氏川 直人

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氏川, 直人

ウジカワ, ナオト

Chuo University Academic Information Repository / 中央大学学術リポジトリ

振動誘起流れを用いた粒子捕捉の数値シミュレーション Numerical simulation of particle capture using the vibration-induced flow 精密工学専攻 6号 氏川直人 Naoto Ujikawa  1. 緒言 マイクロ流体技術の発展に伴い，微量生体サンプルの操作・分析を行うバイオチップの研究開発が精力的になされている．バイオチップが対象とするサンプルのうち，ナノスケール粒子（ナノ粒子）の多くは疾病の原因となったり生体内での信号伝達に関わったりしており，それを簡便かつ効率的に扱う方法の開発が望まれている． 生体活性を持つナノ粒子として，エクソソームと呼ばれる直径約 50 ~ 150 nm の脂質小胞がある．これは細胞から分泌され，体液（血液，髄液，尿など）を介して体中を循環している．エクソソームは分泌元の細胞と似通った特徴を持っているため，がん等の疾病診断に用いるバイオマーカーとして期待されている．エクソソームの回収法のひとつに，それに特異的に吸着するタンパク質で修飾した磁気ビーズを利用する方法がある(1)．ここで，ナノ粒子は小分子に比べ拡散係数が小さいために，撹拌により吸着を促す必要がある．一般的には回転撹拌機により試験管内のサンプルを転倒混和させるが，局所的な流れが生じないため混合効率が低く，回収に長時間要する場合が多い．この問題を解決するため，マイクロ混合器を用いて回収効率を向上させる試みがなされている(2)．しかし，外部圧力ポンプによる送液を行うための付加体積が生じるため，プロセスの微量化に課題が残る． ポンプを用いない流体制御技術として，微小なピラーを有する基板に流体を満たし，基板全体に振動を加えるとピラー周囲に局所的な流れが生じる，振動誘起流れがある(3)．外部の送液機器が不要であるため，デバイスの小型化が実現し，少量のサンプルからの高効率な微粒子回収に繋がることが期待される．早川らは，ピラーの回転方向の切り替えによる振動誘起流れの変化を利用して，微粒子のトラップや移送等の操作が可能であることを示した(4)． また金子らは，マイクロビーズをモデル粒子として用いた実験により，粒子捕捉に最適な条件が存在する可能性を示した(5)． 本研究では，振動誘起流れを用いたマイクロ混合器の高効率化を目指し，仮想粒子捕捉の数値シミュレーションを行った．数値シミュレーションでは，様々な流れ場や粒子捕捉を予測可能であり，実験よりも詳細な流れ場が得られるという利点がある．ピラーの形状や振動条件を変化させて振動誘起流れを数値的に再現し，その流れ場の解析を行った．さらに，得られた流れ場を平均化して，粒子のトラッキング及びそれらの捕捉のシミュレーションを行った．ピラーの断面形状と振動の回転方向を工夫することで，高い捕捉効率が得られる可能性を示した．  2. 振動誘起流れの解析 この章では，円柱型のピラーを有する計算領域を例にして，振動誘起流れによる流れ場の解析手順を示す． 2.1. 数値計算手順 振動誘起流れの計算方法及び解析方法は，金子らの先行研究に準じて行った(6)． 2.1.1. 計算領域と支配方程式 旋回振動によりピラーの周囲に生じる振動誘起流れを数値シミュレーションにより再現した(Fig. 1 (a, b))．はじめに，計算グリッドを 96×49×96 に設定した．支配方程式は以下の 3 次元 Navier-Stokes 方程式と連続の式である．  𝜕𝑢𝑖𝜕𝑡+ 𝑢𝑗𝜕𝑢𝑖𝜕𝑥𝑗 =  −𝜕𝑝𝜕𝑥𝑖+1𝑅𝑒𝜕2𝑢𝑖𝜕𝑥𝑗𝜕𝑥𝑗+ 𝑓𝑖 (1) 𝜕𝑢𝑖𝜕𝑥𝑖 =  0 (2) 実験ではピラーを有する基板が水平面内で回転するが，計算はピラー基板に固定された座標系で計算を行い，その後領域の外から見た系に座標変換を行うことで，移動境界の導入を回避した．振動の影響は，座標系の加減速に伴う慣性力として流体に時間変動する体積力 fiを付与することで考慮した．  Fig. 1 (a) 計算領域と座標系．(b) マイクロピラーの旋回振動.  2.1.2. 計算手法と条件 領域の側面には周期境界条件，ピラーの表面および計算領域の上下壁面には滑り無し条件を課した．数値計算手法としては，x, z 方向にはフーリエ級数，y方向にはチェビシェフ多項式を用いる擬似スペクトル法を適用した．