Article信州公衆衛生雑誌 10(2): 75-78(2016)journal articl

下平, 雅規

塚平, 晃弘

野上, 綾子

野網, 淑子

高田, 伸弘

Japanese

Shinshu University Institutional Repository

No. 2, 2016 75塚平晃弘1）、下平雅規1）、野網淑子2）、野上綾子3）、高田伸弘4）1）飯田市立病院　総合内科　2）同　皮膚科　3）同　臨床検査室　4）福井大学特別研究員The first case report of Kuroki-type tsutsugamushi disease in Iida City, that suggests a presence of Leptotrombidium scutellare in Nagano Address correspondence and reprint requests to Akihiro Tsukadaira MD PhD, Department of Internal Medicine1）, Dermatology2） and Clinical laboratory3） in Iida Municipal Hospital, Yawatacho 438, Iida 395─8502 Japan Special Researcher of Parasitology, University of Fukui faculty of medical sciences4）, Matsuoka shimo-aizuki 23─3, Eiheiji-cho, Yoshida-gun, Fukui 910─1193 JapanAkihiro Tsukadaira1）, Masanori Shimodaira1）, Sugiko Noami2）, Ayako Nogami3）, and Nobuhiro Takada4）　症例は 60 代女性、発熱と皮疹、肝炎の疑いで掛かり付け医から紹介された。当院は発症から三番目の医療機関であった。末梢血で血小板減少と異型リンパ球を 4％、肝機能障害と CRP の上昇、尿中ウロビリノーゲンの上昇を認めた。血清を保存し、当初 Q 熱を疑い Ciprofloxacin：CPFX の点滴静注を開始した。2 週間後のペア血清でタテツツガムシの媒介が有力とされる Kuroki 型つつが虫病と診断した。患者居住地は、海抜約 500 m の飯田市 S 地区で、1984 年に信州大学の内川らによりフトゲツツガムシの浸淫地区として調査報告されたことがあり、当時タテツツガムシは指摘されなかった。標高および南北で気候風土の異なる、長野県での Kuroki 型つつが虫病の初発例で、これまで西日本に多いとされてきたタテツツガムシが長野県内にも存在することを示唆すると共に、通常外注検査で診断可能な抗体血清型：Karp、Kato、Gilliam だけでは診断できない新たなつつが虫病に警鐘を鳴らす。AbstractWe report a case of tsutsugamushi disease at S area （500 meters above sea  level）, Iida City  in Nov, 2015. A 60’s-year old woman was admitted to our hospital due to fever, skin rash, and liver dysfunction. Our hospital was the third medical  institution she visited. Laboratory examination of serum taken 14 days after onset showed markedly high titers of specific antibodies against Kuroki-type Orientia tsut-sugamushi （IgG : 10,240 IgM: 5,120）. She recovered with hospital treatment. This is the first case report of Kuroki-type tsutsugamushi disease in Nagano Prefecture that suggests a presence of　Orientia pos-sessing Leptotrombidium scutellare.Key words：Kuroki-type, Orientia tsutsugamushi, Leptotrombidium scutellare, Nagano Prefecture信州公衆衛生雑誌，〓〓：〓～〓，2015飯田市内で発生したタテツツガムシの存在を示唆するKuroki 型つつが虫病の長野県内初発例緒言：つつが虫病は、つつが虫の幼虫が媒介するOrientia tsutsugamushi を病原体とする人獣共通感染症である。