【総説】　高安賞優秀論文賞受賞 : Circulation 129(17): 1751-60 2014年4月掲

Hamada Y

Inaba H

Nishii T

Takase K

Tanaka Y

Taniguchi J

Wato Y

Yoshita Y

Kanazawa University Repository for Academic Resources

 金沢大学十全医学会雑誌　第124巻　第 2 号　37－38（2015） 37【背　　　　　景】　自宅などの病院以外で心停止となった患者の救命率向上は，社会全体の大きな課題である．その救命率を向上させるためには，目撃者/通報者 (bystander) による迅速な心肺蘇生 (cardiopulmonary resuscitation: CPR) の実施が最も効果的である．実際にbystander CPRが実施されると，救命率は2倍以上に上昇するが，bystander CPRが実施されなければ，搬送先の病院で高度な治療を施したとしても救命は困難となる．そのため，世界各国で一般市民向けの心肺蘇生法に関する講習会が積極的に行われるようになった．しかしながら，実際の心停止の現場において，精神的に動揺している目撃者がそのような適切な心肺蘇生を自発的に行う頻度は依然低い．　Bystander CPR実施率を向上させるためには，通信指令員による口頭指導が最も効果的であることが明らかとなっている．口頭指導とは，119番通報を受けた消防署の通信指令員がその通話内容から患者が心停止かどうかを判断し，心停止と判断した場合には，通報者に電話を通して胸骨圧迫 (心臓マッサージ ) などの蘇生法を具体的に指導し，さらに救急隊員が現場に到着するまで，通報者による蘇生を継続させることである (図1)．しかしながら，口頭指導の実施率をどのように向上させるかが問題となってきた．すなわち，通信指令員は通報者からの限られた情報の中で，患者が心停止なのか違うのかを判断する必要がある．そのため，結果的に心停止患者であっても，通信指令員が心停止と判断できず，口頭指導が行われない症例が存在する．この判断ミスを最小限にすることで，口頭指導の実施率を向上させ，さらには心停止患者の救命率を改善する目的で，石川県 medical control協議会は2007年にkeywordを用いた独自の口頭指導法 (2007 protocol) を導入した．この新しい口頭指導法の導入によって石川県の院外心停止患者の救命率を向上させたことを2012年に我々の研究グループが報告した1)．　米国心臓病学会 (AHA) などが推奨する従来の口頭指導法 (standard protocol) では，通信指令員が心停止かどうか判断する時に「意識 (反応 ) の有無」と「正常な呼吸の有無」の2つの質問を用いており，両方が「なし」と回答された場合に心停止と判断している．しかしながら，通報者が意識と呼吸に関して「分からない」と回答した場合には，心停止とは判断していない．2007 protocolでは，「分からない」と回答した症例に関して，あらかじめ設定した10個のkeywordから2個以上が通報者より得られれば心停止と判断し，口頭指導を開始する点が大きく異なっている．　本研究では，我々の2007 protocolの有効性を検証するために，心停止患者に対する感度・特異度を算出し，世界各国で一般的に普及しているstandard protocolと比較した．さらに，口頭指導の実施に対する阻害因子と，口頭指導を行ったが通報者が従わなかった口頭指導の失敗に関連する因子の同定を行った．【結　　　　　果】　我々は2009年から2011年にかけて，石川県の消防署が前向きに集積した口頭指導に関するdataを解析した (図2)．全救急搬送患者108,365例中，心停止は3,141例であり，口頭指導は2,747例に行われた (87.5%)．口頭指導が行われたが，実際は心停止ではなかった症例は417例であり(15.2%)，その内257例 (61.2%)にbystander CPRが施行された．しかしながら，患者に対する明らかな有害事象は認めなかった．口頭指導に従ってbystander CPRが行われた受け入れ率は75.9% (1,382/1,822)とこれまでの報告の中で最も高かった．一方，口頭指導が提供されたにも関わらずbystander CPRが実施されなかった口頭指導失敗率は24.1% (440/1,822)であった．また，心停止患者全体に対するbystander CPR実施率は61.8% (1,809/2,926)と高値であった．　次いで，我々は2007 protocolの有効性を示すために，2007 protocolとstandard protocolを比較し，感度 (心停止患者に対して正しく口頭指導が行われた割合 ) と特異度 (非心停止患者に対して口頭指導が行われなかった割合 ) を算出した．結果として，それぞれ感度は72.1% vs. 【総説】　第13回　高安賞優秀論文賞受賞 論文 「Survey of a Protocol to Increase Appropriate Implementation of     Dispatcher-Assisted　Cardiopulmonary Resuscitation for Out-of-    Hospital Cardiac Arrest」  　　　Circulation   　　　129(17):1751-60　2014年4月掲載　　「院外心停止患者に対する口頭指導の実施率向上を目的としたプロトコールの検証」 Tanaka Y, Nishi T, Takase K, Yoshita Y, Wato Y,  Taniguchi J, Hamada Y, Inaba H.図1．口頭指導について 38 50.5%，特異度は99.6% vs. 99.8%であった．この結果から2007 protocolを用いる事で多数の患者の中から心停止患者をより高率に選別でき，結果として口頭指導実施率が向上することが明らかとなった．　