Natsuko Kohara

小原 奈津子

小原, 奈津子

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Kohara, Natsuko

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Showa Women's University Repository / 昭和女子大学学術機関リポジトリ

751．緒言　繊維は製造，紡糸，紡績，精練，染色などの様々な製造および加工工程を経る生活に必須の材料であり，多くの技術とエネルギーをかけて製品化される。他方，現代社会においては地球温暖化の危機を回避し地球環境の保全のために SDGs や脱炭素，GX（Green Transformation）などの喫緊の課題に解決が求められている。そのような社会的課題に対応し，衣料品を始めとする繊維製品の有効なリサイクルもしくはアップサイクルの実現に向けて各所で回収の取り組みが始まっているが，ポリエステルや羊毛などの一部の繊維以外にお け る 有 効 な 再 利 用 法 は ま だ 開 発 途 上 に ある 1, 2, 3）。著者はこの現状を鑑み，使用済みもしくは廃繊維製品を有用な機能性材料に再利用することを提案してきた 4）。日本では一般に衣料および寝具などの生活用品の消臭性へのニーズが高い。本研究では，加齢臭の成分の一つである trans-2-ノネナール（以下ノネナールと略す）に対する消臭に注目し衣料素材となる各種繊維のノネナールに対する消臭性能を測定評価したところ，ポリプロピレン繊維が高い消臭性能を有することを見出した。またポリプロピレン繊維の消臭機構について考察するとともに，消臭材料として繰り返し使用が可能であることを明らかにした。2．方法2.1．試料　羊毛繊維（ニュージーランド産コリデール，トップ）はジエチルエーテルで 10 時間ソックスレー抽出して用いた。ポリプロピレン繊維（新日本窒素）および綿繊維（メキシコ産，鐘淵紡績），ポリエステル繊維（帝国人造絹），アクリル繊維（東邦レーヨン），ナイロン（日本レイヨン）は蒸留水で洗浄して用いた。ポリエチレンは高分子材料試験用の樹脂ペレット LDPE　NOVATEC-LD　LJ812（スタンダードテストピース製）をそのまま用いた。これらの試料を 20℃ 65%R.H. 下で調湿し消臭性能試験に供した。走査型電子顕微鏡で測定したこれらの試料繊維の繊維幅（μm）は羊毛：26.28，ポリプロピレン：19.88，綿：12.42，ポリエステル：13.88，アクリル：14.46，ナイロン：22.37 であった。2.2．実験2.2.1.消臭性能試験　各種繊維の消臭性能試験は堀によって提案された消臭加工性能試験法 5）に準じて以下の条件で〈研究ノート〉ポリプロピレン繊維の trans-2-ノネナールに対する 消臭性能小　原　奈津子Deodorization Performance of Polypropylene Fibers for trans-2-NonenalNatsuko KOHARA昭和女子大学大学院生活機構研究科紀要　Vol. 32　75～79（2023）生活機構研究科紀要　Vol. 32（2023）76行った：エタノール 1.25mL にノネナール 15µLを加えた溶液 5μL を乾燥空気を満たした 500mLの三角フラスコに注入し密閉した。注入直後数分間フラスコを加温し，フラスコ中のガスをガスタイトシリンジで 2mL 計り取り， ガスクロマトグラフ分析機 （GC, GC-2014， 島津製作所） でノネナールの濃度を測定した。その後試料繊維 1g をフラスコに投入した直後 （3 分後）， および 2 時間後まで 30 分毎に GC でノネナールの濃度変化を測定した。GC 分析は， Thermon-3000 5%Shincarbon- A Ⅱ60/80（信和化学工業）を充填したカラムを用い，カラムオーブン温度 120℃，He ガス流量50.0mL/分で行った。