Kana Mukouyama

ムコウヤマ カナ

向山 夏奈

向山, 夏奈

ムコウヤマ, カナ

Kana, Mukouyama

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「できなくなること」と生きる : SMA当事者と「私」のライフストーリー研究

立教大学学術リポジトリ

社会学研究科年報 2019 №26 － 97 － 修士（2018年度） 「できなくなること」と生きる ――SMA 当事者と「私」のライフストーリー研究―― 向山 夏奈  1．はじめに・問題意識――「できなくなること」とは何か 「なんていうんだろう、〔できなくなることは〕マイナスじゃないんだよ」。脊髄性筋萎縮症（SMA）の当事者が語ったこの言葉から、本論の全ては始まっている。この社会が自己制御・自己生産・自己所有、つまり自己完結を原則とするとき、それらを自ら遂行できない人びとが無価値であると見なされる傾向がある。冒頭の語りの背景には、「自己完結を求める社会」への抵抗心が表れている。 本論は、幼少期からの筋力低下を特徴とし、最終的には自力での呼吸も困難になる難病・SMAの当事者にとって「できなくなること」――病によって自らの身体を制御できなくなっていくこと――とは何かという問いを、当事者の主観・生活世界と、その場に参与した「私」の変容から明らかにするものである。そしてそこから、「できなくなること」、ひいては病／障害者のために私たちはどうあるべきか、ということを考えた。  2．先行研究の検討――「できなくなること」は「恐るべき事態」か 既存の研究における「できなくなること」の扱われ方には、2 つの側面があることを指摘した。まず、医療者・支援者にとって難病は「治らない＝不幸」なのであり、最終的に自力で呼吸を行えなくなることは「恐るべき事態」だということである。ここでは、病／障害者の自立生活運動の成果や、人工呼吸器などを用いた在宅生活という選択肢は無視され、先端医療を用いた「治すことへの勢い」が加速していた。 2 つ目の側面に、「できなくなること」が悪いのではなく、「あなたが何かできる、その何かがあなた（の価値）である」といった社会の価値観に原因を求める態度を挙げた。例えば、筋萎縮性側索硬化症（ALS）患者が安楽死を選ぶのは、自らの筋力が低下していくからではなく、「自らを制御できなくなる屈辱に耐えられないから」（立岩 2000: 57）といった主張である。ここでは、病には身体的苦痛だけではなく、社会的意味があることを指摘した。 まとめると、既存の研究では「医療か社会か」といった議論に関心が向けられ、難病者が生きてきた中で経験した出来事や、実際の生活が無視されてきたという問題があると言えるだろう。  3．本論の視座・研究手法――「私」を分析の射程へ 上記のことを踏まえて、本論の視座を2つ提示した。まずは、SMA当事者にとっての「できなくなること」を医療でも社会でもなく、生き方や生活から明らかにすること。 次に、調査者である「私」の自己や想いを分析の射程に含み、そこから「できなくなること」の意味を明らかにすること。これには、調査過程にあった「私」に起きた変容――インタビューの「聞き手」から「介助者」へと立場を変えたこと――が本論の結論と分かち難く結びついていること、その変容を読み手に遡及的に追体験してもらうことで、自身の社会的立ち位置を－ 98 － 見つめ直してもらうというねらい、などがあった。 この 2 つの視座を満たすために、ライフストーリー研究の特徴（①個人がこれまで歩んできた人生全体ないしはその一部に焦点を合わせる②調査者自身の自己や生を、重要なツールとして位置付け、それ自体を解釈や考察の対象に入れる）に着目し、採用した。  4．考察――「できなくなること」は仕事であり、他者との向き合い方 トランスクリプトの考察・介助による参与観察から、SMA当事者の主観・生活世界において、「できなくなること」が生きていくことの延長線上にあり、また、これからも当たり前に生き続けるために必要な仕事の一つであることが明らかになった。当事者はその生活世界において、「できなくなること」に多様な意義を見出していると言える。 しかし、前述した結論に達した背後には、当事者の語りを聞くことや、介助者として生活に参与したことによる、「私」自身の変容が常に伴っていた。 例えば、調査当初の「私」は、「聞き手」の立場から「自己完結を求める社会」に立ち尽くしたまま当事者を無力化していた。しかし、当事者との経験の重ね合わせを通して、「できなくさせる（無力化する）」主体としての「私」に自覚的になっていく。 あるいは、「介助者」になることで「他者の介入余地がある世界」へと越境し、「できなくなること」に対処していくうちに、当事者と同様に仕事の一つとして理解していく。もちろん介助現場には、常識の齟齬による当事者とのすれ違いや、身体の非対称性に起因する苦悩も多々あった。しかしそこには、「私」が制御してはならない、どうにもならない存在としての他者と在ることの快楽があった。 ここに、「できなくなること」とは何かという問いに対する 2 つ目の答えがある。「できなくなること」、それは他者との向き合い方である。  5．終わりに――どうにもならない他者と在ることの快楽 「できなくなること」と生きる人びと、ひいては病／障害者のために、私たちはどうあるべきか。それは、自分とは異なる存在と生きることは快楽であるということを知ってもらうに尽きるだろう。 立岩真也（2013）は「自己完結を求める社会」に抗するものとして、「〈他者〉が在ることの受容」を立てている。それは、「私」が介助を通じた具体的な接触を通して、どうにもならない他者と在ることは苦しくも楽しいのだと知った経験とも重なるものでもある。 なにも介助に限った話ではなく、他者と触れ合うこと、面と向かって対話をすること、そんな単純なことが、この社会には求められているのだとして、本論を閉じた。  参考文献 小倉康嗣，2013，「ライフストーリー 個人の全体性に接近する」藤田由美子・北村文編『ワードマップ 現代エスノグラフィー』新曜社，96-103． 桜井厚，2002，『インタビューの社会学』，せりか書房． 立岩真也，2000，『弱くある自由へ：自己決定・介護・生死の技術』青土社 ． ＿＿＿＿，2013，『私的所有論:第2版』生活書院 ． 

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