Naohara, Jun

Zhuo, Xiaoye

ヂャオ, 小葉

ナオハラ, ジュン

猶原, 順

Japanese

AROUS Academic Repository of Okayama University of Science / 岡山理科大学学術リポジトリ

中国人、ミャンマー人と日本人の毛髪中元素濃度測定 猶原 順*・ヂャオ 小葉岡山理科大学大学院工学研究科生体医工学専攻 １．目的  毛髪中に含まれる微量成分元素は、その生体内の蓄積の指標として法医学、生理学、毒物学、栄養学などの分野で、また新たな問題として注目されている産業廃棄物による公害病との関連において重要視されている 1)。 重金属がヒトの体内に取り込まれる主経路は、食物を介しての経口摂取が主である。食物中には多種類の重金属が含まれており、この重金属の中には必須微量元素（これまでに Fe､Cu､Mn､Zn､Co､Mo､Cr､Sn､V､Ni が必須微量金属であることがわかっており、重金属ではないが I､Se､F､Si､As も必須微量元素である)と呼ばれ、生体が正常に生理機能を営むために欠くことのできないものも含まれている。しかし、一般に重金属は生理作用が強く、必須微量元素も含めて、これらを過剰に摂取すれば生体の機能は障害を受けることになる 2)。 毛髪は、採取、取扱が簡便であり、そして、微量元素の排泄器官 3)（人体内の各種元素の蓄積、代謝、排泄を反映する有効な指標物質といわれている）としての役割を果たしている。毛髪中の微量元素含量を分析することにより、体内の微量元素の状態 4)を知り、微量金属の種類及びその含有率と身体の健康状態との関連については詳しい報告 5, 6, 7)がある。また、毛髪中の微量元素の含有量 8)は、人種や地域、生活環境などにより大きく影響されると考えられる。 本実験では、新興国、発展途上国、先進国の代表として中国、ミャンマー、日本に居住しているヒトの毛髪を高周波誘導結合プラズマ質量分析計（以後 ICP-MS）で測定し、毛髪中元素濃度を明らかにすることを目的した。 ２．実験方法 ２−１ 試料の採取 中国の毛髪は、山東省済南市と四川省成都市で採取した。ミャンマーの毛髪はヤンゴン管区で採取した。日本の毛髪は岡山で採取した。表 1 に試料採取地点と毛髪の状況を示した。 ２−２ 前処理及び元素測定 採取した毛髪を電子天びんを用いて約 0.01 g を正確に秤り取り、テフロン製分解容器に試料を入れ、マイクロピペットを用いて、有害金属測定用硝酸 6 ml を入れ、密閉した。各試料はマイクロウェーブ試料分解装置（Multiwave3000:Anton Paa 製）にセットし、30 分間分解した。分解条件を以下に示した。 分解条件 ・最高出力：600 W・最高温度：150 ℃・最高気圧：10 bar・昇温時間：10 分・分解時間：20 分・冷却時間：20 分岡山理科大学紀要　第59号 A pp. 87-92 (2023)(2023年10月25日受付、2023年11月6日受理)分解した試料をテフロン製分解容器からビーカーに移し、あらかじめ milli-Q Labo（MILLPORE 以下milli-Q 水）で洗浄したシリンジと 0.45 μm のDISMIC を使い、メスフラスコへろ過をした。 この時、容器中の成分をなるべく残さないようにするためテフロン製分解容器の中とビーカーの中をmilli-Q 水で 2、3 回洗浄し、繰り返し作業を行った。ろ液は 100 ml メスアップを milli-Q 水を用いてメスアップし、洗浄された容器に移変えた。その後、冷蔵庫（4 ℃）で保管した。 前処理を行った試料溶液は、ICP-MS により元素分析をした。測定した元素は、Li､Be､Na､Mg､Al､K､Ca､V､Cr､Mn､Fe､Co､Ni､Cu､Zn､Ga､As､Se､Rb､Sr､Ag､Cd､In､Cs､Ba､Hg､Tl､Pb､Bi､Th､Uの 31元素である。 ３．実験結果及び考察 ３−１ 中国人と日本人の毛髪の比較 図 1 は中国人と日本人の毛髪中の 31 元素の濃度の比較を示した。山東省では、Be､In､Cs は 0.01-0.1 mg/kg の範囲であった。Co､Ga､Rb､Ag､Cd､Tl は 0.1-1.0 mg/kg の範囲であった。Li､V､Mn､Ni､As､Ba､Hg､Pb､Bi､Th､U は 1.0-10 mg/kg の範囲であった。Cr､Cu､Sr は 10-100 mg/kg の範囲であった。Na､Mg､Al､K､Fe､Zn､Seは 100-1000 mg/kgの範囲であった。Caは 1000-10000 mg/kgの範囲であった。四川省では、Be､Ga､In､Cs は 0.01-0.1 mg/kg の範囲であった。V､Co､As､Ag､Cd､Tl､Bi は 0.1-1.0 mg/kg の範囲であった。Li､Mn､Ni､Rb､Ba､Hg､Pb､Th､U は 1.0-10 mg/kg の範囲であった。