14243

Arai, Koki

アライ, コウキ

荒井, 弘毅

Kyoritsu Womens University & Junior College: KWU Repository / 共立女子大学リポジトリ

1 書評『The Institutional Structure of Antitrust Enforcement』Daniel A. Crane 著 (2011) Oxford University Press, New York, NY.  共立女子大学ビジネス学部 荒井弘毅   米国反トラスト法には幾つかの特に著名な必読書とされるものがある。Areeda Turner Hovenkamp『Antitrust Law: An Analysis of Antitrust Principles and Their Application』(1978)、Richard Posner『Antitrust: An Economic Perspective』(1976)、Robert Bork『The Antitrust Paradox: A Policy at War with Itself』(1978)、Herbert Hovenkamp『The Antitrust Enterprise e: Principle and Execution』(2005)、Jonathan Baker『The Antitrust Paradigm : Restoring a Competitive Economy』(2019)。本書は、これらの書に勝るとも劣らない米国反トラスト法の良質な解説書であり、議論すべき点を指摘するものである。これらの書籍はいずれも時代的背景を踏まえたものとなっており、その時点時点での反トラストの課題を的確に指摘するとともに、対処方針を提言し、議論を巻き起こしてきた。本書は、それらと比べると、もう少し息の長い制度全体を議論の対象としたものであり、中で述べられている議論も漸進的なものが主となっていると感じられる。  少し丁寧に本書を紹介したい。第 1 章は、反独占主義と企業再生と題して、反トラスト法立法時の状況を概観する。米国の反トラスト法執行制度は、その多くが法廷で行われる裁定が中心であり、諸外国と大きな違いがある。法廷での判断の大半は、積極的または構造的な調整というよりも、規範に照らして過去の行為を判断することである。米国の反トラスト法執行の特徴は立法史よりも会社法との関係、特に連邦議会に設立認可権を認めることの是非をめぐる議論を掘り下げる必要がある。憲法制定当時、英国のコモン・ローに由来する会社定款に対する懐疑論が深く根付いていた。自由な法人設立法、特に資本や経営権が少数の手に集中する可能性については、懸念が高まっていた。当初、反トラストの執行は主に州の責任であった。各州の検事総長は、会社の定款を逸脱した行為に異議を申し立てるため、令状執行令状を採用していた。シャーマン法の立法過程は複雑であったが、その採択により、企業構造の規制から反競争的慣行の罰則化へと焦点が移った。議会は企業規制モデルよりもこの犯罪・不法行為モデルを選択した。セオドア・ルーズベルト大統領は、個人的には反トラスト法に懐疑的であったが、企業統制法を支持した。ルーズベルトの後継者であるウィリアム・ハワード・タフトは、連邦法人化法案の提唱を続けたが、1911 年のスタンダード・オイル事件などの重要な司法判決や、その後の政治的動向によって、こうした努力は影を潜めた。1912 年の選挙では、ウッドロー・ウィルソンがルーズベルトに勝利し、1914 年に反トラスト法が制定されることになった。しかしウィルソンは、連邦政府による企業の直接規制を警戒し、そのような戦略を社会主義と同一視していた。1914 年、クレイトン法と連邦取引委員会（FTC）法が制定され、FTC は執行機関として登場したが、多くの人々が期待していた規制権限はなかった。米国の反トラスト法の枠組みは、歴史的に犯罪-不法行為モ2 デルにより傾いており、意思決定権を一般主義的な裁判官、陪審員、民間訴訟当事者の手に委ねており、この傾向は米国の反トラスト法の制度構造に深く影響を与え続けている。  