Satoh Takanori

佐藤 崇範

Takanori Satoh

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4［書評｜review］神奈川地域資料保全ネットワーク編『地域と人びとをささえる資料─古文書からプランクトンまで』Kanagawa-shiryounet ed., Chiiki to Hitobito wo sasaeru Shiryou: Komonjyo kara Purankuton made佐藤崇範｜ Takanori Satoh神奈川地域資料保全ネットワーク編『地域と人びとをささえる資料─古文書からプランクトンまで』勉誠出版／ 2016年5月／四六判／ 320頁／定価3, 500円＋税0991─はじめに本書は、2014年8月2日に神奈川歴史資料保全ネットワーク（当日に神奈川地域資料保全ネットワークに改称［1］、以下、神奈川資料ネットとよぶ）主催によるシンポジウム「地域と人びとをささえる資料─文字資料から自然史資料まで」［2］をきっかけとし、多種多様な分野の「地域資料」に関する現状と課題、可能性について執筆された論考集である。神奈川資料ネットも阪神・淡路大震災、東日本大震災という2度の大災害の経験から各地に設立されている資料保全ネットワークの一員であることから、震災後の資料レスキューを通した地域資料との関わりについて論じたものも多い。　執筆者の所属は大学、図書館、資料館、新聞社、資料ネットワーク関係者など多様で、歴史学を専門分野とされる方が半数以上を占めるものの、自然科学の研究者も含まれている点が特徴的である。また神奈川県以外の事例も紹介されている。序言において田中史生氏が「本書のタイトルには、私たちが見いだした地域資料の存在意義と多様性が示されている」（（2)頁）と述べているように、本書では地域資料の存在意義を「地域と人びとをささえる資料」と捉えていること、地域資料の多様性を示すものとして「プランクトン」とシンボリックに表現した「自然史資料」が含まれていることをまず確認しておきたい。　田中氏はまた、近年の大震災からの復興に関わってきた経験から、「予測の難しい様々な困難に打ち克ち、持続し発展する社会を築くためには、それぞれの専門の壁、専門家と市民の溝、様 な々組織や団体の垣根を超えた連携と、日常的な人々のつながりを、地域に根ざしてつくりあげていかねばならない。そして、地域資料には、これらをつなぐ大きな力があることも、漠然とではあっても私たちは気づいている。」（(1 )-(2 )頁）と述べている。　評者はこれまで、サンゴの生態学やサンゴ礁の地形学を学び、それをベースとしてサンゴ礁域における環境教育にも携わってきた。その経験から、地域の自然環境をどのように利用していくのか、地域住民が納得できる形で意思決定していくためには、地域の自然環境に関する十分な資料が（研究者側に蓄積されるだけでなく）誰でも自由に利用できる体制を構築することが重要であろうと考えてきた。そのため、上述の田中氏の指摘に大変共感を覚え、また「自然史資料」も地域資料として積極的に位置づけている点にも魅力を感じた。このような関心から手にした本書について、各章の内容を紹介したうえで、アーカイブズ学を学ぶものとして地域資料とどのように関わっていけるか考えてみたい。2─本書の構成本書は二部構成となっており、第一部はシンポジウムの講演者が各報告の内容を再構成した4本の論考とシンポジウムでの討論という内容である。第二部は、シンポジウムに参加された10名の方 に々よる、各々が対象としている地域資料についての事例報告で構成されている（表1）。3─各章の内容第一部では、最初に多和田雅保氏により、シンポジウムの開催趣旨が、各地で失われつつある地域資料を守り伝えることの重要性を考えていくことである、と述べられている。　続く大門正克氏の論考では、なぜ「地域資料」がシンポジウム及び本書のタイトルである「地域と人びとをささえる資料」といえるのか、東日本大震災後に行ってきた三回の100GCAS Report  Vol.6 2017 学習院大学大学院人文科学研究科アーカイブズ学専攻書評｜神奈川地域資料保全ネットワーク編『地域と人びとをささえる資料─古文書からプランクトンまで』｜佐藤崇範フォーラムなどの経験から述べられている。小学生の作文や地域開発資料などをきっかけに、資料と地域・人びととの繋がりを目の当たりにしたことで、「資料は地域と人びとを支える。資料は人 の々『生存』を支える」（30頁）と考えるに至り、だからこそ「資料を救済・収集・保全する」活動の意義があるという。　