ITO, Haruka

イトウ, ハルカ

伊藤, 陽香

Japanese

Tohoku Gakuin University Repository for Academic Information / 東北学院大学学術情報リポジトリ

〈研究ノート〉台湾非 女性とその親との互酬関係への視点言語: ja出版者: 公開日: 2023-10-30キーワード (Ja): キーワード (En): 作成者: 伊藤, 陽メールアドレス: 所属: メタデータhttps://tohoku-gakuin.repo.nii.ac.jp/records/2000023URL 1 〈研究ノート〉台湾非婚女性とその親との互酬関係への視点 東北学院大学 大学院人間情報学研究科人間情報学専攻 博士課程前期課程 2 年 伊藤陽香  はじめに   本稿は、台湾非婚女性がその親との間で持つ互酬関係に注目し、先行研究の内容報告を行うものである。来年度より予定している「現代台湾非婚女性の家族内での自己の位置付けについて」というテーマの聞き取り調査を実施する際、参考にしたい先行研究を検討する。  1. 台湾非婚女性とその親との互酬関係に注目する理由   台湾は親族の結び付きが強い社会として語られることが多く、代表的な議論としては、親族経営の企業が多いこと（沼崎1995）、親族間の家事・育児手伝いが多いこと（瀬知山 1996）、高齢者の高い家族同居率（斧出・藤田 2007）などが上げられる。  かつて台湾は農業社会であり家が最も重要な生産単位であった。現代では稀になったが、漢民族では伝統的に大家族（息子たちが結婚しても親元で一緒に暮らす）が理想とされ、家長が生産消費についての権限を有し、個人は家族の発展のために尽力すべきとされた（宋 1986、植野 1995）。このような背景で家族意識が強い台湾では、育児期においても親や兄弟姉妹によるサポートが最もよく利用されてきた。  しかし昨今、台湾も日本同様に少子高齢化、晩婚・晩産化に直面しており、特に高齢化については日本より早いスピードで進展している（寺村 2021）。親族サポートは兄弟姉妹が多い時代に成立しやすかったものと考えられ、少子化時代の育児期には新たな保育ニーズが生まれてくるとの課題も提起されている（斧出・藤田 2007）。  また日台高学歴女性の仕事・家族の比較研究を行った寺村（2021）は、台湾の場合は結婚・出産による密接な家族関係が女性への負担感につながっている可能性があると分析した。男性よりも女性のほうが高等教育機関に進学する割合が高い台湾社会では、教育費回収目的、高学歴＝高収入という背景から、女性の労働参加率も高くなる。義父母の積極的な家事育児参加は、就労女性の負担を軽減する一方で軋轢も生む諸刃の剣であるという。  以上のように、台湾社会において親族ネットワークは種々の場面で大きな貢献を果たしてきたが、深刻な少子高齢化という状況においては、それだけに頼ることの限界や、煩わしいものと捉えられている可能性が指摘されているのである。  このような形で自身の関心事である現代台湾社会における家族を検討する過程で、「現代台湾非婚女性の家族内での自己の位置付けについて」というテーマをメインに据えることとした。長い親との同居生活の中で、親から娘への一方的なケアだけでなく、ある水準の互酬関係があると考えるのが自然だろう。さらに言えば、家族や親族関係の認識・意味等は各社会で異なるものであるので、台湾ならではの互酬関係というものが存在するのではないかと考えている。  寺村（2021）を代表例とする既婚女性を対象とした先行研究においては、非婚女性は光を当てられなかった。彼女たちを対象に調査をすることで、既存の議論を発展させることを目指したい。  以下では、今後上記テーマに取り組むに22 2 あたり、関係する先行研究からとりわけ重要と思われる部分を紹介し、最後に自身の今後の展望、課題を述べて結びとしたい。  2. 先行研究紹介  2-1. 福島（2008）   本研究は、20〜30 代の韓国シングル女性へインタビュー調査を行い、シングルを助長する要因について考察するものである。参考文献として取り上げる理由は、自身の関心と近い対象を取り扱っていること、自身の研究にとって足掛かりとなるような調査手法を用いていることの 2 点である。