Article信州医学雑誌 29(6): 727-733(1981)journal articl

井之川,  孝一

志田,  寛

杠,  英樹

森本,  雅巳

池田,  裕

津金,  次郎

Japanese

Shinshu University Institutional Repository

信州医誌，29（6）：727～733，1981完全大血管転位症（SDD, Group I）の1治験例池田裕　井之川孝一　森本雅巳津金次郎　杠英樹　志田寛　　　　　　　　信州大学医学部第2外科学教室A CASE OF SUCCESSFUL SURGICAL REPAIR OF COMPLETE TRANSPOSITION OF THE GREAT ARTERIES Yutaka IKEDA, Kohichi INOKAWA, Masami MORIMOTO, Jiroh TSUGANE, Hideki YUZURIHA and Hiroshi SHIDA　　　　　　Departmeエ1t　of　Surgery，　Shinshu　University　School　of　Medicine　　IKEDA，　Y－INOKAWA，　KりMORIMOTO，　M．，　TSUGANE，　J－YUZURIHA・H・・nd　SHIDA・H．A・一！轍岬lsurgi・・1脚・・／・・励’・伽・・P・・伽呵th・・9燃碗2瘤s・Shinshu　Med・J．，　29：727－733，1981「　　Acase　of　successful　surgical　repair　of　complete　transposition　of　the　great　arteries（SDD，Group　I）is　reported．　　Agi，1。f。n，　year　a・d五・・m・・th・with・・mpl・t・t・an・p・・iti…fth・great・・t・・ies（SDD・G，。。p　l）w。，。perat・d・p・…ccessf・11y．　Th・i・iti・1　P・・ced・・e，　b・11。・n　at・i・septect・my（BAS）・was　p。，f。，m。d　d。・i・g　i・traca・diac　cath・teri・ati・・．　Her　cli・ical・ympt・m・・f　hyp・xia　andcyanosis　improved　greatly　after　the　procedure。　　The　intracardiac　correction，　Mustard’s　procedure，　was　done　oロe　rnonth　after　BAS　with　sur－face　c。。li。g　and　limit・d・a・di・P・lm・…ybypass．　Th・p・st・perative　c。…ew…n・v・ntf・1・and　twenty－four　months　after　the　operation　she　is　doing　weU．　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（Received　for　publication　July　28，1981）Key　words；完全大血管転位症（co！nplete　transPositi。n　of　the　great　a「te「ies）　　　　　　　　マスタード手術（Mustard’s　procedure）　　　　　　　　バルーソ心房中隔欠損作成術（balloon　atriosePtectomy）No．6，1981727池田・井之川・森本・津金・柱・志田刊文献的襟を加えて鮪する・　　　　　　　図・心電図（術前）　　　　　　　　H　症　　　例　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　表1　心臓カテーテル所見　1才5ヵ月，女児。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　………rm’一　　　　　　　　　　　　　　…『主訴，チ。，一　．e－7発育臨　　　　．P・塑　・・e…（mmH・）°蕗　現病歴　満期出産で生下時体重は3，　600　9であった。　　　　AO　　　　　　　　78／50（56）　　　　49．3生下時より口唇，指趾にチアノーゼを認めた。生後1　　　　RV（apex）　　　　83／0（27）　　　　43．5ヵ月間は保育器で育てられ，その後は家庭で育てられ　　　　RV（in）　　　　100／0（33）　　　44・8た。その後しだいにチアノーゼは増強したが，anoxlc　　　　RA（upPer）　　　11／2（5）　　　37・8・p・11耀められなかった．チアノーゼ，厳【轄を　　RA（1°we「）　8・5／°（2）　4°・6　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　SVC　　　　　　　　　　5／1　（3）　　　　　35．7主訴として当院小児科を受診し，大血管転位症を疑わ　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　IVC　　　　　　　　3，5／0　（1）　　　　　34．2れ，当科に紹介された。