13301甲第4373号博士(薬学)金沢大学博士論文本文Ful

Watanabe Yurie

渡邉 友里江

渡邉, 友里江

Watanabe, Yurie

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フルタミドの活性に影響を与える酵素的・非酵素的反応についての物理化学的研究

13301甲第4373号博士(薬学)金沢大学博士論文要旨Abstrac

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氏 名学 位 の 種 類学 位 記 番 号学位授与の日付学位授与の要件学位授与の題目論 文 審 査 委 員渡邉 友里江博士（薬学）医薬保博甲第３７号平成 28 年 3 月 22 日 課程博士（学位規則第４条第１項）フルタミドの活性に影響を与える酵素的・非酵素的反応についての物理化学的研究主査 小田 彰史副査 小谷 明副査 中島 美紀副査 後藤(中川) 享子 副査 長尾 秀実学位論文要旨   Flutamide is a pharmaceutical used for treatment of prostate cancer. In this study, the physicochemical investigation to the reaction of flutamide was conducted by experimental and computational techniques. There are some problems in the clinical use of flutamide, which influences on the pharmacokinetics, the medicinal virtues, and the adverse reactions.   As rare side effect of flutamide, photodermatosis is induced by daylight exposure. Flutamide has been reported to undergo various photoreactions such as photoredox and nitro-nirite rearrangement. To reveal the relationship between the photoreactivity and photodermatosis, the photoreactions of flutamide were investigated under various experimental conditions. Moreover, the photoreactions of 2-nitorobenzofuran derivatives were also investigated to elucidate the mechanism of nitro-nitrite rearrangement.  Flutamide is metabolically activated by cytochrome P450 1A2 (CYP1A2). It is widely known that genetic polymorphisms of CYP1A2 have large influence on the pharmacokinetics of flutamide. To understand the structure-activity relationship of mutant CYP1A2, the three-dimensional structure of wild-type and mutant CYP1A2 were predicted by molecular dynamics (MD) simulations. Furthermore, the crystal structure of CYP1A2 complexed with the inhibitor α-naphthoflavone (ANF) includes crystal water in the active site. To reveal the role of the water molecule in the active site, MD simulations were conducted for the complex with ANF. Moreover, to investigate the ligand recognition in detail, the complex with the substrate, 7-ethoxyresorufin and flutamide were also predicted by docking and MD simulations. The information obtained from this study will be useful for future drug design.   