Nozaki Ichiro

野崎 一朗

Kanazawa University Repository for Academic Resources

 金沢大学十全医学会雑誌　第126巻　第 3 号　109－110（2017） 109はじめに　留学の機会をいただき，ドイツのNordrhein-Westfalen州の州都・Düsseldorf に4ヶ月，そこから特急で1時間離れたところにある旧西ドイツの首都・Bonnに1年8ヶ月滞在しました．この2年間の経験は大変貴重で，忘れ難いものとなりました．留学の経緯　神経内科の臨床医として10年以上あちこちの病院をまわり，次もどこか関連病院に赴任することになるだろうと漠然と思っていた2014年春，翌年度の進路の選択肢のひとつとして思いがけず留学の提案を受けました．医局に入局した当時は，自分の人生に「留学」，「海外暮らし」という考えは全くなく，国外はおろか，北陸から出ようと思ったこともありませんでした．しかし，以前赴任していた病院で，サンフランシスコにある筋萎縮性側索硬化症の専門病院の視察やウィーンで開かれた国際神経学会での発表の機会を与えていただき，国外の臨床家や研究者と交流できたことが自分にとってわくわくする刺激的な時間であったことを思い出し，気持ちが少しずつ留学へと傾いていきました．　留学先の選定にあたっては，留学経験のある先輩に相談し，Alzheimer病に関わる最先端の研究ができる場所としてドイツのBonn大学のHarald Neumann教授をご紹介いただきました．奨学金　国外へ研究留学するにあたっては先立つものが必要で，雇用でなければ奨学金を獲得しなければなりません．ドイツへの留学のための奨学金はいくつかありますが，私はAlexander von Humboldt (AvH) Research Fellowshipに応募しました．この奨学金は，留学者への助成はもちろん，その帯同家族への生活費の援助に加え，留学先も研究助成を受けることができます．その申請にあたっては，研究計画書をはじめ留学希望先との綿密なやりとりが必要でした．今思い返せば，直接面識のない一留学希望者に対し，よくここまで丁寧かつすばやくご対応いただいたものだと感謝しています．ですから，秋に受給決定の知らせが来たときには大変うれしかったです．留学準備　留学準備は多忙を極めました．奨学金の受給決定を受けて，留学が正式に決まったのが11月で，出国までの準備期間は4ヶ月ほどでした．滞在ビザに関しては，日本国籍を有する者がドイツでの長期滞在を希望する場合は，現地申請になるので，あらかじめ日本で申請しておく必要はありません．しかし，現地でビザ申請時に必要となる書類はすべて日本で用意しておかなければなりません．たとえば戸籍抄本ですが，役所から取り寄せた抄本を，外務省に郵送して正式書類としての認可を受けるアポスティーユをもらい，さらにそれを公認ドイツ語翻訳家に送ってドイツ語翻訳してもらう手続きが必要になります．他にも，留学先からのinvitation letterや奨学金の受給証明書の準備，ドイツでの当面の滞在先の確保，日本からドイツへの船便の手配，日本にある家財の保管場所の確保，国際免許証の発行など，ドイツ出国前にさまざまな雑事に追われました．語学学校　AvH財団奨学金受給に際しては，渡航から4ヶ月間，研究に先立って指定されたドイツ語語学学校に入学することが義務付けられています．私はDüsseldor fにあるGoethe-Institutという学校に通いました．授業は1日5時間，月曜～金曜日まで毎日ありました．1か月ごとに試験があり，成績が悪いと上のクラスへは進めないというシステムです．授業は初級クラスであってもすべてドイツ語で行われました．久々の「学校の授業」には四苦八苦しましたが，世界各国から集まってきたクラスメイトたちと仕事や研究とは関係なくコミュニケーションできる環境にあったことにとても助けられました．渡航後の手続き　長期滞在希望者がドイツに渡航した直後に必ず行わなければならないのが住民登録です．手続きは各役所で異なりますが，Düsseldorfの場合は，まず住民登録のためのアポイントを事前にとった上で役所に申請する必要がありました．住民登録と併せて，現地での銀行口座開設もすぐに行いました．この二つの手続きを完了した上で，滞在3ヶ月以内に外国人局に長期滞在ビザ発給手続きを行わなければなりません．また，Bonnへ引っ越す際には，Düsseldorfで住民登録を取り消し，Bonnで新たに住民登録をしなければならず，滞在期間中は役所に度々出向きました．　いずれの手続きにおいても，担当官との会話は初歩レベルのドイツ語で行いました．ドイツの都市部ではほとんどの場合は英語が通じることが多いのですが，役所や銀行では「頑張ってドイツ語を話している」ことが好感をもたれているような印象がありました．ドイツの役所での手続きは苦労も多々ありましたが，下手ながらもドイツ語で会話したことで「うまくいったな」と思うことも多かったです．