Hideki NAKAZATO

中里 英樹

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KONAN UNIVERSITY[書評] 高石恭子著『子育ての常識から自由になるレッスン　―おかあさんのミカタ』（世界思想社、二〇二一年）著者 中里 英樹雑誌名 心の危機と臨床の知巻 23ページ 二九-三三発行年 2022-03-20URL http://doi.org/10.14990/00004117【書評】高石恭子著『子育ての常識から自由になるレッスン│おかあさんのミカタ』（世界思想社、二〇二一年）中里英樹本書のねらいと評者の立場本書は、臨床心理学の専門家、カウンセラーとして子育て中の母親を含む多くの女性たちの声を聴いてきた著者が、「世の中に根強くはびこる『母親』というものへの幻想や思いこみを取り払い、母親となった女性も、それ以外の人々も、ひとりひとりがみな自分らしくもっと自由に生きられる社会になってほしいという願いを込め、自分自身の子育て経験をとおして考えてきたことを綴（一九一頁）」ったものである。サブタイトルの「ミカタ」に込められているのは、母親に対する「見方」を問い直し、子育て中の母親とそれを取りまく人たちの「味方」になりたいという願いであるという（八頁）。臨床心理学を専門とする著者に対して、評者は社会学を専門として主に父親の子育てについて研究してきたが、この書評の掲載される『心の危機と臨床の知』を発行する甲南大学人間科学研究所の子育てに関するプロジェクトに著者とともに参加し、現代日本社会における子育てをめぐる困難とその解決策について、意見を交わす機会を多く持った。その点で研究上の問題関心は共有しているが、専門分野としては異なる立場、父親研究をしている社会学者（であり父親である）という立場からこの書評を執筆していることを、この学際的な雑誌ならではの特徴として了解いただきたい。「はじめに」と「あとがき」に挟まれた十五の章は、大きく「新米おかあさんの経験」「頑張らない子育て」「こころを解き放つ」の三つのパートに分けられている。本書全体として、子育ての段階にそって妊娠期から始まり、子育てのおわりとしての「育てあげ」に向かって各章が配置されており、三つのパートはそれぞれ「妊娠時から乳幼児期」「学齢期からの子育て」「子どもと『別れる』こと」にかかわる章が含まれる。ただし、当然ながら時期をまたいで重要なことがらもあり、それらは関連が最も強い時期にあたるパートにおかれているといえるだろう。例えば第六章「母親だけではできないヒトの子育て│お父さんを同志に」、第七章「『私が』頑張ってもうまくいかない│子育てはチームで」、第九章「負の感情との付き合い方│『話す』ことで『離す』」は二つめのパートに、第一一章「内なる二九書 評子ども・内なる母│こころの声に耳をすます」第一二章「罪悪感という友だちと別れるコツ│負の因果関係にとらわれない」は三番目のパートに、という具合だ。母親とそれを取りまく人たちへのメッセージ冒頭の引用からうかがえるように、本書には、母親となった女性やその周りの人々に向けて、「母親」というものへの思いこみから自由になるためのメッセージが多く込められている。さまざまな領域の研究上の知見を踏まえた内容ではあるが、検証手続きなどを詳細に論じた専門書ではないため、ここからは、各章の内容を順を追って示すことはせず、評者の視点から特に重要と思われるメッセージを抜き出して伝えることで、本書の特徴とエッセンスを紹介したい。社会学を始め他の研究分野で蓄積されている子育てに関する研究や一般書が伝えているメッセージと重なる部分も多くあるが、著者の専門である臨床心理学ならではの視点と感じられるところも多い。その点は次の節で別に取り出す形で記述していく。まず、親ができることの限界について自覚することの必要性が、第八章「きょうだいを育てる」、第一〇章「距離という劇薬」、第一二章「罪悪感という友だちと別れるコツ」に込められている重要なメッセージだといえるだろう。著者自身の二人の娘さんの幼少期からの「きょうだい葛藤」の様子と、成人した現在の様子を詳しく描写したうえで、「子育てにおいても、親はもっと大きな周期でわが子のそれをおおらかに眺めることが大事だ」ということ、「きょうだい葛藤は避けられないものであり、親の力でなくそうとしても無駄だ」ということを説く（一〇四頁）。