O.tsutsugamushi を保有する有毒つつが虫は、コロニーによって 0.1～3％ と開きがあり、つつが 虫 病 の 発 生 に は 浸 淫 地 区 を 認 め る。 現 在、O.tsutsugamushi の感染確認は、保険で検査可能なKato、Karp、Gilliam 3 種に加え、Kuroki、Kawasaki、Shimokoshi の血清型 6 種が知られる。フトゲツツガムシ（Leptotrombidium pallidum）が Karp、Gilliam型を1）、タテツツガムシ（L.scutellare）が Kuroki、Kawasaki 型を1）、近年ヒゲツツガムシ（L.palpale）が Shimokoshi 型を媒介すると報告された2）。かつて、夏に新潟から東北地方の河川流域でアカツツガムシ（L.akamusi）が媒介し流行した Kato 型は、極めて限定的な発生にとどまっている。症例報告：症例：60 代女性、主訴：発熱と皮疹、全身倦怠感　職業：主婦　既往歴：高脂血症で内服治療中。家族歴：特記事項無し　居住地：飯田市 S 地区に夫と二人暮らし　ペット：夏に自宅納屋でお産後、母屋に出入りする飼い猫 5 匹。患者の罹患と同時期に誘因無く1 匹死亡。現病歴：10 月末から 39℃ 台発熱と倦怠感を自覚、11 月 2 日救急当番の病院を受診し、総合感冒薬と解熱剤を処方された。11 月 9 日普段の掛かり付け医を受診し、Acetaminophen が切れると 38℃ 台の発熱があることを相談したところ、四肢体幹の発赤と皮疹を指摘され、薬剤性肝炎の可能性も含めた発熱と皮疹の精査目的で当院を紹介された。入院時現症：血圧 118/74、体温 38.2℃、脈拍 96/分、呼吸音心音に異常を認めず、肝を腹部正中に 4 横指触知した。全身の皮膚を観察したところ、背部体幹の発赤は既に消退傾向にあり、細かい点状の皮疹を認めた。右肘屈側正中に、皮膚搔痒掻破後と判別の困難な痂皮形成を伴う 10 mm 大の腫脹を認めた（図 1）。詳細な聞き取りで、発症前 1 ヶ月間の患者行動範囲は飯田市内に自家用車で買い物に出かけた他、自宅に隣接する耕作地での農作業に限られた。紹介元の検査所見：検尿で、タンパク（＋）ウロビリノーゲン（2＋）ケト ン（3＋）、 血 清　AST：112 IU/L ALT：89 IU/L LDH：697 IU/L CRP：8.5 mg/dl WBC：8500/μL（ 分 画　Neu：76％ Lym：17％ Eos：0％ Mon：3％Atypical-lym：4％）Hb：13.2 g/dl Plt：8.9 万/μL、内服 Levofloxacin：LVFX を処方され、2 日後に当院を受診した。入院後経過：入院時 A．B．C．E 型肝炎抗体検査は陰性であった。凝固検査では、FDP：10.3 μg/ml フィブリノーゲン：291 mg/dl AT─III 70％　PT：14.7 秒。腹部超音波検査で肝脾腫を認め、肝機能障害を臓器症状として取ると、厚生労働省 DIC スコアーは 5/7 点で、Pre DIC：disseminated intravascular coagulation の状態と考えられた。当初、飼い猫のお産後のエピソードから肝機能障害優位の Q 熱を疑い、11 月 11 日の血清を保存の後、Ciprofloxacin：CPFX の点滴静注を開始した。点滴治療開始後、速やかに肝機能、炎症反応、尿所見は改善し、7 日間で CPFX を内服に切り替え退院した。初診から二週間後の 11 月 25 日にペア血清の採血を行い、後日オリエンチア感染症の確認を追加した（表1）。