チェスター・バーナード稿、飯野春樹

Chester I. Barnard

Iino Haruki

チェスター バーナード

飯野 春樹

Kansai University Repository

[資料] リーダーシップと法その他のタイトル [Material] Chester I. Barnard, "Leadership andthe Law"著者 チェスター バーナード, 飯野 春樹雑誌名 關西大學商學論集巻 23号 3-4ページ 266-273発行年 1978-10-25URL http://hdl.handle.net/10112/00020969108(266) 【資料lリーダーシップと法チェスター・バーナード稿飯野春樹訳はじめにバーナードのリーダーシップ論は極めて興味深いものである。それがバーナード理論の休系のなかで， もっとも重要な地位を占めているだけではない。多くのリーダーシップ研究の流れのなかで見ても，バーナードのそれは総合的な性格をもつ特異な理論とみなすことができるであろう。本稿の訳出を思いたったのは，このような興味ゆえであった。本稿でバーナードは， リーダーシップ一般について含蓄ある発言をする。それは，卓越を意味せず，英雄的であることを意味せず，また，高い職位にある者がリーダーシップをもっているとは限らないこと。そして， リーダーシップの積極的な面としては，主著で述べられているように， リーダーシップとは「道徳性の創造」であり，それが効果的であるためには， リーダーのなかで組織準則と個人準則とが一致していることが必要である，という。このようなリーダーシップが成功するには，さらにリーダーの説得能力が必須であることを指摘する。本稿は極めて短いものではあるが，バーナードのリーダーシップ論研究にとって有益である。それは，主著やその後の論文（たとえば， “TheNature of Leadership," in Organization and Management, 1948.）での記述に対する補足とみなしうるであろう。そればかりでなく，本稿はバーナードリーダーシップと法（飯野） (267)109 の幅広い活動領域と視野とを示す恰好の証拠である。バーナードは電話会社の経営者以外にも数多くの組織体験をもち， それによって「組織の一般理論」を構築した。そしてこんどはその理論にもとづいて，種々の領域に存在する諸問題を明確に指摘することができた。法律関係者に向けられた本稿も，そのような例の一つということができよう。なお， Leadership.and the Law と題する本稿は， 1951年 9月15日，ニューヨーク大学法学部で開催されたシンポジウムにおけるバーナードの問題提起講演である。このシンボジウムは，ニューヨーク大学法学センクーとして完成したバンダビルト。ホール （元同大学法学部長であったバンダビルト最高裁判所長Chief Justice Arthur T. Vanderbilt にちなんで名付けられた）の開所記念に行なわれたもので，その主論題は「法律家育成における一般教育と法学部教育との関係」であった。午前には「人文科学と法」と「自然科学と法」，午後には「社会科学と法」およぴ本稿にかかわる「リーダーシップと法」という四つの題目のもとに実施されている。ここに参加した多くの鉾鉾たる顔ぶれから，われわれは当時のアメリカ社会におけるバーナードの評価のほどを想像することができる。この第4番目の会場では，，，←-ナードに続いて， AlfredE. Driscollニュージャージー州知事と CarrolM. Shanksプルーデンシャル保険会社社長が討論者として見解発表を行なっている。このシンポジウムの記録は， New York University Law Review, Volume 27, Number 1, January, 1952.に収められている。われわれは，ロックフェラー財団理事長チェスクー・バーナードの発言を，その112-116ページに見ることができるのである。110(268) リーダーシップと法（飯野）リーダーシップと法「リーダーシップと法」という題目はあまりにもたやすく一般論におちいりがちですので， 「リーダーシップ」と「法」という言葉を定義しておくのがおそらく賢明である，と思います。 「法」は，法律の専門家にはあることを意味しますが，他方，一般大衆には他のことを意味します。 「法」という言葉は，主として人ぴとの専門領域と個々の職務のいかんで，人それぞれにとって極めて多くの異なるものを意味します。ジョン・セオドール・マーズ JohnTheodore Merzは，その著『19世紀のヨーロッパ思想史』の緒言で，定義の問題を提起しています。 （以下の文章に）， 「思想」という語の代りに「法」という語を入れてみると，彼が定義について言っていることは，この問題に関する私の硯在のこころもちを正確に反映しています。マーズは次のように述べています。 「私は，これまでわれわれが取扱ってきた用語を精細に説明することが，、この段階で，必要であるとか，また，実行可能であるとか思わない。多くの人たちは， 『思想』〔法］の定義を求めるか，あるいは，自然，人生，およぴ思想〔法］の間の硯実の関係のいっそう正確な記述を求める気になるかもしれない。これらの定義は，もし読者が本書を通読してみて，これらの諸点について抽象的な理論を形成することが必要だということになるのであれば，読者自身にゆだねられるべきである。