2点目について付け加えると、各対象者のナラティブから考察することにより、計量的調査では拾い上げることの難しい対象女性たちの細かい心の揺れや葛藤までが描かれている。語りの中で、女性たちの現状に対する満足感や不満感なども表現されており、そのおかげでジェンダーの視点から見た韓国社会の課題の一部分が読み手にもイメージしやすい内容となっている。例えば「結婚は女性が尊敬される生き方ではない。男性はいなくてもいい。・・・韓国社会では『女性を尊敬する男性』に出会えない。」、「相手が自分のことを負担に思わないでほしい・・・『未婚＋高学歴＋高年齢』は生きにくい時代だと思う。」というような彼女たちの個人的な語りを通じて、韓国社会のジェンダー状況が透けて見えるようである。  尚、内容について、本研究の言わんとするところはおよそシングル女性のライフスタイルの多様化である。下記の表は、著者が用いている表（p. 107）を簡略化したもので、15 名のインタビュー対象者を収入×住居形態によってタイプ分けする為の表である。対象者を 4 つのタイプに当てはめ、タイプ毎の傾向分析を試みている。  収入と住居形態における類型化  高収入 低収入 一人暮らし タイプ A タイプ B 親と同居 タイプ C タイプ D   上記のように、収入と住居形態に着目し類型化を行うことについては大変興味深い視点だが、15 名中 3 名しか高収入の対象者はおらず、また対象者 15 名中 6 名が大学院生、そのうち 5 名が 25〜27 歳という若年層であるなど、対象者の選定に偏りがあるように見受けられる。結婚に対する考えを問い、女性の場合、結婚を人生の選択と捉える比率は男性よりも高いとも述べているが、調査対象者たちが大学院生ならば単純に学業を最優先したい時期である可能性は高い。結婚する、しないに関して完全に自由な状況で選択したというより、目の前には研究課題や就職活動などが立ちはだかり、当然ながら経済的理由もそこに絡み、結婚が先送りされているだけかもしれないという点が懸念される。    2-2. 久木元（2011）   本研究は、台湾社会において存在感が高まりつつある「30 代以上の未婚者」の生活実態についてインタビュー調査を行い、日本との比較を含め検討するものである。福島（2008）と比較すると、インタビュー対象者を 10 年以上の仕事のキャリアを有する31〜37 歳台湾人男女としており、経済的理由によって非婚である人々をインタビュー対象にしてしまう可能性を最大限排除できていると考えられる。男性 5 名、女性 5 名の計 10 名に対して調査が行われた。  久木元（2011）で重要な論点は、台湾の23 3 場合、未婚の若者を「自立／依存」という対立的な枠組みで捉えることに無理があるという指摘である。  例として、31 歳男性のケースがあげられており、彼は親族が購入したマンションに住んでいるのだが、管理人を兼ねる代わりに家賃ゼロにしてもらっている。持ち家比率が全国で 87.89%と、台湾は持ち家志向が強い（日本は 2008 年全国で 61.1%）。単に親が子供にマンションを買い与えるというより、家族の共有資産の確保や投資の一貫としてみるべきであり、未婚者であってもそのような家族・親族内の互酬的なネットワークに組み込まれているという点が肝心である。親子で一定の独立性をもちながら、相互に実質的なメリットがある場合は連携し、家族の資産を発展させていくということには一定の合理性があり、その場限りですぐに変化することのない台湾のスタイルだとしている。  2-3. 保田（2003）   本研究は、中期親子関係における親と成人子の問の 3 種類の相互援助（経済的、実践的、情緒的）について、量的データを用い分析、考察したものである。調査対象は、大阪府郊外の茨木市に住む 53~62 歳の、成人子がいる親である。  本研究により、相互援助には、別居親子における「没交渉型」「汎交渉型」「依存型」、同居親子における「間借り型」「共同型」「情愛型」の計６パターンが存在することが示された。  各パターンの特徴を簡単に紹介すると、別居親子の「没交渉型」とは経済的、実践的、情緒的いずれの援助も発生率が低い。「汎交渉型」は 3 種類すべての援助行動が一定の発生率を示す。「依存型」は親からの経済的援助と情緒的援助が大きい傾向にあり特に親からの情緒的援助はほぼ 100%の確率で発生する。同居親子の「間借り型」は親からは実践的援助、子からは経済的援助という交換関係が多く見られる。