イヌの同種腎移植における特異的免疫抑制に関する基礎的研究 : とくに抗Ia単一クローン性抗体による拒絶反応抑制効果について

Abstract

臓器移植における最も重要な問題は移植後に発現する移植免疫反応すなわち拒絶反応をいかに制御するかにある。 1960年代に開発された移植免疫抑制法はそれまで不可能であった同種移植を可能とし,とくに腎移植においてはヒトにおける臨床応用を一般的なものとするに至っている。 しかしながら,現在の免疫抑制法はいまだ不完全なものであり,移植腎の機能を喪失する原因として拒絶反応が約80%を占めているといわれる。また,現在免疫抑制法の主流をなしている免疫抑制剤は,非特異的な免疫抑制法であるため,感染に対する抵抗性の低下ならびに肺炎.髄膜炎などの重篤な合併症の原因となり,さらには造血機能,骨代謝機能ならびに肝機能の障害や発癌率を増加するなどの副作用を発現している。 近年の著しい免疫遺伝学の進歩により,移植の拒絶反応は根本的には遺伝的に規制された免疫応答であり,なかでも免疫学的に自己を決定している移植抗原が拒絶反応の主因をなし,主要組織適合遺伝子複合体(major histocompatibility complex,以下,MHC)により最も強い移植抗原が支配されていることが明らかになっている。さらに,興味あることはどの動物種においてもMHCがそれぞれ1つずつ存在していることである。 現在MHCの研究が最も進んでいるのはマウスであり,マウスのMHCは第17染色体上に存在しH-2複合体と命名されている。H-2複合体はK,I,S,G,Dの5つの領域にわけられ,I領域はさらにI-A,B,J,E,Cの亜領域にわけられて,特定の抗原に対する免疫応答を支配している。Ia抗原はI-A,E,C亜領域に支配される3種類が明らかにされ,細胞表面上に存在している。とくにI-A亜領域に規定されるIa抗原が極めて強い移植抗原であり,免疫応答遺伝子と密接な関係にあるとされている。また,マウスのIa抗原に相当する分子がヒト,サル,モルモットならびにラットにおいても存在すること(Ia様抗原)が報告されている。 このように,臓器移植における免疫応答に最も強く関与して個体を表現し,認識するものがMHCであり,とくにI-A亜領域に規定されるIa抗原によって移植片が認識され拒絶反応が発現される。このため一般の免疫能に影響を及ぼさずに移植における拒絶反応のみを抑制する特異的な免疫抑制法の開発が切望されている。 今回著者は,腎移植における特異的免疫抑制法の基礎的研究として,免疫応答のなかで重要な役割をもつIa抗原の関与する特定の免疫応答,すなわち拒絶反応のみを人為的に制御することを目的とし,Ia抗原に特異的な単一クローン性抗体(monoclonal antibody,以下,MCA),すなわち抗IaMCAを用いてイヌの同種腎移植を実施し,その拒絶反応抑制効果について検討した。 実験に使用した抗IaMCAは,H-2複合体のうち,I-A亜領域のKハプロタイプのみに特異的に反応するマウス由来の抗体である。 予備実験として,はじめにマウスのIa抗原に相当する抗原がイヌにおいても存在し,マウス由来の抗IaMCAと種を越えて交叉反応を示すか否かを検討した。すなわちイヌリンパ球とマウス由来の抗IaMCAとの交叉反応の有無をFITC(Fluorescein isothiocyanate)を結合したヤギ抗マウス抗体を用いて,染色陽性率をFACS(Fluorescent activated cell sorter)により測定し,検討した。その結果,Controlにおける染色陽性率は5.4%であったのに対し,抗IaMCAにより処理することによってその陽性率は21.9%と高値を示し,イヌリンパ球においてもマウスのIa抗原に相当するIa様抗原が存在し,マウス由来の抗IaMCAと交叉反応を示すことが確認された。 ついでイヌリンパ球において証明されたIa様抗原が,臓器あるいは組織においても同様に存在するか否かについて検討するためにマウス,ラットならびにイヌの腎臓を,抗IaMCAで処理し,FITC間接蛍光抗体法により腎臓内のIaまたはIa様抗原の検索を行った。その結果,マウスの腎臓におけるIa抗原の分布は糸球体およびその周囲に強い陽性反応を示し,他の部分ではほとんど陽性反応が見られなかった。また,ラットの腎臓においては糸球体に対する陽性反応は弱く,細~中動脈の内皮細胞およびその周囲に強い陽性反応を示したが,イヌの腎臓においては一様に糸球体,尿細管上皮細胞および動脈の内皮細胞に陽性反応を示した。したがって,マウス,ラットならびにイヌの腎組織においてもリンパ球と同様にIaまたはIa様抗体が存在することが確認されたが,その分布に関しては動物種により異なることが推測された。 以上のような予備実験において,マウス由来の抗IaMCAによるイヌの腎移植における拒絶反応抑制効果が示唆されたことより,イヌの同種腎移植実験を実施した。 実験は雑種成犬61例を4群にわけて行った。Group I(18例)は対照群として移植腎ならびに宿主に対し抗IaMCAを使用しなかった。Group II(25例)は摘出した移植腎を抗IaMCA10mlで灌流し,30分間4℃で反応させたのちに,移植を行った。Group III(8例)はGroup IIと同様の方法で移植腎を処理したのちに移植を行い,移植後宿主に対して抗IaMCA10mlを隔日に静脈内に投与した。Group IV(10例)は移植腎は対照群と同様無処置のまま移植し,移植後宿主に対して抗IaMCA10mlを隔日に静脈内に投与した。各群ともに移植後宿主の固有腎は摘出し,他の免疫抑制剤は一切使用しなかった。 その結果,Group Iにおける生存日数は5~13日,平均7.2±2.1日であった。剖検時の移植腎の病理組織学的検査では,全例典型的な急性拒絶反応の所見を示していた。 Group IIにおける生存日数は10~24日,平均14.4±3.6日であり,Group Iと比較し極めて有意(P<0.01)の差が認められた。移植腎の病理組織学的検査では,生存日数10~13日の4例においては,急性拒絶反応の所見に加え腎皮質における層状の高度の細胞浸潤が認められ,さらに髄質部における広範囲の壊死像を示すDIC(播発性血管内凝固.disseminated intravascular coagulation)様の合併症を呈する所見が観察された。また,20日以上正存した3例においては腎皮質の層状の変化はみられず,拒絶反応にDIC様の合併を呈している所見であった。その他の例については急性拒絶反応の所見のみを示した。 Group IIIにおける生存日数は7~14日,平均11.1±2.4日であり,Group Iと比較し有意(P<0.05)の差がみられた。移植腎の病理組織所見では,2例にGroup IIにおいても観察された腎皮質における層状の特徴的変化がみられた。その他の例においては全例急性拒絶反応の所見が観察された。 Group IVにおける生存日数は7~12日,平均9.4±2.1日であり,Group Iと比較し有意(P<0.05)の差がみられた。2例に抗IaMCA投与直後にアナフィラキシー様ショックがみられた。移植腎の組織にはほとんどの例で急性拒絶反応の所見が観察された。 以上の結果から,イヌの同種腎移植においてマウス由来の抗IaMCAを前もって移植腎に灌流,または移植後,宿主に静脈内投与あるいはその両者を併用することにより,明らかに術後の生存日数の延長が認められ,とくに移植腎のみを抗IaMCAで灌流したのちに移植する方法が最も生存日数を延長させる効果があった。