Misawa, Shigeo

Nishino, Kohei

Japanese

Tokushima University Institutional Repository

 FFPE組織切片のプロテオーム解析方法の確立  蔵本技術部門 研究開発支援グループ  西野 耕平 (NISHINO Kohei) 機能解析グループ  三澤 茂雄 (MISAWA Shigeo)  １．はじめに ホルマリン固定パラフィン包埋（FFPE）とは生体組織サンプルをホルマリン固定し，パラフィン（蝋）で包埋したブロックを指す。このブロックを 3-4 µm の厚さに切り出した切片から染色等により情報を得る。FFPE ブロックや切り出した切片は室温で比較的長時間の保存が可能という特徴があり，古い FFPE サンプルから染色や顕微鏡観察以外の情報を得ることが期待される。本稿では FFPE 組織切片から質量分析を使ったタンパク質発現解析（プロテオーム解析）方法を確立することを目的とした。最終的にホルマリン固定化済みマウス肝臓組織から FFPE 組織切片を作製し，3 つの方法を用いてタンパク質抽出および消化後に，質量分析を使い 2，500 種類以上のタンパク質を同定することができた。3 つの前処理方法は過去の文献を参考にした[1-3]。うち，最も結果の良かった方法のプロトコールを２．３に記載した。他の手法に興味がある方は支援部や著者に連絡を取っていただきたい。  ２．実験材料・実験方法 ２．１ 実験材料・器具 実験試料として 10週齢のマウスから取り出した 10％中性緩衝ホルマリンに浸漬した肝臓組織を購入した（日本クレア株式会社）。 包埋作業およびブロック作製作業には密閉式自動固定包埋装置（サクラファインテックジャパン株式会社， VIP-5-Jr）， Histosec ペレットタイプ（DMSO なし）2.5 kg (Merck， 1.15161.2500)， 1 級アルコール未変成 99 度（日本アルコール販売株式会社）， 1 級キシレン（富士フィルム和光純薬， 249-00097），パラフィン包埋ブロック作成装置（サクラファインテックジャパン株式会社， TEC-P-DC）， スライディングミクロトーム  (Microm， hm430)，クロトーム替刃（松浪硝子工業株式会社， A35）， プロテオミクスの前処理には Dithiothreitol (DTT)  (Thermo Fisher Scientific，  20291) ，Iodoacetamide (IAA) (Thermo Fisher Scientific， A39271) ， Sera-Mag SpeedBeads carboxylate-modified magnetic particles（GE Healthcare Life Sciences ，  CAT# 45152105050250 ，  CAT# 65152105050250）（SP3 ビーズスラリー），マグネットスタンド，アセトニトリル（富士フィルム和光，138-14521），エタノール（ナカライテスク，08948-54），炭酸水素アンモニウム（富士フィルム和光，018-21742）を使用した。っ後述した前処理以 外の方法では S-trap (ProtiFi，C02-micro-10)，りん酸（富士フィルム和光，167-02161），メタノール（富士フィルム和光，138-14521）を使用した。  ２．２ FFPE組織切片の作成 10％中性緩衝ホルマリンで固定されたマウス肝臓組織をパラフィン包埋ブロック作製装置で脱水後パラフィン包埋し，標本ブロックを作製した。スライディングミクロトームを使用し，厚さ 10 µm の FFPE 組織切片を 1.5 ml Tube に回収した。  ２．３ タンパク質抽出および消化（前処理 1）  FFPE 組織切片のプロテオミクス用前処理は以下の通り 1. FFPE 組織切片の入った 1.5 ml Tube に 1 mL キシレンを加えて 3 分静置し，100％キシレンを除いた（2 回繰り返す）。 2. 1 mL の 100％エタノールを加えて 1 分間静置し，エタノールを除いた（2 回繰り返す）。 3. 1 mL の 96％エタノールを加えて 1 分間静置し，エタノールを除いた（2 回繰り返す）。 4. 1 mL の 70％エタノールを加えて 1 分間静-17- 置し，エタノールを除いた（2 回繰り返す）。 5. Tube の蓋を開けて乾燥させた。 6. 100 µL の抽出 Buffer（2% SDS， 300 mM Tris-HCl pH8.0）を加えた。 7. 99℃， 1000 rpm で 25 分間インキュベートした（蓋が開かないように工夫する）。 8. Biorupter で 60 sec ON/30 sec OFF， High×15 set でソニーケーションした。 9. 10 µL の 100 mM DTT を加え，50℃，1000 rpm で 30 分間インキュベートした。 10. 3.7 µL の 550 mM IAA を加え 22℃，1000 rpm，暗所で 30 分間インキュベートした。 11. 15，000 rpm，5 分，室温で遠心し，2.0 mLのチューブに移した。 12. BCA 法でタンパク質定量し，タンパク質50 µg 相当を新しい容器に移した。 