また、「月単位、年単位の大きなスパンで見れば、いつもわが子のそばにいてこまやかにその要求を汲みとり、十分に応えてあげようと万全を尽くす努力をするよりも、適度な距離があって、ときにはわが子の欲求を汲みとり損ない、幻滅させることのある母親でいたほうが、健全な母子関係が育める」という臨床心理学の専門家からのアドバイスは、子育てに細心の注意を払うプレッシャーを感じている親たちに安心感を与えてくれるだろう。第一三章「『別れ』のレッスン」で示される「子離れ」ではなく「子別れ」と、第一五章「育てあげの風景」で示される「自分の人生をしっかり生きる」は、コインの裏表をなすメッセージである。つながり続けながら距離をおこうとするのではなく、家を出るという物理的な「別れ」であれ、卒業などの節目で親子で旅をするなどのイベントによって「別れ」を意識する機会を持つことであれ、「別れ」を経験することで、こころが自立した個人同士の関係になる。そのためには、「母親自身がまず自分の人生をしっかりと生きている必要がある（一八四三〇書 評頁）」のだ。こうしたメッセージは、著者自身の娘さんの留学にあたって空港で渡される手紙にまつわる心動かされるエピソードや、生まれて二ヶ月で飛行機に乗せた話などの微笑ましいエピソードとともに読者に伝えられる。著者は、自身の子育ての過程でも、文学、社会学、歴史学、霊長類学、比較行動学、ジェンダー学など、さまざまな領域から学び、「『私が』努力して頑張ることが、私個人の将来の幸せと社会の進歩（すなわち集団としての幸福）を同時にもたらすのだという信念」が自分の子育ての苦闘の背景にあったと知ることで、「こころが楽になった」というが（第七章「『私が』頑張ってもうまくいかない」）、本書においても、そうした専門を超えた領域の知見を踏まえたメッセージを発信している。第六章（「母親だけではできないヒトの子育て」）では、動物行動学や社会学の研究成果を紹介しながら、「おとうさんを子育ての同志にする（七二頁）」必要性とその方法を提案している。例えば、母親が自分自身の存在意義を確認するために、夫がどれくらい家事や育児に参加するかを管理する「ゲートキーピング」が、夫を「同志」にするうえで障害になり得ることを伝えている。それに関連して、手伝いにすぎない夫の家事育児を責めるＳＮＳでの盛り上がりに例として言及しながら、怒りをそのまま夫にぶつけるのはやめて、一呼吸おいて、自分のこころに何が動いているかを確認することの必要性を説いていることも、昨今のＳＮＳにおけるパパ・ママ対立を見るにつけ重要なメッセージだと感じる。臨床心理学から見る子育てここまで見てきたメッセージは、近年の子育てに関するさまざまな分野の研究やメディアでも発信される内容と重なるかもしれない。一方で、臨床心理学の専門家ならではの視点が基調をなすことも、本書の大きな特徴である。まわりの情報やアドバイスの受け止め方について、著者は「答えの手がかりは自分の側にある」ことを強調する。完全母乳育児を目指すかどうか（第二章「おっぱいのしもべ」）、おむつを布にするか紙にするかや子どもの情緒不安定（第五章「おむつは布か紙か」）などについて、善意からのアドバイスがいかに母親を追いつめるかを例示するとともに、それぞれのアドバイスを聞くことによって自分がどうなるかに注意を向けてアドバイスを選びとることの重要性を訴えるのである。また、子ども時代の経験から自分の子どもを慈しむことができないと嘆く母親たちに関しては（第一一章、第一二章）、子育てが「ただ目の前にいるわが子を現実に世話し、教育することだけではなく、内なる子どもと再会し、その子とともに生きていくこころの作業でもある（一四〇頁）」という視点を提示三一書 評する。そのうえで、そのような「内なる子ども」が、「たんに子ども時代の自分についての記憶ではなく、ひとりひとりがそれまでの人生のなかでつくりあげてきた主観的世界の像である」こと、「そこには何世代にも分かって連綿と引き継がれてきた親と子の関係や時代社会の文化が反映されている」こと、そのような内なる子どもの声を聞き続けることで「小さな命を慈しむ普遍的な母なるこころがやがてよみがえる（一三八頁）」ことを、ユング心理学の「元型」の概念を援用しつつ説いていく。これらのメッセージは、自分自身の幼少期の経験がすべてを決めるわけでもないこと、また子育てにおいて自分が果たす役割は僅かなものであることを親たちに理解させ、彼ら彼女らの不安を和らげる助けとなるだろう。