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　LA　　　　　　　　　10／0　（4）　　　　96，8入院時現症：樋8・20°9・身長78cm・　et・’eCte「k不良　　PV（lt）　　・3／4（7）　94．9である。口唇および指趾にチアノーゼを認める。指趾　　　　FA　　　　　　　lOO／50　　　　　47，3は太鼓擾指である。脈拍は120／分で整，緊張はよい。　　　　　　　　一血圧は100／70mmHgである。聴診では心雑音は聴取されないが第H音の充進を認める。　　　　　　　　　Ht　60％，　Hb　18．2g／dlと高度のPolycythemiaを　心電図所見：右軸偏位，右室肥大，不完全右脚フP　　示す。肝機能，腎機能および電解質などはいずれも正ックを認める（図1）。　　　　　　　　　　　　　　　常範囲である。胸部X線所見：単純正面像では右第2弓，左第4弓　　　心臓カテーテル所見：右心カテーテル所見は右房圧の突出を認め，肺血管陰影の増強は認めない。心胸廓　　11／21nmHg，右室圧100／OmmHgで，右室造影にて右比は59％である（写真1）。　　　　　　　　　　　　心室より直接出る大動脈を認めた（表1，写真2，　臨床検査所見：血液検査所見では赤血球789×10d，　　3）。さらに，左房にカテーテルを進めると，左房圧　728　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　信州医誌　Vo1．29完全大血管転位症（SDD，　Group　I）の1治験例写真1　胸部X線単純撮影（正面）写真2　右心アンギオ（正面）写真3　右心アンギオ（側面）は10／OmmHg，左房造影にて左心室より直接出る肺　　ルにひきつづき，　BASを施行した。　Rushkindのバ動脈を認めた（写真4，5）。以上の造影所見より完　　ルーンカテーテルを使用し，左心房内でバルーンを直全大血管転位症と診断した。心室中隔欠損，肺動脈狭　　径1．5cmに膨らませて，一気に右心房に引き抜ぎ，心窄，動脈管開存の合併は否定され，心房中隔欠損のみ　　　房中隔を裂開した（写真6）。BAS施行後，著明なチの合併であることより完全大血管転位症の1群であり，　アノーゼの改善をみた。Van　Praaghの分画法ではSitus　solitus，　D－loop，　　手術所見：表面冷却・体外循環併用法にて開心術をD－transPosition（SDD）と診断した。右心カテーテ　　行った。すなわち，表面冷却低体温にて23°Cまで冷No．6，1981　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　729池田・井之川・森本・津金・柾・志田写真4　左房造影（正面）写真5　左房造影（側面）写真6　BAS施行時の左房内のRushkindのバルーンカテーテル730　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　信州医誌　Vo1．29完全大血管転位症（SDD，　Group　I）の1治験例⑩酌　　　4α轄・T　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　4　cm　　　　　　　　・　　3㎝一⊥　　　　　　　　　　　　　　　k－一一一7・・一一一→1　　　　　　　　　　　　　　　　採取心膜の利用区分図2　手術所見　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　：　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　：量認めたが翌日には消失した。呼吸管理は人工呼吸器　　　　　　　降鋼郡羅羅認　　　　　　　1　11（Bennett　MA・1）を5日間使用した。術後2日間は　　　　　　　　図3　心電図（退院時）PEEP　scmHnOをかけた。術後出血は特に多くはなかった。心電図所見は図3のごとく，洞調律であった　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　N　老　　　察が徐脈傾向を認めたのでペースメーカーを使用し，術後2週間まで管理した。術後5週目の上大静脈造影で，　　大血管転位症transposition。f　the　great　arte一上大静脈開口部の閉塞所見もなく，心房内での静脈路　　ries（TGA）に対する外科的治療は・1950年Blalock転換が成功していることを確認した。術後7週目に退　　とHanlon　2）により最初の心房中隔欠損作成術が成院し，術後24ヵ月後の現在，体重16k9と増加し，チ　　功して以来，多くの姑息的手術が試みられた。根治手アノーゼも消失し，運動量も増加し，走りまわり元気　　術としては1945年Albertの心房内静脈路転換術5）がに遊んでいる。　　　　　　　　　　　　　　　　　発表されて以来，1959年Senning手術3）が初めて成　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　功し，1964年にはMustard手術4）が発表された。