横松佐智子氏は、市民が中心となってボランティアで活動してきた「かまくらの女性史」編さんに、初期から長く関わってこられた。この経験を通して、市民グループが主体的に活動することで、地域資料を発見し、記録を生み出していく過程を詳細に報告されている。また、最後に編さん資料や地域資料であるバレエ関係の資料「パブロバ資料」の保存先に関する課題が投げかけられた。討論でも複数の方々から感想が述べられたが、地域資料を扱う現場では常に直面するもどかしい課題であることがひしひしと伝わってくる。　シンポジウムの最後の報告者となる山本真土氏は、被災地における自然史資料のレスキュー活動について具体的に報告されている。その経験から、非文字資料である自然史資料も地域の自然の変遷を物語る貴重な資料であり、「地域の博物館の自然史標本はその地域のアイデンティティそのものである」（83頁）と述べている。また、討論でのコメントで、漁師から標本をいただいた時の話なども一緒に伝え、「その物語が介在しているからこそ、標本というのは非常に面白いものになっていく」と指摘している点は非常に重要であると感じた。　第二部の最初は、菊池知彦氏による生物多様性の把握に必要な資料、特に海洋生物を中心とした資料に関する紹介である。中でも、気候変動を理解するうえでも貴重な資料となっている、プランクトンの長期採取標本とデータからなる「オダテ・コレクション」の存在は圧巻である。序言│田中史生第一部 地域と人びとをささえる資料─文字資料から自然史資料まで 資料ネットの方向を問い直す│多和田雅保 人びとの「生存」を支える資料と歴史─三・一一後の東北でのフォーラムの経験から│大門正克  『かまくらの女性史』と地域資料─編さん作業十年の過程から│横松佐智子 博物館自然史資料の重要性─文化財レスキューの経験から│山本真土【討論】 地域資料を考える第二部 地域資料と対話する 海洋生物資料と地域社会│菊池知彦 地域における学校史料│多和田真理子 鈴木重雄への旅│松岡弘之 気仙沼大島漁協資料の保全と漁協文庫の建設│窪田涼子 千葉資料救済ネットの現状と課題│小田真裕 新聞社と地域資料│平松晃一 神奈川県立図書館の地域資料│水品左千子 アーカイブズと地域社会─寒川文書館におけるレファレンスの事例から│高木秀彰 地域でいきる「ネットワーク」をめざして─神奈川資料ネットの活動から│宇野淳子 今を未来に伝えるために─地域資料を守るとは？│林貴史あとがき│浅野充表1─本書の構成101　長野県で小学校が所蔵する文書、学校史料の調査をされている多和田真理子氏は、学校史料を貴重な地域史料として保存していくことの必要性を論じるとともに、確実に保存していくためには、近年の学校所蔵文書に「おもしろさ」を「つくり出す」ことも歴史研究者の使命だろうと述べている。　松岡弘之氏は、「ハンセン病を患った過去を隠すことなく地元の町長選挙に出馬し、僅差で敗れた人物」（154頁）である鈴木重雄について、「その調査過程で出会った方 そ々れぞれにとっての鈴木重雄への旅をつづ」（155頁）りながら、鈴木に関連する施設や記録が地域の人びとをつなぐ様子を描写している。　窪田涼子氏の報告では、東日本大震災の被害にあった気仙沼の大島漁協資料について、その保全活動に関する経緯と課題を、神奈川大学で組織されたプロジェクトの事務と文書チーム実務担当として携わった立場から詳細に述懐されている。　千葉歴史・自然資料救済ネットワークの小田真裕氏は、ネットワーク発足からの活動の経過を振り返りながら、歴史研究者である自身の資料との向き合い方の変化を追い、自分も「資料保全の担い手」であると意識するに至ったことを報告している。　平松晃一氏は、神奈川新聞社の歴史と所在資料の概要を紹介し、今後、地域資料としてより広く活用されるための取組みについて述べている。　水品左千子氏は、神奈川県立図書館60年の歴史の中で、特に地域資料がどのように収集・選定され、また文化資料館・文書館への資料の移管などを経たうえで、現在の蔵書構成となったのか詳細にまとめている。　寒川文書館館長の高木秀彰氏は、レファレンスを「文書館が地域社会といかにつながっているかのバロメーターである」（254頁）と考えて最も重きを置いているとし、その活用事例の紹介から、アーカイブズ資料が地域の「課題解決の手助けになりうる」と述べている。　宇野淳子氏は、「神奈川資料ネットの活動を通して、史料ネットワークの意義を考察」している。