Anma, Ryo

Jammo, Sari

Saber, Ahmad Saber

Salih, Rawa Karim

Tatsumi, Yuki

Tsuneki, Akira

Watanabe, Nobuya

Japanese

Tokushima University Institutional Repository

1．はじめに　私たちは肥沃な三日月地帯東部のイラク・クルディスタン地域において、ザグロスでの新石器化研究を目的として 2014 年に調査を開始し、2016 年からはスレマニ市の西方のチャムチャマル地区において調査を継続している（常木他 2018、2019、Tsuneki 2018）。同地区は 1940 年代後半から 50 年代前半にシカゴ大学が西アジアで初めて実際の発掘調査に基づく新石器化研究を開始したところであり、その中心的な調査遺跡が著名なチャルモ（ジャルモ）遺跡である。2017 年には旧石器時代終末期のトゥルカカ遺跡を試掘し、2018年からは、チャルモ遺跡で発掘調査と環境科学的調査を開始した（常木 2019、Tsuneki 2019）。私たちは、チャルモに形成された新石器時代集落は、その立地するケスタ地形の利点を生かし、天水と滞水を巧みに組み合わせた農耕に基づいて形成されたという新たな仮説を立てて、現場において UAV による地形測量やGPR などの地下探査、携帯式蛍光 X 線分析装置などを活用した多様な手法を用いて、同地域の新石器化を再考している（Tsuneki et al. 2019）。2019 年度の調査では、1）チャルモ遺跡周辺の地形計測、2）チャルモ遺跡の試掘調査（JII 南トレンチ、W トレンチ）、3）発掘土壌断面の地球科学的研究、4）チャルモ遺跡南方の畑地の調査などを実施した。それぞれの概要は昨年度の報告を参照されたい（常木他 2020）。また 2020 年は、コロナ禍で日本からの調査隊を送ることができなかったので、スレマニ文化財局による試掘調査をリモートで支援し実施した。 （常木）2．チャルモ遺跡周辺地形の分析　UAV の空撮画像から SfM により作成した高精細の標高データを基に、チャルモ周辺の地形の分析を試みた。河川流路推定：ESRI 社の ARCGIS の SpatialAnalystをもちい、河川流路の推定を行った（図 1）。流路抽出にあたっては、小規模なワディの支流が多少検出される程度に閾値を設定している。支流の枝分かれなど、流路パターンの違いや粗密によって地形的な特徴の分布を把握することが目的である。チャルモ遺跡の南側に北東から南西に多数のワディ支流がみられる。接峰面図の算出：浸食される以前の地形を算出する方法として、接峰面図がよく用いられる。接峰面図は、対象地域にグリッド（マス目）をかけ、その個々のグリッド内の中心点に与えられた標高の最大値を基準に等値線を生成して作成した（図 2）。チャルモ遺跡は比肥沃な三日月地帯東部の新石器化─イラク・クルディスタン、スレマニ地域チャルモ遺跡の調査（2019・2020）─常木　　晃　筑波大学名誉教授渡部　展也　中部大学人文学部准教授安間　　了　徳島大学社会産業理工学研究部教授辰巳　祐樹　奈良県立橿原考古学研究所調査部技師サリ・ジャンモ　東京大学・日本学術振興会特別研究員サーベル・アハマド・サーベル　イラク・クルディスタン地域政府スレマニ文化財局研究員ラワ・カリム・サリ　イラク・クルディスタン地域政府スレマニ文化財局研究員Neolithization in Eastern Part of the Fertile Crescent: Investigations at Charmo, Slemani, Iraqi-Kurdistan （2019 and 2020）TSUNEKI, Akira　Professor Emeritus, University of TsukubaWATANABE, Nobuya　Associate Professor, College of Humanities, Chubu UniversityANMA, Ryo　Professor, Graduate School of Technology, Industrial and Social Sciences, Tokushima UniversityTATSUMI, Yuki　Engineer, Research Department, Archaeological Institute of Kashihara, Nara PrefectureJAMMO, Sari　JSPS Postdoctoral Research Fellow, University of TokyoSABER, Ahmad Saber　Staff, Slemani Directorate of Antiquities, KRGSALIH, Rawa Karim　Staff, Slemani Directorate of Antiquities, KRG92020［令和 2 年度］常木　　晃﻿　ほか較的連続性の高い面に立地している事が確認された。