まNo，6，1981　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　731池田・井之川・森本・津金・紅・志田た心室内で血流転換する試みは1969年Rastelliら6）　　るかなどである。まず，不整脈の発生は，　Mustardにより発表されている。また最近は大血管を解剖学的　　手術によるTGAの術後遠隔期の成績を左右する重に正常位にするJatene手術7）が開発された。しかし，　要な問題であり，術後の不整脈はrhythm　deathと術式の明解さからMustard手術が広く普及し，よい　　して突然死をきたす揚合がある。　Mustard手術後の成績をおさめている。　　　　　　　　　　　　　　　不整脈の発生防止には洞房結節，房室結節および洞房　大血管転位症の分類は外科的立場から4群に分けた　　結節動脈の温存が大切である。さらに心房内の前，中おMustardの分類s）が広く用いられている。　　　　　　　よび後結節間路を淵存することが大切である。対策と　1群：心室中隔欠損もなく肺動脈狭窄もないもの。　　しては，脱血カニューレ挿入時，洞房結節の損傷をさ心房中隔欠損，血行動態的に有意でない小さな心室中　　けること，心膜baffle縫着時，冠静脈洞付近の縫着隔欠損，軽度の肺動脈狭窄を含む。　　　　　　　　　　をさけ房室結節の損傷を防止することなどである。わ　H群：心室申隔欠損があって肺動脈狭窄のないもの。　れわれもAberdeenの報告9）のごとく，冠静脈洞は　皿群：心室中隔欠損も肺動脈狭窄もあるもの。　　　　機能的左房にそのまま開口させ，冠静脈洞周辺には縫　W群；肺動脈狭窄があって心室中隔欠損のないもの。　合をおかないようにした。城谷ら10）はMustard手術　1群TGAは放置すれば最も予後不良であるが，　　後の不整脈発生の防止として，術後早期の高熱を予防心房中隔欠損作成術を生後早期に施行することにより　　することが大釦であると報告している。次に，体およ生存させ得るものである。この群の肺動脈圧は正常範　　び肺静脈路の狭窄の問題であるが，心膜bameの収囲であるものが多いため，Mustard手術の成功率も　　縮あるいは強度のbulgingによるといわれる。その最も良好である。しかし，H群TGAは心室中隔欠　　ためダクロソパッチが推奨されるが，これとても血栓損が大きく，肺血流量が増大し，肺動脈圧尤進を伴う　　付着および肥厚化などの問題が指摘されている。以上症例では，乳児期セこ肺合併症をおこして死亡するもの　　のごときMustard手術の問題が検討されるにつれてが多い。TGAにおける肺血管高血圧性非可逆変化の　　Senning手術が不整脈の発生が少ない，成長による進行は，心室中隔欠損単独のものより早期に起こるの　　間題も少ないなどの利点から再評価されている。で，早期の心房中隔欠損作成術の施行に加え，肺動脈　　　TGAは全先天性疾患の約5％を占め，乳児では決繊厄術を施行しておくことが根治術の成績をよくする　　してまれな疾患ではなく，50％が生後1カ月以内に，といわれている。皿群TGAは肺動脈狭窄および左心　　85％が6ヵ月未満に死亡する自然予後の不良な疾患で室の流出路狭窄に対する修復がその解剖学的位i関係　　あり，体循環と肺徳環の交通がない限り生命の維持はからかなり困難であるといわれる。　　　　　　　　　　困難であり，その交通路としては，心房中隔欠損，心　TGAの根治手術としては当初，　Senning手術が　　室中隔欠損および動脈管開存などが考えられる。その行われたが，いずれの報告も死亡率が高く，手術手技　　ため人為的に交通路を作成する揚合は心房中隔欠損作も複雑であり，その上，以前に心房中隔欠損作成術を　　成が最も簡単であり，自然予後をよくするために行わ施行された症例ではとくに困難であることより，術式　　れている。心房中隔欠損作成には外科的にBlalock・が明解なMustard手術が普及した。　Mustard手術　　Hanlon’手争1㈱よび直視下心房中隔欠損作成術があるはSenning手術と比較し，手術手技が容易であり，　　が，これらは根治手術施行時に心膜の癒着などを残し以前に心房中隔欠損作成術を行っていてもそれが根治　　て難行するため，現在は非開胸心房中隔欠損作成法で手術の妨げにならないし，両心房容積が十分得られる　　あるballoon　atrioseptectomy（BAS）11）が広く推ように心膜パッチにより拡大がはかられ，術後の低心　　奨されている。心臓カテーテル法を施行しTGAと拍出蚤症候群の発生を防止できるなどの利点がある。　　診断されたならば，ただちにどんな型のTGAでも，しかし，Mustard手術にも問題が指摘されている。　　必ずBASを試みるべきである。外科的心房中隔欠損その間題点は次のごとくである。①術後の不整脈，　　作成術はBAS無効例に対してのみ適応があると考え②体および肺静脈路の狭窄，③術後の三尖弁閉鎖　られる。BAS施行例は本症の自然予後からみても1不全症の発生などである。これらの合併症に対する対　　才未満であり，その大部分は6ヵ月未満のものであ策が望まれるが，対策としては，刺激伝導系の損傷を　　る。われわれの症例のごとく1才5ヵ月になってもいかにして最小とするか，いかにして大きな静脈路を　　BAS施行ができ，効果があるか疑問であったが，形成するか，成長による変形，狭窄をいかにしてさけ　　BASを施行したところ，強い抵抗があったがballoon732　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　信州医誌　Vol．