Kasem Mohammad　Riad

東京都立大学Tokyo Metropolitan University博士(理学)thesi

カセム, モハマド　リアド

31837

Kasem, Mohammad　Riad

Tokyo Metropolitan University Institutional Repository Miyako-Dori / 首都大学東京機関リポジトリ

  【学位論文審査の要旨】 １ 研究の目的  超伝導は物質を冷却した際に生じる量子現象であり，電気抵抗率の消失は様々な超伝導応用に用いられている．超伝導応用をより多様なデバイスで実用化し，高効率化するには，より高い温度で超伝導状態に転移する新たな超伝導体の開発が重要である．1911 年に水銀にて超伝導が発見されて以降，単体元素，合金，化合物において超伝導体が数多く発見された．1986 年に銅酸化物高温超伝導体が発見されると，類似の層状化合物において超伝導体が発見され，高温超伝導や非従来型機構が見出されてきた．このような歴史的背景のもとで，近年の新超伝導体開発および物性研究の舞台は，より複雑な結晶構造の物質にシフトしてきている．複雑な構造の物質では，特定の結晶サイトまわりの局所構造が超伝導発現や超伝導特性と相関する事例が報告されており，超伝導と局所構造の相関は重要な視点である．特に，局所的な構造乱れの存在は，超伝導発現を阻害する要因となりうるが，一方で，局所乱れによる転移温度（Tc）上昇を示唆する理論もあり，物質中の局所構造乱れの制御と超伝導と局所構造乱れの相関解明は重要な研究課題である．  本研究では，比較的単純な 2 種類の結晶構造に着目し，系統的に局所構造乱れを導入した超伝導体を合成し，その超伝導特性を評価することを目指した．さらに，局所乱れに起因した超伝導特性の変化を見出すことを目的とした．具体的には，NaCl 型構造の金属テルライド（MTe）と，CuAl2型遷移金属ジルコナイド（TrZr2）を研究対象とし，M サイトおよび Tr サイトを多元素固溶し，配置エントロピー（サイトに固溶する元素数を増やすことで増大するエントロピー）を系統的に上昇させた超伝導体の研究を行った．  ２ 研究の方法と結果  物質開発において，近年合金研究分野でさかんに研究がおこなわれているハイエントロピー合金（HEA）の概念を化合物に適用した．HEA は配置エントロピー（DSmix）が 1.5 R程度以上（R は気体定数）の合金を指し，ハイエントロピーに起因した相の安定化や導入された乱れによる材料特性の向上が報告されている．  NaCl 型構造（空間群 225：Fm-3m）金属テルライド（MTe）においては，M サイトにAg，In，Cd，Sn，Sb，Pb，Bi を固溶させた新物質の多結晶試料を，高圧合成法を用いて合成した．M サイトの配置エントロピーを評価し，HEA 型組成の 6 試料が超伝導を示すことを見出した．MTe 超伝導体の高圧合成手法を確立した後，(Ag,In,Sn,Pb,Bi)Te 組成におけるキャリアドープの機構についての研究も行い，In が電子キャリアドーパントとなり，転移温度が 3 K 程度まで上昇することを示した．これらの結果は，Appl. Phys. Express 誌および J. Alloys Compd.誌に第一著者として論文掲載された．  次に，HEA 型超伝導体における高圧下物性に関する研究を行った．その背景にある研究は，合金ベースのHEA超伝導体（Ti-Zr-Hf-Nb-Ta）の高圧下電気抵抗測定の結果である（Guo et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 2017）．Ti-Zr-Hf-Nb-Ta の Tcは高圧の印加によってほと  んど変化せず，約 200 GPa まで超伝導状態を維持する．本研究では，化合物ベースの HEA型超伝導体においても同様の現象（Robust-Tc と表記する）が高圧下で発現するかを明らかにすることを目指した．M サイトの構成元素を 1 元素（PbTe：DSmix = 0），3 元素（AgPbBiTe3：DSmix = 1.1R），5 元素（AgInSnPbBiTe5：DSmix = 1.6R）と増加させた MTe多結晶試料を高圧合成法で合成し，放射光 X 線回折（XRD）を用いた結晶構造解析を行った．室温の XRD パターンのリートベルト解析から，構成元素数の増加で原子変位パラメータが増加する傾向が得られ，局所乱れが導入されることを確認した．ダイヤモンドアンビルセル（DAC）を用いた高圧下での放射光 XRD を行い，高圧下構造相図を作成し，全ての試料が高圧下で CsCl 型構造に相転移することを確認した．DAC を用いた電気抵抗測定を行い，CsCl 型構造での超伝導特性を評価したところ，PbTe の Tc は圧力印加で減少することが確認されたが，AgInSnPbBiTe5の Tcは約 15～35 GPa の圧力領域で変化しなかった．すなわち，圧力に対する Robust-Tc 現象が HEA 型 MTe においても確認された．また，AgPbBiTe3においては，圧力印加でわずかな Tc の減少がみられ，PbTe と AgInSnPbBiTe5の中間的な振る舞いを示す．このことからも，M サイトの DSmix 変化が Robust-Tc 現象に重要であることがわかる．本研究では，DAC を用いた X 線吸収分光の実験も SPring-8 にて行った．