ノネナールは水やエーテル，アセトンには不溶であるがエタノールには溶解するためエタノールを濃度調整のための溶媒として用いた。疎水性繊維では，内部標準としてエタノールのピーク面積に対するノネナールのピーク面積比からノネナール濃度の経時変化を求めることができたが，綿，羊毛についてはエタノールもこれらの繊維への吸着が認められたため，ノネナールのピーク面積のみの変化を測定した。なお，綿，羊毛以外の試料において，エタノールのピークを内部基準にした場合とノネナール単独のピーク面積から求めた場合のノネナール濃度の減少は概ね対応していた。　各試料の消臭性能試験において，試料繊維を加えずにその他は同じ条件で 2 時間後の三角フラスコ中のノネナールの濃度を測定しブランクテストとした。消臭試験はそれぞれ 3 回実施し平均値を求めた。　ポリプロピレン繊維の 1 日間隔での繰り返し消臭性能試験の場合のみ，エタノール 250μL にノネナール 650μL を加えた溶液 5μL を乾燥空気で満たした 500mL 三角フラスコに加えた後，ポリプロピレン繊維0.2gを入れて同様に試験した。 また，1 週間間隔の繰り返し消臭性能試験も同様の条件で行った。なお，繰り返し消臭試験の場合，試験と試験の間は試料をドラフト内（オフ状態）でろ紙上に置いて放置した。2.2.2.フーリエ変換赤外吸収スペクトル（FT-IR）の測定　100mL の共栓付三角フラスコに約 5mL のノネナールを加えて密閉し室温で 1 昼夜置いて蒸気を充満させた後 100mg のポリプロピレン繊維をそのフラスコ中に入れ，ポリプロピレンが液体のノネナールに接触しない状態で 3 日間静置させて吸着させた。吸着させていないポリプロピレン繊維とノネナール吸着直後と吸着後清浄な空気中（オフ状態のドラフト内）に 24 時間もしくは 5 日間置いたものを試料として，KBr 錠剤法でフーリエ変換赤外分光光度計（FTIR，FT/IR-480plus，日本分光）を用いて赤外吸収スペクトルを測定した。2.2.2.ポリプロピレン繊維に吸着したノネナールの定量　ニトロプルシッドナトリウムとアルカリによるカルボニル基の呈色反応（Legal の反応）6）を利用してポリプロピレン繊維に吸着したノネナールの定量分析を以下のように行った。未吸着もしくはノネナールの吸着したポリプロピレン繊維約100mg を秤量し，5mL のエタノールに浸漬し攪拌後，これに 0.05mL の 5% ニトロプルシッドナトリウム水溶液と 0.15mL の 2M 水酸化ナトリウム水溶液を加え，この呈色液に水を加えて 10mLに希釈する。可視・紫外分光光度計（UV-3600，島津製作所）でこの希釈した呈色液の 339nm の吸収強度を測定した。測定は各試料 3 回行い平均値を求めた。各種濃度のノネナール／エタノール溶液を用いて作成した検量線から，ポリプロピレンに吸着したノネナールの量を算出した。3．結果と考察　ノネナールは生活のなかで比較的なじみのある悪臭成分であり，皮膚に付着するが衣料にも付着ポリプロピレン繊維の trans-2-ノネナールに対する消臭性能77しやすいことは経験的にも実感している。そこで衣料素材として用いられている羊毛，綿，ナイロン，アクリル，ポリエステル，ポリプロピレンの各種繊維に対するノネナールの付着しやすさを消臭性能加工試験法（ガスクロマトグラフ法）で比較した（図 1）。この試験法では，規定の条件下で乾燥空気を充填し密閉したフラスコ中でノネナール蒸気と試料繊維を共存させ，2 時間後のノネナール濃度が初期濃度の 30％以下になった場合に消臭性能有りと判定される。図 1 では，羊毛繊維とポリプロピレン繊維が他の繊維よりノネナールを顕著に減少させ，消臭性能のあることがわかる。その他の繊維間でノネナールの減少程度に差があったが，これらの繊維の親水性，疎水性や化学構造と消臭性能との明らかな関連性は認められない。この実験では各試料繊維の試験と併行して，フラスコに試料繊維を入れないでノネナール濃度の経時変化を測定しブランクとした。ブランクテストでも最大 20％程度のノネナールの減少が見られ，ノネナールはフラスコのガラスなどにも吸着しやすい物質であった。