農場環境での薬剤耐性菌・耐性遺伝子の拡散におけるハエの役割

Abstract

抗菌薬は細菌性感染症の治療のためにヒト医療及び獣医療において広く用いられ、多くの命を救ってきた。しかし、薬剤耐性菌の出現・拡散に伴い、薬剤耐性菌は世界的な公衆衛生学上の問題となっている。一方で、新規抗菌薬の開発は停滞している。このため、既存抗菌薬の有用性を保ち、薬剤耐性菌の出現・拡散を制御するため、抗菌薬の適切な使用と衛生管理の徹底などが行われている。家畜由来薬剤耐性菌は様々な経路を介して伝播・散することが考えられているが、ヒトへの食品を介した伝播経路に関する研究が主であった。これに加え、環境を介した伝播・拡散経路も重要な因子であることが指摘されている。また、薬剤耐性菌は薬剤耐性遺伝子の受け渡しにより、新たな薬剤耐性菌を生み出すことがあり、薬剤耐性遺伝子の伝播・拡散についても重要視される。本研究では、家畜由来薬剤耐性菌の環境を介した伝播・拡散経路を解明するため、衛生昆虫(特にハエ)に着目し、農場環境中における薬剤耐性菌の伝播・拡散におけるハエの役割を明らかにすることを目標とした。まず、第1章では、農場内に存在するハエの薬剤耐性菌の保有状況と保有薬剤耐性菌の由来を明らかにするため、農場においてハエ及び家畜糞便を採取し、薬剤耐性菌を分離し、菌性状及びその近縁性を解析した。次に第2章では、薬剤耐性遺伝子の拡散におけるハエの役割を明らかにするため、実験室内において、ハエ腸管内における薬剤耐性遺伝子の水平伝達試験を行った。最後に第3章では、薬剤耐性菌の維持におけるハエの役割を明らかにするため、ハエの発育環における薬剤耐性菌・耐性遺伝子の検出と鶏への薬剤耐性菌保有ウジの投与試験を行った。第1章の農場における野外調査により、農場で捕まえたハエが保有する薬剤耐性菌の由来を明らかにした。薬剤耐性菌の指標細菌である大腸菌は、糞食性のハエ(イエバエとオオイエバエ)から分離されたが、吸血性のハエ(サシバエ)からは分離されなかった。また、糞食性のハエからは、ウシ糞便から分離された菌株と近縁なextended-spectrum beta-lactamase 産生セファロスポリン耐性大腸菌が複数分離された。本研究において、糞食性のハエが家畜由来extended-spectrum beta-lactamase 産生セファロスポリン耐性大腸菌を保有していることを初めて報告し、家畜由来薬剤耐性菌の環境中のベクターとなっていることを示した。第2章の実験室内におけるハエへの薬剤耐性大腸菌を用いた感染実験では、薬剤耐性菌・耐性遺伝子の拡散におけるハエの役割をより明確にした。イエバエ腸管内において薬剤耐性大腸菌が保有するプラスミド性の薬剤耐性遺伝子の水平伝達を確認した。また、水平伝達はイエバエ腸管内の異なる菌種の細菌へも伝達し、これらの菌種は、ヒト医療において日和見感染症の原因細菌となるものも含まれていた。今回の結果からハエは薬剤耐性菌を運ぶ機械的ベクターであるのみならず、腸管内において薬剤耐性遺伝子の水平伝達により、新たな薬剤耐性菌を発生させ得る生物学的ベクターとなる可能性を証明した。第3章では、農場環境における薬剤耐性菌維持におけるハエの役割を明らかにした。まず、薬剤耐性大腸菌は成虫のイエバエから次世代まで発育環を通し維持され、薬剤耐性遺伝子もハエの腸内細菌叢内で一定量維持され続けた。その後、薬剤耐性大腸菌を保有したウジを30 日齢の鶏へ経口投与したところ、46 日齢(出荷日齢付近)まで維持され続けた。これらの結果はハエが発育環を通し薬剤耐性・耐性遺伝子のレゼルボアとなり、農場環境において薬剤耐性菌が維持されることに関与していることを示した。以上のことから、ハエは生物学的ベクターとして薬剤耐性菌を伝播すると共に、レゼルボアとして薬剤耐性菌を発育環で維持することを明らかにした。これまで、薬剤耐性菌を含む病原体の衛生昆虫からの報告はあるが、衛生昆虫が多く存在する畜舎環境におけるハエを介した拡散経路に着目した研究は今回が初めてである。本研究の結果は畜舎環境における薬剤耐性菌の拡散・維持における衛生昆虫の役割の重要性を明らかにし、微生物の制御において昆虫の防除を含む衛生環境の改善の重要性を示した。したがって、本研究はこれまでの薬剤耐性菌に対して新規抗菌薬での対応に加え、伝播経路を遮断するという新たな視点での対策の有用な知見を提供することができた。酪農学園大

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