電子・光子輸送計算コードEGS5の高エネルギーと低エネルギーへの拡張に関する研究

Abstract

 放射線の物質内の輸送過程を理解することは、放射線の利用や防護において重要である。この輸送過程を理解する有効な手段の一つは、輸送計算コードによる計算と実験による測定値を比較することである。EGS5(Electron Gamma Shower version 5)コードは、数keVから数TeVのエネルギー領域において計算可能な電子・光子輸送計算モンテカルロコードである。EGS5コードは数keVから数MeVのエネルギー領域の医学物理分野で多く利用されている。放射線治療分野の発展にともない、EGS5コードの系統的な精度評価が必要である。一方で、EGS5コードは加速器における検出器の開発や遮蔽計算にも利用されている。加速器の高エネルギー化により、高エネルギー領域(数GeV以上)の放射線輸送の精度ある計算が必要である。本研究では、EGS5コードの高エネルギーおよび低エネルギー領域への拡張とその検証のために、以下に述べる三つのテーマの研究を行った。 一つ目は、高エネルギー領域への拡張のため、EGS5コードヘのLPM効果と誘電による抑制効果の組み込みである。高エネルギー領域において重要な物理過程である制動放射と電子・陽電子対生成は、Bethe-Heitler(BH)断面積で記述できることが知られている。Landau、Pomeranchukは、BH断面積が超相対論的エネルギーにおいて抑制されることを指摘し、Migdalによってこの抑制は定式化された(LPM効果)。また、Ter-Mikaelianは、高エネルギー光子の相互作用は抑制されることを指摘し、Migdalによって抑制を含めた断面積が示された(誘電による抑制効果)。この二つの抑制の効果を再現するために、これらの抑制効果を含んだ断面積を、棄却法を用いてEGS5コードに組み込んだ。この断面積の組み込みによって得られた制動放射による光子のエネルギースペクトルは、LPM効果と誘電による抑制効果における測定値を良く再現した。 二つ目は、低エネルギー拡張のための放射光施設における低エネルギー散乱X線の測定である。8、20 keVに単色化された放射光をターゲットに照射し、ターゲットから散乱されたX線のエネルギースペクトルをSi検出器を用いて測定した。これにより、これまでEGS5コードの検証ができていなかった5 keVから1.5 keVの測定値を得ることができた。Al、Si、Ti、Fe、C、Cu、Agターゲツトからのエネルギースペクトルの実験値と計算値を比較したところ、特性X線において11%以内で一致することを確認できた。 三つ目は、電子後方散乱における検証と改良である。電子後方散乱係数(入射電子数に対してターゲットからの後方散乱電子の数の比率)をEGS5コードを含めた四つの汎用電子・光子輸送計算コード(EGS5、EGSnrc、ITS 3.0、PENELOPE)を用いて計算し、実験値と比較した。3 keVから20 MeVの入射電子エネルギー、4Z92のターゲットで比較したところ、EGS5、EGSnrc、PENELOPEコードは、20%以内で一致した。計算値を実験値と比較した結果、入射電子のエネルギーが数Mevであるときの原子番号の低いターゲットにおいて、計算値と実験値の差が最も大きいことがわかった。この領域を合み系統的に電子後方散乱係数を測定している多幡の実験値に注目し、多幡が後方散乱電子の測定に用いた電離箱の感度の再評価を行った。これにより、多幡の実験値とEGS5コードによる計算値の差は、再評価前で最大2.4倍だったものが再評価後には1.5倍以内で一致することを確認できた。 本研究によって、EGS5コードの既存の電子輸送の精度検証を行い、またより広範囲のエネルギー領域に適用が可能となったことから、EGS5コードの汎用性を向上させた

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