石村 智

石村, 智

イシムラ, トモ

ISHIMURA, Tomo

Nanzan University Repository / 南山大学機関リポジトリ

* 東京文化財研究所156『年報人類学研究』第13号（２０２2）Annual Papers of the Anthropological Institute Vol. 13 (2022 )書評Akira Goto, Cultural Astronomy of the Japanese Archipelago: Exploring the Japanese Skyscape■出版地：London and New York　■出版社：Routledge　■出版年：2021年　■総頁数：148pp　■定価：USD 62.95石村　智*　本書は日本の文化天文学（cultural astronomy）の研究をレビューし、英語で紹介したものである。本書のタイトルともなっている文化天文学は、Clive Rugglesと Nicholas Saundersによると「古代および現代の文化が天体を認識し、それを世界観に統合する方法の多様性を探る」学問とされる（Ruggles and Saunders 1993）が、いわゆる考古天文学（archaeoastronomy）や民族天文学（ethnoastronomy）を包括した学問分野ということができる。著者の後藤明氏は近年この分野の研究やレビューを積極的に進めており、2017年には国内外の研究動向を総合的に紹介した著書『天文の考古学』を上梓している（後藤 2017）。どちらかというと前著が国際的な研究動向を国内に紹介することをおもな目的としているのに対し、本書は日本の研究動向を国際的に紹介することをおもな目的としている印象を受ける。その意味ではこれらの２冊は対になる著作ということができるだろう。　さて本書は序章を含む10の章に分かれており、北海道から琉球諸島にかけての日本列島全体における文化天文学に関連した事例および研究を紹介している。　まず序章（Introduction）において、日本には七夕やお月見、陰陽道や星祭りといった天文に関連した多様な文化があるにも関わらず、これまで人文学において十分に検討されてこなかった現状を指摘しつつ、本書の各章の内容紹介がおこなわれている。　第１章「日本人と星：日本人の文化天文学と星のフォークロア（Japanese people and stars: cultural astronomy and star lore of the Japanese）」では、日本人と星および星座との歴史的、文化的な関わりの事例が紹介されている。ここでは北極星、北斗七星、さそり座、オリオン座、プレアデス星団（すばる）、アークトゥルス、カノープスなどの星や星座が挙げられている。例えば北極星と北斗七星は妙見菩薩に関連付けられて信仰の対象とされてきたことや、オリオン座が「鼓星」と呼ばれ、中部地方では７月末の土用の日の明け方にオリオンの三ツ星が東の空に昇るのを見て農民は草刈りをおこなったなどの事例が紹介されている。星や星座は日本の各地で様々な呼ばれ方や意味付けがされていることも紹介されており、それらは日本人の文化と深く結び付いてきたことが示されている。　第２章「神話と古典における星（Stars in mythology and classical literature）」では、『古事記』や『日本書紀』に登場する神々と星との関連が示される。例えば天照大御神は太陽、月読命は月をそれぞれ司っており、また海神である綿津見三神や筒男三神はオリオン座の三ツ星に関連する可能性があることが指摘される。また『万葉集』には星を詠んだ歌は少ないものの、月を詠んだ歌は多いことが示される。さらに藤原京や平城京をはじめとする都城は、南北軸を中心とした原理によって造営されており、その中心には北極星を象徴する大極殿が置かれたことが示される。　第３章「北海道アイヌの星のフォークロア（Star lore of the Hokkaido Ainu）」では、北海道アイヌの社会で星や星座が季節の変化に関連付けられ、また神話や伝説に関連付けられていることが示される。例えば北斗七星はチヌカルクル（我ら人間の見る神）と呼ばれているが、道東地方ではモシルノカ・ノチウと呼ばれ、「人間の世界に似た形の星」という意味があるという。また北斗七星のガンマ星からイータ星までの星が船の形を象っているとされ、春に漁師が釣り漁をおこなう157Akira Goto, Cultural Astronomy of the Japanese Archipelago指標にしたとされる。さらに北斗七星が北極星の周りを回る様子は、女性がウポポの踊りをする姿に見立てられるという。このように北海道アイヌは星や星座に多様な意味を与えていたことが示される。　第４章「琉球諸島の民俗天文学（Ethnoastronomy in the Ryukyu Islands）」では、沖縄の人々が星や星座に様々な名前を付け、様々な観念を付与してきたことが示される。沖縄は長らく本土の仏教や神道の影響を受けずに独自の文化を築いてきたため、星に対する観念も本土のものとは異なることが示される。さらに琉球諸島の各地には星を観測するための「星見石」や、太陽の昇る方向を示し、太陽を遥拝するためのものと考えられる「太陽石」があることを示す。　