今どのような定義をしてみても，やっかいで混乱させるような論争にわれわれを確実に巻き込むであろう。私は，誰もがそれになんらかの明瞭な （次のような）意味を結びつけるものと仮定して， 『思想』〔法〕という言葉の一般的で定義されない意味に依拠する。そのなんらかの意味とは，われわれがそこから出発したまさにその一般的命題，つまり，外的な出来事と思想〔法］の世界の背後にある時代ないしは隠れた世界の存在，この内なる世界のたえず変化する性格，および，この二つの世界の間の1) 関連と相互作用，を読者に理解させるような意味である。」1) Merz, History of European Thought in the Nineteenth Century, 4, ~ (1923). リーダーシップと法（飯野） (269)111 「リーダーシップ」という言葉の， 満足のいく有効な定義を与えることが，同様に不可能であると気づかれると私は思います。ある産業の責任ある地位を占める人たちは，その人格的特性が大いに異なっているということが長年にわたって言われてきました。経歴，教育，パースナリティー，情緒的安定性，そして当該個人を作りあげる他のすべてのもの，において大きい相進がありました。これまで， リーダーを記述し， リーダーシップの性質を記述する一般的方法はありませんでした。このような情況は，現在，政府と産業の双方において認められます。われわれの硯在の文明の複雑さの点からみて， リーダーの育成と選定を，自発的な社会的諸力ないしは自生的な出硯にゆだねるだけでは十分でありません。これらだけでは，われわれの社会が必要とするリーダーシップは提供されません。私はリーダーシップの効果的な定義を与えることはできないと感じますが，私は，議論を統制可能な範囲内にとどめておくために，少なくともこの用語の意味にいくつかの限定を加えることはできます。第一に，ここで私が用いるリ ーダーシップは卓越 pre-eminenceを意味しません。 われわれは， ある人が卓越している， 他の人びとよりすぐれている，と実際にいいあらわすとき，彼はその職業におけるリーダーである，ということが多い。パデレフスキーによって例示すれば，彼はその全盛時代には非常に偉大なピアニストでした。 しかしながら彼は， 音楽の発展において，あるいはピアノの先生としてのいずれにおいても， リーダーではなかった。私は，私がこの言葉によって示す意味合いでは，彼を決してリーダーとはみなしません。また，この言葉は英雄的であることを意味しません。英雄的行為，勇気，そして，地位，威信その他価値あるものに関して個人的リスクをあえてする意志が，多分リーダーシップの不可欠な内容であることには疑いはありません。しかし，何らリーダーシップを伴わない多くの英雄的行為があります。名誉勲章が時として授与されるような英雄的行為は，大きい個人的犠牲を払112(270) リーダーシップと法（飯野）おうとする没我的な意志を含みますが，必ずしもリーダーシップを伴うものではありません。リーデイング私が明確にしておきたい，他の混同しやすい点があります。指導的地位をリーダー占めている人が，まさにその理由によって指導者である，とあまりにも一般的に仮定されます。多くの指導的地位がリーダーによって占められていないことは，公的生活においても産業においても，不幸にして真実です。リーダーシップの過剰ではなく， リーダーシップのはなはだしい不足があるのが硯実です。「リーダーシップ」という言葉の積極的な考察を試みるならば，私はかつ2) て他の所で次のように言ったことがあります。全体としての創造機能がリーダーシップの本質である。この機能は，それを成功的に行なうためには， リーダーの見地から見て個人準則と組織準則の一致を意味するような信念の要素を必要とするゆえに，それは管理責任の最高のテストである。このような一致が，組織の構成員に対し，公式組織の基底にあって不誠実を最もすみやかに感じとる非公式組織に対し，信念を伝える同化作用である。私はいま，以上の所説に， リーダーの必要不可欠な用具は説得能力であるという私の所信を付け加えたい。人びとは模範によって，信望によって，議論によって説得されます。説得のなかみには無数の組合せがあります。しかし私のいいたい論点は，ー一法律家に対しては，他の専門職のグループにくらべて， それほどいわなくてもよいのですが一―—教育のある人たちの多くは，説得には何かひどく攻撃的なものが含まれている，と感じているということです。これは正しくありません。われわれは説得の真の重要性に対するこの誤った評価を正さねばなりません，とくにそのような修正がよりよいリーダーシップに貢献しうるのですから。私は，説得の技術が法律専門職において十分に発達していないし，その重要性が完全に圏識されてはいない，と2) Barnard, The Functi暉 sof the Eズecutive,281 (1938). リーダーシップと法（飯野） (271)113 いうパンダビルト最高裁判所長の言葉に賛成です。以上のことを背景にして，私は次の三つのトピックスを簡単に論じたいと思います。第一に，法律家のリーダーシップの機会と義務とを取扱います。第二に，法律の複雑性がリーダーシップに及ぼす影響，第三に，法律のまずい管理がリーダーシップに及ぼす影響，です。かつて法律専門職のメンバーによって行使されたリーダーシップが目立って低下してきた，ということを私は聞き及んでいます。