その他地形の強調処理：接峰面図と元の標高データの差分を取り、浸食量を表現する図を作成した（図 3左）。北側の最大のワディで浸食が大きく、その周辺も比較的大きい。特に連続した地形面を保ち浸食量が少ないチャルモと、その東側の細かい谷が羽毛状に浸食されている場所との対比は興味深い。　接峰面と標高の差分、標高データ、河川密度データを ISO クラスターで分類したものが図 3右である。暗色で示されている箇所が概ね、水が流れる場所でかつ浸食の強い箇所に対応する。明色は相対的にあまり水が流れず浸食も少ない所に対応する。こうしてみる図 2　接峰面図（50 mサンプリング）図 1　標高データの印影図と谷筋（河川流路推定）図 3　左：接峰面図と標高データの差分　右：接峰面図・標高データ・水分岐密度に基づく分類10 第 28 回西アジア発掘調査報告会肥肥肥肥肥肥肥肥肥肥肥肥肥肥肥─────────────────肥───────肥────────────と、チャルモ、トゥルカカがどちらも明色に位置しており、遺跡が残存していることも頷ける。なお、トゥルカカの南にも明色で比較的連続面を残す地形があり（図 3右中の円内）、あるいは遺跡が残されているかもしれない。 （渡部）3．チャルモ遺跡出土の黒曜石の化学組成と原産地推定　可搬型蛍光 X 線分析装置（pXRF）Olympus VAN-TA VCR-CCC 型（Rh ターゲット・4W X 線管）により、124 点のチャルモ出土黒曜石の化学組成分析を行った。この機材では、管電圧 10 kV の Beam 2 でMg、Al、Si、P、S、K、Ca、Ti、Mn の 濃 度 を、 管電圧 40 kV の Beam 1 で Ti、V、Cr、Mn、および Feよりも重い 23 の元素の濃度を測定することができる。　黒曜石原産地の識別に用いられる Zr と Sr の 3 回の 繰 り 返 し 測 定 精 度 は Sr は 40 ppm 以 上、Zr は250 ppm 以上の試料でほとんどの場合 6％未満であった。Sr 濃度は平均で 5 ppm を越えると 3 回の繰り返し測定すべてで Sr が検出された。Zr-Sr 散布図上で、チャルモ遺跡出土の石器材黒曜石は、10 ppm 以下のSr 濃度と 1000 ppm を越える高濃度 Zr をもつグループに属するものが大半を占めた（図 4）。その出現頻度は 80％におよぶ。これまでに公表されている論文の黒曜石原産地データ（Campbell and Healey 2016 など）と照らし合わせると、このグループの原産地はNemrut Daǧあるいは Bingöl A と考えられる。チャルモ出土黒曜石の残りの 20％は、300 ppm 程度の Zrと 40 ppm を越える Sr 含有量をもつグループに分類される。このような組成を持つ黒曜石は、Bingöl Bとよばれる火山地帯に産する。　Bingöl A 産高 Zr 濃度黒曜石が高い Fe/Mn 比（40〜60）と Rb/Zr 比（0.175〜0.22）を 持 つ の に 対 し て、Nemrut Daǧ産黒曜石はより低い Fe/Mn 比（25〜50）と Rb/Zr 比（0.17〜0.19）を持つことが知られている（ibid）。高 Zr 黒曜石のデータだけを選り分けて、それらの組成を Rb/Zr-Fe/Mn 散布図上にプロットすると、チャルモ出土高 Zr 黒曜石のほぼ半数は左下側のクラスター中に、残りの半数は散布図右上側の明瞭に異なるクラスターを形成してプロットされ、前者はBingöl A 産、後者は Nemrut Daǧ産に比定することができる（図 5）。