第５章「先史時代の日本の考古天文学：通史的概説（Archaeoastronomy of prehistoric Japan: a historical survey）」では、縄文時代から古代にかけての、考古天文学に関連する可能性の高い遺跡の事例を紹介している。例えば、縄文時代の埋葬頭位を分析した研究や、大湯の環状列石の方位を分析した研究、弥生時代の平原遺跡の埋葬施設の方向と太陽の昇る方角の関連についての研究や、古墳時代の前方後円墳の方向と北斗七星の周回する範囲との関連を分析した研究、終末期古墳の高松塚古墳やキトラ古墳の壁画に描かれた天文図の事例、飛鳥地域に残されている謎の巨石「益田岩船」「酒船石」が天文に関連する可能性を指摘した研究などが紹介されている。　第６章「日本の民間信仰における降星伝承（Fallen star legends in Japanese folk beliefs）」では、日本各地に残っている星が降ってきたという伝承と、それに関連した神社の事例について紹介している。そして多くの場合、降星伝承がある地は鉱山や鍛冶といった金属生産と関係があり、さらに北極星と関連付けられる妙見菩薩の信仰とも関係があることが指摘される。　第７章「北海道アイヌの家屋と埋葬頭位に見るコスモロジー（Cosmology seen in house and burial orientation of the Hokkaido Ainu, northern Japan）」では、北海道アイヌの家屋（チセ）の方位が、山や川といった地理的景観とともに、太陽の昇り降りする方角と一定の関連があることが指摘される。また埋葬された死者の頭位の方角が、道央地方では東から南西の方向に集中するのに対し、余市周辺では北方向、道東地方では北東から北の方向に集中し、地域によって一定の傾向があるとする研究を紹介し、天文との関係を示唆する。　第８章「琉球王国と太陽：国家形成への歴史民族学的アプローチ（The sun and the Kingdom of Ryukyu: an ethnohistorical approach to state formation）」では、太陽が琉球王国の王権に深く関連していることを示す。沖縄では城（グスク）が軍事的にも政治的にも重要な施設として各地に築かれるが、その城門の位置と方向は太陽の運行と関連する可能性が高いものが多く、例えば玉城城では城門と夏至の太陽が昇る方角が一致することが指摘される。また琉球王国では王は太陽の子孫とみなされており、沖縄本島の東に位置し太陽の昇る方角にある久高島が特別な聖地とみなされていることが示される。　第９章「エピローグ（Epilogue）」では、本書の簡潔なまとめがされるとともに、本書では十分検討されなかった月の存在の重要性について指摘する。例えば縄文時代の三内丸山遺跡の大型木造構築物は最北の月の方角との関連を指摘する研究を紹介し、また琉球王国では元来、太陽ではなく月が重視されていたという説を紹介する。そして日本の文化天文学において月の存在は将来検討すべき課題であることを示しつつ、本書を締めくくる。　このように本書はおもに考古学と民俗誌の事例や研究を広く参照しながら、日本列島における文化天文学の概要を描き出している。こうした著作が英語で発表されたのは初めてのことであり、意義深いことであると評者は考える。　以下、本書の内容を踏まえながら日本における文化天文学の今後の展望について評者の考えを述べたい。　まず前提として踏まえておきたいことは、日本において文化天文学、とりわけ考古天文学はこれまでアカデミズムの周縁に置かれており、時に「うさんくさいもの」や「トンデモ」とみなされてきたという事実であり、このことは著者の前著（後藤 2017）や本書（4‒5頁）でも言及されている。　例えば弥生時代の平原遺跡の事例を見てみよう。平原遺跡の発掘者である原田大六（1917‒1985）は、割竹形木簡が埋められた埋葬施設の長軸方向と、墳丘上に残された「鳥居」状の遺構を結んだ線の延長上に日向峠が位置することを指摘した。その上で米の収穫期にあたる10月20日（実際には22日）の太陽は日向峠から昇り、その朝日の光線が被葬者に重なるように配置されたと論じた。原田は被葬者を女性と解釈しており、具体的には卑弥呼を想定している。そして平原遺跡は女王卑弥呼の墓であるとともに、太陽の動きによる暦に基づいた儀礼の場であったと解釈した（原田 1966）。158『年報人類学研究』第13号（２０２2）Annual Papers of the Anthropological Institute Vol. 13 (2022 )こうした原田の研究は、本書でも日本における考古天文学の一例として紹介されている（74‒75頁）。しかしこうした原田の研究は、長らく日本考古学のアカデミズムの世界では無視もしくは冷笑を持って受け止められてきたのもまた事実である。その背景には、原田が在野の研究者であったということもあるが、こうした考古天文学的な研究の多くがアマチュアの研究者から提出されていたということもあると思われる。しかし近年になって考古学者の北條芳隆が平原遺跡と原田の研究の再評価をおこなうなど（北條 2017）、新たな動きもみられる。　また飛鳥に所在する巨石記念物「益田岩船」および「酒船石」の事例を見てみよう。