで具体的な社会認知場面やコミュニケーションにおいてどのような特徴が得られるかについての知見を蓄積することで，社会認知に関する洞察を深めていくことができると考えられる。 今後は今回得られた知見を日本心理学会や日本認知心理学会での発表を目指すとともに，有意な結果が得られなかった知見に対しては，Journal of Articles in Support of the Null Hypothesis と呼ばれる帰無仮説を支持する知見を積極的に受け入れる国際雑誌に投稿予定である。帰無仮説を支持する結果であったとしても，そうした結果を世界に発信していくことで①同じ轍を世界の研究者が避けることができる，②本研究の結果をさらに改善した実践を提案可能になる，といった科学コミュニケーション上の利点があると考えられる。また，得られたデータは匿名性を高めたうえで OSF と呼ばれるオープンプラットフォーム上にアップロードする予定である。これにより，透明性の高い科学を実現するための第一歩となる。 （難波修史＊・安部主晃・神原利宗） 引用文献安部主晃, 川人潤子, & 大塚泰正. (2014). 再確認傾向が対人ストレスイベント及び精神的健康に及ぼす影響. パーソナリティ研究，23(1), 29-37.  Barrett, L.F., Adolphs, R., Marsella, S., Martinez, A.M., and Pollak, S.D. (2019). Emotional expressions reconsidered: Challenges to inferring emotion from human facial movements. Psychological Science in the Public Interest, 20, 1-68. Caudek, C., Ceccarini, F., & Sica, C. (2017). Facial expression movement enhances the measurement of temporal dynamics of attentional bias in the dot-probe task. Behaviour research and therapy, 95, 58-70. Fernández-Dols, J. M., & Russell, J. A. (Eds.). (2017). The science of facial expression. Oxford University Press.  勝谷紀子 (2004)．改訂版重要他者に対する再確認傾向尺度の信頼性・妥当性の検討 パーソナリティ研究，13, 11–20 Krumhuber, E., Manstead, A. S., Cosker, D., Marshall, D., Rosin, P. L., & Kappas, A. (2007). Facial dynamics as indicators of trustworthiness and cooperative behavior. Emotion, 7(4), 730-735.  Mandal, M. K., & Awasthi, A. (Eds.). (2014). Understanding facial expressions in communication: Cross-cultural and multidisciplinary perspectives. Springer. ― 21―（共同研究プロジェクト報告書書式 R1）  Namba, S., Makihara, S., Kabir, R. S., Miyatani, M., & Nakao, T. (2017). Spontaneous facial expressions are different from posed facial expressions: morphological properties and dynamic sequences. Current Psychology, 36(3), 593-605.  R Core Team (2019). R: A language and environment for statistical computing. R Foundation for Statistical Computing, Vienna, Austria. Retrieved from https://www.R-project.org/. Reed, L. I., & DeScioli, P. (2017). Watch out! How a fearful face adds credibility to warnings of danger. Evolution and Human Behavior, 38(4), 490-495. ― 22―

手を差し伸べるのは誰か : 情動認知に対する領域横断的アプローチ

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