フルタミドは進行性の前立腺癌治療において広く用いられている医薬品化合物である。本研究では、フルタミドの活性に影響を及ぼす酵素的反応・非酵素的反応について、それぞれ計算化学的手法と実験的手法により検討した。フルタミドの臨床使用においては、いくつかの留意すべき問題点が挙げられている。一つ目の問題点として、フルタミドにより治療中の患者が副作用として、光線過敏症を発症することが報告されている。光線過敏症とは、太陽光の暴露を受けた表皮が、発赤、炎症、搔痒などの症状を起こす皮膚疾患である。光線過敏症発症のメカニズムは未だ解明に至っていない。しかし、フルタミド服用による光線過敏症の発症は、その光反応性に因果関係があると考えられ、in vitro で様々な研究が行われている。それら先行研究においては、フルタミドは光照射によりニトロ-ニトリト転位を主反応として起こすことが示された。しかし、本来フルタミドを含む芳香族ニトロ化合物は、ニトロ-ニトリト転位以外にも光酸化還元や、光求核置換、光脱離といった多様な光反応を示すことが多い。そこで、第 II-2 節における研究では、アセトニトリルと 2-プロパノールの二種類の溶媒を用いることで、フルタミドの光反応がどのような影響を受けるか比較検討を行った。照射実験の結果、溶媒特性の違いに基づいた、異なる光反応生成物が生成されることが確認された。まず、アセトニトリル溶液においては、ニトロ-ニトリト転位に由来する光反応生成物が主生成物として同定された。その一方で、2-プロパノール溶液においては光還元反応に由来する光反応生成物が優先的に生成していることが分かった。光還元反応は水素引き抜きの過程を伴うため、非プロトン性溶媒であるアセトニトリル溶液よりもプロトン性極性溶媒である 2-プロパノール溶液で光還元反応が優位に進行したと考えられた。さらに、フルタミドの光還元生成物に対し、2-プロパノール溶液中で光を照射したころ、トリフルオロメチル基の加溶媒分解が起きていることが分かった。第 II-2 節におけるフルタミドの照射実験の結果、これまでに知られていなかった複数の光反応生成物を同定することができたが、第 II-2節における研究の目的である、光線過敏症の原因物質を特定することはできなかった。しかし、その結果からはフルタミドは光反応性が高く、ラジカル中間体を経由して様々な光反応生成物を生じさせる可能性があることを示すことができた。  芳香族ニトロ化合物の光反応に関する初期の研究において、ニトロ-ニトリト転位は、そのニトロ基と芳香環の二面角が大きいほど反応性が高いとされた。フルタミドの場合も、芳香環とニトロ基がなす二面角が同一平面上になく、ねじれているために転位反応が進行しやすいのではないかと考えられていた。そこで、第 II-3 節においては、フルタミドと同じ芳香族ニトロ化合物の一つである 2-ニトロベンゾフランをモデルとしてニトロ-ニトリト転位の誘因について検討を行った。この二つの化合物についてアセトニトリル溶液中で照射実験を行い、ニトロ基と芳香環が作る二面角と、ニトロ-ニトリト転位の関連性について検討した。2-ニトロベンゾフランと 3-メチル-2-ニトロベンゾフランは、どちらもニトロ基と芳香環がほぼ同一平面に存在する。しかし、これら 2-ニトロベンゾフラン誘導体に対し、照射実験を行った結果では、どちらもニトロ-ニトリト転位が起きている可能性が示された。2-ニトロベンゾフランの光反応はこれまでに報告がなかったが、第 II-3 節における研究の結果から、2-ニトロオレフィンや 2-ニトロフランの光反応と同様の光反応が進行し、オキシムを生じることが分かった。さらに、3-メチル-2-ニトロベンゾフランの光反応においては、反応中間体であるラジカルが分子間で反応を起こし、二量体化生成物を生じることが分かった。第 II-3 節における研究の結果から、ニトロ基と芳香環が同一平面に存在したとしても、ニトロ-ニトリト転位が起こりうることを明示的に示すことができた。  フルタミドはプロドラッグであり、シトクロム P450 1A2（CYP1A2）により代謝活性化を受けることで、より活性の強い 2-ヒドロキシフルタミドとなり薬効を発揮する。フルタミドの臨床使用における二つ目の問題点として、フルタミドの代謝活性化酵素である CYP1A2 には複数の遺伝子多型が存在することが挙げられる。遺伝子変異型 CYP1A2 はフルタミドの体内動態に影響を及ぼすことが想定される。遺伝子変異型 CYP1A2 のなかでも、転写領域に変異を持つ、CYP1A2*1C や CYP1A2*1F などは、十分な検討がなされており、CYP1A2 により代謝を受ける薬剤の臨床使用で、常に留意される存在となっている。一方で、エキソン領域に変異を持ち、アミノ酸変異を伴う変異体はこれまでに 20 種類知られているが、それらは遺伝子頻度が低く、in vivoでの研究が困難であるとされる。さらに、これらアミノ酸置換を伴う変異体については、これまでに複数の研究グループがそれぞれの実験条件で検討を行っており、その酵素活性を厳密に比較することは困難であるとされた。