　歴史的建造物の構造性能を考えるうえで参考となるのが、過去の風水害や地震に対する被害状況の把握である。静岡浅間神社には、文化元年（1804）から約60年にわたり社殿造営の状況を記録した『御再建場所日記』が残されている。そこに記された日々の天気や地震の情報を一覧にするとともに、建物の被害を確認した。その結果、静岡浅間神社の建物群は、安政東海地震をはじめとする災害にも大きな被害を受けていないことが分かった

Junko NIITSUMA

Kaoru NISHIDA

ニイツマ ジュンコ

ニシダ カオル

新妻 淳子

西田 かほる

Shizuoka University of Art and Culture Academic Repository / 静岡文化芸術大学学術リポジトリ

静岡浅間神社『御再建場所日記』から見る災害記録１ －静岡県の歴史的建造物の構造性能評価に関する研究　その２－著者名(日) 西田 かほる, 新妻 淳子雑誌名 静岡文化芸術大学研究紀要巻 22ページ 97-98発行年 2022-03-31URL http://id.nii.ac.jp/1132/00001689/Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.jaはじめに　歴史的建造物の構造性能を考えるうえで参考となるのが、過去の風水害や地震などの自然災害に対する建物の被害状況である。ここでは江戸時代後期に再建された静岡浅間神社（静岡県静岡市葵区宮ケ崎町）の建物被害について、造営日記から概観する。１．『御再建場所日記』について　静岡浅間神社は、北から舌状にのびる賎機山南端の東側、標高27～30ｍの位置にある。1㎞ほど西側に安倍川が流れ、南側は駿河湾に至る扇状地である。境内には神部神社・浅間神社・奈吾屋社をはじめ、山宮、摩利支天社などの社殿や楼門、舞殿などが点在し、水路や道路をはさんだ周囲には社家や供僧の屋敷が置かれていた【図１】。　現在、境内に存在する諸社殿は、安永・天明の大火の後、文化元（1804）年から60年余りをかけて造営されたもので、徳川家光による寛永期造営の姿に再建されたものである。造営は駿府城代・定番・町奉行・破損奉行によってすすめられた。破損奉行のもとに置かれた破損方のうち、当直の与力・同心は日々の普請状況を日記に書き記した。今日、文化元年から慶応3年（1867）のうち53年分60冊の日記が確認されており【別表２】、それらは『御再建場所日記』と総称されている（以下、『日記』とする）。『日記』の書式は同一で、日付の下に天気が記され、当日の普請内容が箇条書きで記される。社殿の造営日記ということから、静岡浅間神社の建物に関する正確な記録であり、自然災害による建物の被害を知るうえで有用性が高い。２．『日記』から見た自然災害と建物被害　60冊の『日記』に記された天気を示したのが、【別表１】である。建物に被害をもたらす可能性が高い気象のうち、風については、「風烈」が150回、「風強」が2回記録されている。方角が記された風は、南1、北3、東7、西44（うち2回風烈）と西風が圧倒的に多い。雨では、「大雨」45回、「強雨」16回、「大風雨」13回（うち1回風烈）であった。そのほか、「大雪」が4回記録されている。「地震」は幕末に集中して、6回であった。　歴史的建造物の構造性能を考えるうえで参考となるのが、過去の風水害や地震に対する被害状況の把握である。静岡浅間神社には、文化元年（1804）から約60年にわたり社殿造営の状況を記録した『御再建場所日記』が残されている。そこに記された日々の天気や地震の情報を一覧にするとともに、建物の被害を確認した。その結果、静岡浅間神社の建物群は、安政東海地震をはじめとする災害にも大きな被害を受けていないことが分かった。　Ascertaining the damage caused in the past by storms, floods, and earthquakes can provide a reference when considering the structural performance of historical buildings. “Gosaiken Bashonikki” （Diary of station for reconstruction） chronicles the construction of the shrine buildings of Shizuoka Sengen Jinja over a 60-year period from 1804. In addition to cataloging information on the daily weather conditions and earthquakes, this work also records the damage that the buildings have suffered. The reader can ascertain that the group of buildings that comprise the Shizuoka Sengen Jinja complex did not undergo major damage as a result of disasters such as the 1854 Ansei-Tokai Earthquake Disaster.