Sasada Yoko

笹田 遥子

Kansai University Repository

天長８年の賀茂祭 : ｢四門人馬」をめぐって著者 笹田 遥子雑誌名 阡陵 : 関西大学博物館彙報巻 77ページ 8-9発行年 2018-09-30URL http://hdl.handle.net/10112/000237928― ―　京都で毎年５月15日に開催される葵祭は、７月の祇園祭・11月の時代祭とともに「京の三大祭」の１つに数えられている。祭に参列する人々が葵を身につけることからその名で呼ばれるようになったが、本来は賀茂祭といい、平安時代に始まった祭である。　賀茂祭は弘仁10年（819）の勅により国家祭祀の１つとなって以降、毎年４月中酉日（中旬ごろ）に行う恒例の祭祀とされた。賀茂神社の斎王である賀茂斎院、天皇の使である内蔵使、近衛使、馬寮使ら総勢400名を超える一行は、まず賀茂御祖神社（現下鴨神社）に参って社頭で神事を行い、次いで賀茂別雷神社（現上賀茂神社）でも同様の儀式を行った［『儀式』賀茂祭儀］。図１　賀茂祭の近衛使　筆者は以前、９世紀の賀茂祭について、六国史や『西宮記』などの儀式書を用いて検討したことがある １）。そこで『日本後紀』散逸などの理由により従来不透明であった９世紀の賀茂祭について、『西宮記』が数多くの勘例を引いていることが明らかとなった。小稿ではその中から天長８年（831）の賀茂祭を取り上げたい。　この年の賀茂祭は穢けがれが発生するアクシデントに見舞われた。穢とは、人の死や出産、食肉などを不浄とする観念で、これに接触した人は清浄の身に戻るまで朝廷の行事や神事に携われないとされた（『日本史辞典』）。以下に『西宮記』を引用する。　　 天長八年四月十八日乙酉。鴨祭。左右馬寮穢有り、仍て親王公卿等に仰せて并びに四門の人馬之を用いる云々、［『西宮記』巻３裏書］　天長８年４月18日の鴨祭（賀茂祭）は左右馬寮に穢が発生したため、親王・公卿らに命じて、穢のあった左右馬寮の人馬の代わりに、「四門の人馬」を用いた。馬は賀茂祭において神社に向かう行列の騎馬だけでなく、下・上社で行う走馬にも用いられたため、欠かすことのできない存在であった。　祭祀にはその等級に応じて斎戒期間が設けられており［『神祇令』12条］、参加する者は穢を避けて行動を慎み、心身を清める必要があったが、穢に触れてしまったり、祭祀を行う場で穢が発生する場合もあった。賀茂祭は準備や中酉日以外の祭祀も含めるとのべ１週間程度の期間を必要としたため、穢に遭う可能性は高かった。実際、賀茂祭停止の原因は穢が多数を占めている ２）。　一方で、穢の程度によっては祭事を遂行することが『延喜式』巻３臨時祭式にみえている。「凡そ宮城内の一司に穢有らば、祭事を停廃すべからず」とあり、宮城内の１官司で穢があっても、祭事を停廃してはならないとされていた。天長８年の賀茂祭の対応はこの規定に則したものと思われる。左右馬寮で発生した穢の詳細は不明だが、「四門の人馬」で代用して祭を行うことができる程度であったのだろう。それでは、この「四門の人馬」とは一体何であろうか。穢によって場所を代える場合は具体的な名称を示すので ３）、天長８年のような例は珍しい。　そこで「四門」の意味を明らかにするために用例を探してみると、大晦日に行われる年中行事である追つい儺なの例が散見される［『延喜式』巻13大舎人寮式など］。式によれば当日追ついなのとねり儺舎人を「四門」に分配するとあり、天長８年の賀茂祭─「四門人馬」をめぐって笹　田　遥　子図２　大内裏図9― ―その門は宜陽門・承明門・陰明門・玄輝門で、内裏の東西南北にある門である。続いて「宮城四門」より疫鬼を追い出すが、これは陽明門・朱雀門・殷富門・達智門とあって、こちらも大内裏の東西南北に位置する（図２）。また貞観５年（863）の御霊会では、都鄙の人々を招き入れるため宣旨により神泉苑の「四門」を開門したことがみえる［『日本三代実録』貞観５年５月20日条］。この「四門」は、文意と追儺の例から東西南北の門と考えるのが妥当であろう。