さらに、本書ならではのメッセージとして注目したいのは、「因果のセット」の解体と「縁起」についての視点である。人文・社会科学・医学などにおいて子育てについて研究する場合、「成功」や「失敗」の要因を分析的に提示しようとするが、著者のメッセージはそのような枠組みを超えた研究の必要性を示しているように思われる。「一人っ子だから、社会が乏しい（甘やかされている、わがまま、かわいそう）」「ひとり親家庭だから、十分な育児ができない」「共働きだから、子どもは寂しい思いをしている」など、社会に流通している「因果のセット」に対して、著者の提案は、「因果で考えるのをときどきやめ、『縁起』でものごとを考えてみる」ことである。この「縁起」は、ユングがシンクロニシティという概念で捉え直したものであり、著者はそれを「偶然の出会い」としてわかりやすく示す。そして、子育てをめぐる個々の要素はコントロールできても、わが子が経験する出会いや、それを子ども自身がどう位置づけるかは、コントロールできないことを、読者に気づかせてくれるのだ。男性にとっての本書の意味ここまでの紹介から分かるように、著者は明確に本書の読者として母親を中心におき、その関わりにおいてその周りの人たちも視野に入れて、本書をまとめている。では、評者のような男性には本書はどのような意味を持つのだろうか。もちろん、母親にとって子育ての「同志」となるべき存在として、パートナーの陥りがちな状況を理解するうえで、本書は重要な役割を果たすだろう。一方で、子育てをする当事者としての父親にとっても、本書のメッセージは有用であると感じる。例えば「『イヤ！』が、まるで母親である自分を拒絶する言葉のように響き、傷ついて冷静ではいられなくなる（四三頁）」という事態は、父親であっても主たる養育者となれると考え、育児休業を取得するなど母親と変わらない時間を子育てに割い三二書 評てきた父親も、経験している可能性がある。「子育てを天職と感じる一部の人を除いて、子育ては長い人生の何分の一かの期間に取り組むことがある女性の多様な経験のうちのひとつととらえるのが適切です」というアドバイスが必要なほど、子どもの勉強・スポーツ・芸術などでの成功に自分の人生を捧げる父親も、少なからずいるだろう。著者自身は、本書のメッセージの多くが必ずしも母親だけに当てはまるものではないと理解しつつ、おそらくあえて母親に寄りそうことを主眼として大半の事例に自身を含む母親を用いており、母親ならではの経験と読めるようなところが多い。ユング心理学の「元型」の概念を踏まえていることもあり、すでに紹介したように「内なる子ども」の声を聴き続けることで「小さな命を慈しむ普遍的な母なるこころがやがてよみがえる」といった表現がされるが、このような経験は父親にも当てはまる可能性があると考えていいのだろうか。臨床心理学を専門としない評者としては、著者にぜひ教えていただきたいところだ。もちろん、それは本書の射程を超えているので、評者として望むのは、ぜひ本書のメッセージを子育ての当事者としての父親たちにも受けとってもらいたい、ということである。子育てのプロセスの追体験こうして書評の中で本書のメッセージを簡潔にまとめると抜け落ちてしまうが、最後に本書の最大の特徴として指摘しておきたいのは、ひとりの女性であり臨床心理学の専門家である著者による二人の娘の子育てを、深い部分まで追体験できる点である著筆者が育児日誌をつけていたとはいえ、子どもの妊娠中に抱いていた「赤ちゃん」のイメージから、子育て期の苦しみや喜びを経て、子どもと自立した大人として向き合えるようになった時点の思いまで、詳細な描写ができることにまず驚く。そして、専門家として、このような自分自身と家族の葛藤を詳しく書くことは勇気のいることと思われるが、その内容を二人の娘さんに出版前に見てもらい、好意的にサポートしてもらっているという部分も、著者の「育てあげ」の経験の一部とみることができる。この書評で関心を持った方には、ぜひ本書を手に取ってその部分をじっくりと味わっていただきたい。（なかざとひでき／家族社会学）三三書 評

[書評] 高石恭子著『子育ての常識から自由になるレッスン　―おかあさんのミカタ』（世界思想社、二〇二一年）

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