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原田, 大二郎

Japanese

Meiji Repository (Meiji University)

紫紺の青春言語: Japanese出版者: 明治大学大学史料委員会公開日: 2011-04-11キーワード (Ja): キーワード (En): 作成者: 原田, 大二郎メールアドレス: 所属: メタデータhttp://hdl.handle.net/10291/10544URL紫紺の青春原田大二郎　日本中が東京オリンピックの準備に沸き立っていた。オリンピックには間に合わせると発表された新幹線の青写真に沿って、東海道は土盛りされたりトンネルが掘られたり、それと同時に関西側と関東側を結ぶ名神、東名の高速自動車道路の建設が急ピッチで、各県の国道沿いは土砂を運ぶトラックでごった返していた。首都圏を網羅する道路網の整備、首都高速高架道路の建設。地下鉄工事のラッシュ。植木等サンの『スーダラ節』『ドント節』『ハイそれまでよ』『ニッポン無責任時代』が日本中一12一のラジオから流れて、六十年安保から続いている学生運動が二派、三派と支離分裂して、各大学の正門はその立て看板で埋め尽くされていた。世界を見ると、南ベトナムの米軍事顧問団が解放戦線に対して戦闘を開始し、インドネシア・オランダ間の西イリアン紛争、韓国の学生デモが打ち続きアフリカ諸国は次々と独立を勝ち取って、アジア・アフリカはおおいに揺れていた。アメリカ合衆国では四五歳で大統領に選ばれた青年達の希望の星、J・F・ケネディが、偵察衛星で写した証拠写真を振りかざして、ソ連のキューバへのロケット持ち込みを非難してキューバを海上封鎖、黒人キング牧師の人権差別反対運動と黒人学生の入学を巡る戦争。イギリスのリヴァプールでギターを弾き鳴らしていたビートルズという、全世界中の若者が短髪だった当時としては考えられない長髪のグループ・サウンズがアッという間に全世界にその名を知られ、日本にもレコードが上陸しはじめていた。オリンピックに備えて代々木の米軍施設が撤収されて、ここに選手村を作るらしい。千駄ヶ谷の私娼窟は取り払われ絵画館から原宿にかけて一大スポーッ施設が突貫工事で建設されていた。東海道をひた走る例の高速自動車道は、完成後建設費を償却した暁には、ドイツその他の先進国並に無料ハイウエイにすると発表され、道路建設公団と一部の政治屋のために、半永久的資金調達システムが生まれるだろうとは、わが日本国良民の誰も考えていなかった。一九六三年四月である。　甲州街道は府中折り返しのマラソン・コースに決定して、都内の他の道路よりいっそう混雑を極めていた。その渋滞の排気ガスの中にあって、芝生の中に緑の松と満開の桜が点在し、隣接した西本願寺（別院）の都内有数の桜並木を借景にして、緑の屋根に覆われた三階建ての白亜の明治大学の校舎は、実に美しくそびえ立っていた。　山口県から上京して法学部に入学したボクは、卒業後は海外雄飛の商社に入ることが第一の希望で、そのために英会話を上達させたいものと、E・S・S（明大英語部）に勧誘されるまま、入部した。折からのオリンピック熱で、六百人の新入生が集まった。全学生徒四百に満たない田舎の高校からやってきたボクから見ると想像を絶するクラブの規模だった。和泉キャンパスでは、日常一13一のクラブ活動の運営は二年生のコミティー（運営委員会）に任されている。昼の活動として、ホーム・、ミーティング（交流会）を行う。英語による自己紹介、教則本の読み合わせ、簡単なディスカッションなどである。部室や、教室に入ったら意志交流には英語しか使わないという規約があるのだが、そんなものは一ヵ月もするとだれもがすぐに忘れて日本語を使った。なんといっても、互いの気持ちを確かめあうのは母国語を使うに限る。　