真下 裕己

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真下, 裕己

マシモ, ヒロキ

Chuo University Academic Information Repository / 中央大学学術リポジトリ

スライド機構を利用した荷物運搬用台車のための段差乗り越え機構の開発 Development of A Step Climbing Mechanism with A Slide Shaft for Transport Carts  精密工学専攻 43 号 真下裕己 Hiroki Mashimo  1． 緒言 荷物運搬用台車は，重量物を効率よく運ぶことが可能な便利な道具であり，我々の日常生活に欠かせないものである(Fig. 1)．台車は，荷台と 4つの車輪から構成され，非常に単純な構造を持つ．またその機構の単純さと価格の安さから，幅広い分野で使用されている．しかしながら，このような車輪付き機構は段差を乗り越えることが非常に困難であるという欠点を有する．我々の生活環境には多くの段差が存在するため，車輪付き機構の段差を乗り越える能力の向上が強く望まれている．これまでに，様々な車輪付き機構のための段差乗り越え能力の向上を目標とする機構開発に関する研究が行われてきた[1]～[8]．しかし，台車本体の価格に比べて，開発された機構のコストが高価である，機構の構造が複雑であるといった問題点を抱えており,実用化された例は少ない.従って，実用化可能な機構の条件として，製作コストが安価であり，簡易な構造を持つということが要求される．本研究では，スライド運動を用いた原理と構造を持つ段差乗り越え機構を開発した．この機構により，台車が段差衝突時に段差から受ける衝撃を低減することが可能であり，従来は重量物を搬送した状態では，乗り越えることが不可能であった高さの段差の踏破を可能にする．本研究では，歩道の一般的構造に関する基準で定められている，歩道面と車道面の高低差の基準高さ 50 mmの段差を乗り越えることを目標とする.  2． 開発した機構の概要  本研究で開発した機構の概略図を Fig. 2 に示す．この機構はスライドシャフト，スライドブロック，摩擦面および引張りばねにより構成される．この機構は，Fig. 3に示すように台車の前方部に取り付けられている．台車が段差に近づくと，スライドブロックが最初に段差の端に衝突する．そして，スライドブロックと段差の間に働く摩擦力によりスライドブロックが段差の端に固定される．  Fig. 1  Transport cart その結果，使用者が台車を押す力がスライドシャフトに沿った力に変換される.スライドシャフトの傾斜角は,段差を乗り越える際に，一般的な台車の車輪が運動する方向に対する傾斜角と比べて非常に小さい．これにより，この機構を使用することで段差を乗り越えるために必要な力が，機構がない場合に比べて小さくなる．また，Fig. 4に示すように段差角から台車が受ける衝撃力の方向が，通常の台車に比べて上向きになるため，台車の使用者が手に感じる衝撃力を軽減することができる．これにより，重量物の運搬作業の安全性が向上する. 2.1 段差乗り越えの動作 本研究で開発した機構を用いた段差乗り越えの動作は，Fig. 5に示す次の 3つのフェーズに分けられる． Phase1)スライドブロックが段差に衝突する. Phase2)台車とスライドシャフトは，スライドブロックのシャフト穴の中心軸に沿って台車の使用者が台車を押す力で移動する．このフェーズでは，スライドブロックは，ブロックの摩擦面と段差角の間に生じる摩擦により移動しない． Phase3)前輪が段差角に接触した後，前輪は段差角を中心とした回転運動により上昇し始める．同時に，スライドブロックの摩擦面が段差角を離れ，スライドブロックはばねによってシャフトの初期位置に戻る．   Fig. 2  Step-climbing mechanism utilizing sliding motion   Fig. 3  Attachment of the mechanism   2.2 スライドブロックの角度 本研究で開発した機構の最も重要な機能は，台車の段差乗り越え能力を向上させ，段差角との衝突の瞬間に発生する衝撃力を減らすことである．この機構が持つ要素の中でこの機能に影響を与える最も重要なパラメータは，スライドブロックの傾斜角である．スライドブロックに対して適切な傾斜角を設計することによって，台車が容易に段差を乗り越えることが可能となる．先に述べたように, スライドブロックの傾斜角が小さいほど，使用者が感じる衝撃力が小さくなる．一方でシャフトの長さは，傾斜角が小さいほど Fig. 6のように大きくなる．段差乗り越え能力とシャフトの長さの間にはトレードオフの関係がある．   Fig. 4  Direction of the shock received from the step  Fig. 5  Three phases of the step climbing motion  Fig. 6  Relationship between angle and shaft length  3． 