Cr､Cu､Sr は 10-100 mg/kg の範囲であった。Na､Mg､Al､K､Fe､Zn､Se は 100-1000 mg/kg の範囲であった。Ca は 1000-10000 mg/kg の範囲であった。 表 1 に中国人と日本人の毛髪中の Al､Mn､Fe､Cu､Zn､As､Cd､Pb 濃度の平均値を示した。四川省は、健康状況によって、健康区と病気区に分けた。病気区は、参考としてデータを入れた。四川省の平均値は、健康区のみ使用した。四川省の健康区と病気区の毛髪中元素濃度を比較すると、Mn､Fe､Cu､Zn､Cd､Pb はあまり差はないが、Al は約 5 倍、As も約 2 倍程度健康区より病気区で高い値であった。 性別 年齢1 女 372 女 93 女 514 男 515 女 676 女 827 女 468 男 389 女 3610 男 5611 男 4712 女 5413 男 51 男 332 女 423 男 454 女 55 女 66 男 ?7 女 238 女 499 男 4810 女 5511 女 2512 女 1313 女 3014 女 5715 女 38 急性骨盤炎16 女 18 熱17 女 50 低血圧18 女 6 喘息19 男 63 糖尿病20 男 8 熱21 女 5 肺炎22 女 20 貧血23 女 42 リューマチ性関節24 女 11 ADHD25 女 37 急性扁桃腺炎26 女 43 急性胃腸炎27 男 18 急性扁桃腺炎28 女 27 骨盤炎29 女 17 腹痛30 女 47 気管支炎31 女 22 妊娠　8ヶ月32 男 26 風邪33 男 45 急性胃炎1 男 532 女 533 女 234 男 445 女 106 女 507 男 478 男 59 女 4210 女 6311 男 6912 女 2413 女 2814 女 2ヶ月15 女 4816 女 3617 女 3218 女 2919 女 24ミャンマー中国採集地点 健康状況○○○山東省済南市四川省成都市ヤンゴン地域ザローン村民 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○病気区○○○○○○○表 1 毛髪の採取地点と健康状態88 猶原順・ヂャオ小葉山東省に居住するヒトの毛髪中の Al､Mn､Fe､Zn､As 濃度は日本人と比較して、それぞれ 11.8､2.6､2.0､1.2､3.0 倍であった。四川省に居住するヒトの毛髪中の Al､Mn､Fe､Zn､Cd､Pb 濃度は日本人と比較して、それぞれ 4.6､3.0､3.7､2.3､1.9､1.1 倍であった。Cu 濃度は山東省、四川省ともに日本人より低く、0.4､0.7 倍であった。山東省と四川省の毛髪試料とも Al 濃度は岡山市の数倍の高濃度を示した。新興国の中国では、環境汚染が深刻となっている。毛髪中元素は、そのほとんどが食事に由来していると考えられるが、有害元素による環境汚染と有害元素の生物濃縮により、毛髪中元素濃度が高くなったと考えられる。 図 2 に中国人（山東省と四川省）と日本人の毛髪中の Al､Mn､Fe､Cu､Zn､As､Cd､Pb 濃度の平均値の比較を示した。中国の地域の差を山東省と四川省で比較した。山東省と四川省を比べると As で僅かに山東省に居住するヒトの毛髪で高い値を示したが、Al､Mn､Fe､Cu､Zn､Cd､Pb 濃度は四川省で高い値を示した。中国人と日本人を比べると、Cu で僅かに日本人の毛髪で高い値を示したが、Al､Mn､Fe､Zn､As､Cd､Pb 濃度は中国人で高い値を示した。特に、Al は日本人より中国人の毛髪中元素濃度が 10 倍以上となった。 Alは、人体へは摂取しても吸収される量は微量で、ほとんどはそのまま排出される。0.010.1110100100010000Li Be NaMg Al K Ca V Cr Mn Fe Co Ni Cu Zn Ga As Se Rb Sr Ag Cd In Cs Ba Hg Tl Pb Bi Th U山東省四川省日本元素濃度(mg/kg)0.11101001000AlMnFeCuZnAsCdPb山東省四川省日本濃度(mg/kg)表 1 中国人と日本人の毛髪中 Al､Mn､Fe､Cu､Zn､As､Cd､Pb 濃度の比較 図 1 中国人と日本人の毛髪中元素の比較  図 1 中国人（山東省と四川省）と日本人の毛髪中の Al､Mn､Fe､Cu､Zn､As､Cd､Pb 濃度の平均値 中国人、ミャンマー人と日本人の毛髪中元素濃度測定 89Al が、種種の神経疾患の原因物質であることを示唆する報告が多くなり、神経毒として注目されるようになった 9)。Al が体内でどのような役割を果たしているかは、まだよく分かっていないが、人工透析に水道水を用いていた時代に、水道水中の微量の Al を原因とする透析脳症が発生した。そこから「Al がアルツハイマー病を引き起こす」という主張 10, 11)がなされた。