Ishida, Keisuke

Japanese

Tokushima University Institutional Repository

地質ニュース464号， 26-29頁， 1993年 4月Chishitsu News no. 464, p. 26-29, April, 1993 四国四万十帯「宍喰浦の化石漣痕」1。まえ がきししくい天然記念物「宍喰浦の化石漣痕」 (1979年11月26日，国指定）については，濡木(1992)により，本誌の天然記念物特集（通巻454号）の中ですでに紹介されている．今回は，化石漣痕の周囲の地質も含めて，さらに詳しく紹介したい．写真を提供し，寄稿をすすめて下さった岡山大学教養部地学教室 濡木輝ー教授と草稿に助言いただいた徳島大学教養部村田明広助教授に厚くお礼申し上げます．第1図位置図国土地理院発行の 5万分の 1地形図「甲浦」の一部を使用．1)徳島大学教養部地学教室（現総合科学部物質科学教室）〒770徳島県徳島市南常三島1-1石田啓祐1)写真 1 宍喰浦の化石漣痕全景（撮影：濡木輝ー）．石柱の高さは1.5m.当時の海底の流向は左下から右上と推定される．2。概要徳島県最南端にある海部郡宍喰町は，室戸阿南海岸国定公園のほぼ中央に位置している．四万十帯のみとこ地層が織なす海岸線は，水床溝，宍喰浦といった風光明媚な景観を形づくっている．化石漣痕は，宍喰こめ町古目の旧国道55号線沿いにある（第 1図A)．漣痕が発達する砂岩層は，厚さ10cm程度の砂質岩と数 cmの泥質岩が互層するうちの 1枚であり，その上下の砂岩層にも漣痕が発達している（写真 1)．これらの漣痕と後述の底痕•生痕が発達する地層は，なはりがわ室戸半島層群の奈半利川層に属するとされている（公文•井内： 1976; 平ほか： 1980など）．キーワード：天然記念物，四国，四万十帯，堆積構造，生痕化石，堆積環境，古第三紀地質ニュース 464号四国四万十帯「宍喰浦の化石漣痕」 -27-3。 化石漣痕の形態この化石漣痕は，中粒の砂岩層に波長30~40cm,波高数 cmの舌状のリップルマーク（水流など流体の営力によってできた波形）が発達するものであり，教科書(Allen,1968)的には小型の部類に属するが，その中では比較的大きなものといえる．断面形態は非対称であり，一定方向の流れによってできた水流漣痕(currentripple)である． Allen(1968)の分類によれば，この漣痕は舌状(linguoid)形に最も近い．少し離れて露頭全体を眺めると，頂部の稜線(crestline)がうねりながら，左上から右下にかけて懸垂状に配列しているように見える．近づいて見ると，各々の稜線は舌状で独立しており，ちょうど屋根瓦を互い違いに重ねたように配列している（写真 2)．それぞれの波形には，丸みを帯びた頂部を境にして，広く長い上流側斜面(stoss side slope)が左下方側に良く発達し，短く狭い下流側斜面(leeside slope)が右上方に位置する．このような形態は，下流側斜面がフォアセット（前置）葉理を形成しながら進行するのに対して，上流側斜面が削剥されながら，進行してぎた次のフォアセットによって覆われた結果である．このような場合，フォアセットの“登り角’'が上流側斜面の傾斜角より小さいタイプのクライミング・リップル葉理（リップル漂移斜交葉理， Collinson& Thompson, 1989)が形成される．この漣痕の場合，水流はほぼ左下方から右上方（堆積当時に直すと ENEから WSW)に向かっていたことがうかがえる． Allen(1968)によれば，稜線が舌状の小型水流漣痕は，水深の増加に比べて写真2 化石漣痕の近影（撮影：濡木輝ー）．中央のサイソペソは長さ約14cm.1993年 4月号流速の増加が著しい場合に多く形成される．ただし，流れに斜交してリップルがでぎる場合には，水深が増加するほどよく発達すると考えられている．この漣痕の場合，乎面形の対称性は強くない．またReineck & Singh (1973)は，堆積学の著書の中で，さまざまな堆積環境における漣痕の発達についてまとめており，小型の水流漣痕は河川や浅海域（潮間帯）で最も多く見られるほか，砂質の深海底や乱泥流堆稽物にも普通に見られることを明らかにしている．