提案した機構の段差乗り越え理論 Fig. 7 に示すような機構を搭載した台車の運動学モデルを考える．この動力学モデルは前章で説明したように，スライドブロックと段差角との衝突の瞬間，スライドレールに沿った台車の上昇運動, そして，前輪が段差角に接触した後の段差乗り越えの 3つのフェーズに分けることができる．本章では，機構が段差が衝突してから，前輪が段差に衝突するまでの理論について述べる．この運動モデルにおいては，以下の６つの仮定がなされる. ⚫ 台車本体，車輪，スライドシャフト，およびスライドブロックは，剛体とみなす. ⚫ 台車を押す台車の使用者の腕の姿勢の影響は考慮しない. ⚫ 各車輪の慣性モーメントは台車本体よりもはるかに小さいので，車輪の角運動量は無視する. ⚫ バネの力は非常に小さく，カートの動きに影響を与えないため，無視する. ⚫ 荷物は台車に固定されており，質量は台車と一体であるとみなす. ⚫ 段差衝突後，摩擦面と段差角の間に働く摩擦力により，スライドブロックは段差角を滑らない. 3.1 手元に発生する擊力 本研究では撃力（𝐹∆𝑡）を，段差衝突直後に瞬間的に台車の使用者の手元に発生する大きな力積と定義する．この擊力を評価することで，台車に機構をつけた場合と付けていない場合における，使用者へ伝わる衝撃の大きさを比較する．衝突点回りの角運動量保存則と幾何拘束より，手元の水平，鉛直方向の速度（𝑣𝑥′，𝑣𝑦′）を求め，衝突直前直後の手元部の運動量の変化を求める．台車前輪の水平方向初速度を𝑣0，手元の質量を𝑚ℎ𝑎𝑛𝑑として，発生する撃力を以下のように定義する．  𝐹∆𝑡 = 𝑚ℎ𝑎𝑛𝑑√(𝑣0 − 𝑣𝑥′ )2 + 𝑣𝑦′ 2  (1) 3.2 段差乗り越えの運動方程式 Fig. 7に二つのフェーズにおける運動方程式モデルを示す．段差衝突後の台車の水平方向と，後輪を中心とした回転方向の運動方程式はそれぞれ式（2）と式（3）で与えられる．   𝑀?̈? = 𝐹𝑥 − 𝑅𝑠𝑖𝑛(𝜃0 + 𝜃) (2)    𝐼?̈? = −𝐹𝑥𝑙1(𝜃) + 𝐹𝑦𝑙2(𝜃) − 𝑚1𝑔𝑙3(𝜃) − 𝑚2𝑔𝑙4(𝜃) +  𝑅𝑐𝑜𝑠(𝜃0 + 𝜃)𝑙5(𝜃) + 𝑅𝑠𝑖𝑛(𝜃0 + 𝜃)𝑙6(𝜃) (3)    ここで𝑥:台車の水平変位，𝜃 ∶後輪を中心とした前輪の回転変位，𝑀 ∶台車の質量𝑚1:前輪の質量，𝑚2:後輪の質量，𝐼 ∶台車の慣性モーメント，𝐹𝑥 ∶台車を押す水平方向の力，𝐹𝑦 ∶台車を押す垂直方向の力， 𝑅:段差からの反力,𝜃0:機構の角度，𝑙𝑛(𝜃) (𝑛 = 1.2 … 6):後輪から各力の作用点までの垂直距離である．更に，台車の前輪が段差に到達すると，段差角を中心に台車前輪は回転運動を行う．このときの運動方程式は式(4)で表される．  𝐼′?̈? = 𝑇𝑥𝑟𝑠𝑖𝑛𝜃 − (𝑇𝑦 + 𝑚1𝑔)𝑟𝑐𝑜𝑠𝜃  (4) ここで，𝜑 ∶段差を中心とした前輪の回転運動，𝐼′ ∶前輪の慣性モーメント，𝑇𝑥 ∶台車を押すことにより生じる水平方向の内力，𝑇𝑦 ∶ 台車を押すことにより生じる垂直方向の内力，𝑟 ∶前輪の半径とする． 式(2),(3)と式(4)で表される運動を組み合わせることで，機構が段差に衝突してから前輪が段差を乗り越えるまでの一連の運動を再現する．  Fig. 7  Coordinate system of cart and front wheel 4． シミュレーション結果 本章では,前章で述べた二つの理論式を用いたシミュレーションを行い，その結果から提案機構の撃力低減能力と段差乗り越え能力をそれぞれ評価する. 4.1 擊力の評価 式(1)に基づいてシミュレーションを行い，段差衝突時の撃力を評価する．台車を衝突させる段差の高さは 50 mmとして，Fig. 8で定義する𝜃0の値を 10 °から 60 °で機構の角度を変更する．衝突前の初速度は５章に記述する実機実験の計測値を基準として，1.0 m/sとする． グラフの縦軸は撃力の大きさ，横軸は機構の角度を表す．機構の角度が 20 °〜50 °以下の範囲では，機構がない場合と比較して撃力の大きな低減効果が見られる．50 °を超えると，発生する衝撃が急激に大きくなる．この結果より，提案機構を実際に使用する場合は，段差衝突時の大きな撃力を避けるために 50 °以下の角度で設計することが望ましいことが分かる.   Fig. 8  Definition of 𝜃0  Fig. 9  Relationship between angle and impulsive force  4.2 衝突後の段差乗り越えの結果 最終的に段差を乗り越えたかどうかを判断するために，式(2)及び(3)を計算して得られた速度を式(4)の初期値として代入することで，上昇した前輪が段差角を中心に回転運動するシミュレーションの結果を示す．グラフの縦軸は前輪の車軸と段差のなす角，横軸は時間を示す．