図 1　つつが虫の刺し口が疑われた右肘屈側の痂皮腫脹塚平、下平、野網、野上、高田信州公衆衛生雑誌 Vol. 1076（2015 年 1 月 22 日受付　2016 年 3 月 16 日受理）連絡先：〒395─8502　飯田市八幡町 438　　　　　飯田市立病院　　　　　塚平晃弘　　　　TEL　0265─21─1255　FAX　0265─21─1266　　　　E─mail：atsukadaira@gmail.com考察：Kuroki 型オリエンチアを媒介するとされる、タテツツガムシは南九州離島から、北限は北緯 38 度の山形県最上川流域の平野で確認されており3─4）、高地では標高 800 m の富士山麓の御殿場市で確認されている 5）。また、タテは Kawasaki 型の他に Kuroki 型も媒介する 1）。一方、フトゲとタテが媒介するつつが虫病は、幼虫の孵化が秋から初冬で、この時期に広く九州から関東で発生届けがある。また、フトゲの一部は耐寒性のため越冬し、東北・新潟・長野では翌年の春、二峰性のつつが虫病の発生を見る1）。　長野県のつつが虫病の発生状況は南北で大きく異なり、北信では春から初夏の届出が多く、南信では届出数こそ少ないが、秋から初冬に患者を認める 5─6）。1984 年、当時信州大学の内川らは、この点に注目し、飯田市周辺で詳細なフィールド調査を行い、飯田市の天竜川東岸の S 地区におけるフトゲのオリエンチア保有率が北信よりも数倍高いにも関わらず、フトゲの消長が農閑期の 11 月から 1 月にかけて一峰性の為、ヒトにおけるつつが虫病の発生数は少ないのではないかと考察している7）。一方、冬期に降雪のある北信地方では、秋に加え、一部の越冬した有毒個体による感染が春から初夏の農繁期に当たる点を指摘している 8）。　本例は、約 30 年前にオリエンチア保有のフトゲの浸淫地区として報告された飯田市 S 地区で発生した、Kuroki 型つつが虫病の一例である。現在、外注検査可能なつつが虫病の抗体検査は Karp、Kato、Gilliamのみで、6 種のつつが虫病オリエンチア IgG．IgM ペア血清検査を行わなければ、交叉反応で抗体価の上昇した Karp 型つつが虫病と診断された可能性がある。この点に関し自験例のように血清学的な交差反応が、少なくとも陽性に出た場合は、何とかつつが虫病の診断に至るが、株間で交差性が低いもしくは認められない場合があり9）、この場合はつつが虫病であってもつつが虫病と診断できない危険性が生じる。　患者の罹患した S 地区は、飯田市街地からほど近い天竜川東岸の海抜 500 m 前後の河岸段丘に人家や寺社、耕作地が散在する集落地域で、特別な野山に入って感染した訳では無い。三十年前の調査では、この地域にタテは確認されず、長野県内でタテが媒介したと推測される Kuroki 型つつが虫病は、検索しえた限り本症例が長野県内で初の報告である。　長野県は南北で気候が異なり標高差もあって、温帯から山間部では亜寒帯気候を示す土地柄である。飯田下伊那と県境を接する愛知県および岐阜県では、既にタテの存在が報告されており10）、内川らの調査後に長野県内にもタテが分布する、ないし分布するようになったと考えると、外注検査だけでは診断の難しい新たなつつが虫病の分布に県内でも注意喚起をうながす必要がある。近年のつつが虫病の分布には、地球温暖化の影響のほかに、比較的行動範囲が狭い野ネズミに変わり、シカやイノシシなど大型の哺乳類に吸着し拡散する可能性が疑われているが、今のところ明確な根拠は無い。　最後に、オリエンチアを保有するつつが虫は、われわれの住環境のすぐそばに居ることを再認識すると共に、診療を行う医師は、つつが虫病の三徴（発熱、発疹、刺し口）を認めた場合、速やかに感染確認を行い、適切な抗菌薬を選択する必要がある。本症例では当初Q 熱を疑ったため、つつが虫病の第一選択薬ではないCPFX を点滴投与し輸液管理を行ったが、臨床経過は良好で再燃や増悪を認めなかった。