13. 抽出 Buffer で容量を 200 µL に合わせた。 14. 20 µL の SP3 ビーズスラリー (20 mg/ml)を加えた。 15. 500 µL の 100%アセトニトリルを加えた（終濃度 70%）。 16. 室温，1000 rpm で 10 分間インキュベートした。 17. マグネットスタンドに立てて上清を除いた。 18. 1 mL の 70%エタノールを加えてビーズを懸濁させ，マグネットスタンドに立てて上清を除いた（2 回繰り返す）。 19. 100%アセトニトリルを加えてビーズを懸濁し，マグネットスタンドに立てて上清を除いた。 20. チューブをマグネットスタンドから外して 80 µL の 50 mM 重炭酸アンモニウム溶液に懸濁した。 21. 懸濁液に Trypsin/LysC mix（0.2 µg/µL）を2.5 µL 加え 37℃で一晩インキュベートした。 22. 9 µL のギ酸を加えた。 23. 1，750 µL のアセトニトリルを加えた。 24. マグネットスタンドに立てて 2 分静置し，上清を除いた。 25. 1，500 µL の 100%アセトニトリルを加えビーズを懸濁し，マグネットスタンドに立てて 2 分静置し，上清を除いた。 26. 50 µL の 2％DMSO にビーズを懸濁した。 27. 25℃，10 分間，1000rpm でインキュベートした。 28. マグネットスタンドに立てて 2 分待ち，上清を新しい容器に移した。 29. 2.6 µL の 20%ギ酸を加えた。 30. 15，000rpm，5 分，25℃で遠心し，上清を新しい容器に移した。 31. ペプチド定量し，200 ng を LC-MS/MS（Orbitrap Fusion， Thermo）へ導入した。  ２．４ LC-MS/MS測定およびデータ解析  測定には Easy-nLC 1200 (Thermo Fisher Scientific) と Orbitrap Fusion (Thermo Fisher Scientific) を繋いだ LC-MS システムを使用した。トラップカラムは C18 PepMap100 (Thermo Fisher Scientific) を，分析カラムには 15 cm のC18逆相カラム（日京テクノス）を用いた。移動相 A には 0.1％ギ酸-蒸留水，移動相 B には80％アセトニトリル-0.1％ギ酸をそれぞれ用いた。グラジエントは 0-100 分で移動相 B を40％まで上げて，100-110 分で移動相 B を100％まで上げ，120 分まで 100％を維持した。 質量分析計の設定はポジティブモードでData-Dependent-Acquisition で MS1 は Orbitrap，MS2 は IonTrap で測定を行った。  デ ー タ ベ ー ス 検 索 に は Proteome Discoverer 2.4 (Thermo Fisher Scientific) のSequestHT node を用いた。タンパク質配列データベースは UniProt からダウンロードしたマウスアミノ酸配列および MaxQuantのコンタミタンパク質データベースを用いた。それ以外の設定はソフトウェアの初期設定に従った。  ３．１タンパク質抽出方法の比較および考察  FFPE 組織切片から 3 つの手法でタンパク質抽出および消化を行った（それぞれ前処理1-3 として，参考文献の番号に対応している）。前処理 3 は実験方法の関係で 2 回実験を行った（前処理 3-1 および前処理 3-2 とした）。前処理のポイントは「脱パラフィン」，「抽出Buffer」および「タンパク質精製」の 3 点である。各手法の違いを一覧に示した（表 1）。各手法で抽出したタンパク質溶液の濃度および -18- 表 1 前処理方法のポイント一覧 前処理 1 前処理 2 前処理 3 脱パラフィン キシレン＆エタノール なし 抽出 Buffer 2% SDS 300 mM Tris-HCl 4% SDS， 80 mM HEPES-NaOH， 80 mM DTT 5% SDS 100 mM Tris-HCl タンパク質精製 SP3 S-Trap 最終的なタンパク質/ペプチド同定数をそれぞ れ表 2 および表 3 に示した。 3 つの前処理方法を比較したところ，前処理2 が最も効率的にタンパク質を抽出できた（表2）。しかし，ペプチド/タンパク質数を比較すると前処理 1 が最も同定タンパク質数が多かった（表 3）。次に，各前処理で同定できたタンパク質の種類に違いがあるか調べるため同定タンパク質をベン図で表した（図 1）。全体の 76.3%タンパク質はいずれの前処理方法でも同定された。  前処理 2 は前処理 1 と比較し 1.5 倍のタンパク質濃度であった。これは，界面活性剤のSDS 濃度が高く，効率的にタンパク質を抽出できたと考えられる。一方，最も SDS 濃度が高い前処理 3 では脱パラフィン処理を経ずタンパク質抽出を行うため溶液中のパラフィンがタンパク質抽出効率を下げている可能性やパラフィンによりタンパク質濃度を正確に定量できていない可能性がある。  同定数の最も良かった前処理 1 の特徴は抽出 Buffer に 300 mM Tris-HCl を用いた点である。