旋回振動は，ピラーが元の位相に戻るまでを時計回り（CW）に 60 回繰り返し，周期的な定常状態が得られたのち，1 回転を 50 個の位相に分割した各瞬間速度場を出力・保存した．ピラーの幾何学的パラメータは，δ* = 25 µm, 高さ 2δ* =50 µmとし，直径を d = 3δ* = 75 µm，4δ* = 100 µm, 5δ* = 125 µmの 3 種類とした．また，振動条件は振幅 A = 3.3 µm，周波数 f = 500 Hzの旋回振動を与えた場合を対象とした． 2.1.3. 流れ場のラグランジュ平均 金子らの先行研究により，振動誘起流れにおいて生じる流体塊の正味の運動を得るには，周期的な流れ場をラグランジュ的に時間平均する手法が適していると示された(5, 6)．一般的なオイラー的平均化手法では，水平運動する基板に対し同一座標上の速度ベクトルの変化を平均化するが，実際には流体塊も基板に追従して運動しているため，結果に差異が生じる．そのため，得られた座標変換後の 50 個の瞬間速度場に計算グリッドと同じ間隔で仮想粒子を 3 次元的に配置し，4次のルンゲクッタ法により仮想粒子の軌跡をラグランジュ的にトラッキングした．この時，ピラー回転周期の 10 周分の追跡を行い，各始点から単位時間当たりに移動した距離を平均速度として求めた．  2.2. 流れ場の解析結果 平均速度場の計算結果から得られた各ピラー直径のベクトルプロットを Fig. 2 (a, c, d)に，d = 100 µmの場合の流線をFig. 2 (b) に示した．ベクトルプロットを見ると，速度ベクトルの大きさの最大値は，ピラー直径に反比例していることがわかる．d = 75 µmでは流れは主にピラーの周囲を旋回するが，流れ場の領域に対するピラーの相対的な直径が大きくなるにつれて，隣接するピラーの影響が大きくなり，Fig. 2 (d)に示すようなピラー間の領域を旋回する流れが顕著になることがわかる．  Fig. 2 (a, b) d = 100 µmのピラー周りに誘起される平均速度場のベクトルプロットと流線 (c, d) d = 75 µm及び d = 125 µmのピラー周りに誘起される平均速度場のベクトルプロット.  3. 平均速度場を用いた仮想粒子捕捉のシミュレーション 3 種類のピラー直径ごとに算出した平均速度場を用いて，仮想粒子捕捉のシミュレーションを行った．計算領域に対するピラー直径の割合が変わることにより，隣り合うピラーとの距離が変わるため，その影響を調べた． 3.1. 粒子追跡の手順と条件 3.1.1. 仮想粒子の配置 計算領域中に捕捉用ビーズ（半径 Rc = 1.25 µm）と被吸着ナノ粒子（半径 Rs = 0.625 µm）を想定した大小 2 種類の仮想粒子を配置した Fig. 3 (a, b, c)．大小粒子の初期配置数は同数とし，d = 75, 100, 125 µmの場合のそれぞれにおいて，780 個，630 個，480 個ずつとした．  Fig. 3 粒子の初期配置． (a) d = 75 µm，(b) d = 100 µm，(c) d = 125 µm.  3.1.2. 仮想粒子の平均速度場に対する移流 それぞれのピラー直径 d の平均速度場に対して，配置した2 種類の仮想粒子が完全追従するとし，4 次のルンゲクッタ法により 100 秒間トラッキングを行った．Fig. 4 (a, b, c)に，d = 100 µmの場合の各時刻 T における粒子の位置を示した．  Fig. 4 粒子位置の経時変化． (a) T = 0.1 s，(b) T = 2.0 s，(c) T = 25 s.  3.1.3. 仮想粒子捕捉の評価方法 2種類の仮想粒子の中心間距離Dが D ≤ Rc + Rsとなったとき吸着が起こると判断した(Fig. 5)．吸着したと判断された時点でナノ粒子は消滅し，それ以降に他の大粒子と吸着することはない．また，配置した仮想粒子は可視化の際に大きさを持たせているが，実際には大きさを持たない質点である．そのため，吸着の判断は D（= Rc + Rs = 1.875 µm）の値のみに依存し， Rc, Rsの値の内訳に依存しない．  Fig. 5 仮想粒子の吸着の模式図.  3.1.4. 平均速度場を用いた粒子捕捉評価の妥当性 ここで，仮想粒子捕捉の評価に平均速度場を用いることの妥当性を検証した．振動誘起流れでは，旋回振動により流体塊及び追従粒子は微小な回転運動をしながら正味の移流が生じる．