しかし、第 III-3 節における研究の共同研究者である伊藤らにより、アミノ酸置換を伴う遺伝子変異型 CYP1A2 の酵素活性が、統一的な条件で評価された。一般に、タンパク質の機能は、その立体構造により発揮される。したがって、遺伝子変異型 CYP1A2の酵素活性が変化した原因について理解するためには、まず CYP1A2 の構造特性について理解しなければならない。しかし、これまでにアミノ酸置換を伴う遺伝子変異型 CYP1A2 の立体構造は実験的に解明されておらず、その構造と活性の相関関係は明らかになっていない。そこで、第 III-3節では、分子動力学（Molecular Dynamics; MD）計算を用いて、複数の遺伝子変異型 CYP1A2 の立体構造を予測し、野生型と比較して酵素活性に差異が見られた原因について検討を行った。そのなかで、活性が著しく低下した 6 種類の変異体タンパク質（CYP1A2.4、CYP1A2.6、CYP1A2.8、CYP1A2.11、CYP1A2.15、CYP1A2.16）と活性の上昇が確認された 1 種類の変異体タンパク質（CYP1A2.14）において酵素活性に差異が存在する原因を考察した。また、対照とするため、活性の変化がほとんどみられなかった変異体（CYP1A2.13）についても同様の検討を行った。その結果、遺伝子変異によるアミノ酸置換は、その周辺の立体構造だけでなく離れた領域の立体構造にも影響する可能性が示唆された。また、アミノ酸置換は、タンパク質の立体構造だけでなく構造柔軟性にも変化をもたらす可能性が示唆された。  CYP1A2 の結晶構造（PDB ID: 2HI4）は、阻害剤である α-ナフトフラボン（ANF）との複合体構造として報告されている。その活性部位ポケットにおいて一分子の結晶水が存在することが明らかとなっている。CYP の多くは、その活性中心であるヘムの第六配位子として水分子を利用しており、CYP1A2 以外の複数の分子種においてもその活性部位に結晶水を含んだ結晶構造が報告されている。CYP1A2 結晶構造の活性部位に存在する結晶水は、CYP1A2 の I へリックスのGly316 と、リガンドである α-ナフトフラボン（ANF）の間に水素結合を形成している可能性が示されている。本質的に、水分子は小さく可動性が高いために、実験的にその動きや働きを予測することが難しいとされる。そのため、X 線結晶構造解析により得られた静的構造からは、動きのある水分子の働きを正確に予測することはできない。そこで、第 III-4 節における研究では、MDシミュレーションにより、CYP1A2 結晶構造の活性部位に存在する水分子の役割について検討を行った。さらに、基質である 7-エトキシレゾルフィン（7ER）との複合体構造をドッキングと MDシミュレーションにより作成し、CYP1A2 の基質認識をより詳細に検討した。そこで、阻害剤である ANF との複合体と、基質である 7ER との複合体をそれぞれ予測することで、基質と阻害剤における複合体構造の違いについて調べた。その結果、CYP1A2 と ANF との複合体については、活性部位に存在した水分子は少なくとも基質認識には働いておらず、複合体形成において必須ではない可能性が示唆された。また、CYP1A2 と 7ER との複合体構造予測においては、7ER の酸化部位であるエトキシ基が活性中心のヘムに近く、酵素反応に矛盾しない複合体構造を得ることができた。さらに、CYP1A2 と 7ER との複合体については、200 ns の MD シミュレーションを行うことで、活性部位に複数の水分子が入り込み、7ER と残基の間の水素結合を仲介している可能性が示唆された。次に、第 III-5 節における研究では、遺伝子変異型 CYP1A2 に対してもドッキングと MD シミュレーションにより 7ER との複合体構造を予測した。その際には、第 III-4 節における野生型 CYP1A2 と 7ER との複合体構造を参照として、アミノ酸置換が基質認識や複合体構造にどのような影響を与えるのか調べた。その結果、いくつかの遺伝子変異型 CYP1A2 では基質認識が野生型とは異なる可能性が示された。例として、CYP1A2.4 では、Ile486Phe のアミノ酸置換により π-π 相互作用が乱されて、活性部位の環境や基質認識が野生型とは異なっている可能性が示唆された。また、CYP1A2.16 においては、7ER の酸化部位から活性中心のヘム鉄までの距離が、野生型に比べて 2 倍近く離れてしまい酵素反応が起こりにくい構造になった。さらに、CYP1A2.16については、基質認識において働く残基が野生型とは異なっていた。このように、CYP1A2.4 やCYP1A2.16 といった酵素活性が著しく低下している変異体では、複合体を形成するためには野生型とは異なる相互作用や基質認識が存在する必要があり、そのため複合体形成が困難なのではないかという可能性が示唆された。