広島大学(Hiroshima University)博士(教育学)Doctor of Philosophy in Educationdoctora

Eto, Yoshinori

博士(教育学)Doctor of Philosophy in Education広島大

Hiroshima University Institutional Repository

シュタイナー教育思想の認識論的基礎づけに関する研究

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論文審査の要旨 博士の専攻分野の名称  博 士 （ 教育学 ） 氏名    衞藤 吉則 学位授与の要件 学位規則第４条第１・○2 項該当  論 文 題 目  シュタイナー教育思想の認識論的基礎づけに関する研究  論文審査担当者 主  査  教授  坂越 正樹                   審査委員  教授  深澤 広明                       審査委員  教授  丸山 恭司                       審査委員  教授  越智 貢（文学研究科）                 〔論文審査の要旨〕  本論文は、19/20 世紀オーストリア及びドイツの哲学者、思想家であり教育者でもあったルドルフ・シュタイナー（Rudolf Steiner, 1864-1925）の教育思想の認識論的基盤を解明しようとするものである。シュタイナーの創設した学校（シュタイナー学校、自由ヴァルドルフ学校、1919年～）は、様々な課題を抱える公立学校のオルタナティブ・スクールとして注目され、2015 年現在、世界 60 カ国に 1063 校を数えるほど普及している。それらの学校では、子どもの自主性を重視した独自のカリキュラムや教育方法によって、高い教育成果をあげていることが認められている。  このようにシュタイナー教育実践が高く評価される一方で、その教育思想や教育理論はシュタイナー学校やシュタイナー教員養成所をはじめとするそのサークル内では中核的価値を有するものとされているが、その外部、一般的な教育思想研究や教育理論研究においては学術的な考察の対象から敬遠され、理論的な位置づけが定まっていない。その背景には、シュタイナーが構想した「人智学（Anthroposophie）」の独特の世界認識、人間理解がある。「可視の事実と不可視な本質との融合」あるいは「内観的な観照から精神の自由に至る」という人間形成の提唱は、一般的な教育学研究からは距離をおいて見られるものであった。本論文は、このようなシュタイナーの教育思想を認識論的な観点から解明し、一般に解釈可能なパラダイムのもとに構造化し直すことを研究課題としている。  第一章では、シュタイナー教育思想の成立背景と実践的な特徴が示される。科学技術が進展する社会の中で、シュタイナーは情意を含む不完全な感覚的身体を精神的人格的な存在へと高めることが教育の目標であるとし、そのためには「教育学は科学ではなく術（Kunst）すなわち『教育術（Erziehungskunst）』でなければならない」と主張する。  第二章では、同時代のドイツ教育学におけるシュタイナー教育思想の位置が明らかにされる。当時のドイツでは「子どもからの教育」をはじめ教育改革運動が隆盛しており、「精神科学」「芸術教育」「生活共同体」等の主要概念においてシュタイナーの教育思想と共通する点が見出される。しかし、改革教育の理論的指導者たちからはシュタイナー教育思想に対して反主知主義、非合理主義、神秘主義といった批判が提示されていた。  第三章では、シュタイナー教育思想の科学性に関する論議が跡づけられ、特徴が抽出される。近年までのドイツ教育学におけるシュタイナー教育思想の評価は、(1) 経験的実証主義的立場からの批判、(2) 理論的分析を回避し実践の有効性を認める立場、(3) 人智学的認識論に科学性の根拠を認める立場に分類できる。それらはいずれも一定の科学論的立場を前提にした限界性を有しており、現象の有機的連関や生成発展を把捉しうる新たな「科学」の理論地平が必要である、と本論文は提起する。  第四章では、シュタイナーの哲学的著作を読み解き、認識論的な思考の取り組みが明らかにされる。シュタイナーはその認識論的関心からカント哲学とゲーテのメタモルフォーゼ論に取り組む。しかしカントの認識論は、シュタイナーの求める体験による主体の変容を捉えきれていないこと、ゲーテの場合は主体変容の可能性を示してはいるが、それが精神の変容の哲学的解明までに至っていないことを不十分としてさらに考察を深めていく。  第五章では、シュタイナー独自の人智学的認識論の構築のために、彼が取り組んだドイツ認識論哲学との対決の過程が明らかにされる。カント、ゲーテに続いてシュタイナーが取り組んだのは、ハルトマン、フィヒテ、ヘーゲルであった。ハルトマンの「感覚界と叡智界の統合」論、フィヒテの「自我の能動性」論、ヘーゲルの「自己意識－精神の連続的変容」論は、シュタイナーの認識論に影響を及ぼすものではあったが、生き生きとした個人を終着点とする人智学的認識論としては乗り越えるべき課題を有していた。  第六章では、人智学的認識論の構造、その読み解きのための構図が明らかにされる。シュタイナーの認識論は、固定した普遍を前提としないことにおいて過去のドイツ認識論哲学の批判的克服をめざしており、さらに現実的な思考を軸に、不完全な感覚身体を精神的人格的存在へと高め続ける「動的な主体変容の知」として構想されている。それは、無意識の領域をも射程に入れ、現象の有機的連関や生成発展の一回性の意義を説明できる教育学理論としての可能性を有している。事実、今日的な脱構築の哲学や現代ホリズム論は同様の方向性を求めるものと見なされる。シュタイナー教育思想は、「従来の経験的実証科学と精神科学の境界を越える新たな理論地平」を開きうる、ということが本論文の結語となっている。  本論文の意義は、(1) 特殊な概念の故に理論的理解への接近を阻むシュタイナーの教育思想について、その教育実践の根幹にある人智学的認識論を軸に、全体構造と学理論的な妥当性を明らかにしたこと、(2) 同時に、教育の諸課題に取り組むシュタイナー自身の思考過程を跡づけながら、その苦闘の中で見出された原理を明らかにして学問的な枠組みに翻訳し直したこと、(3) これらの作業を通して、シュタイナー教育思想の今日的重要性と可能性を示したことにある。シュタイナーの教育思想は、今日の教育においては分断されている知情意・身体・モラルを総合し、本来的な生や精神を回復しうる有効な教育理論としての可能性を有するものと結論づけられる。  以上，審査の結果，本論文の著者は博士（教育学）の学位を授与される十分な資格があるものと認められる。  平成 28年 10月 7日    

http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/4/43452/20181212142556715695/o4305_2.pdf

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