Sun Dongfang

孫 東芳

Kansai University Repository

近代日本が導入した米欧女子教育の理念と制度の研究 : 津田梅子の女子英学塾と下田歌子の実践女学校を中心に [論文要旨及び審査の要旨]著者 孫 東芳発行年 2020-09-20学位授与機関 関西大学学位授与番号 34416甲第809号URL http://hdl.handle.net/10112/000212991   ［12］ 氏        名 孫そ ん 東芳とうほう 博士の専攻分野の名称 学 位 記 番 号           学 位 授 与 の 日 付           学 位 授 与 の 要 件           学 位 論 文 題 目           博士（文化交渉学） 東アジア文化博第 60号 2020年 9月 20日 学位規則第 4条第 1項該当 近代日本が導入した米欧女子教育の理念と 制度の研究 ―津田梅子の女子英学塾と下田歌子の実践 女学校を中心に 論 文 審 査 委 員           主 査 教 授 陶 徳民 副 査 教  授 吾妻 重二 副 査 教 授 藤田 髙夫  論 文 内 容 の 要 旨 本論文は序論、本論（「西学東漸における津田梅子とアメリカ及びその女子教育思想」、「西学東漸における下田歌子の欧米経験及びその女子教育思想」、「実践女学校と女子英学塾の創設と実践」という三部九章）および結論より構成されている 序論では、フェミニズムの問題のほか、伝統固持か西洋受容か、国家本位か個人本位か、それとも対立する両者の折衷融合か、といった本論文の問題関心と問題意識に触れたのち、明治の女子教育の素地を準備した江戸時代の教育普及の歴史事実を確認し、本論文の主要研究対象である梅子と歌子の生い立ちを簡潔に紹介した。 第一部「西学東漸における津田梅子とアメリカ及びその女子教育思想」は次の二章から構成されている。第一章「津田梅子のアメリカ留学事情と日本女性への関心と啓発」において、二回にわたる米国留学を経験し、自由主義の啓蒙教育を受けた梅子が、同時代の日本人女性の地位の低さを痛感し、その地位を向上させたいという使命感をもつようになった経緯を明らかにした。  第二章「日清戦争における津田梅子の日本婦人の姿と宗教観―Japanese Women and the War を手がかりにして―」では、日清戦争直後、即ち 1895（明治 28）年 5 月と 6 月に、梅子が米誌 The New York Independent に発表した二つの同題文章を解読し、そこに現れている日本女性への関心と戦争観、および梅子が気づいた当時日本人の「愛国心」とキリスト教徒の敬神姿勢との相似性などについて考察した。 第二部「西学東漸における下田歌子の欧米経験及びその女子教育思想」は次の三章から構2  成されている。第三章「『国のすがた』をめぐる下田歌子と三島通庸―自由民権運動末期の教科書採用について―」、警視総監三島通庸（1835-1888）に宛てた 49通の歌子の書簡を手がかりに、歌子が執筆した道徳教科書『国のすがた』が 1887（明治 20）年に三島の名義で刊行された経緯とそれをめぐる政界の動向と賛否両論について検討した。 第四章「日清戦争前後の下田歌子の欧州視察と文化交渉―『泰西婦女風俗』を手がかりにして―」においては、日清戦争期における歌子の経歴と第二章の梅子の分析を比較して考察した。1893年（明治 26）9月より 1895年 8月までの二年間、歌子は、皇女たちの御養育主任を担当していた枢密顧問官佐々木高行に派遣された教育掛として、イギリスに滞在し、ヨーロッパ諸国を視察した。第一節では、当時の駐英公使青木周蔵と、ヴィクトリア女王に謁見する際にどのような礼服を着用すべきかについて意見の齟齬が生じたが、歌子は日本女性の矜持を示すために、和服姿で謁見することを決意し、その結果、『ロンドン・タイムズ』に「戦勝国日本の女性の伝統の正装」という大見出しで歌子が報道されたことなどを論じた。第二節においては、帰国四年後に出版された『泰西婦女風俗』（大日本女学会編「女学叢書」第一巻、1899 年 8 月）にもとづき、欧米女子教育は貴族女子教育に限らず、諸階級の家庭の躾や学校教育、特に中流階級の婦女の生活慣習や教養・マナーの現状およびその「内治」と「外交」の在り方に関する歌子の詳しい観察記録を、表にまとめて分析した。第三節では、「西洋文明の根源」であるキリスト教に対する歌子の認識、学校教育における宗教的な徳育により育まれた生徒たちの倫理観、忠誠心と勤勉精神に対する歌子の感心を分析すると同時に、一部の神父たちの不祥事に対する歌子の批判などにも触れ、教育勅語が発布された当時の日本の道徳教育の現状と考え合わせて歌子の宗教観を紹介し、欧米経験の歌子への影響を論じた。「おわりに」では、欧州視察中、歌子がヴィクトリア女王、青木、そして寄宿先のゴルドン夫人などとの文化交流活動を評価し、伝統と革新の融合、そして、東西文明が交錯する中での歌子による取捨選択のスタンス、およびその理想的女子像を確認した。  第五章「近代日本の皇族女子教育思想について―下田歌子著『内親王殿下御教育意見』を手掛かりにして―」において、学習院と華族女学校の全盛期における歌子とその著述を取り上げ、女子教育構想、特に貴族女子教育思想の内実と特徴を分析した。第一節では、学習院とその後継である華族女学校の由来、またその中で歌子の女子教育第一線への登場を紹介した。