縦軸の値が 90 °に達している場合，段差乗り越え成功とみなす．シミュレーションでは，Fig. 10に示す ℎ𝑔の値を 15 mmと 20 mmの 2つの値として，車輪が段差に当たるときの高さを変える．この値は段差の前輪に対する相対高さがそれぞれ 15 mmと 20 mmであることと等しい.Fig. 11(a)に示すように, ℎ𝑔が 15mmのとき，段差乗り越えに成功した最大角度は 25°であった(a). 一方，ℎ𝑔の値が 20 mmの場合， 20 °以上の角度で越えに失敗していることが分かる（Fig. 11 (b)）.  Fig. 10  Definition of ℎ𝑔  (a) ℎ𝑔 = 15 mm          (b) ℎ𝑔 = 20 mm Fig. 11  Relationship between angle and ℎ𝑔 5． 段差乗り越え実験 本章では，一般的な台車と，本研究で提案した機構の段差乗り越え能力の比較を行うために，実際に提案した機構を製作し，段差乗り越えの実験を行う. 5.1 製作した機構の概要 実際に製作した機構とその取り付け位置を Fig. 12 に示す．スライドブロックは素材に PLAを用いて３Ｄプリンタにより製作した．引張ばねは 20  N/mのものを用い、スライドレールには軽量かつ十分な強度が得られる T 字鋼を用いた．更に角度による性能比較を行うために，シミュレーション結果を参考に，20 °と 25 °の角度を持つ二つの機構モデルを製作した．設定した角度は,20 °と 25 ° とした. 5.2 実験方法 実験では被験者 A，B，Cの成人男性３名に，1.2 mの助走距離から 50 kgの荷物を載せた台車を押してもらい，段差に衝突させる(Fig. 13)．被験者の身体データを Table 1に示す．段差高さを 50 mmと設定し,  段差衝突後,前輪が段差に乗り上げたことが確認できれば，段差乗り越えに成功したと判定する．その衝突前後における台車前輪および台車の使用者の手元を高速度カメラにより撮影することで，台車の使用者の速度を計測し，衝突前の速度が 1.0 m/s 程度であることを確認する（Fig. 14)． 20 °と 25 °の 2種類の機構に対して，前輪が段差に当たる高さℎ𝑓を 15 mmと20 mmとなるように機構の取り付け位置を前後させ，合計 4つの条件で 3回ずつ台車を押して段差に衝突させる．   Table 1 Heights and body weights of subjects   Fig. 12  Step-climbing mechanism   Fig. 13  Experiment environment  Subject A Subject B Subject C Height [cm] 175 167 173 Weight [kg] 65 55 50  Fig. 14  Camera image and velocity of handrail  5.3 実験結果 Table 2に機構の取り付け角度と位置を変更した各条件下における 3回の実験における各被験者の段差乗り越え成功回数を示す． Table 2 Result of the experiment  20°15mm 20°20mm 25°15mm 25°20mm Subject A 3 3 2 3 Subject B 3 3 3 3 Subject C 1 3 0 3  いずれの角度と取り付け位置の組み合わせでも, 50 mm の段差乗り越えに成功した．上記の結果より,被験者 Aは 25 °と 15 mmの組み合わせにおいて 1回,被験者 Cは 20 °と 15 mmの組み合わせで 1回，25 °と 15 mmの組み合わせにおいて 3回乗り越えに失敗している． 5.4 考察 20 °の機構の引っ掛かりがあった瞬間の高速度カメラの映像を確認したところ，Fig. 15(a)に示すように，スライドブロックが前輪の段差衝突の瞬間に戻っておらず，想定していた動作をしていなかった．被験者 Cの乗り越え失敗時の原因は，前輪が段差を乗り越えたにもかかわらず，最終的にこの機構の引っ掛かりが解消されなかったことによる．この原因は，理論では車輪が剛体であると考えているが，実際の台車では車輪の素材がゴムであるため，車輪が段差を乗り越える際に，段差角に沈み込んでしまうことで，機構と車輪が切り替わる際に，段差と車輪の間にスライドブロックが初期位置に戻るための隙間が生まれなかったことによると考えられる．一方でシミュレーションでは，機構の隙間が 20 mmのモデルは 50 mmの段差を踏破できなかったが，実機においては 20 °および 25 °のいずれの角度でも踏破に成功している．これは，シミュレーションでは考慮していない台車の使用者の台車を押す姿勢や，力の加え方が影響していることによると考えられる．また，Fig.15(b)に 25°と 20 mmの組み合わせにおける映像を示す．