表 1　血清抗体検査（-＜80）採血日紅斑熱群 チフス群 つつが虫病 Q 熱 ライム病 ウイルスRjp Rhv Rhl Ras Rtm Rty Rca Kw Gl Kr Kp Kt Sh Cb Ba&g SFTS151111（入院日）IgM -  NT NT NT NT - - 160 160 1280 640 640 80 - - -IgG 160 NT NT NT NT - 160 160 640 2560 1280 640 80 - - -151125（2 週目） IgM - NT NT NT NT - - 640 640 5120 1280 640 640 - - -IgG 160 NT NT NT NT - 160 160 1280 10240 2560 1280 160 - - -Rjp : R. japonica（日本紅斑熱）Rhv : R. helvetica（欧州共通の紅斑熱）Rhl : R. heilongjiangensis（極東紅斑熱）Ras : R. asiatica  Rtm : R.tamurae   Rty : R. typhi（発疹熱）Rca : R. canadensis  Cb : Coxiella burnetiiBa&g : B. afzeli と garinii 混合　O. tsutsugamushi は Kawasaki, Gilliam, Kuroki, Karp, Kato & ShimokoshiSFTS : Severe fever with thrombocytopenia syndrome（重症熱性血小板減少症候群）飯田市 S 地区で発生した Kuroki 型つつが虫病の一例No. 2, 2016 77　第 8 回日本リケッチャ症臨床研究会　平成 28 年 1月 10 日大津にて発表した。　本稿を終えるに当たり、保険適応外のつつが虫病の抗体検査は、各都道府県の衛生研究所を通じ国立感染症研究所か、研究機関では福井大学医学部医動物学教室、島根大学医学部皮膚科学教室、馬原アカリ研究所等で相談にのって頂ける。また、明らかな刺し口に痂皮形成を伴う症例では、剥がした乾燥痂皮から遺伝子診断が可能で、国立感染症研究所のほかに島根大学医学部皮膚科学教室でも検査の相談にのって頂ける。Conflict of interest：COI 本症例報告の投稿に当たり、当院倫理規定を遵守し利益相反はありません。本疾患に関する公衆衛生の観点から発表と論文掲載に関し患者本人から筆記の同意を得ている。塚平、下平、野網、野上、高田信州公衆衛生雑誌 Vol. 1078引用文献1 ）http://idsc.nih.go.jp/iasr/31/363/tpc363-j.html 国立感染症研究所ホームページ IASR　31：120─122．2010．2 ）Seto J, Suzuki Y, Otani K, et al. : Proposed vector candidate: Leptotrombidium palpale for Shimokoshi type Orientia tsutsugamushi. Microbiol Immunol 57 : 111─117. 2013.3 ）金子紀子，瀬戸順次，大谷勝実，他：山形県におけるツツガムシ生息調査．衛生動物　61：79─84．2010．4 ）大谷勝実，金子紀子，青木敏也，他：山形県で発生した Kawasaki 型つつが虫病．感染症学会誌　83：496─499．2009．5 ）内川公人，川森文彦，川合清也，他：富士山東山麓におけるタテツツガムシ，フトゲツツガムシの分布様式と恙虫相．衛生動物　41：359─368．1990．6 ）塚平晃弘，関村紀行，竹内雄一郎，他：冬期発症のツツガムシ病の一例．長野県医学会誌　34：44─45．2003．7 ）内川公人，山田喜紹，熊田信夫：長野県における恙虫病の発生と媒介ツツガムシ類に関する調査の現状．信州大学環境科学論集　6：63─70．1984．8 ）熊田信夫，Sher Afzal Reka, 水野サホ子，他：長野県飯田市産野鼠およびフトゲツツガムシ幼虫からの恙虫病リケッチャ分離陽性成績．信州大学環境科学論集　8：6─11．1986．9 ）高田伸弘：古くて新しいツツガムシ病．ダニの生物学（青木淳一編）第 1 版．pp.240─257，東京大学出版会，2001．10）山下照夫，森下高行，都築秀明，他：愛知県のつつが虫病リケッチャ流行株の解明：感染症学会誌　73：1194 ─1198．1999．

The first case report of Kuroki-type tsutsugamushi disease in Iida City, that suggests a presence of Leptotrombidium scutellare in Nagano

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