その結果，PbTe と AgInSnPbBiTe5 の電子状態の圧力依存性はどの圧力領域においてもよく似ており，Tc の圧力依存性の明確な違いを説明できないことが示された．これらの結果は，Sci. Rep.誌に第一著者として掲載された．本博士論文では，CsCl 型構造のMTe が従来型超伝導であると仮定し，HEA 化によって生じた特異なフォノン状態がRobust-Tc現象の原因である可能性を議論した． 化合物における HEA 化の効果を研究するために，比較的高い Tcを持った CuAl2型（空間群 140：I4/mcm）の TrZr2を対象に新物質開発および物性研究を行った．Tr サイトを Fe，Co，Ni，Cu，Rh，Ir で固溶させた多結晶試料をアーク溶解法により合成した．HEA 型試料の合成手法確立を目指し，組成の異なる(Fe,Co,Ni,Rh,Ir)Zr2 超伝導体を 4 種合成し，電気抵抗率および磁化率測定による超伝導特性の評価を行った．その結果，TrZr2超伝導体のTcは格子定数（c 軸）に依存することがわかり，DSmixには影響されないことを示した．この結果は J. Mater. Sci.誌に第一著者として掲載された．Tc は DSmixと相関を示さなかったが，DSmix上昇にともない原子変位パラメータは増大するため，局所乱れは導入されている．そこで，同程度の c 軸を持ち（すなわち同程度の Tcを持ち），異なる DSmixを有する一連のTrZr2を合成し，導入された局所構造乱れが超伝導特性に及ぼす影響を研究した．本研究では超伝導転移に伴う比熱のトビ（比熱の温度依存性を測定した際に，Tc 近傍での電子エントロピー変化に起因したトビが観測される）を全ての試料で評価した．CoZr2ではシャープな比熱のトビが Tc で観測されたが，Tr サイトの DSmix上昇にともない，比熱のトビのブロード化が観測された．注目すべき点は，Tr サイトに 5 元素や 6 元素が固溶した HEA 型組成においても，ブロードではあるが比熱のトビは明確に観測され，バルクな超伝導が発現している点である．この実験結果は Supercond. Sci. Technol.誌に第一著者として掲載され  た．本博士論文では，局所構造乱れがバルク超伝導発現を阻害する BiS2系超伝導との比較（Kase, JPSJ 2019 との比較）や，バルク物性における Tc の議論から，乱れた系における不均一な超伝導状態の形成として説明できると結論付けた．このような不均一な超伝導状態は NbN 薄膜などで研究がおこなわれており，TrZr2系は乱れた系の不均一超伝導の理解に有用な系といえる． 以上の通り，MTe および TrZr2の 2 つの超伝導体に着目し，元素固溶による配置エントロピーの増大を実現し，局所構造乱れの導入に成功した．MTe 系では高圧相におけるRobust-Tc現象を見出し，また局所構造乱れによる特異なフォノン状態を示唆する結果を得た．TrZr2 系においては，比較的高い Tc を生かした比熱研究から，局所乱れの導入が超伝導状態形成に及ぼす影響を系統的に評価することに成功した．これらの成果は今後の新規超伝導体探索における局所構造乱れと超伝導の相関に関する重要な知見を与えるものである．  ３ 審査の結果  論文著者は物質合成，物性評価，結晶構造解析のスキルを身につけ，本研究を遂行した．特に，MTe 系および TrZr2 系の合成条件を確立し，多くの高純度試料の合成に成功したことや，リートベルト法を用いた多相解析から MTe の圧力下構造相転移を追い，圧力下構造相図を精密に決定できたことは，本研究達成の要であった．MTe 系が示す高圧下のRobust-Tc現象は合金ベースの HEA 超伝導体と非常によく似ており，合金および化合物をHEA 化した際に普遍的に生じる現象である可能性が高い．その 2 例目（化合物としては 1例目）を実験的に示したことは，世界的に見ても重要な進展であったと評価できる．また，分光を用いた電子状態変化や特異なフォノン状態の形成を示唆したことは，超伝導のみならず様々な HEA 型機能性材料の開発において重要な指針となりうる． 以上のことから，論文著者による研究が示した HEA 型化合物超伝導体の合成・評価手法および新たな知見は，高く評価できるものである．以上の結果，本論文は博士（理学）の学位に値するものと判定した．  ４ 最終試験の結果 本学の学位規定にしたがって，最終試験を行った．公開の席上で論文内容の発表を行い，物理学専攻教員による質疑応答を行った．また，論文審査委員による本論文および関連分野の試問を行った．これらの結果を総合的に審査した結果，合格と判定した． 

Studies on superconducting properties of high-entropy-alloy-type compounds

https://tokyo-metro-u.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=9763&item_no=1&attribute_id=18&file_no=2

ハイエントロピー合金型化合物の超伝導特性に関する研究

Abstract

Similar works

Full text

Available Versions

Tokyo Metropolitan University Institutional Repository Miyako-Dori / 首都大学東京機関リポジトリ