また,抗IaMCAの移植腎灌流と術後静脈内投与の併用または術後静脈内投与のみの方法では,移植腎のみの灌流法ほど生存期間の延長効果は著明でなかったが,対照群よりは有意に生存日数が延長した。したがって,抗IaMCAを用いることにより,腎移植後の生存日数が延長する理由は,抗IaMCAが拒絶反応のtriggerとなる腎臓のIa様抗原をブロックし,宿主側のhelper T cellによる抗原認識が抑制されるために,拒絶反応が抑制されるのであろうと推測された。 このように,抗IaMCAを同種腎移植に用いることにより,明らかに移植後の生存日数は延長したが,移植腎の完全な生着例は得られず,病理組織学的検査にみられたように抗IaMCAを使用した群においてもほぼ全例において急性拒絶反応の所見が観察されたことから,現段階においては抗IaMCAにより,完全に拒絶反応を抑制するまでには至っていない。しかしながら,今回使用した抗IaMCAは,マウスのI-A亜領域のkハプロタイプに規定されるIa抗原のみと特異的に反応する抗体であり,I-A亜領域のk以外のハプロタイプまたはI-E,C亜領の各ハプロタイプとは反応しないため,それらに規定されるIa抗原により拒絶反応が出現したためであろうと考えられる。 今後,I-A亜領域のkハプロタイプ以外のIa抗原を規定するI-A,E,C亜領域の各ハプロタイプに対する抗IaMCAのほか,H-2複合体のK,D領域に規定される標的抗原など,移植免疫反応を司っている遺伝領域にそれぞれ反応する特異的なMCAを用いることによって,それらが関与する免疫反応のみを特異的に制御することができ,従来の非特異的な免疫抑制剤を使用することなく,同種腎移植を成功させることが可能となるであろう。 さらに異種の認識に関与する遺伝子領域の解明による種を超えた異種移植の可能性をも示唆するものと考えられる。One of the most important problems in the field of organ transplantation today is to find the safest and specific way of how to suppress the rejection reaction which must follow allogenic organ transplantation. In order to minimized the rejection reaction, the administration of nonspecific and potent immunosuppressive drugs have been currently used in many transplantation cases. However, we all know that drugs have serious drawbacks such as fatal infectious and other complication in the kidney transplantation patients, because those drugs is due to total suppression of immune reactions. One of the specific immunosuppression would be to block the antigen recognition system of immune response. In this line of thinking, author has developed a specific monoclonal antibody (anti Ia MCA) directed to mouse Ia antigen and used to the canine renal transplantation. The aim of this experiments are two folds; No.1 to find if anti Ia MCA is capable of cross reacting the dog lymphocytes and if Ia like antigen exists in the dog kidney and No.2; to find if anti Ia MCA is able to prolong the survival time of canine kidney allograft. Canine kidney transplantations have been performed in four experimental groups. Group I (18 cases) comprised of control. Group II (25 cases) was simple renal perfusion with anti Ia MCA. Group III (8 cases) was simple renal perfusion and intravenous injection with anti Ia MCA. Group IV (10 cases) was only intravenous injection with anti Ia MCA. All animals did\u27nt received postoperative immunosuppression. The results were sammarized as follows: When canine lymphocyte and kidney tissue were treated with anti Ia MCA followed, lymphocytes and kidney tissues were found to be possitive by FACS indirect fluorescent staining. This suggests a cross reaction between the Ia antigens of the mouse and the dog species. The experiments of canine renal allograft transplantation with anti Ia MCA indicated that the mouse anti Ia MCA can prolonge the survival time of canine renal allografts by simple organ perfusion. The dogs of group I survived from 5 to 13 days, mean survival time being 7 days. Group II survived from 10 to 24 days, mean 14 days. Group III survived from 7 to 14 days, mean 11 days. Group IV survived from 7 to 12 days, mean 9 days. The anti Ia MCA was appearently able to prolong the survival of the canine renal allografts.獣医学博士麻布大

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