しかし，計算のコストを下げるために平均化して正味の移流成分のみを残すと，回転運動が取り除かれる．そのため，回転運動の有無が捕捉率に影響を与えるかを調べた． d = 100 µmの場合の瞬間速度場に対し，グリッド上に仮想粒子を配置し，速度場の位相を連続的に切り替えながら 4次のルンゲクッタ法により 100秒間トラッキングを行い，捕捉率を算出した．結果を Fig. 6 に示した．捕捉率はおおよそ近い値を推移し，100 秒の時点で約 90%に達した．これにより，粒子捕捉のシミュレーションは，計算時間を大幅に短縮できる，ラグランジュ平均を行った速度場を用いて行うことが可能であることが示された．以下に述べる，ピラーの直径や断面形状を変更した捕捉シミュレーションは，この方法を用いて行った．  Fig. 6 瞬間速度場と平均速度場を用いた捕捉シミュレーションにおける捕捉率の経時変化.  3.2. 捕捉率の経時変化 各ピラー直径 d に対して，得られた小粒子の捕捉率の経時変化を示した(Fig. 7)．捕捉率は，d の値に対しておよそ似通った挙動を示し，80 秒程度で 80%に達した．今回のパラメータの中では，d = 100 µmの条件において最も高い捕捉率が得られた．d = 125 µmの場合，ピラー間距離が短く，ピラー周囲の局所的な振動誘起流れの相互作用が生じる．そのため捕捉率が高くなると予想したが，結果的に最も低かった．原因として，Fig. 2(a, c, d)に示したように平均速度場の誘起速度が一番小さいことが挙げられる．しかし，誘起速度が一番大きい d = 125 µmの捕捉率は 2番目であり，せん断率など別の要因が影響している可能性がある．  Fig. 7 各ピラー直径 d に対する捕捉率の経時変化. 4. 非対称断面形状を持つピラーの影響 振動誘起流れにおいて，ピラーの断面形状を変化させると，流れ場もその形状に応じて変化する．また，旋回振動の回転方向などの振動モードを変化させることでも流れ場が大きく変化する．この点に着目し，ピラーの形状および回転方向を切り替えた流れ場において，粒子捕捉のシミュレーションを行った． 4.1. 計算の手順と条件 4.1.1. 計算領域と条件 計算領域のサイズと旋回振動の振幅，周波数は円柱型ピラーの場合と同様(Fig. 1 (a))で，旋回振動の回転方向を時計回り（CW）と反時計回り（CCW）でそれぞれ計算し，平均速度場を得た．カオス混合理論(7)においては，流線の切り替わりが繰り返し起こると，流体塊の引き延ばしと折りたたみが起こり（パイこね変換），低レイノルズ数の粘性領域においても良好な混合状態が得られるとされている．そのため，回転方向を切り替えた時の流線の違いが生じることを期待して，ピラー形状として十字の 4 本のアームの先端が湾曲した形状(4)を採用した(Fig. 8 (a))．これを Bending Cross型ピラーと呼ぶ．ピラーの高さは計算領域と同じであり，ピラーの曲線は円と楕円を組み合わせて表現した．  4.1.2. 仮想粒子の配置 大小 2種類の仮想粒子の半径は円柱型ピラーの場合と同様とし，Fig. 8 (b)のように配置した．大小粒子の初期配置数はそれぞれ 320 個とした．  Fig. 8 (a) Bending Cross型ピラー．(b) 仮想粒子の初期配置.  4.1.3. 回転方向の切り替えと捕捉の条件 切り替え無しのCW，CCWと，切り替え間隔が 5.0, 2.5, 1.25, 1.0, 0.5 s の計７条件で，それぞれ平均場を用いて 100 秒間トラッキングした場合の捕捉率を算出した．結合距離は円柱型の場合と同様に，D = 1.875 µmとした． 4.2. 結果 4.2.1. ラグランジュ平均した流れ場 平均速度場から得られたベクトルプロット，および流線をFig. 9 (a, b, c, d) に示した．CW ではピラー周縁に沿った軌跡を描く流線が存在するのに対して，CCW では計算領域の 4隅の空間内を回る流れが主となった．これにより，振動の回転方向に依存して異なる流れが生じたと言える．ベクトルプロットを見ると，ピラーの先端部分に誘起速度のピーク位置が存在していることがわかる．  Fig. 9 Bending Cross 型ピラー周りに誘起される平均速度場のベクトルプロットと流線 (a, b) CW，(c, d) CCW.  4.2.2. 捕捉率の経時変化 Fig. 9 のラグランジュ平均流れ場に対し，3 章と同様の方法で，仮想粒子の捕捉率の経時変化を示した(Fig. 10)．