8 種類の遺伝子変異型 CYP1A2 の複合体構造を予測した結果、6種類（CYP1A2.4、CYP1A2.6、CYP1A2.8 、CYP1A2.14、CYP1A2.15、CYP1A2.16）については、実験結果との対応が見られたが、2 種類の遺伝子変異型 CYP1A2（CYP1A2.11、CYP1A2.13）は、予測された複合体構造が実験結果に対応するものではなかった。これら二つの遺伝子変異型CYP1A2 の酵素活性は、野生型に比較して、CYP1A2.11 は 24 %、CYP1A2.13 は 70 %有しているとされる。しかし、第 III-5 節において予測されたこれらの複合体構造では、ヘムから 7ER の酸化部位までの距離が野生型に比べ 2 倍以上離れおり、酵素反応が進行しにくい構造となっていることが分かった。適切な複合体構造が得られなかった原因として考えられるのは、野生型 CYP1A2においては基質認識に水分子を利用していたことが挙げられる。第 III 章における研究では、水分子を考慮したドッキングを行っていなかったため、基質と残基間の相互作用を正しく予測することができなかったのではないかと考えられた。さらに、第 III-6 節においては、CYP1A2 とフルタミドとの複合体構造をドッキングにより予測し、代謝活性化のメカニズムを詳細に理解することを試みた。ドッキングの対象には、第 III-3 節で得られたリガンドフリーの CYP1A2 の 100 ns のトラジェクトリと第 III-4 節で得られた 7ER との複合体の 200 ns のトラジェクトリのタンパク質構造を利用した。そのドッキングの結果では、フルタミドの酸化部位であるイソプロピル基がヘムに近く、酵素反応が進行しうる複合体構造を予測することができた。しかし、このドッキングにより予測された構造を初期構造として構造最適化と昇温 MD シミュレーションを行った結果、フルタミドが活性部位内で反転し、その酸化部位からヘムまでの距離が大きく離れてしまった。構造最適化などによってドッキング構造が大きく変化した原因としては、ドッキングに用いた初期構造が複合体構造には適さないものだった可能性が考えられる。CYP は基質の結合により大きく構造変化を起こすことが知られている。このことから、ドッキングにより複合体構造を作成する際には、複合体構造に適したタンパク質構造を選別して利用する必要があると考えられた。  本研究では、抗癌剤であるフルタミドを対象として、その薬理活性に影響を及ぼす酵素反応・非酵素反応について検討を行った。第 II 章における実験研究で得られた結果は、今後フルタミドによる光線過敏症の原因物質の特定につながることが期待されるとともに、光に対し安定な芳香族ニトロ化合物を開発する際に有用な情報となることが期待される。第 III 章における計算研究では、薬物代謝酵素の一つである CYP1A2 の生体内環境における三次構造を予測し、その基質との適切な複合体構造を得ることができた。そして、CYP1A2 と基質との複合体は活性部位に複数の水分子を含み、その水分子は基質認識において働く可能性が示唆された。これらの立体構造特性や基質認識に関する情報は、今後の CYP を対象としたドラッグデザインの発展に大きく貢献することが期待される。   審査結果の要旨   本学位論文は、前立腺癌治療薬フルタミドの関わる非酵素的あるいは酵素的反応について、物理化学手法を用いて解析した研究について記述している。まず非酵素的反応に関しては、芳香族ニトロ化合物であるフルタミドに紫外線を照射した際に生じる生成物を実験的に解析した。芳香族ニトロ化合物の光反応については十分な検討が進んでいなかったが、ニトロ-ニトリト転位、光還元、光脱離の各反応生成物の検出に成功した。またニトロ-ニトリト転位を起こす芳香族ニトロ化合物について、従来とは異なった性質を持つ化合物でも反応が進行することを見出している。これらはいずれも検討が十分進んでいなかった反応について新たな知見を与える研究であり、芳香族ニトロ化合物の利用に際して有用な成果である。一方の酵素的反応については、薬物代謝酵素シトクロム P450 1A2（CYP1A2）の立体構造と分子認識機構について、計算化学手法によって推定した。CYP1A2 は遺伝子多型による変異体が多数存在することで知られているが、それら変異体の立体構造について予測し、その基質認識を明らかにした。一般に変異体では変異箇所周辺での変化が注目されることが多いが、変異から離れた部位にも構造変化が起こることを示し、それが酵素活性に影響している可能性を指摘した。また、基質認識の際に水分子が相互作用を媒介する機構を推定し、CYP1A2 の広い基質認識部位において水分子が果たす役割について 3 次元モデルを提示した。これらはいずれも実験的な解明には多大な労力を要するテーマであり、計算によってそれを予測して詳細なモデルを作成したことは野生型および変異型 CYP1A2 による分子認識について検討する上で重要である。これらの理由により、論文提出者は博士（薬学）の学位に値する。 

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