「共同型」は経済的援助、実践的援助ともに親子双方が同程度の確率で援助を行う。「情愛型」は情緒的援助が非常に高い。  現代日本の中期親子関係では、子が多くの援助を受けるという通説があるが（例えば「パラサイト・シングル」論）、それは一部パターンにのみ当てはまるものと指摘し、現代日本では均衡のとれた多形的交換が支配的であると結論付けた。  また保田（2003）は、中期親子の特徴として勢力バランスが均衡している点を強調する。親子関係は自律した成人同士、それぞれの自由意志によって左右される。ライフコース・資源・ニーズの組み合わせで相互援助のパターンは多様になるという。６つの相互援助のパターンを見出すことによって従来の議論を発展させたこと、相互援助の多様性をよりクリアに説明していることの功績は大きい。  3. 今後の展望、課題   以上、３つの先行研究の重要論点を整理した。台湾非婚女性とその親との互酬関係を検討する上で、いずれも欠かせない議論である。  今後の自身の研究の展望に関して言えば、調査手法については、対象者のナラティブを丁寧に検討した福島（2008）を参考にしたい。量的調査では拾い上げ切れない心の揺れや葛藤などを捉えることで、台湾社会の課題も立ち現れてくるだろう。  親族との強いつながりが、情緒的なものというより経済面に関わる実質的なものである（久木元 2011）台湾において、どのような互酬関係が存在するだろうか。調査を24 4 経て「台湾の親子間ならではの互酬関係」をぜひとも見出したい。  【参考文献】 伊慶春, 呂玉瑕「家族とは誰のことか―台湾家族における系譜関係と婚姻状況」, 森本一彦, 平井晶子, 落合恵美子編『家族イデオロギー（リーディングス アジアの家族と親密圏 第 1 巻）』, 2022, 有斐閣  植野弘子「父系社会を生きる娘―台湾漢民族社会における家庭生活とその変化をめぐって―」『文化人類学』, 2011, 日本文化人類学会  植野弘子「息子と娘の親孝行」, 笠原政治・植野弘子『アジア読本台湾』, 1995, 河出書房新社  斧出節子・藤田道代「台湾の育児」, 落合恵美子編『アジアの家族とジェンダー』, 2007, 勁草書房  落合恵美子「東アジアの低出生率と家族主義―半圧縮近代としての日本」, 『変容する親密圏／公共圏 1 親密圏と公共圏の再編成―アジア近代からの問い』, 2013, 京都大学学術出版会  落合恵美子・山根真理・宮坂靖子・周維宏・斧出節子・木脇奈智子・藤田道代・洪上旭「変容するアジア諸社会における育児援助ネットワークとジェンダー―中国・タイ・シンガポール・台湾・韓国・日本―」『教育学研究』71-4, 2004  久木元真吾「台湾の 30 代未婚者の生活意識―仕事・結婚・親子関係」, 『季刊家計経済研究』, 2011, 家計経済研究所  瀬地山角編著「少子高齢化の進む東アジア−「東アジアの家父長制」からの 20 年」『ジェンダーとセクシュアリティで見る東アジア』, 2017, 勁草書房  張晋芬（大平幸代訳）「台湾の女性労働力および職場におけるジェンダー不平等」, 野村鮎子・成田靜香編『台湾女性研究の挑戦』, 2010, 人文書院  寺村絵里子編著『日本・台湾の高学歴女性―極少子化と仕事・家族の比較』, 2021, 晃洋書房  沼崎一郎「企業家たちのネットワーク」, 笠原政治・植野弘子『アジア読本台湾』, 1995, 河出書房新社  福島みのり「韓国シングル女性の実態と非婚化に関する研究―20 代、30 代を中心に―」, フェリス女学院大学国際交流学部紀要委員会『国際交流研究』, 2008, フェリス女学院大学  保田時男「中期親子の相互援助関係に見られる多形的互酬性」『大阪大学教育学年報』, 2003, 大阪大学大学院人間科学研究科教育学系  宋明順「親族・家族構造の変化」, 戴国煇『もっと知りたい台湾』, 1986, 弘文堂  行政院主計總處「婦女婚育與就業調査報告2016」（2022 年２月１日参照） https://ebook.dgbas.gov.tw/public/Data/771217174890V10W9I.pdf  行政院主計總處「人力資源調査統計年報2020」2021 25

〈研究ノート〉台湾非婚女性とその親との互酬関係への視点

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