第二節において、西村茂樹の徳育論を比較対象として、当時華族女学校の実力者である歌子が行った教育活動、例えば、『和文教科書』の著作や「海老茶式部」の創案などに考察を加えた。第三節では、『内親王殿下御教育意見』を中心に分析し、歌子の皇族女子教育思想の特徴は、「体徳智」を涵養すると主張したことにあり、その「徳」は国民が仰ぐべき、皇室を中心としての道徳、婦徳、つまり従来の「孝順貞烈慈愛の德」であると指摘した。「おわりに」において、歌子の貴族・皇族女子に関する教育思想は、体徳智の三方面の教育を統一し、古来の婦人の徳の長所を生かしたものと、歌子が認識した欧米の教育理念を有機的に融合したものであることを明らかにした。 第三部「実践女学校と女子英学塾の創設とその実践」は四章から構成されている。  第六章「女学校の創設と明治国家―下田歌子と津田梅子の比較を中心として―」において、歌子の実践女学校と梅子の女子英学塾の創設過程を重点的に考察した。まず第一節では、明3  治初期から中期の政府の教育方針を手掛かりにして二人が学校創設以前の教育環境を究明した。第二節と第三節においては、実践女学校と女子英学塾の創設の過程をそれぞれ詳細に検討した。そこでは、二人の女性教育者が、明治政府とどのように「距離」を置いたのか、また、両学校に見られる女子教育の方針はどちらが当時の主流になったのかを検討した。  第七章「実践女学校と女子英学塾における欧米女子教育の導入と比較」では、二人の教育者がこれまで経験し体得したものが、どのように「実践女学校」と「女子英学塾」という形で実ったかについて論じた。第一節においては、実践女学校の規則に始まった「良妻賢母」の養成という教育方針、また、学科の課程・雇用された教師・生徒たちの進路の面から見る実践女学校の「和魂洋才」の理念が明らかにし、帝国婦人協会の組織から大衆女子教育の推進までの変化もまた実践女学校の特徴だと確認した。第二節では、梅子が国際標準にのっとり教育の中で「オールラウンド・ウーマン」の理念を貫徹したことを考察した。そして、高等教育とキリスト教育の提唱も女子英学塾の教育コンセプトであることを解明した。  第八章「『婦女新聞』に見る女子英学塾の諸相―1900 年より 1930 年まで」において、女子英学塾の存在意味とその国内外で演じた役割についても考察した。第一節では、女子英学塾にとって、『婦女新聞』は単なる普通の新聞紙、同塾の宣伝役だけでなく、終始塾を支えた味方であり、同じ事業を進めた盟友の交流の場でもあったことを明らかにした。第二節においては、『婦女新聞』に基づき、同塾の国内貢献は次の二点にあることを検証した。第一に、米国留学奨学金という形式により多くの日本人女性を米国の大学に送ったこと。第二に、同奨学金で多くのすぐれた日本人英語教師を輩出したこと。第三節では、『婦女新聞』の報道に基づき、塾の戦時への貢献を考察した。同塾は、日露戦争の際の寄付金拠出と前線に対する後方支援的役割を果たした。また、同塾とアメリカの交流、特に排日問題に関して、女子英学塾の立場は津田梅子の個人的体験に大きく関係していると確認した。  第九章「下田歌子と津田梅子における社会発信及び両者の比較について」では、『日本婦人』、『愛国婦人』における歌子の論調と『英学新報』における梅子の論調から見る二人の社会発信の様相と特徴を検討した。また、二つの学校の大正時代までの具体的な教育活動を考察し、晩年になって、歌子は職業女性、実学教育の方に関心を注いだが、梅子は英文の教科書や雑誌の発行に尽力したことを明らかにした。そして、歌子と梅子の精神の高貴さを認めた上で、パイオニアというべき二人の教育理念の異同を比較した。 結論として、明治大正期に近代化を急ピッチで進めていた日本は、欧米の女子教育制度や教育理念の模倣と導入によって、新しい日本の女子教育制度と教育内容を構築しとうとしたが、一定の成果を上げたと考えられる。その現実の過程は極めて複雑であり、和洋折衷を目指した歌子にせよ、また純然たる西洋化を目指した梅子にせよ、それぞれ自分なりの貢献をした。理想的な女性をどのように育成すべきかについて、欧米経験のある二人の教育者は自分なりの重要な回答を出したといってよい。二人の想い描いた女性像はそれぞれであるが、女子英語教師の養成のための教育にしても、良妻賢母の育成のための教育にしても、いかに近代的な国家意識を持つ日本婦人を作り上げるべきかということが、二人にとって最大の課題であった。二人が提唱した理想の女性像は、「良妻賢母」型の女性にせよ、「人格完全」型の女性にせよ、今なお、家庭型と社会型という二つのタイプの女性として存在しつづ4  けていると考えてよい。 論 文 審 査 結 果 の 要 旨 近代日本女子教育の先駆者である津田梅子と下田歌子について、これまで多くの研究成果が蓄積されている。しかし、明確な問題意識のもとで両者を取り上げて比較研究を行うことはまだ少ないようである。また、日英両語の書物や新聞雑誌における一次資料に基づき、複数の重要事例を真剣に検討したことも評価に値する。しかし、明治大正期に錯綜した社会背景や思想動向に対する把握は不十分な故、一部の事例について立ち入った分析ができなかったという弱点がある。今後の研究の中で改善されると期待したい。 よって、本論文は博士論文として価値あるものと認める。 

近代日本が導入した米欧女子教育の理念と制度の研究 : 津田梅子の女子英学塾と下田歌子の実践女学校を中心に [論文要旨及び審査の要旨]

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