Chikara Ishii

石井 主税

Kwansei Gakuin University Repository

社会的文脈におけるパフォーマンスモニタリングシステム：報酬予測誤差の特徴に関する検討著者 石井 主税URL http://hdl.handle.net/10236/00030403   2021 年度  関西学院大学  博士（心理学）学位論文    社会的文脈におけるパフォーマンスモニタリングシステム：  報酬予測誤差の特徴に関する検討       関西学院大学大学院文学研究科  博士課程後期課程  総合心理科学専攻心理科学領域  石井  主税     要旨   生体がある環境の中で適応的に生きていくためには，自己の行動やそれに付随して生じる結果を絶えず監視し，望ましくない状態が生じた時にはその後の行動を適切に調整しなければならない。こうしたモニタリング機能に不全の生じた個体は不利な立場に置かれる可能性が高い。ヒトの脳でモニタリングシステムがどのように働いているかに関する知見は事象関連脳電位を用いた研究によって蓄積されてきた。望ましくない行動結果を経験すると，フィードバック関連陰性電位（ FRN）と呼ばれる事象関連脳電位が出現する。これまでの研究から，FRN は予測した結果と実際の結果の差として算出される報酬予測誤差を反映することが示唆されている。モニタリングシステムの働きによる行動調整過程において，この報酬予測誤差は中核的な役割を果たすと考えられている。社会的な生き物であるヒトのモニタリングシステムを理解するためには，そのシステムが社会的な文脈でいかに働くか明らかにする必要がある。本研究の目的は，社会的文脈で行動調整を求められる課題を行った際に算出される報酬予測誤差の特徴を明らかにすることである。これを明らかにすることは，我々ヒトが他者と関わりながらいかに環境に適応しているか理解する一助になる。  本稿は 4 部で構成されている。第 1 部の実験 1 では，先行研究（Holroyd & Krigolson, 2007）の追試により， FRN が報酬予測誤差を反映することを確認した。また，現在までの社会的要因を扱った研究から明らかになっているモニタリングシステムの働きについて論じ，算出される報酬予測誤差の特徴と行動調整過程の統合的理解が不十分である点を指摘した。  第 2 部における 3 つの実験の目的は，社会的文脈においてモニタリングシステムから算出される報酬予測誤差の特徴を明らかにすることである。実験2 では，社会的文脈の 1 つの側面としてフィードバック刺激の社会性に着目した。他者の表情は，社会的文脈で自己の行動が望ましいものであったのかどうか知る際の重要な手掛かりである。実験結果は，社会的な刺激によって伝えられる自己の行動結果が非社会的な刺激によって伝えられるそれと同様の処理を受けていることを示した。実験 3 の目的は，複数人で一緒に課題を行う際のシステムの働きを明らかにすることである。被験者は 3 人で一緒に時間評価課題を行い，行動結果として集団レベルと個人レベルの成功・失敗を示す視覚刺激を呈示された。実験の結果，集団として課題に成功していても，個人のレベルで失敗していると FRN が出現した。このことは，少なくとも課題遂行に努力を要するような状況では，集団に属していてもモニタリングシステムは基本的に個人の視点で行動結果を処理することを示唆している。とはいえ，集団になることでシステムの働きに何の変化も生じないわけではない。集団成員全員が同じ行動結果であった時に他の状況と比べて大きなFRN が惹起された。実験４では，個人間の影響力を排したため，集団レベルの結果は存在しなかった。その結果，一緒に課題を行う人々の間に相互の影響関係がなければ，全員が同じ行動結果であっても大きな FRN が惹起されないことを示している。これらの実験結果は，一緒に課題を行う人々の間に影響関係がある時に限りモニタリングシステムが他者の行動結果からも報酬予測誤差を算出している可能性を示唆する。  第 3 部における 2 つの実験の目的は，他者の行動結果の観察から報酬予測誤差がどのように算出されるか明らかにすることである。まず，実験 5 では他者の行動結果の観察から自己のそれと同じように報酬予測誤差が算出されているかどうか検証した。実験 1 の結果と類似して，予測に一致する他者の行動結果と比較して予測に反する他者の行動結果の観察により大きな FRNが惹起された。実験 6 の目的は，自己の行動結果の履歴が他者の行動結果の予測に，また他者の行動結果の履歴が自己の行動結果の予測に与える影響を明らかにすることである。この目的のために，行為者と観察者の役割を交代する 2 人の被験者の課題難度を独立に操作した。実験結果として，他者の行動結果の予測は自己の行動結果の履歴によって影響を受けたが，自己の行動結果の予測は他者の行動結果の履歴から影響を受けなかった。   第 4 部は総合考察として，社会的文脈でシステムが算出する報酬予測誤差の特徴と今後の展望を論じた。結論として，モニタリングシステムは自己に影響力のある他者の行動結果を継続的に監視しているが，自己の行動結果やそれに関わる情報を優先的に処理・利用していることが明らかになった。この結論は，自己と他者の行動結果が互いの金銭損益に関して同じ方向に作用する社会的文脈で，行動調整が自己の行動結果のモニタリングによって可能な課題を用いた研究から得られており，今後は他者との関係性や課題の性質を系統的に操作した研究を行う必要がある。   

社会的文脈におけるパフォーマンスモニタリングシステム：報酬予測誤差の特徴に関する検討

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