比較のためトルコ東南部の先土器新石器時代遺跡ハサンケーフ出土およびスレマニ北部のカラート・サイド・アハマダン出土の黒曜石（先土器新石器時代〜サーマッラ期）のデータをプロットしているが、Rb/Zr 値 0.195 で分けて統計を取ると、チャルモ出土黒曜石の 36％（45 試料）とハサンケーフ遺跡出土の石器材黒曜石の 96％（191 試料）、そしてカラート・サイド・アハマダン出土高 Zr 濃度黒曜石のすべてが Nemrut Daǧ産で、チャルモ出土黒曜石の 44％（54 試料）とハサンケーフ出土黒曜石の 2％（4 試料）はBingöl A 産であると推定できる。チャルモ出土のBingöl A 産黒曜石は、表層部に多い傾向が見られた。 （安間）図 5　Fe：Mn-Rb：Zr図 4　Zr-Sr112020［令和 2 年度］常木　　晃﻿　ほか4．各トレンチで得られた炭化物の14C年代　2019 年度調査で JII 南トレンチ、W トレンチからサンプリングした炭化物 17 点及び南畑地からサンプリングしたカタツムリ 1 点の 14C 測定を、筑波大学の板橋悠氏に依頼し実施した。JII 南トレンチと W トレンチは土器新石器時代初頭の文化層であり、南畑地は遺物が出土していないので時期不明の文化層だが、畑の畝が検出されている。JII 南トレンチ、W トレンチの 17 点のうち、2 点はサンプルの量的不足で測定できず、1 点は未測定、1 点は現代、また 3 点はデッドの値が出ている。残りの 10 点のうち、十分なサンプル量のある 6 点はすべて 1σ 較正年代で 7200〜6800BCに納まっており、微量サンプルの 4 点中 2 点も同様の年代を示す。他の 2 点は各 6000BC、4700BC 前後を示した。これらから、チャルモの土器新石器時代初頭は、紀元前 7000 年前後と考えて大過ないだろう。40000 年以上前のデッドの値が得られた 3 点は、いずれも JII 南トレンチ 5-6 層から出土したべっとりと土器内面に付着した炭化物がサンプルで、ビチュメン（アスファルト）を測定した可能性が高い。南畑地のカタツムリは、541〜586AD の較正年代を示し、ササン朝期の畑であったと推定される。チャルモの年代測定は 1960 年代以前に実施された古いものが多く、2018年度資料に引き続き、最新の確実な年代が測定された意義は大きい。なお詳細な報告は、別稿で行いたい。5．リモートによる試掘調査　2020 年はコロナ禍で日本からの調査隊を派遣できなかった。そのため、チャルモの現場と日本をスマートフォンの WhatsApp アプリで結んで、スレマニ文化財局による試掘調査を 10 月 12 日〜20 日の間に実施した。試掘地点は、2019 年の JII 南トレンチに平行した西側 5 m 地点であり、南北 2 m、東西 3 m の試掘坑を設定し、深さ 1.68 m まで発掘している（図 6）。調査の目的は、JII 南トレンチで明らかになりつつある土器新石器時代初期の文化層の広がりの状況を確かめ、文化層の変遷を追うことにある。JII 南トレンチと同様に 1.68 m の深さまでで 5 層の文化層を確認し、700 点以上の土器片と少数の打製石器、動物骨、若干の磨製石器などが得られている。また 2 層には川原石の集石も検出された。1〜3 層に比べて 4 層から土器の出土が減少し、5 層からは骨のみが出土したと報告をうけた。4 層までで出土している土器は JII 南トレンチと同様に Later Manifestation に帰属する土器（図7）がほとんどで、彩文土器など Earlier Manifestationの土器はほとんど見られない。石器類は黒曜石の細石刃とフリント石刃が出土するが、土器に比べて量が極端に少なかった（図 8）。　リモートによる発掘は初めての経験であったが、発掘のコミュニケーションはきちんと取れ、サンプリングなどもほぼこちらの要求に沿って行われた。また試図 6　リモート発掘の状況 土層を観察 遺物を観察図 7　4層出土土器12 第 28 回西アジア発掘調査報告会肥肥肥肥肥肥肥肥肥肥肥肥肥肥肥─────────────────肥───────肥────────────掘調査後には、英文による調査レポートも届いた。このような発掘を許可し実施していただいた、カマル・ラシード局長をはじめとするスレマニ文化財局の方々、とりわけ調査を指揮し、こちらの要望を毎日聞いてくれたサーベル・アハマド氏に、深く感謝したい。リモート発掘は苦肉の策ではあったが、先方に信頼できる考古学者がいて、スマートフォンなどを活用する環境が整っていれば、決して無謀な方法ではないことが、今回明らかになったことは望外であった。