しかし、現在ではその真偽は明らかにされておらず、Al とアルツハイマー病との関係は現在では否定的である 12)。３−２ ミャンマー人と日本人の毛髪の比較 図 3 にミャンマー人とは日本人の毛髪中の元素濃度の比較を示した。In､Cs､Tl､U は 0.01-0.1 mg/kgの範囲であった。Li､Be､V､Ga､Ag､Cd は 0.1-1.0 mg/kg の範囲であった。Co､Ni､As､Rb､Bi､Th は 1.0-10 mg/kg の範囲であった。Cr､Mn､Cu､Sr､Hg､Pb は 10-100 mg/kg の範囲であった。Mg､Al､Fe､Zn､Se､Ba は100-1000 mg/kg の範囲であった。Na､K､Ca は 1000-10000 mg/kg の範囲であった。表 3 にミャンマー人と日本人の毛髪中の Al､Mn､Fe､Cu､Zn､As､Cd､Pb 濃度の平均値を示した。ミャンマー人の毛髪中Al､Mn､As 濃度は日本人と比較して、それぞれ 5.7､18.9､3.8 倍であり、非常に高濃度であった。これは、世界的にも有害元素濃度の高い地域であるヒマラヤ山脈を源流とする河川の下流地域にミャンマーが位置しており、そこでの生物濃縮により毛髪中元素濃度が高くなったと考えられる。岩石や土壌由来の汚染された井戸水をミャンマー人が飲用しているためと考えられる。  図 4 にミャンマー人とは日本人の毛髪中の Al､Mn､Fe､Cu､Zn､As､Cd､Pb 濃度の平均値の比較を示した。ミャンマー人とは日本人と比べると、Cu 以外は、日0.010.1110100100010000Li Be NaMg Al K Ca V Cr Mn Fe Co Ni Cu Zn Ga As Se Rb Sr Ag Cd In Cs Ba Hg Tl Pb Bi Th Uミャンマー日本元素濃度(mg/kg)0.11101001000AlMnFeCuZnAsCdPbミャンマー日本濃度(mg/kg)表 3 ミャンマー人と日本人の毛髪中 Al､Mn､Fe､Cu､Zn､As､Cd､Pb 濃度の比較 図 3 ミャンマー人と日本人の毛髪中元素の比較図 4 ミャンマー人と日本人の毛髪中の Al､Mn､Fe､Cu､Zn､As､Cd､Pb 濃度の平均値 90 猶原順・ヂャオ小葉本人よりミャンマー人の方が高い値を示した。それは、ミャンマー人は汚染された井戸水を飲用することで体に吸収したと考えられる。 ４．まとめ 中国（山東省と四川省）、ミャンマー（ヤンゴン地域）及び日本（岡山市）に居住するヒトの毛髪を採取し、ICP-MS で毛髪中の元素濃度を測定した。その結果、以下のことが明らかとなった。 1. 四川省に居住するヒトの毛髪中の元素濃度は健康区より病気区の方が Al は非常に高い値を示した。2. 山東省に居住するヒトの毛髪中の Al､Mn､Fe､Zn､As 濃度は日本人と比較して、それぞれ 11.8､2.6､2.0､1.2､3.0 倍であった。四川省に居住するヒトの毛髪中の Al､Mn､Fe､Zn､Cd､Pb 濃度は日本人と比較して、それぞれ 4.6､3.0､3.7､2.3､1.9､1.1 倍であった。Cu 濃度は山東省、四川省ともに日本人より低く、0.4､0.7 倍であった。山東省と四川省の毛髪試料とも Al 濃度は岡山市の何倍以上の高濃度を示した。3. ミャンマー人の毛髪中 Al､Mn､As 濃度は日本人と比較して、それぞれ 5.7､18.9､3.8 倍であり、非常に高濃度であった。参考文献 1) 黄金旺、樋口英雄、浜言博、中性子放射化分析法による毛髪中の微量元素の定量 -低温灰化と水和五酸化アンチモン処理の適用-、JAPAN ANALYST､Vol.22､1586-1591 (1973)2) 井村伸正、永沼章、環境汚染性重金属のトキシコロジー、科学と生物、Vol.19､No.12､767-776 (1981)3) 加藤 洋、後藤 保正、山本 恵三、体毛中の元素濃度、コ・メディカル形態機能学研究会 第 2 回 学術集会(2004)4) 小倉ひでみ、長谷川玲子、船坂鐐三、小瀬洋喜、25 年間にわたる毛髪中微量元素含量変化の一例、日本家政学会誌、Vol.43、No.1、53-61(1992) 5) 辺修司、金高節子、宮田勝保、中村良治、毛髪中の金属元素の分布に対する一考察、J. Soc. Cosmet. Chem.Japan､ Vol. 28､No. 3､262-269  (1994) 6) 今井良次、フレグランスジャーナル、55､45-52 (1982)7) 田秀芳、喜多知子、喜多青三、下村滋、分析科学、38､553 (1989)8) 狐塚寛、毛髪の放射化分析（第 8 報）毛髪中微量元素含有量に影響する各種要因、THE JOURNAL OF HYGIENICCHEMISTRY、18(1)､7-12 (1972) 9) 森田茂、アルミニウムと神経疾患、生活衛生(Seikatsu Eisei)、34､199-207 (1990)10) 「アルミニウムと健康」連絡協議会ホームページ、http://www.aluminum.or.jp/aluminum-hc/11) Oshima E, Ishihara T, Yokota O, Nakashima-Yasuda H, Nagao S, Ikeda C, Naohara J, Terada S,Uchitomi Y. Accelerated Tau Aggregation, Apoptosis and Neurological Dysfunction Caused by Chronic Oral Administration of Aluminum in a Mouse Model of Tauopathies., Brain Pathology, 23､6､633-644 (2013) 12) 米谷民雄、有害元素の安全性評価における最新の動向と今後の課題、食衛誌、Vol.51､NO.6､325-330 (2010)中国人、ミャンマー人と日本人の毛髪中元素濃度測定 91Determination of element concentration in Chinese, Myanmar and Japanese hair Jun NAOHARA* and Xiaoye ZHUO Graduate school of Engineering Okayama University of Science,  1-1 Ridai-cho, Kita-ku, Okayama 700-0005, JapanHuman hair samples were collected from human residents in China (Shandong and Sichuan provinces), Myanmar (Yangon area), and Japan (Okayama City), and the concentration of elements in the hair was measured by ICP-MS. As a result, the following were found.  (1) The concentration of Al in the hair of people living in Sichuan Province was much higher in sickpeople than in healthy people.  (2) The concentrations of Al, Mn, Fe, Zn, and As in the hair of humans living in Shandong Provincewere 11.8, 2.6, 2.0, 1.2, and 3.0 times higher than those of Japanese, respectively. The concentrations of Al, Mn, Fe, Zn, Cd, and Pb in hair of humans living in Sichuan were 4.6, 3.0, 3.7, 2.3, 1.9, and 1.1 times higher than those of Japanese, respectively, while those of Cu were 0.4 and 0.7 ti mes lower than those of Japanese in both Shandong and Sichuan. The Al concentrations in the hair samples from Shandong and Sichuan were more than twice as high as those from Okayama City.  (3) The concentrations of Al, Mn, and As in the hair samples from My anmar were 5.7, 18.9, and 3.8times higher than those of the Japanese, respectively, indicating very high concentrations.  Keywords: ICP-MS; human hair; toxic element; trace element. 92 猶原順・ヂャオ小葉(Received October 25, 2023; accepted November 6, 2023)

チュウゴクジン ミャンマージン ト ニホンジン ノ モウハツチュウ ゲンソ ノウド ソクテイ

https://ous.repo.nii.ac.jp/record/2000087/files/59a13.pdf

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