第 2 章では、二重連邦執行の不思議なケースと題して、大企業に対する連邦規制と一般化された競争規範の執行の二律背反を取り上げている。また、これが連邦取引委員会（FTC）と司法省反トラスト局という 2 つの反トラスト執行機関の設立につながったとする。反トラスト部門が刑事と民事の両面で反トラスト法の執行を厳格に遵守するのに対し、FTC は両者のビジョンを統合したものである。FTC はもともと進歩主義的、技術主義的な影響を受けて設計されたが、反トラスト部門と同様、専門的な法執行機関として運営されている。  第 3 章では、 民間エンフォースメントを説明する。反トラスト法を独立した不法行為とみなし、企業規制から分離するという決定は、あらゆる違反に対して損害賠償を求める私的権利の確立につながった。シャーマン法導入後数年間は、私的強制執行は公的強制執行の補助的なものであり、主に公的規制当局が機能しなかった場合に発動される措置であると考えられていた。歴史的に見て、反トラスト法の私的訴訟は珍しいものだった。シャーマン法制定後の最初の 10 年間で、このような訴訟は 6 件しか報告されていない。最高裁が初めて民間の損害賠償請求者による 3 倍賠償訴訟に遭遇したのは、同法が導入されてから 12 年後の 1904 年で、このような裁定を支持した。20 世紀前半の間、私的訴訟はシャーマン法規範の発展にわずかながら貢献し、しばしば特許侵害や契約違反に対する抗弁として登場した。第二次世界大戦後、民間訴訟の急増が見られたが、三倍賠償や集団訴訟の可能性など、こうした訴訟を奨励する要素がすでに存在していたことを考えると、なぜ訴訟の増加が遅れたのか不可解ではある。第二次世界大戦後、反トラスト法の私的執行が急増した。1945 年から 1949 年と 1950 年から 1954 年の間に、新規提訴件数は倍増し、1940 年代には民間訴訟が政府訴訟を数で上回った。1960 年代半ばには、私的訴訟と公的訴訟の比率は 6 対 1 になり、1977 年には 1611 件の私的訴訟が新たに提起され、比率は 20 対 1 となった。その後、私的訴訟の件数は減少し、比率は 10 対 1 前後で安定した。1961 年から 2008 年までの反トラスト法と証券、商標、特許、著作権など他の法律分野との比較分析から、傾向が異なることが明らかになり、反トラスト法のブームが一般的な訴訟の増加のみに起因するものではないことが示唆された。1970 年代後半から 1990 年代半ばにかけて、反トラスト法の私的訴訟は顕著に減少した。この傾向の説明の一つは、責任規範の変化にある。注目すべきは、それまで原告側に有利だった規範が、1970 年代後半から被告側に有利になり始めたことである。より複雑で被告寄りの規範へのこの変化は、複雑さが訴訟を促進する一方で、被告寄りの性質が訴訟を抑制するというパラドックスを提示している。もう一つの影響要因は、政府の訴訟の減少である。歴史的に、多くの私的訴訟は政府訴訟の後追いとして発生した。したがって、公的訴訟の減少は、同時に私的訴訟の減少を意味する可能性がある。裁判所は反トラスト法訴訟の基本的な考え方を再定義し、主に私的訴訟に影響を与えた。シカゴ学派の影響もあり、以前は非難されていた商慣習の多くが競争上良性のものであると提唱し、様々な慣習に対する責任規範を大幅に制限した。この転換はまた、私的訴訟の潜在的な落とし穴、3 特に競争相手の原告や民事訴訟制度の仕組みに関する根強い懐疑主義を反映していた。1970 年代と 1990 年代の挑戦にもかかわらず、私的エンフォースメントは依然として根強い。  第 4 章では、テクノクラシーへの移行を説明している。当初、反トラスト法は進歩的というよりはむしろポピュリストの感情に共鳴するものであった。しかし、年月が経つにつれ、政治的議論における反トラスト法の存在感は薄れ、当初のポピュリスト的性格も薄れていった。イデオロギー的にはポピュリズムからテクノクラシーへと移行した。進歩主義イデオロギーから生まれたテクノクラシーは、当初、貧困、不正、階級対立のない社会を確立するために、産業国家と企業生産を合理的に導くことができるという信念を指していた。