出土資料はスレマニ文化財局に保管されており、次回調査時に資料を実見するのを今から心待ちにしている。　現地調査、資料研究の実施に当たり、イラク・クルディスタン地域政府（KRG）スレマニ文化財局長 Ka-mal Rasheed 氏、同スレマニ博物館長 Hashim Hama氏をはじめとする KRG スレマニ文化財局の多くの方々からご支援をいただいていることに深く感謝申し上げる。また本調査は、科学研究費補助金（新学術領域 研 究 ）『 西 ア ジ ア に お け る 生 業 と 社 会 構 造 』（18H05444）、科学研究費補助金（基盤研究 A）『ジャルモ遺跡再考─肥沃な三日月地帯東部の新石器化』（20H00020）により実施することができたことにも感謝したい。 （常木）■参考文献・ Tsuneki, A., Rasheed, K., Watanabe, N., Anma, R. Tatsumi, Y. and Minami, M. 2019 “Landscape and early farming at Neolithic sites in Slemani, Iraqi Kurdistan: A case study of Jarmo and Qalat Said Ahmadan”, Paléorient 45/2: 33-51.・ Tsuneki, A. 2019 “Revisiting the Turkaka Site in Slemani, Iraqi-Kurdistan”, in Nakamura, S., Adachi, T., and Abe, M （eds.） Decades in Deserts, Essays on Near Eastern Archaeology in honour of Sumio Fujii: 243-250, Rokuichi Syobou, Tokyo.・ Tsuneki, A. 2018 “Reconsidering the Neolithization of Slemani area, Iraq-Kurdistan”, 11 th International Congress on the Ar-chaeology of the Ancient Near East. Poster Presentation. April 3-7, Ludwig. Maximilians-Universitat, Munich.・ Campbell, S. and Healey, H., 2016 Multiple sources: The pXRF analysis of obsidian from Kenan Tepe, S.E. Turkey, Journal of Archaeological Science: Reports, 10: 377-89.・ 常木晃、渡部展也、安間了、辰巳祐樹、サリ・ジャンモ、ラワ・カリム・サリ　2020「肥沃な三日月地帯東部の新石器化─イラク・クルディスタン、スレマニ地域チャルモ遺跡の調査（2019 年）─」『第 27 回西アジア発掘調査報告会報告集』9-14頁　日本西アジア考古学会・ 常木晃・渡部展也・安間了・辰巳祐樹・ラワ・カリム・サリ　2019「肥沃な三日月地帯東部の新石器化─イラク・クルディスタン、スレマニ地域チャルモ遺跡の調査（2018 年）─」『第 26 回西アジア発掘調査報告会報告集』19-23 頁　日本西アジア考古学会・ 常木　晃　2019「イラク・クルディスタン、チャルモ遺跡の調査と新石器化への新視角」山田重郎編『都市文明の本質：古代西アジアにおける都市の発生と変容の学際研究成果報告 2018年度』21-26 頁、筑波大学、つくば・ 常木晃・渡部展也・安間了・西山伸一・ラワ・カリム・サリ　2018　「肥沃な三日月地帯東部の新石器化─イラク・クルディスタン、スレマニ地域チャルモ遺跡・トゥルカカ遺跡の調査（2017 年）─」『第 25 回西アジア発掘調査報告会報告集』8-11頁　日本西アジア考古学会図 8　出土したフリント石器と黒曜石石器132020［令和 2 年度］常木　　晃﻿　ほか

Neolithization in Eastern Part of the Fertile Crescent : Investigations at Charmo, Slemani, Iraqi-Kurdistan (2019 and 2020)

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