ヒマラヤ・ラダーク地方における高所適応とその変容 (2) 生活習慣病を中心に

Abstract

 インドのラダーク地方において、チャンタン高原(標高4200-4900m)の遊牧民、都市レー(標高3600m)の住民、及び農牧地域のドムカル谷(標高3000-3800m)の農民・農牧民を対象に医学調査を行なった。その結果、①生活習慣病(糖尿病、高血圧など)が都市でより多く発症していること、②標高が高いほど高血糖の率が高いこと、③高カロリー食・高ヘモグロビンの群に高血糖の率が高いだけでなく、低カロリー食・低ヘモグロビンの群においても高血糖が多い、などが明らかになった。①についてはエピジェネティックスや節約遺伝子の考え方によってある程度説明できる。しかし、②や③については説明がつかない。そこには、高所における低酸素への適応が作用しているからである。 Beallによれば、高所への遺伝的適応の方式として、チベットの住民は、肺活量を大きくし、低酸素に対する呼吸応答を調節し、血管を拡張して多くの血液を体に流す「血流増加方式」をとっており、アンデスの住民は、「ヘモグロビン増加方式」をとってきた。 私たちの健診の結果、Beall仮説を指示する結果がでた一方、高齢者の場合、都市レーや生活スタイルが変化しはじめたドムカルで、多血症(高ヘモグロビン)が多くみられるという、Beall仮説に矛盾する結果がでた。また、多血症と糖尿病の相関が認められた。 そこで、その原因を究明した。その結果、高所における酸化ストレスの実態、低酸素と酸化ストレスの関係、酸化ストレスと糖尿病の強い関連がわかってきた。チベット系住民は、NO増加による血管拡張と血流増加によって、低酸素に対する有利な適応をしてきた。ところが、高齢とともに、生活スタイルの急激な変化によって適応バランスが崩れると、多血症や高脂血症を発症して体内低酸素を生じ、その結果、NOの過剰な増加等により酸化ストレスが高まり、かえって糖尿病や老化を促進する。糖尿病と酸化ストレスは相互に影響しあい、症状は重篤化するのである

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