そのためには、政治を行政から切り離す必要があり、産業の専門家による規制を求めた。初期のテクノクラートは、資本主義の基礎的要素に反対する進歩的なものであったが、その思想は次第に政治思想の主流に組み込まれていった。歴史家リチャード・ホフスタッターは、1960年代までに反トラスト法はイデオロギーから技術へと進化し、官僚的な組織の中でニッチな専門家グループによって管理されるようになったと指摘した。かつては重要な政治課題であった反トラスト法は、大統領演説や政党綱領における重要性が低下していることからも明らかなように、その重要性が低下している。反トラスト法に対する連邦政府の執行と資金はほぼ安定しており、民間の執行も歴史的な規範に沿っているが、反トラスト法は主要な政治問題からより専門的な関心事へとシフトしている。この「テクノクラート・シフト」は、大統領、政党幹部、下院議員、政治任用者など政治エリートの間で特に顕著である。これらのエリートは、反トラスト法を主に技術的な課題と認識し、政治的な強調を最小限に抑え、慎重に管理するのが最善であると考えるものである。興味深いことに、反トラスト政策は進化しているが、その制度的基盤は変わっていない。つまり、反トラスト法がポピュリスト的イデオロギーからテクノクラート的イデオロギーへと変化しても、制度的な見直しは行われていない。  第 5 章では、規制、裁定、行政と題して、市場管理に対する「犯罪不法行為」モデルと「企業規制」モデルという異なるアプローチを強調している。これは、反トラスト法と規制の双方の目的と方法論の違いを強調するものである。規制が規則や監視を通じて低価格や効率的な生産といった経済的目標を直接達成することを目指すのに対し、反トラスト法はこうした結果をもたらすプロセスを育成することで間接的に達成しようとする。2008 年から2009 年にかけての大不況の後、規制措置は特に金融部門で見直された。消費者金融保護庁と金融サービス監督委員会の設立は、システミック・リスクを監視・管理するための規制努力を意味した。しかし、こうした動きにもかかわらず、競争政策が完全に厳格な規制的アプローチに戻ることはあり得ない。  第 6 章では、評判の悪い反トラスト陪審を取り上げている。自由放任主義に傾倒するシカゴ学派は、本来、大衆的な陪審員に不信感を抱いている。この懐疑論は一学派に限定されるものではなく、スティーブン・ブレイヤー判事のようなシカゴ学派の左派の人物や、ドナ4 ルド・ターナーやハーバート・ホーベンカンプのようなハーバード学派の学者でさえ、反トラスト法陪審の能力について懸念を表明しており、ターナーは民事事件における陪審の廃止を提案している。反トラスト法陪審の意義は、彼らが監督する数少ない事件からすれば最小限のように思われるかもしれないが、その影響力は直接的な裁定の枠を超えて広がっている。今日の民事反トラスト法審理における一般的な傾向は、陪審員の介入を避ける方向に大きく傾いている。この現象は、法制度の実体的規範と手続き的規範の両方に影響を及ぼす。この陪審回避の傾向は、最高裁が証拠の十分性を評価するために異例に介入したブルック・グループ事件などの判決にまで遡ることができる。反トラスト法における陪審の位置付けを考える場合、民事と刑事の状況を区別しなければならない。さらに、このような専門的な事件において、陪審員よりも一般裁判官の方が有能であるかどうかについても議論がある。批判にもかかわらず、憲法上の障壁があるため、反トラスト法陪審は依然として司法制度の不可欠な一部である。  第 7 章では、連邦エンフォースメントの強化について述べられている。第 2 章では、二重の反トラスト法執行機関制度を評価し、その概念上の欠陥と機能不全の両方を明らかにした。こうした批判にもかかわらず、この既存の構造を変えようという政治的な機運は乏しい。したがって、現在の言説は、既存の枠組みを抜本的に見直すことなく、両機関の執行能力を向上させることに軸足が置かれている。FTC には、司法省反トラスト局よりも革新と再編の余地がある。それは、FTC が非能率的であるとか、反トラスト局が優れているとかいう理由ではなく、独立した委員会には、省庁に比べ構造的に柔軟性があるためである。