前輪が段差を乗り越えた時点でスライドブロックが初期位置に戻っているが，これは 20 mmの場合，15 mmに比べて前輪が段差を乗り越える際に 5 mm高く上がるため，スライドブロックが初期位置に戻るための十分な隙間ができるためであると考えられる．             (a)                      (b) Fig.15  Slide block caught on the step  6． 結言 荷物運搬用台車が段差を容易に乗り越えられるために，スライド運動を利用した新規段差乗り越え機構を提案し開発した．最初に，段差衝突時の衝撃力を減少させるために有効な機構の角度を，理論に基づいたシミュレーションから検証した．シミュレーション結果から，50 mmの段差を乗り越えるために適切な機構の角度範囲は，20 °〜25 °となった．次いで，理論から得られた結果に基づき，20 °と 25 °の角度の機構を製作した．製作した機構を用いて 50 kgの荷物を載せた台車の段差乗り越え実験を行った．台車に開発した機構を取り付けることで，一般的な台車では乗り越えが不可能であった高さの段差乗り越えに成功し，最大で目標としていた 50 mmの段差を踏破した．以上より，本研究で提案した機構は，台車の段差乗り越えに有効であるという結論を得た．  参考文献 [1] Kai Sasaki and Kenji Suzuki,”Active Rotary-Legs Mechanism for Stair-Climbing Mobility Vehicle,” IEEE Robotics and Autometion Letters(RA-L),vol.3,  pp.2237-2244, 2018. [2] Masaki Shiraishi and Geunho Lee, “Step-climbing wheel with axial translation and wheelchair integration,” Proc. SICE Annu. Conf., pp. 1258-1261, July 2018. [3] Sho Yokota, Hiroyuki Tanimoto, Junki Heguri and Kyohei Yamaguchi, “Assistive wheelchair caster unit for step climbing - Improvement of design -,” Proc. SICE Annu. Conf., pp. 2066-2067, Aug 2012. [4] Yoshikazu Mori and Kaoru Katsumura, “Passing over several steps using a pair of step-climbing units for a manual wheelchair user,” Proc. 18th Int. Conf. Advanced Robot. pp. 149-154. Aug 2017. [5] Yu Munakata and Masayoshi Wada, “Development of an add-on drive mechanism for improving motion performance of a manual wheelchair,”  IEEE Int. Conf. Rehab. Robot., pp. 684-689,  Oct 2015. [6] Tsuyoshi Yamamoto, Fumiaki Takemori, Ryuta Itakura, “Development of stair locomotive wheelchair with adjustable wheelbase” Proc. SICE Annu. Conf.,pp.20-23,Aug.2012. [7] Shohei Mizutani, Kusuto Yamazaki, Ryuzo Hayashi and Kuniyuki Miyazawa, “Development of step-climbing casters for wheelchairs,” JSME.Trans., vol.853, No.853, pp. 17-26, June 2017. [8] Yasushi Nakajima, Yasuki Fukumoto and Hiroshi Hasegawa “Implementation of Wheelchair Equipped with a Step-Climbing Mechanism,” Mechanical Engineering Congress(MECJ-17), Sep 2017. (In Japanase) 

Development of A Step Climbing Mechanism with A Slide Shaft for Transport Carts

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