放課後の活動はディヴェイト、ディスカッション、ドラマとセクションが三つに別れ、それぞれ、対外交流の準備に忙しい。ディベイトは二人一組のティームでアファーマティブ（肯定側）、ネガティブ（否定側）に別れて演題に対して考察討論をする。ジャッジ（審判）によって優劣が決められる。裁判の様式に似ているから法曹界に卒業生をたくさん送りだしている早稲田、慶応、東大、中央などが強かったようだ。ディスカッションの方は、チェア・マン（議長）の統率のもと、円陣を作って親睦討議である。「オピニオン、アディション、オポジション、サジェスチョン」などの動議の出し方がテクニックを要する。三年生になると「関西遠征」という楽しい旅行が待っている。ディベイト、ディスカッション・セクションのメンバーは、みんな国会図書館などに閉じこもって資料を集めていた。ドラマ・セクションは学園祭である和泉寮に上演する活動と、三年前に発足したばかヶの明治、明治学院、上智、成城、学習院による五大学英語劇コンテストの上演活動をやっていた。　そのほかに全学活動のレシテイション・コンテスト（暗唱大会）があり、ケネディの就任演説が課題だったので、あっちでも、こっちでも「ウイ、オブザーブ、トゥデイ。ノット、ヴィクトリアス、パーティ。バヅト、セレブレイション、オブ、フリーダム……」と、緑の芝生の上で、それはかしましいものだった。　春の新入生歓迎会の三里塚遠足、夏の富浦合宿、そして信州の全学合宿を終わる頃には、活動に飽きずに参加する新入生部員は百五十人ほどに落ち着いた。秋になった、一年生旅行で赤城山に登る朝、ケネディが暗殺されたというニュースが号外され、「桜木町」駅のシャッターに貼られたビラを読んで、どうしても信じることが出一14一来なかった。一つの時代が終わったという感じだったが、それは本当は、全世界の青年達にとって、大人達との闘争という一つの時代の始まりだった。　二年生になった五月、全学の総会が開かれた。オリンピックの年だということで新入部員は八百人を数え、勧誘にあたった我々新二年生は鼻高々だった。英語部の活動からは、少しずつ離れながらも、同志友人と徒党を組んで帝国ホテルに宿泊する外人を捕まえて英会話を磨いたり、横田基地を訪ねてアメリカ兵と交流したりしていたボクを一人の先輩が呼び出した。その年の五大学英語劇の演出を委任された人望のある三年生だった。英語劇コンテストに出演するキャストのオーディションを受けうと言う。E・S・Sの総会の行われている七番教室の大講堂の横手で三時間断り続けて、ついに断りきれずに受けてみることにした。　オーディションに受かって、ギリシャ悲劇『メディア』のイアソン役を演じることになったボクは、それまで舞台劇など見たこともなかった。ただ台本が頼り。毎日台本と首っ引きで、演技の世界にのめり込んでいった。十月十五日のコンテストに向かって、わき目もふらずに夜遅くまで練習して飽きることがなかった。夏休みも無いのと同じだった。合宿し、練習し、ただやみくもに面白かった。終電に乗り遅れ部室に新聞紙をひいて寝たこともあった。寝食を忘れて芝居に打ち込んだ。　九月のある日、稽古中に、精神集中の彼方にある解放感が僕を襲った。身体中の筋肉が解放され、セリフは流れるようにボクの口から出ていく。手を伸ぽすと電流のようなしびれが背筋を流れ、気持ちを高揚させてくれる。自分の他にもう一人の自分が、背後霊のように後ろに控え、盛んに演技指導をしている。相手役の稽古着が、立派な女王の服に見える。稽古が終わって、先輩達が駆け寄って涙を流しながらボクに握手を求めてきたときに、ボクは一生を演劇に捧げようと心を決めた。　仮想の舞台上で繰り広げられる真実は、どんな事実の積み重ねよりも、人を感動させるように思えたのである。一15一

紫紺の青春

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