【留学報告】ドイツ・ボンでの留学体験記My Unforgettable Days in Bonn金沢大学大学院医薬保健学総合研究科 脳老化・神経病態学(神経内科学 )野　　崎　　一　　朗 110 ドイツでの暮らし　ドイツの大半の学生はルームシェアをしながら暮らしており，私もDüsseldorf滞在時はドイツ人一家の所有する大きなお宅に，3人の学生とともに台所とバス・トイレをシェアしながら住みました．最初は正直，「この年になって他人との共同生活か…（しかも多国籍）」とげんなりしていたのですが，20代の学生たちと食事を作りったり，お互いの国や文化について英語とドイツ語のちゃんぽんで会話することは意外とおもしろいものでした．　語学学校が終了したあとは，いよいよ研究のため大学のあるBonnへ引っ越しました．ドイツでの住居探しは不動産業者に仲介を頼むよりも貸主と直接交渉して家を借りることが一般的で，Bonnでは大家さんが暮らす一軒家の地下部分を借りることができました．この方が大変面倒見のいい方で，何でも困ったことがあるとすぐに対応してくださるだけでなく，車で買い物に連れて行ってくださったり，妻にドイツ料理やドイツのお菓子を教えてくださったりと私たち夫婦のドイツ生活において大変心強い存在でした．　ドイツでの買い物は日本のようにはいきません．法律によって店の営業時間が厳しく決められているそうで，スーパーマーケットやパン屋などの大半の小売店は平日20時ごろ，土曜日は14時ごろに閉店してしまうことが多く，日曜日は休みです．コンビニエンスストアはありません．日曜日はカフェやレストランのみ開いており，「休みだからショッピング」というわけにはいきません．食材費に関しては日本より安く，果物やチーズの種類が豊富で気軽に手に入るのがうれしかったです．ドイツといえば「ビールとソーセージ」という印象でしたが，実際に住んでみるとビールは確かに安く（水より安い！），その種類は5000種類は超えるといわれており，味のバリエーションも豊かでした．ソーセージに関しては，どの街にも必ずある軽食スタンドでいつでも食べることができましたが，現地の方に聞くと自宅ではあまり食べないそうです．自宅ではソーセージよりもハムやサラミが好まれているようで，日本ではお目にかかったことのないようなものがたくさん売られていました．外食に関しては，少し割高感がありました．ビールハウスやレストランでいただくドイツ料理は最初の数口はおいしいのですが，日本人には飽きやすい味のように感じました．どちらかというと，外で食べるドイツ料理よりも大家さんが作ってくださる家庭料理の方がおいしく，心に残りました．研究生活　2015年8月1日からBonn大学Institute of Reconstructive Neurobiologyにて本格的な研究生活がはじまりました．ここではAlzheimer病に関連した免疫にかかわる研究を行っていました．毎朝8時過ぎのバスに乗り，帰りは18時ごろでした．ドイツの一般企業では従業員が残業しすぎると会社が罰金を支払うことが法律で定められているため，夜間・土日祝日に大学に行くことはあまりありません．日本にいたときは呼び出しがあるのではと常に気を張って過ごしていた自分にとっては，医師免許を取得してから初めて得られた安寧の日々でした．しかし，別種のストレスはありました．その最たるものが語学です．研究所内では各国からの留学生も多いため，共通言語は英語でした．ドイツ語よりはマシなものの，英会話にあまり慣れていない自分にとっては最初の3ヶ月間はコミュニケーションがうまくいかず，非常に辛かったです．ラボでは，週2回のprogress meeting，週1回の抄読会がありましたが，最初の頃は自分の発表のため，前夜に原稿を準備して暗記する練習をしていました．しかしラボのメンバーに恵まれ，徐々に打ち解けていくことができ，最終的には気軽に実験の相談もできるようになりました．メンバーはさっぱりした性格の持ち主が多かったため，ラボの雰囲気はいつも明るく，冗談も言い合いましたが，仕事や研究のことには真剣で，学生であろうと教官であろうと自分の意見をはっきり主張し合います．「察する文化」ではないので，自分の意見をわかりやすく相手に伝えることの大切さを実感しました．日本に帰国して　2年ぶりに日本に戻ってきた今，再び臨床医として現場に復帰しました．日本語でコミュニケーションできることと，一を言って十が伝わるこの環境に大きな安心感を抱きつつ，多様な文化背景を持ったラボのメンバーたちとの交流を懐かしむ自分もいます．これまでにはない感じ方や考え方に触れられたことは今後の自分にとって大きな財産になりました．この留学報告記がこれから留学を考えていらっしゃる先生方の一助になりますと幸いです．写真：Institute of Reconstructive Neurobiologyがあるビル

My Unforgettable Days in Bonn

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