一方で消臭性能試験における各繊維の 3 回のノネナール濃度の減少の仕方は概ね一定で再現性はあった。　図 2 にポリプロピレン繊維の消臭試験を 1 週間間隔で繰り返し，繰り返し使用後の消臭性能の変化を示した。10 回の繰り返し試験により消臭性能がわずかに低下していたが，消臭性能は概ね保たれていた。ポリプロピレンは化学反応性に乏しいポリオレフィンであるため，イオン反応を経てノネナールと新しい共有結合を形成することは考えにくい。ノネナールがポリプロピレン繊維に物理的に吸着していると仮定すると，ポリオレフィンの表面が飽和するとその消臭性能はなくなるはずである。一方，1 日間隔で 10 回の繰り返し使用後も消臭性能の低下はほとんど見られなかったため，次の実験ではポリプロピレン繊維の使用重量を標準量の 1/5（0.2g）にし，フラスコ中のノネナールを 5 倍量にし，1 日間隔で 10 回消臭試験を繰り返した。しかし図 3 に示すように，10回繰り返し試験後もポリプロピレン繊維の消臭性能は高く，繰り返し試験による低下はほとんど認められなかった。このことからノネナールがポリプロピレン繊維の表面だけでなく，内部にも溶け込んでいる可能性が考えられた。　そこで，試薬ビンに FTIR で検出できるように過剰のノネナール液を加えた濃厚な雰囲気下でポリプロピレン繊維をノネナールに直接接触しない状態で 1 週間静置させて，ノネナール蒸気を十分図 1　各種繊維の消臭性0204060801001200 0.5 1 1.5 2 2.5綿 羊毛 ポリエステルポリプロピレン ナイロン アクリル時間（ｈ）残留ノネナール  （％）図 2　ポリプロピレンの繰り返し使用における消臭性能（1週間間隔）0204060801001200 0.5 1 1.5 2 2.51回 2回 3回 4回 5回 6回 7回 8回 9回 10回時間（ｈ）残留ノネナール  （％）生活機構研究科紀要　Vol. 32（2023）78吸着させた後 FTIR で赤外吸収スペクトルを測定した。ノネナール吸着前後のポリプロピレン繊維のスペクトルを比較すると，ノネナール吸着後にC=C 伸縮振動に由来すると考えられる 1657～1672cm－1 のピークが出現しており，ポリプロピレン繊維へのノネナールの吸着が確認された。このノネナールを吸着したポリプロピレン繊維を24 時間もしくは 5 日間清浄な空気中に放置し赤外吸収スペクトルの変化を以下のように観測した。吸着前，吸着直後，吸着させてから 24 時間後および 5 日後の試料繊維の FTIR スペクトルにおけるパラフィンの CH 変角振動に由来する1410～1517cm－1 のピークおよび C=C 伸縮振動に由来する 1657～1672cm－1 のピークの強度比を求め，比較した。図 4 のようにノネナール吸着後出現した C=C 伸縮振動由来のピークは時間の経過とともに強度比が低下し，ノネナールがポリプロピレン繊維から脱離していた。またこのことは，ノネナールがポリプロピレン繊維内部に溶け込んだり新しい共有結合を形成することなく，繊維表面に吸着していること示唆している。　次に，呈色反応で検出を可能にするためにノネナール原液を飽和させた三角フラスコ中に 3 日間置いたポリプロピレン繊維におけるカルボニル基（C=O）をニトロプルシッドナトリウムを用いて呈色させて分光光度法で定量分析した。まず，この分析法において消臭性能試験前のポリプロピレン繊維では呈色が起こらないことを確認した。この分析結果ではノネナールを吸着したポリプロピレン繊維 1g に 13.54mg のノネナールが吸着していた。さらに同様の試料繊維にノネナールを吸着させた後，清浄な空気中に 7 日間放置したところ，カルボニル基は検出されなくなった。この結果は先の FTIR 分析の結果と対応しており，吸着したノネナールが時間経過とともに容易に脱離することから，ポリプロピレン繊維と弱い結合で吸着していることが推測された。　