典型的な乱泥流堆積物は，一枚の地層が，下部から上部へ，級化成層部(A)，下部乎行葉理部(B),カレ‘ノトリップル葉理部(C)，上部平行葉理祁(D)ならびに泥質部(E)の5つの部分から構成される(Boumaシークェンス）．クライミソグ・リップルはその C部分（カレソトリップル葉理部）によく発達することが知られている．4. 底痕と生痕宍喰浦の漣痕露頭から南方の竹ヶ島橋（第 1図B)にかけては，フリッシュ型の砂岩泥岩互層が，東西に近い走向，高角度北傾斜で分布している．これらの砂岩層には，漣痕ばかりでなく，底痕と生痕が発達している．例えば，漣痕の発達する層準の砂岩層底面には，フルートキャスト，グルーブキャスト， トゥールマークならびに荷重痕が，また砂岩層の断面には，コンボリュートラミナやフレーム構造が見られる．これより下位層準の竹ヶ島橋付近には，上述した Bouma、ンークェ‘ノスの B・C部分に相当する平行葉理と斜交葉理が卓越する砂岩部層があり，上記の底痕と共に各種の生痕を観察することができる．それらはHelminthoida, Spirorhapheをはじめとして 大型のも のではNereitesmurotoen-sis Katto (1960) （写真 3)から，小型のものでは直径数mmのPaleodictyon（写真 4)が特徴的に伴っている． Seilacher(1967)をはじめ多くの研究者は，一定の生痕化石群集が堆積物形成当時の海底深度に対応することを指摘した．このような研究によれば，竹ヶ島の生痕フォーナはNereites相（上記の各種で代表される最も深い生息環境の生痕群）に属するものであり，フリッシュ型堆積物に特徴的で，大陸棚斜面下部から大洋底縁にかけての2000m以深の深海相を特徴づけるものと考えられている．-28- 石田啓祐写真 3 砂岩層底面に保存された生痕化石の Nereitesmurutoensis（深海相を代表するゴカイのなかまの巣穴の化石）．宍喰町竹ヶ島産．スケール（左下）は 2cm.5。 奈半利川層の年代宍喰付近の奈半利川層からは，以下の化石が報告されている．古目の漣痕の西方に位置する JR阿佐東線の宍喰第四トソネル（第 1図C)では，黒色泥岩からナノプラソクトソが検出された（甲藤ほか，1979)．これによると，化石群集は始新世中期初頭の暖海域を特徴づけるもので，白亜紀の示準種も混在している．その後，同トソネルの泥岩からはCrassatellites nov. aなど，中部始新統から報告されている二枚貝が見出された（須鎗・山崎， 1987).同様に付近の奈半利川層（第 1図D)から産する放散虫群集は， Calocyclashispidaをはじめとする中期始新世の示準種を多く伴っている（山崎ほか，1987)．これ以前には，漣痕の南方にある古目（第1図E)の頁岩から Venericardiasubnipponica, Por-tlandia cf. wataseiなどが検出され，その年代は漸新世とみなされていた（徳島県， 1972 ；公文•井内，1976)．このように，奈半利川層の年代は，以前は古第三紀漸新世とみなされていたが，最近では，ニ枚貝だけでなく，ナノプラソクトソや放散虫などの微化石も含めた総合判定が可能となり，その結果，宍喰周辺の奈半利川層の年代は始新世中期 (4000~5000万年前）であることが明らかとなった．このよ写真 4 砂岩層底面に保存された小型のフルートキャスト（流痕）と生痕化石の Paleodictyon（古第三紀Nereites相に特徴的なハチノス型の生痕化石）．Paleodictyonは動物の摂食行動により，毛糸編みのパターソのように作られることがわかっているが正体は不明．亀甲石と呼ばれたり，植物のアミモのなかまと考えられたこともあった．流向は上から下．宍喰町竹ヶ島橋産．スケール（右下）は 1cm.うな背景には，近年，深海底掘削によるコアの分析が進み，微化石による年代決定精度が向上したことがあげられる．6. 化石漣痕の形成環境では，この漣痕はどのような環境で形成されたのであろうか？ これに関して，須鎗・山崎(1987)は，宍喰周辺の奈半利川層に挟在する厚い砂岩層がアレナイト質であること，炭質物薄層が挟在すること，大型二枚貝が産することから，浅海のデルタまたはその周辺の堆積相の可能性を考えている．