考古天文学との関わりでこれらの遺跡を論じたのは天文学者の斉藤国治（1913‒2003）である。彼は国立天文台の教授をつとめる傍ら、著書『飛鳥時代の天文学』（斉藤 1982）を上梓し、その中で「益田岩船」「酒船石」は互いに関連した遺跡であり、これらは古代の天文台の機能を果たしていたとの解釈を示した。こうした斉藤の仮説は、本書でも日本における考古天文学の一例として紹介されている（82‒84頁）。しかしながら日本考古学のアカデミズムの中では、「アマチュア」の斉藤の説が正面から議論されることは稀であった。加えて現在はこれらの遺跡の理解も進み、「益田岩船」は牽牛子塚古墳で採用されている横口式石槨の、製作途中で放棄された未成品であることはほぼ確実となっている。また「酒船石」についても、2000年に酒船石遺跡で砂岩製の湧水設備とそれに続く形で小判形石造物と亀形石造物が発見されたことから、水の祭祀に関連した一連の導水施設である可能性が高いと考えられている。これらの最近の知見について本書では言及されていないものの、今となっては斉藤の説はあたらない可能性が高いと評者は考える。しかしこうした仮説を批判的に検討し、時にそれを否定することになっても実証的に論じていくこともまた、考古天文学および文化天文学が果たしていくべき役割であると評者は考える。　本書は日本における文化天文学の事例や研究をレビューし、それを国際的に発信するということにおいては一定の役割を果たしていると考えるが、今後日本の文化天文学に求められることは、日本における実証的な研究事例を国際的な文化天文学の俎上にあげ、国際的な存在感を高めていくことであろう。現に著者は、北海道や琉球諸島の研究事例について国際誌に発表をおこなっている（Goto 2016、2018など）。しかしながら国際的な文化天文学の議論を踏まえた上で発表された日本の研究はまだそれほど多くはない。その意味で本書は、日本の文化天文学をこころざす研究者こそ読むべき文献ということもできるだろう。本書を読んだ日本の研究者が、日本の文化天文学の研究を積極的に国際的に発信していくようになることが期待される。　最後に評者が個人的に関心を持った点について述べたい。それは本書の最後で著者が示した、日本における月の存在の再検討である。日本では長らく月の満ち欠けに基づいた暦（太陰暦）を用いてきた。また月の重力が引き起こす潮汐は、島国である日本列島に生きる多くの人々の生活に密接に結び付いてきた。さらに『竹取物語』をはじめとした月を題材とした物語や伝承も多く、和歌においても月は数多くの歌に詠まれてきた。また芸能においても、例えば能の曲の中で何らかの形で月が言及されているものは８割を超えるという（坂場 2018）。しかし月と日本の文化との関わりについては、これまで例えば日本文学の研究などであつかわれてきたものの、文化天文学という観点からの議論はほとんど未開拓といえる。天文学、考古学、民俗学、日本文学といった各学問分野における知見を集め、文化天文学的な観点で学際的な研究を進めることにより、月を通じた日本の文化の特質を明らかにすることが可能となると評者は期待している。参照文献（日本語文献）後藤　明 2017 『天文の考古学』同成社。斉藤　国治 1982 『飛鳥時代の天文学』河出書房新社。坂場　順子 2018 「能における「月」の諸相」『神奈川工科大学研究報告』A-42: 1‒12。原田　大六 1966 『実在した神話──発掘された「平原弥生古墳」』学生社。北條　芳隆 2017 『古墳の方位と太陽』同成社。（英語文献）Goto, Akira 2016 Solar Kingdom of Ryukyu: The formation of a cosmo-vision in the southern Islands of the Japanese Archi-pelago. Journal of Astronomy in Culture 1 (1): 77–88. 2018 House and burial orientations of the Hokkaido Ainu, indigenous hunter-gatherers of northern Japan. Medi-159Akira Goto, Cultural Astronomy of the Japanese Archipelagoterranean Archaeology and Archaeometry 18 (2): 173–180.Ruggles, Clive L. N. and Nicholas J. Saunders, 1993 The Study of Cultural Astronomy. In Astronomies and Cultures. Clive L. N. Ruggles and Nicholas J. Saun-ders (eds.), pp. 1–31. Niwot, Colorado: University Press of Colorado.

Akira Goto, Cultural Astronomy of the Japanese Archipelago : Exploring the Japanese Skyscape

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