口頭指導が行われた563例の心停止患者と229例の非心停止患者から得られた10個のkeywordの割合を評価すると「特殊な状況」，「胸痛」，「特定の疾患既往」は心停止症例に優位に高値であった (図3)．さらに我々は心停止症例に対して，口頭指導が実施された症例と実施されなかった症例を比較し，患者や通報者の背景/特性を調べた．口頭指導が実施されなかった症例の修正オッズ比と95%信頼区間を求めると，65歳未満患者 (1.01, 1.01-1.02)，自宅以外での心停止 (1.49, 1.04-2.13)，目撃された心停止 (1.61, 1.30-1.98)，異常な動きや痙攣 (3.39, 1.75-6.42)などであった．また，口頭指導は実施されたが，bystander CPR未実施であった口頭指導失敗に関しては自宅での心停止 (1.61, 1.01-2.57)，通報者が家族 (1.55, 1.01-2.41) などであった．【結論と考察】　我々の2007 protocolは1：口頭指導実施に関する感度が72.1%と複数の報告と比較して最も高い， 2：口頭指導の受け入れ率が75.9%と複数の報告と比較して最も高い，3：口頭指導が実施された非心停止症例への合併症が認められない， 以上より有効性がきわめて高いと考えられた．また，石川県の心停止患者の1ヶ月生存率は2010年，2011年と2年連続日本1位であり，その要因の一つは効果的な口頭指導法の導入であると考えられる．　我々は，本研究で患者が心停止であると正しく通信指令員が判断するのに有効と考えられる「特殊な状況での心停止」，「胸痛」，「特定の疾患既往」というkeywordを同定した (図3)．通信指令員は，これらのkeywordを質問に加える事でより正確に心停止と判断できる可能性がある．さらに，若年者と目撃された心停止症例に対して，口頭指導が提供されにくいことが判明した．これらの症例は，本来救命率が高い事が知られており，積極的な口頭指導の提供が必要であると考えられる．原因として，これら症例は予想できない心停止であった可能性が高く，通報者の精神的な動揺が強い傾向にあり，通信指令員が通報者から正確に情報を聞き出せなかった可能性がある．　心停止の多くは自宅で発生し，結果としてその家族が目撃者である場合が多い．本研究で，自宅での心停止症例には口頭指導は提供されやすいが，bystander CPRは実施されにくいことが判明した．我々の他の大規模研究でも，特に日中に家族が目撃した心停止症例はbystander CPR実施率が低く，結果として救命率が低値であることが判明している2)．複合的な要因が考えられるが，少子高齢化社会が顕著である日本では，日中に高齢者夫婦のみが自宅にいる場合が多く，心停止に対する適切な対応ができないという問題も考慮する必要がある．　救命率をさらに向上させるためには，119番通報は救急車を要請できるだけでなく，有効な口頭指導が得られるという事実を社会全体が認識する必要がある．さらに，本研究の結果に基づいて，自宅で家族が心停止した場合などを具体的に想定した新しいシナリオを用いた心肺蘇生法の講習会の開催も効果的であると考えられる．また，同時に通信指令員に対しても口頭指導のさらなる工夫が必要である．　今回の研究により，我々の新しい口頭指導法は従来の方法よりも心停止に対する感度が高いことが明らかになり，日本国内のみならず，世界各国の口頭指導法の実施基準に影響を与えることになる．その結果として，心停止患者の救命率が向上する可能性が高いと考えられる．【参　照　文　献】 1 ) Tanaka Y, Taniguchi J, Wato Y, Yoshida Y, Inaba H. The continuous quality improvement project for telephone-assisted instruction of cardiopulmonar y resuscitation increased the incidence of bystander CPR and improved the outcomes of out-of-hospital cardiac arrests. Resuscitation. 2012; 83: 1235-1241. 2 ) Tanaka Y, Maeda T, Kamikura T, Nishi T, Omi W, Hashimoto M, Sakagami S, Inaba H.Potential association of bystander-patient relationship with bystander response and patient sur vival in daytime out-of-hospital cardiac arrest. Resuscitation. 2015; 86: 74-81.Profile2008年3月 金沢大学医学部医学科卒業2014年6月 金沢大学大学院医学系研究科血液情報発信学博士課程早期修了2014年9月 金沢大学医薬保健研究域医学系協力研究員図2．Overview Top：口頭指導に関する独自のdataの解析 Bottom：ウツタイン様式に基づいた搬送患者全体のdataの解析図3．心停止を判別するために用いられたkeywordの割合 P-values are form χ2 test with Pearson’s correction Black bar：心停止患者 563例から得られた keyword White bar：非心停止患者 229例から得られた keyword ＊：風呂 , トイレ , 寝室 , 介護施設 †：人工透析患者 , 心疾患の既往 , 重度の糖尿病の既往 , 麻痺のある患者

院外心停止患者に対する口頭指導の実施率向上を目的としたプロトコールの検証

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院外心停止患者に対する口頭指導の実施率向上を目的としたプロトコールの検証

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