以上から、「四門」とは東西南北の門を指すように思われるが、そう仮定すると以下の問題が生じる。　注意を引くのは『延喜式』巻42左右京職式にみえる、諸門の厩うまや亭ていに関する規定である。それによれば、厩亭は左京に三宇（陽明門、待賢門、美福門）および右京に二宇（朱雀門、殷富門）あり、門衛・火長らが警護することになっていた。厩亭は史料に乏しいが、厩は牛馬の舎を、亭は人々が停集する場所を指すので、牛馬を管理する施設であると推定される ４）。またその規模は７間であったという。諸史料にはその姿がみえないが ５）、「年中行事絵巻」に梅宮社の鳥居前に建てられた５間の馬舎がみえており、参考になろう（図３）。　式によれば、厩亭は大内裏の北辺に位置する安嘉門・偉鍳門・達智門には付属しておらず、「四門」を東西南北の門とみなすには問題がある。したがってこの「四門」とは方角ではなく、単に特定の４つの門のことを指していると考えられる。さらに諸門の持つ特徴 ６）から、この４つの門には左京の陽明門・待賢門・美福門が含まれる可能性が高いことが指摘できる。陽明門は公卿・殿上人の通用口で牛車から降りて徒歩で入る門、待賢門は主に官人が出入りする通用口で祭や儀式の際には公卿らも利用し、牛車から輦車に乗り換えて入った門である。美福門は壬生御門ともよばれ、天皇や上皇が出入りしたほか、その掖門は牛馬による物資運搬の通用口としても用いられた。以上のように、厩亭のあった門のうち特に左京三宇の諸門については、公卿や官人が頻繁に出入りに用いた門であることが確かめられる。　すなわち『西宮記』記載の「四門」とは、牛馬を管理する施設である厩亭があった陽明門・待賢門・美福門の３門を含んだ門であり、「人馬」とはその厩亭に停められていた親王・公卿の馬と、その馬副らを指すと考えられる。残り１つの門については、上記の３門から遠い殷富門を選ぶとは考えにくいので、宮城の南面中央に位置する朱雀門だと仮定したい。　平安時代、賀茂祭の祭祀の等級は中祀とされ、数ある恒例祭祀のなかでも重要な位置を占めていた。ゆえに執行すること自体も重視されていたと考えられ、『延喜式』にあるように、穢の程度によっては別のもので代用するなどの対応をとって祭が行われた。天長８年はその一例で、穢のあった左右馬寮の代わりに、臨時の措置として親王・公卿らに命じて「四門」─厩亭のあった左京三宇の門と朱雀門の人馬を、恐らく賀茂社へ向かう行列の騎馬か、走馬のための馬に充てたと考えられる。［注］１）拙稿「九世紀の賀茂祭─『西宮記』・『日本三代実録』からみたその実態─」（『史泉』126号、2017）２）拙稿、前掲。弘仁10年から仁和３年の間で賀茂祭の実施が確認できる37例のうち、停止は11例で、そのうち８例が死・火穢であった。３）貞観３年（863）は、内蔵寮で人死の穢があったため、祭使は縫殿寮より進発して社に向かった（４月辛酉条）。元慶２年（878）は、死穢に染まった左近衛官人が陣座に入ったため、祭使らは天皇と対面せず、内蔵寮より社へ向かった（４月乙酉条）。出典はいずれも『日本三代実録』。４）「左右京職式 16条」（虎尾俊哉編『訳注延喜式・下』、集英社、2018）では、警備にあたっていた門衛・火長が用いた牛馬の小屋である可能性を示す。５）裏松光世『大内裏図考証』は、厩亭を各門にあった仗舎（衛門府の門部が守衛した詰所）に充てている。６）西本昌弘「建部門参向者交名をめぐる億説」（『日本古代の王宮と儀礼』、塙書房、2008）［出典］図１　 「賀茂祭の行列」（吉田光邦、小松茂美『日本絵巻大成８ 年中行事絵巻』、中央公論新社、1987）図２　 「大内裏図」（裏松光世『大内裏図考証』、明治図書出版、1955）図３　「梅宮祭」（図１に同じ）博物館学芸アシスタント  文学研究科博士課程後期課程在学図３　梅宮祭の御馬立舎

天長８年の賀茂祭 : ｢四門人馬」をめぐって

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