静岡浅間神社『御再建場所日記』から見る災害記録１－静岡県の歴史的建造物の構造性能評価に関する研究　その２－Disaster Record 1：“Gosaiken Bashonikki”（Diary of station for reconstruction）for Shizuoka Sengen Jinja. ―The assessment of the structural performance of historical buildings in Shizuoka Prefecture, Study No.2―西田　かほる文化政策学部　国際文化学科NISHIDA KaoruDepartment of Intercultural Studies, Faculty of Cultural Policy and Management新妻　淳子デザイン学部　デザイン学科NIITSUMA JunkoDepartment of Design, Faculty of Design図１　静岡浅間神社境内図（竹ノ内氏原図を基に作成）※江戸時代後期の建物配置と呼称 　　　拝殿 本社 山宮本社 七社相殿 虚空蔵薬師 神供所 仁王門 楼門 鐘楼 護摩堂 摩利支天社 拝殿 本社 楼門 馬場道 玄陽院 三社相殿奈吾屋浅間惣社拝殿 定光院 静岡文化芸術大学研究紀要　VOL.22　2021　 97　風と雨のうち建物等の被害が確認できる記事と、地震に関する記事を【表１】にまとめた。　風による被害（風損）は比較的頻繁に起きているが、小屋や竹矢来などの耐久性の低い建物や構造物のほか、屋根の被害が主である。強風による一番大きな被害としては、文化11年（1814）正月晦日に、二階拝殿（神部神社・浅間神社）上の重仮囲羽目板の下地となる繋木がゆるみ、羽目板が3坪ほど吹き飛んだことである。この時には、仮殿向浅間方・惣社方・末社のほか回廊向とも屋根に被害が生じている。　大雨では、文政11年（1828）7月1日に安倍川の堤が決壊したことにより、神社前の馬場道通まで水があふれ、玄陽院（総社供僧）前の水路にかかる板橋が流されている。建物に被害はなく、奈吾屋本社と玄陽院小屋の囲矢来が吹き倒れるにとどまった。文久2年（1862）7月25日には、昨夕からの風雨により「安部川大水」とあるが、建物被害は記載されていない。　地震については、『日記』の記事の他に『静岡県史別編2』から駿府城下で確認された地震を【表１】に補った。城下に被害をもたらした地震であっても『日記』に記載されない事例があることから、静岡浅間神社は地震の影響を受けにくい地形・地質であったと思われる。天保12年（1841）3月2日に、天保久能山地震がおこった。マグニチュード6.3の大地震であり、駿府城の石垣が30間ほど崩壊したというが、『日記』には「未之刻厳敷地震候得共、社中別状無之候事」とあるように、特に被害はなかった。嘉永7年（1854）11月4日の「大地震」は、マグニチュード8.4の安政東海地震で、各地に甚大な被害をもたらした。駿府城では建物がすべて潰れ、三の曲輪とも石垣が崩れたが、浅間神社では大きな被害は確認できない（4日～10日の状況については、新妻「災害記録２」に詳述）。13日には、摩利支天社の南側（横通）の山留の石垣がふくらんでいることが記され、それを取り壊す作業に数日を要している。この他、石灯籠が倒れて微塵になったり（12月10日記事）、浅間方の井戸の屋形が倒れたりしている（同16日記事）。11月23日から摩利支天社では内陣・外陣の唐戸の繕いがあり、山宮、奈吾屋社でも取り繕いがあった。翌日には、総社籠所や廻廊で戸締りの繕いが行われている。建具などの被害は諸所に生じていたのであろう。さらに11月24日以降、三社相殿前、本社東隣の七社相殿前通り、奈吾屋社前通りの地形直しが行われている。「割」との文言があることから、地震により地割れが生じたものと思われる。そのほか、境内外側の石瑞籬が倒損していることが確認できるが（同17日記事）、諸社殿に関する損壊は記されていない。　安政2年以降、『日記』にはしばしば「地震」が記されるが、被害についての記載はない。安政4年（1857）閏5月の安政駿河地震では、駿府城下の土蔵が破損したというが、その際にも「地震」があったことが記されるのみであった。