「神奈川歴史資料保全ネットワーク」が、すでに対象を歴史史料に限定しない、総合的な資料保全を標榜していたことから、「神奈川地域資料ネットワーク」に改称することになったという経緯は興味深い。　第二部の最後として、林貴史氏が自身の地域資料の保全活動などへの参加を通して考察したことをまとめており、資料ネットが活動を進めていくにあたって留意すべき点などが指摘されている。4─おわりに全編を通して最初に感じたことは、地域資料の多様さと現場で時間をかけて取り組んできた方々だから表現できる内容の迫力である。第二部で宇野氏も指摘しているように（282頁）、第一部のシンポジウムでの討論における横松氏の「地域の資料はうまれるものであり引き出すものであり、最初から資料が資料として存在しているわけではない」（87頁）という発言は大変印象深い。特に長期に渡って『かまくらの女性史』編さんに取り組んできた様子を詳細に伺った後でもあり、実感をこめて語られていることがよく理解できる。他の方 の々報告からも「地域・人びと」と「資料」との繋がり、その場における自分の役割などについて、実践によって得られた貴重な知見を見て取ることができ、学ぶべきことが非常に多いと感じた。　ただし、特に第二部では組織の概要や所蔵資料の紹介が中心となった報告も少なくなく、物足りなさも感じた。もちろん個人として、組織の具体的な現在の課題や将来的な展望102GCAS Report  Vol.6 2017 学習院大学大学院人文科学研究科アーカイブズ学専攻を語ることが難しい、という理由もあろう。本書をきっかけとして積極的に多くの関係者と交流し、より生 し々い現場の声を伺うことで、地域資料の保存・管理に関する人と場所の問題など、常に生じている具体的な課題について議論を深められたらと考える。　本書の特徴である地域資料としての自然史資料については、第一部、第二部でそれぞれ1章ずつ報告されている。第二部の菊池氏の報告では、自然史資料の有用性が特に生物多様性や地球温暖化といった国際的な視点から語られており、よりローカルな視点から自然史資料の地域における意義を述べられた第一部の山本氏の報告と合わせて読むことで、様 な々空間スケールでの自然史資料の重要性を理解することができる。しかし、山本氏が第一部の討論でも語られているように、「標本」それだけでは地域との「物語」をつむぎ出すことは難しい。漁師の語りだけでなく、採集者や研究者が標本を手に入れるまでの事務的記録や日記、フィールドノートといった研究資料と紐付けしていく、コンテクスト研究をより積極的に進め、文字資料も合わせて保存管理していくことが大切だと考える。また、ほとんどの自然史資料は地域社会との関わりで変化しているものと考えられるので、地域の開発や土地利用の記録などとも積極的に結び付けていくことで、その地域の環境の変遷を理解する重要な地域資料として位置づけられていくだろう。今後の進展を期待したい。　大門氏の論考からは、「地域資料」がまずは地域内の人びとによる地域の理解を促し、そこから地域の誇りや魅力が再発見されることで、地域と人びとの「生存」を支えている様子を知ることができた。このようなステップを踏んだ、しっかりした基盤があってこそ、地域の外に向けた発信が説得力をもち、持続的な地域おこしなどにもつながっていくのであろう。　このような「地域資料」に対して、すでにある資料だけが「地域資料」ではなく、これからも作られ続けていくであろう記録をどのように「地域資料」にしていくかという点と、「地域資料」をより有効に利活用していくためには、そのコンテクストを明らかにしていく必要がある点については、本書ではあまり触れられていないように思えた。このような点においてこそ、アーキビストが「地域資料」に対して重要な役割を果たすことができるのではないだろうかと考える。1─ 第一部の多和田氏、第二部の宇野氏による神奈川資料ネットの改称に至る経緯を参照。2─ 序文およびおわりにでは、シンポジウムのタイトルが「地域の人びとをささえる資料─文字資料から自然史資料まで」（下線、評者）と表記されているが、神奈川資料ネットのウェブサイト2016年5月20日の記事（http://d.hatena.ne.jp/kanagawa-shiryounet/20160520/1463716210：2016年9月30日確認）及び本書の他の章の記述から誤りと思われる。書評｜神奈川地域資料保全ネットワーク編『地域と人びとをささえる資料─古文書からプランクトンまで』｜佐藤崇範103

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