29完全大血管転位症（SDD，　Group　I）の1治験例を引き抜きえた。手術時2．5×0．5cmのslit状の心房　　験例を報告するとともに，1才以上においてもBAS中隔欠損が確認され，．臨床的にもBAS施行後著明な　　の奏効する場合のあることを強調し，若干の文献的考チアノーゼの改善を認めた。　　　．1　　　　　　　　　察を加えた。IV　結　　　語最近われわれが経験した，完全大血管転位症の1治文　　　献　1）Keith，　J．　D．，Vlad，　P，　and　Van　Praagh，　R。：Heart　Disease　in　Infancy　and　Children，　PP．　　　　682－744，The　Macmillan　CO．，New　York，1958　2）Blalock，　A．　and　Hanlon，　C．　R，：The　surgical　treatment　of　co皿plete　transposition　of　the　　　　aorta　and　the　pulmonary　artery．　Surg　Gylleco10bstet，90：1－15，1950　3）Senning，　A．：Surgical　correction　of　transposition　of　the　great　vessels．　Surgery，45：966－980，　　　　19594）Mustard，　W．　T．：Successful　two．stage　correction　of　transposition　of　the　great　vessels．　Sur－　　　gery，　55；469－472，　19645）Albert，　H．　M．：Surgical　correction　of　transposition　of　the　great　vessels．　Surg　Forum，5：74－　　　77，19546）Raste11i，　G．　G．，　Wallace，　R．　B．　and　Ongley，　P．　A．：Complete　repair　of　transposition　of　the　　　great　arteries　with　pulmonary　stenosis．　A　review　and　report　of　a　case　corrected　by　using　a　　　new　surgical　technique，　Circulation，39：83－95，19697）Jatene，　A，　D．，　Fontes，　V．　F．，Paulista，　P．　P．，　Souza，　L．　C．　B，，Neger，　F．；Galantier，　M．　and　　　Sousa，　E．　M．　R，：Anatomic　c◎rrection　of　transposition　of　the　great　vessels．　J　Thorac　Cardi－　　　ovasc　Surg，72：364－370，　19768）Mustard，　W，　T．：Recent　experiences　with　surgical　management　of　transposition　of　the　great　　　arteries，　J　Cardiovasc　Surg（Torino），9：532－536，19689）Aberdeen，　E，：Correction　of　uncomplicated　cases　Qf　transposition　of　the　great　arteries．　Br　　　Heart　J，33（Supp1．66）：5－7，197110）城谷　均，安藤史隆，河井　淳，神崎義雄，奥秀　喬，佐藤和子，節家直己，山口勝雄，横山達郎，槙野征　　　一郎，立石一馬：完全大血管転位症，とくに心蜜中隔欠損合併例の一期的根治手術，胸部外科，27：924－932，　　　197411）Rushkind，　W．　J．　and　Miller，　W．　W．：Creation　of　an　atrial　septal　defect　without　thoraco・　　　tomy．　A　palliative　approach』to　complete　transposition　of　the　great　arteries．　JAMA，196：・　991－992，1966　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（56．7．28受稿）No．．6，1981　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　r33

A CASE OF SUCCESSFUL SURGICAL REPAIR OF COMPLETE TRANSPOSITION OF THE GREAT ARTERIES

https://soar-ir.repo.nii.ac.jp/record/5033/files/Shinshu_med29-6-08.pdf

完全大血管転位症(SDD, Group Ｉ)の1治験例

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