もしこのことが本当なら，それは，多くの点で過剰な専門化に悩んでいるわれわれの社会の自然な結果であると思います。それはまた，この世で起っていることの多くがわれわれにはわかっていないという事実に関連しています。たとえば， 100年前には，人は自分が農夫でなくても農耕について随分と理解していました。彼は農夫と語りあい，実地の農場を見ていました。今日，この街（ニューヨーク）には，この基本的な主題（農業）について不完全な概念しかもたない人たちが沢山います。彼らはもはや農耕を見ていないし，また彼らは農夫たちと話をするチャンスをもちません。プルークス・アダムス Brooks Adams がおよそ40年前に，その著書『社会革命の理論』のなかで述べている次の所説に私は賛成です。すなわち， 「明らかに現代社会は，もしそれが凝集すべきであるならば，裔度の総合化する心 generalizingmind―せいぜいのところ，すこしだけを高い費用をかけて作り出しうるにすぎない心ーーをもた3) なければならない。」リーダーシップは，個々の法律家の幸福，所得あるいは威光を増大することを意味しません。リーダーシップは，利己主義的な立場の犠牲を伴い，そしてつねに伴うでしょう。私は，法律専門職におけるリーダーシップの育成が，他のいかなる専門職におけるよりもいっそう重要であると信じます。むろん，われわれの社会のすべてのリーダーシップが法律家から生れてくるのが理想であるとはいえないでしょうが，しかしすべての専門職グループのうちで，法律家はもっともコンスクントに人間開係，つまり人びと，集団およ3) Brooks Adams, The Theory of Social Revolutions, 217 (1914). 114(272) リーダーシップと法（飯野）び法人組織の間の関係，にかかわりあっています。エンジニアは，その仕事は社会的性格をもつとはいえ，人間関係の諸問題との接触では大いに限られています。医師もまた，諸個人を取扱っているとはいえ，ようやく最近になって人間関係の諸問題を多くの病気の源泉として強調するに至ったにすぎません。なさるべき重要なことの一つは，法律家にリーダーシップのための真の刺激を浸透させることです。私は，これは奉仕の剌激であり，金銭，威光あるいは個人的栄光の剌激ではないと信じます。これは大いに道徳の問題です，そして，もし法律専門職がよりよいリーダーシップを提供すべきであるのならば，高度の道徳性が法律家の間に育成されなければなりません。実践体験は，そのリーダーシップとの関連で重要です。有能な実業家がおよそ50歳くらいで自分の専門を離れて，はじめて行政の仕事についたときに何が起るかをわれわれは見てきました。彼らはこの分野での経験をほとんどもっていないので，彼らは，自分にはありえないとしか思えぬ，そのような世界に対処するのに失敗します。私は，私自身の若いころの政府サービスにおけるボランティアーとしての経験を，非常に貴重なものと考えています。もし人ぴとが，かなり年をとってからはじめて，社会に対して専門化されていないサービスを提供しようとするならば，彼らは，われわれのコミュニティーにおいて真のリーダーとなるのがむずかしいことに気付くだろうと思います。企業経営をだめにするもっとも容易な方法の 1つは，マネジメントの仕事の複雑さを増大させることです。われわれは誰しも，工業技術システムの複雑さとそれに伴う組織の複雑さがものすごく増大してきたのを見ています。法律家は，法のいちじるしい複雑さと多くの不適切な審理妨害をするどく意識しています。人がある情況に適用すべき法律について助言を求めるときにしばしば， 法律家はその答がわからないと言うでしょう。 このような状態は，過去25年の間にもっとも由由しくなったと私には思われます。その結果として， リーダーシップの挫折が見られます。私は，法曹団体または法律学リーダーシップと法（飯野） (273)115 校がわが国の法律制度と，社会の他の諸部分との関連におけるその複雑さとを研究されることを心から希望します。最後に，法律のまずい管理がリーダーシップに及ぽす影善を考察しましょう。 25年ばかり前に，私は約 2万5千人の従業員を擁する大きい電話会社の経営者に任命されました。この仕事について 1, 2年して，部下の部長の 1人が私に，この組織に対する私の真の貢献が何であったかを私が理解しているかどうか，と尋ねました。彼は続けて言いました。 「あなたがやったかもしれない他のいかなることによるよりも，あなたはすばやい意思決定によってより多くのことをなさいました」と。 「イェース」あるいは「ノー」と言う能力が，組織内の従業員に与える不決断の麻痺的影響を取り除きます。もし従業員が，どこかその辺で決定を待たねばならぬとしたら，彼らが，なすべき仕事に対する興味を失うのはまったく当然です。私はしばしば，われわれの法律制度の運用における遅延の麻痺的効果について考えます。すでに指摘したように，実業家は，その法的な権利と義務との双方が決定されないでいる間は，大いに妨げられます。私は，法律専門職が，法律的論争のすみやかな解決のスピードをあげることによって，この問題を解消すべきであるし，また，解消できると信じます。そうすることによって，彼らは，われわれの社会におけるリーダーシップに決定的な貢献をなし，そして，、アメリカの法律制度の威信を高めることになりましょう。

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