一方，甲藤•平(1978) ならびに平ほか (1980) は，この漣痕を伴う奈半利川層群には，乱泥流堆積物が卓越することから，層群全体を海底扇状地の堆積相としてとらえており，その形成場を付加帯上の前弧海地質ニュース 464号四国四万十帯「宍喰浦の化石漣痕」 -29-盆と想定している．すなわち，宍喰周辺の厚い砂岩層は海底の河谷を埋めた土石流堆積物，砂岩・泥岩互層は海底土石流周辺の乱泥流堆積物，泥岩勝ち互層は土石流の通過する海底の河谷間の泥底堆積物であるという．先述の生痕化石群集から推定される深度の海底には，このような条件の前弧海盆があったのであろう．先の日仏海溝計画では， Spirorhapheと同じ渦巻ぎ型の這い跡を腸鯉類（ギボ、ンム、ンのなかま）が描いている様子が，日本海溝陸側斜面の水深5248m地点で観察されており，房総海底谷の水深5282m地点の小段では，よく発達したリップルマークも観察されている（海溝I[研究グループ編，1987). 7。 化石漣痕の保存このように，宍喰浦の化石漣痕には，これまでにも多くの研究者が訪れており，それは四万十帯の地質研究に数多くとりあげられている．宍喰町には昨(1992)年 3月待望の阿佐東線が開通し，町では観光誘致のための施設づくりを目指している．宍喰浦と竹ヶ島は橋でつながれている．島の南側には阿波竹ヶ島海中公園が広がっており，エダミドリイシサソゴの北限自生地としても知られている．公園内には海中観察のできる巡航船があり，「海洋性博物館」の建設計画もある．漣痕には，最近，コケも生え，風化による地層の緩みも見え始めている．でぎるならば，長く新鮮な状態で観察できることを望みたいなお徳島市の文化の森総合公園内にある徳島県立博物館には，宍喰浦の化石漣痕の実物大のレプリ力が展示されている．1993年 4月号文献Allen, J. R. L. (1968): Current ripples. North Holland, Amster-dam, 447p. Collinson, J. D. and Thompson, D. B. (1989): Sedimentary struc-tures (2nd ed.). Unwin Hyman, London, 207p. 海溝n研究グループ編(1987)：日本周辺の海溝．東京大学出版会，104p. Katto, J. (1960): Some problematica from the socalled unknown Mesozoic strata of the southern part of Shikoku, Japan. Science Rep. Tohoku Univ., 2nd Ser. (Geol.), Spec. Vol. no. 4, 323-334. 甲藤次郎・平朝彦(1978)：室戸半島層群の岩相と堆積環境．地質ニュース， no.287, 21-31. 甲藤次郎・松丸国照•岡田尚武•平朝彦(1979) ：室戸半島層群および同相当層から始新世化石の発見とその意義．地質ニュース， no.294, 41-43. 公文富士夫•井内美郎(1976) ：室戸半島北東部，徳島県宍喰町周辺の四万十累層群古第三系．地質雑， 82,383-394. 濡木輝ー(1992):中国・四国地方の天然記念物．地質ニュース，no. 454, 15-29. Reineck, H. E. and Singh, I. B. (1973): Depositional Sedimentary Environments. Springer-Verlag, Berlin Heiderberg New York, 439p. Seilacher, A. (1967): Bathymetry of trace fosils. 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A natural monument "Fossil current ripples at Shishikui-ura" in Shimanto Terrane, Shikoku

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