ポリプロピレン（〔CH2CH2（CH3）〕n）繊維はアイソタクティックな構造をもつ炭化水素の高分子であり，ノネナール（CH3CH=CH（CH2）5CH=O） は CH=CH および CH2－CH2 が連結した線状の炭化水素鎖を有するアルデヒドであることから，双方の炭化水素鎖間での疎水結合の形成が容易なことが推測される。そこでポリプロピレンと同様にポリオレフィンであるポリエチレンについてもノネナールに対する消臭性能を測定した。この結果，図 5 に示すように，ポリエチレンもポリプロ図 3　ポリプロピレンの繰り返し使用におけるの消臭性（1日間隔）0204060801001200 0.5 1 1.5 2 2.5残留ノネナール  （％）1回 2回 3回 4回 5回 6回 7回 8回 9回 10回時間（ｈ）図 4　ポリプロピレンに吸着された trans-2-ノネナールの脱離0 1 2 3 4 5吸収前吸収直後24時間後5日後（p1/p2）×10－3p1 : パラフィン（CH変角振動，1410 ～1517cm－1）に由来する吸収強度p2 : オレフィン（C=C伸縮振動，1657～1672cm－1）に由来する吸収強度ポリプロピレン繊維の trans-2-ノネナールに対する消臭性能79ピレン繊維とほぼ同程度の消臭性能が認められた。この実験で用いたポリエチレンは高分子材料試験用のペレットであることから形態が繊維もしくは非繊維に関わらず消臭性能を示すことがわかる。これらのことから，ポリプロピレンやポリエチレンは線状の炭化水素鎖であるため同じく線状の炭化水素鎖構造を有するノネナールと疎水結合を形成しやすいことが，両者の消臭性能の発現に影響していることが推測される。　結論としてポリプロピレン繊維はノネナールに対して高い消臭性能をもち，その吸着機構は物理的な吸着に加えてポリプロピレンとノネナール間の疎水結合も大きく関与していることが推測された。また，吸着したノネナールは時間経過とともに容易に脱離し，消臭素材として繰り返し使用することも可能である。ポリプロピレンは衣類以外にも不織布，プラスティックなどの原料となる熱可塑性の汎用高分子であることから，廃ポリプロピレンがノネナールに対する消臭機能材料として有効に活用されることを期待する。謝辞　各種消臭性試験の実施にあたり本学卒業生の五十嵐愛海さんに多大な貢献をいただき，ここに深謝します。引用文献1） 木村照夫，繊維屑の再利用，繊維と工業，2009，65（5）， 142-145.2） 所昌平，新段階の衣料品サイクル，廃棄物資源循環学会誌，2010，21（3）， 157-168．3） 竹本由美子，谷明日香，小野寺美和，繊維リサイクル・リデュース・アップサイクルによる SDGs への取り組み―「ステナイデア 2021」研究展示報告，生活環境学研究，2021，No. 9，28-31．4） 小原奈津子，羊毛の酸化およびサクシニル化による消臭機能の付与― アンモニアおよびアルキルアミンに対する消臭性―，繊維学会誌，2011，67（6），132-137.5） 堀俊宣，繊維製品の消臭加工性能試験方法と評価（2） 機器分析法， 加工技術， 2003， 138巻， 4 号，251．6） 大倉洋甫，財津潔，中島憲一郎，山口政俊，日本分析科学会編，「吸光光度法― 有機編―」，共立出版社，東京，1988，48. （こはら　なつこ　生活機構学専攻　教授）受理年月日　2022 年 9月 20 日審査終了日　2022 年 11 月 24 日　図 5　ポリプロピレンとポリエチレンの消臭性0204060801001200 0.5 1 1.5 2 2.5PE PP残留ノネナール  （％）時間（ｈ）

Deodorization Performance of Polypropylene Fibers for trans-2-nonenal

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ポリプロピレン繊維のtrans-2-ノネナールに対する消臭性能

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