過去の文献より高濃度 Tris-HCl はFFPE サンプルの脱架橋に効果的である可能性が示唆されている[4]。本実験においても 300 mM Tris-HCl により効率的な脱架橋が起こり，タンパク質同定数が向上したと考えられる。  今回の結果から抽出 Buffer には 4％SDS，300 mM Tris-HCl を用いることで効率的なタンパク抽出および同定数の向上が期待できると考えた。  表 2 抽出液のタンパク質濃度 前処理 タンパク質濃度 (mg/ml) 総タンパク質 (µg) 前処理 1 8.5 850 前処理 2 12.9 1290 前処理 3 4.9 490  表 3 ペプチド/タンパク質同定数* 前処理 ペプチド数 タンパク質数 前処理 1 21，472 2，632 前処理 2 16，762 2，453 前処理 3-1 21，603 2，564 前処理 3-2 21，653 2，580 *Found in sample 列で「High」，「Peak Found」のものを同定とした。 図 1 各前処理における同定タンパク質のベン図  -19- ４ 本分析系の活用とまとめ  本分析では FFPE 組織切片からタンパク質を抽出し，プロテオーム解析が可能であることを示した。必要な試料の目安として厚さ 10 µm のマウス肝臓切片から十分量のタンパク質を抽出することができた（必要量の数百倍）。今回の切り出し部分の面積値は概算で 272 mm2程度である（図 2）。同じ実験を希望する方は「面積 272 mm2 の組織を厚さ 10 µm の切片から 800～1，000 µg のタンパク質を抽出できた」というのを目安にして頂きたい。例えば，FFPE 組織切片からレーザーマイクロダイセクション（LMD）を使い組織の病変部分などを切り出すことで病変部と正常部の比較プロテオーム解析を行うことも可能である。参考文献においても FFPE 組織切片から一部の細胞を対象とした実験を行っている。また，数百 µg のタンパク質を使うことでリン酸化プロテオミクスなどの翻訳後修飾解析も可能である。  本稿の分析を用いた研究に興味のある方は支援部経由で著者に連絡を取っていただきたい。また，得られたタンパク質同定一覧のデータが欲しい方も是非ご連絡いただきたい。可能な範囲で共有します。   図 2 本検討で用いた FFPE 組織ブロック  謝辞  FFPE 組織切片からのプロテオーム解析方法の確立に係る試薬・器材の購入にあたり，技術支援部共通経費を利用させていただき感謝いたします。  参考文献 [1] Eva G.， Hanneh W.， Sara Ten H.， Birgit S.， Martin L.， and Angus I. Lamond. (2020) Quantitative Profiling of the Human Substantia Nigra Proteome from Laser-capture Microdissected FFPE Tissue. Mol Cell Proteomics ， May; 19（5）：839-851. doi: 10.1074/mcp.RA119.001889 [2] Katarzyna B.， Joanna M. K.， Felicia T.， Deolinda S.， Lino F.， Stephanie R.， Stephan S.， Martin B.， and Alessandro Ori. Spatially resolved analysis of FFPE tissue proteomes by quantitative mass spectrometry. Nature Protocols 15， 2956-2979 (2020). doi:10.1038/s41596-020-0356-y [3] Dylan M. M.， Ilyana I.， Kyle D.， Danielle S.， Darry J. P.， Benjamin A. Garcia.， John P. W.， and John B. W (2020) HYPERsol: High-Quality Data from Archival FFPE Tissue for Clinical Proteomics. J Proteome Res. 2020 Feb 7; 19(2): 973-983. doi: 10.1021/acs.jproteome.9b00686 [4] Yusuke Kawashima.， Yoshio Kodera.， Anil Singh.， Masaomi Matsumoto and Hiroyuki Matsumoto. (2014)  Efficient extraction of proteins from formalin-fixed paraffin-embedded tissues requires higher concentration of tris(hydroxymethyl)aminomethane.  Clin Proteomics ， Feb; 1;11(1):4 doi: 10.1186/1559-0275-11-4          -20-

FFPE組織切片のプロテオーム解析方法の確立

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