おわりに　『日記』から、風水害や地震といった自然災害時における静岡浅間神社境内の建物被害について概観した。『日記』の記述を見る限りにおいて、静岡浅間神社の建物には自然災害による大きな被害は確認できなかった。　近代になると、静岡浅間神社では『社務日誌』や『夜警簿』などが作成され、そこにも地震の被害が記録されている。例えば、昭和5年（1930）マグニチュード7.3の北伊豆地震では「社頭何等の被害なし」とある。昭和10年（1935）マグニチュード6.4の静岡地震では、灯篭が3基倒壊し、八千戈社（旧摩利支天社）の石垣がふくらんだり、仮本殿の南石垣が余震によって崩壊したりしたことが記されているが、「建物等には何等の異常なし」とある。静岡浅間神社の建物群は、安政東海地震をはじめとする大地震を経験しつつも、大きな被害に至ることはなかったのである。参考文献『静岡県史別篇２　自然災害誌付録　災害年表』静岡県、1996年。竹ノ内雅人「近世的神社組織の形成」『十七世紀日本の秩序形成』吉川弘文館、2018年。新妻淳子「静岡浅間神社の江戸後期『御再建場所日記』に関する研究」日本建築学会大会学術講演梗概集（北陸）、2019年。表１　静岡浅間神社災害記録静岡浅間神社文書2-1-12･14･24･39･52･53･55･56･57･62、［　］は『静岡県史　別編２』より作成年 ⽉ ⽇ 天気など 破損など関連記事正⽉ 20⽇ ⾵烈 会所・⼩屋屋根⾵損所葺繕12⽉ 12⽇ ⾵烈 諸⼩屋⾵損所葺繕、今⽇より取懸り6⽇ ⾵烈 諸⼩屋⾵損所葺繕7⽇ 晴 会所屋根⾵損所葺繕10⽉ 12⽇ 晴 諸⼩屋⾵損⾬漏葺繕（前後「⾬漏」の記事）12⽉ 8⽇ ⾵烈 昨夜の⾵烈にて勤番所損所でき取繕申し付け⽂化8年 2⽉ 4⽇ 天気⾵⽴ 会所屋根⾵損葺繕⽂化9年 12⽉ 18⽇ 晴⾵烈 （⽞陽院）材⽊⼩屋⾵損のところ指板⽂化10年 閏11⽉ 27⽇ 曇⾵烈 仮殿向⾵損等にて屋根向損正⽉ 晦⽇ 天気⾵⽴ 今九時⾵強⾵損 ①⼆階拝殿上の重仮囲⽻⽬下地繋⽊所々ゆるみ、前側⽻⽬三坪余吹落 ②定光院の内材⽊⼩屋九間・三間壱棟残らず吹潰 ③仮殿向浅間⽅惣社⽅末社そのほか回廊向とも屋根所々⾵損5⽉ 7⽇ 晴 （5⽇・⾵⾬ 朝強⾬）⼩屋場祭礼⾨通り囲⽵⽮来⾵損にて取り繕い申しつけ、⼆階拝殿上の重囲板⾵損あり10⽉ 27⽇ ⾵烈 浅間⽅回廊囲⽵⽮来取繕1⽇ ⾬ 昨⽇よりの⼤⾵⾬にて安部川満⽔、妙⾒⼭下にて今暁堤切、当社前⾺場通⼤川になり、⽞陽院⼩屋場へ⽔あたり強く危いため、棟梁らに防ぎ⽅申しつけるところ、昼後より追々引⽔にて、⼩屋場内別条なし、⾺場通り⼤荒2⽇ 晴折々⾬ ⼀昨⽇⼤⾵⾬にて奈吾屋本社・⽞陽院⼩屋場囲⽮来所々吹倒につき仮おこし、⽞陽院前板橋流れるにつき仮補理、⼩屋場内荒所⼿⼊⽂政12年 10⽉ 24⽇ 晴（23⽇晴⾵烈） ⼭宮・奈吾屋仮殿・末社絵⾺殿家根そのほかとも⾵損天保12年(1841)3⽉ 2⽇ ⾬ 未之刻厳敷地震候得共、社中別状無之候事［天保久能⼭地震(M6.3)］6⽉ 15⽇ 晴 ［地震（近畿）］4⽇ 晴ル ⼤地震 ［安政東海地震 M8.4］5⽇ ー ［安政南海地震 M8.4］13⽇ 晴 摩利⽀天社南側（⼭留⽯垣）⽯垣押出危くなり、⾓⽮来を取外し築⽯を取り退く、⽯垣取毀〜18⽇ 晴⾵烈 ⽞陽院（⼩屋）囲⽵⽮来取繕〜23⽇ 曇ル 摩利⽀天社⼭留⽯垣取毀所、⽵⽮来繕⽅、同所内陣下陣所々取繕（唐⼾）、⼭宮・奈古屋とも取繕24⽇ 晴⾵烈 惣社籠所・廻廊とも⼾〆繕、そのほか所々繕、三社相殿前通り地形直し25⽇ 曇ル 七社相殿前通り地形割るところ直す26⽇ 曇 奈吾屋前通地形割るところ直す10⽇ 晴 地震後⾵烈にて吹き倒れた⽞陽院⼤⼯⼩屋取⽚付け、社中数⼿桶七ツ地震にて⼤損、⽯灯籠倒れ微塵になり𥶡𥶡𥶡𥶡出来ず11⽇ 晴 ⼿桶、楼⾨前北之⽅三ツ⼤損、壱ツ⼿つつ折る16⽇ 晴 地震にて倒れた浅間⽅井⼾屋形取毀し、絵⾺殿へ⽚付置く17⽇ 晴⾵烈 浅間⽅神供⽔井⼾屋形取⽚付け、当社外側⽯瑞籬地震にて倒損したヶ所を御破損奉⾏⾒分23⽇ 晴 地震損所⾒分正⽉ 27⽇ ー ［地震］6⽉ 21〜22⽇ 曇 晴 ［地震］9⽉ 28⽇ 曇 ⾣上刻地震強 ［地震（遠州灘）M7.0〜7.5］10⽉ 2⽇ 曇晴 夜四時過地震 ［安政江⼾地震 M6.9±］12⽉ 25⽇ ー ［地震］閏5⽉ 23⽇ 晴 今暁寅下刻地震 ［安政駿河地震 M6.3)］6⽉ 10⽇ ⾬ 申ノ下刻地震⽂化4年(1807)12⽉2⽉11⽉7⽉安政2年(1855)安政4年⽂化5年⽂政11年(1828)⽂化11年嘉永7/安政元年(1854)Disaster Record 1：“Gosaiken Bashonikki” for Shizuoka Sengen Jinja.98　 静岡文化芸術大学研究紀要　VOL.22　2021

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