CW のみの流れ場において，捕捉率は 50 秒の時点で約 60%に到達したのに対して，CCW のみの流れ場では 20 秒で 60%に達した．これらの流れ場を一定時間間隔で切り替えた場合は， 比較的捕捉率が低かった CW の捕捉率を上回ると予想したが，結果はいずれも CW の捕捉率よりも低かった． CCW の流れ場を連続的に使用した場合のみに急峻な捕捉率の増加がみられた要因を探るために，最初の 20 秒間のうちにナノ粒子の捕捉が起こった座標を記録してプロットした(Fig. 11)．速度勾配が急峻なアームの先端付近で捕捉率が大きくなると予想したが，CCW の流れ場においては(Fig. 11 (b))，アームの先端部分から少し離れた領域で多くの捕捉イベントが生じたことがわかった．  Fig. 10 Bending Cross型ピラーの捕捉率の経時変化.    Fig. 11 T = 20 s 時点の捕捉座標のプロット (a) CW，(b) CCW.  5. 結言 本研究では，振動誘起流れを用いた仮想粒子捕捉のシミュレーションを行った．はじめにピラーを有する平板が振動する系の瞬間速度場を計算し，それをラグランジュ的に時間平均した流れ場を得た．次に，この平均場を用いた仮想粒子捕捉シミュレーションの妥当性を確認した．非対称なピラー形状を用いて，回転方向を切り替えると，流線が異なる流れ場が発生することを確認し，それにより仮想粒子の捕捉効率が向上する可能性を示した．一方，カオス混合理論に基づき流線を切り替えた系での粒子捕捉計算を行ったが，切り替え無しの場合を上回ることはなかった．流れ場の特徴と粒子捕捉率の関係性については，さらなる詳細な分析が必要である．今後は，本計算コードを用い，ナノ粒子をより高効率で捕捉可能な条件を探索し，マイクロ混合器の高効率化に寄与する．  参考文献 (1) Lee, C. & Fu, L., Recent advances and applications of micromixers., Sens. Act. B. Chemical., 259 (2018) pp. 677-702. (2) Stott, S. L. et al., Isolation of circulating tumor cells using a microvortex-generating herringbone-chip., Proc. Natl. Acad. Sci., 107-43 (2010) pp. 18392-18397. (3) Hayakawa, T. et al., A single cell extraction chip using vibration-induced whirling flow and a thermo-responsive gel pattern., Micromachines, 5-3 (2014) pp. 681-696. (4) Hayakawa, T., Sakuma, S. & Arai, F., Mode switching of on-chip manipulation method using vibration-induced flow for single particle loading. (2016) pp.156-157. (5) Kaneko, K. et al., Development of pumpless mixer utilizing the vibration-induced flow around micro-pillars. 中央大学 修士論文(2019). (6) Kaneko, K. et al., Numerical and experimental analyses of three-dimensional unsteady flow around a micro-pillar Subjected to rotational vibration., Micromachines, 9-12 (2018) pp. 668. (7) Ottino, J., Mixing, Chaotic advection, and turbulence., Annu. Rev. Fluid Mech., 22-1 (1990) pp. 207–253. 

Numerical simulation of particle capture using the vibration-induced flow

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