本書は、司法省反トラスト局は FTC との協力を促進することを検討すべきであるとする。FTC は司法省反トラスト局の補助機関として考えられたが、反トラスト法執行のためのFTC 法の協力メカニズムはほとんど活用されてこなかった。歴史的には、両機関は協力的な存在というよりも、むしろ代替的な存在として機能し、セクターを分担し、ケースバイケースで管轄権を決定してきた。著者は、裁判所が FTC の判断を尊重しやすい具体的な状況を提案している。  第８章では、反トラスト連邦制を取り上げている。反トラスト法の権限の適切なバランスの問題である。その核心は、連邦反トラスト法または連邦機関が、相反する州の決定を覆すべきかどうかである。このように連邦機関に権限を与えることは、連邦当局をチェックする州の能力を低下させる可能性があるが、このような措置の必要性を判断することは、反トラスト法執行の理想的な程度をめぐる認識によって大きく左右される。標準的な憲法原則が連邦法を州法に優先させるのに対し、反トラストはこのヒエラルキーを逆転させ、州法が連邦法に優先することを認めているように見える。この逆転は、確固とした政治設計原則に基づく明確な正当性を欠いている。  第 9 章では、私的エンフォースメントの再考を行っている。私的エンフォースメントの主要目標である抑止と補償は、実際には十分に満たされていない。連邦最高裁判所は、民間の反トラスト法違反訴訟は反トラスト法違反の被害者を補償し、政府の取組を強化すべき5 であると主張している。しかし、この制度はしばしば両面で失敗している。政治家は私的救済が被害者への補償に役立つと主張するが、実際にはこの補償は不十分である。反トラスト法上の損害は、静的なもの（独占力による価格上昇による影響）と動的なもの（支配的企業がイノベーションを阻害する場合）に分類される。私的訴訟では、どちらにも効率的に対処できない。反トラスト法は、主として経済的効率性を促進するために設計されているため、私的執行におけるその目的について議論がある。多くの人は、補償よりもむしろ抑止を主目的とすべきであると考えている。この考えは、反トラスト法違反による損害賠償が刑事罰と組み合わされることで、反トラスト法違反の期待収益性が低下するという考えに基づいている。その結果、支配的な企業のリーダーは、潜在的なリスクと罰則を考えれば、理想的には反トラスト法違反を避けることになるはずである。   本書で最後に著者は次の趣旨のことを述べている。現行制度には課題や既得権益があるにもかかわらず、漸進的な改革への希望は存在する。有意義な改革への鍵は、将来を見据えた救済策を小規模に開発し、テストすることにあり、それが成功すれば、将来のより包括的な改革への道を開くことができる。この著者の主張は、米国的な考え方であり、法や政策を分析的にとらえて改善を進める実際的な方針であると考えられる。  著者は丹念に歴史を読み解き、その中で反トラスト法が果たしてきた役割は小さくはないものの、特に近年は技術的な細部の観点の議論が多くなっていると認識していると思われる。そして、反トラスト法を用いた市場支配力への積極的な取組を望んでいるようにも見える。これは最近の反トラストにおけるハイテク企業への特に積極的な法執行を志向するいわゆるネオ・ブランダイスの主張にもつながるところもあると思われるが、著者の主張はもう少し地に足の付いた議論である。本書は、こうした様々な情報を緻密に整理して提示する一級の研究書となっていると考えられる。  2023 年 10 月 4 日 

書評『The Institutional Structure of Antitrust Enforcement』Daniel A. Crane 著 (2011) Oxford University Press, New York, NY.

Abstract

Similar works

Full text

Available Versions

Kyoritsu Womens University & Junior College: KWU Repository / 共立女子大学リポジトリ