石川 晶也

東京薬科大学博士（薬学）2021年度doctoral thesi

石川, 晶也

イシカワ, マサヤ

Tokyo University of Pharmacy and Life Sciences Academic Repository / 東京薬科大学学術リポジトリ

いしかわ まさや 氏名（本籍） 石川 晶也（埼玉県） 学位の種類  博士（薬学） 学位記番号  論博第 374号 学位授与の日付 令和 3年 7月 14日 学位授与の要件 学位規則第 4条第 2項該当 学位論文題目 ラミニン α鎖の細胞接着部位の同定とペプチドの環状化が細胞接着に及ぼす効果の解析 論文審査委員 （主査）教授 野水 基義 教授 高木 教夫 教授 林 良雄 教授 根岸 洋一 論文内容の要旨 基底膜は薄い膜状の細胞外マトリックスであり、表皮と真皮の間、血管周囲、筋組織や神経線維の周囲など、多くの組織に存在する。基底膜は組織の境界や構造支持体としての機能だけではなく、様々な細胞と相互作用することにより、細胞接着や細胞遊走、増殖、分化などに寄与している。基底膜は主にⅣ型コラーゲン、ラミニン、パールカン、ナイドジェンなどから構成されており、これらが相互に連結した緻密な超分子ネットワークを形成している。基底膜の主要な構成成分であるラミニンは、細胞接着、細胞遊走、分化、神経突起伸長、創傷治癒、癌の増殖と転移、血管新生など多様な生物活性を示すことが知られている。ラミニンは、α鎖、β鎖、γ鎖の 3つのサブユニットからなるヘテロ三量体タンパク質であり、3 本鎖がコイルドコイル構造で会合した十字型の構造をしている。現在までに、α鎖が 5種類（α1～α5）、β鎖が 3種類（β1～β3）、γ鎖が 3種類（γ1～γ3）同定されており、これらの組み合わせによって 19種類のアイソフォームが確認されている。ラミニン α鎖は組織特異的または発生段階特異的に発現しており、各ラミニンアイソフォームに結合する細胞表面受容体は、主にラミニン α鎖のタイプによって決定される。ラミニン-211（α2β1γ1）、221（α2β2γ1）、213（α2β1γ3）、212（α2β1γ2）、222（α2β2γ2）を構成するラミニン α2 鎖は、骨格筋や末梢神経、脳、毛細血管の基底膜に特異的に発現し、インテグリン α1β1や α2β1、α3β1、α6β1、α7β1と相互作用することが報告されている。ラミニン α4 鎖の発現は、主に肺と心臓および骨格筋線維に存在する間葉系細胞に局在している他、脳や脾臓、肝臓、腎臓、精巣などの他の組織でも弱く発現している。ラミニン α4鎖を含むラミニン-411（α4β1γ1）はインテグリン α3β1やインテグリン α6β1に結合することも報告されている。また、ラミニン α5鎖は、肺、心臓、骨髄、膵臓、腎臓の成人組織で高レベルに発現し、脳と骨格筋では低レベルで、肝臓、腸、皮膚ではさらに低レベルで発現している。ラミニン-511（α5β1γ1）とラミニン-521（α5β2γ1）はインテグリン α3β1 や α6β1、α6β4 と相互作用することも報告されている。 これまでに野水らは、合成ペプチドを用いたラミニン α鎖の網羅的なスクリーニングにより様々な生物活性部位（生物活性ペプチド）を同定してきた。例えば、AG73 （RKRLQVQLSIRT、マウスラミニン α1鎖、2719-2730）はシンデカンに結合し、細胞接着や細胞遊走、神経突起伸長、腫瘍転移など、様々な生物活性に関与している。また、A99（AGTFALRGDNPQG、マウスラミニン α1鎖、1141-1153）はインテグリン αvβ3結合配列である RGD 配列を含み、細胞接着と細胞伸展を促進する。ラミニン α1 鎖LG モジュールの E-F ループ領域に由来する G4EF1 （DYATLQLQEGRLHFMFDLG、マウスラミニン α1鎖、2747-2765）は、インテグリン α2β1と特異的に結合し、細胞伸展や接着斑・アクチンストレスファイバーの形成を促進する。さらに、G4EF1の最小活性配列（G4EF1Xm: LQLQEGRLHFXFD, X = Nle）は、タンパク質中での構造（ループ構造）を模倣して環状化することでインテグリン α2β1 を介した細胞接着活性が大きく増強されることも報告されている。このように、合成ペプチドを用いた体系的なラミニン α 鎖の生物活性部位の解析や環状ペプチドを利用した構造活性相関研究が進んできているが、ラミニン α2 鎖 N 末端領域の生物活性部位やラミニン α4 鎖・α5鎖 G ドメインのインテグリン結合部位に関しては詳細な解析が行われておらず、また、G4EF1以外の EF ペプチドについての構造活性相関研究も進んでいない。 そこで、本論文ではラミニン α2 鎖 N 末端領域と α4鎖・α5鎖 G ドメインの詳細な機能部位の同定、および、インテグリンとの相互作用における EF ペプチドのコンフォメーション効果を解析するため、以下の 3章において研究を行った。  第 1章 ラミニン α2鎖 N末端領域の細胞接着配列の同定 1) ラミニン α2 鎖 N 末端領域（short arm 領域およびコイルドコイルドメイン）に着目し、その生物活性部位の同定を行った。ラミニン α2鎖 N 末端領域のアミノ酸配列を網羅する218種類の合成ペプチドと3種類の組換えタンパク質（rec-a2LN、rec-a2LN+、rec-a2N）を用いて、その生物活性配列を解析した。その結果、11種類の細胞接着ペプチド（A2-8、A2-20、A2-31、A2-56、A2-63、A2-64、A2-112、A2-122、A2-144、A2-176、A2-185）が同定され（Fig. 1）、さらに、その内の 8 種類のペプチド（A2-31、A2-56、A2-63、A2-112、A2-122、A2-144、A2-176、A2-185）は PC12 細胞の神経突起伸長を促進した。スクリーニングにより同定された 11 種類の活性ペプチドが結合する細胞表面受容体を明らかにするため、それらの活性ペプチドに対する細胞接着をヘパリンとEDTA によって阻害する実験を行った。結果として、ヘパリンは 10 種類の活性ペプチド（A2-20、A2-31、A2-56、A2-63、A2-64、A2-112、A2-122、A2-144、A2-176、A2-185）に対して細胞接着阻害効果を示したのに対し、EDTAは 4種類の活性ペプチド （A2-8、A2-31、A2-63、A2-64）に対して細胞接着阻害効果を示した。特に、A2-8（YHYVTITLDLQQ）に対する細胞 接着は EDTA のみによって阻害された。さらに、A2-8に対する細胞接着は、抗インテグリン β1 抗体と抗インテグリンα2β1 抗体によっても阻害され、A2-8 がインテグリン α2β1 を介した細胞接着を促進することが示唆された。A2-8 配列を含む LNモジュールの組換えタンパク質（rec-a2LN）もインテグリン α2β1に結合し、かつ、rec-a2LN に対する細胞接着は A2-8 によって阻害された。さらに、A2-8 と LN-LEa モジュールの組換えタンパク質である rec-a2LN+についてそれ ぞれアラニン置換解析を行ったところ、LN モジュールの N末端側から 122番目の Ile残基、124番目の Leu 残基、125番目の Asp 残基がインテグリン α2β1を介した細胞接着に関与していることが分かり、A2-8 が LN モジュールのインテグリン α2β1結合配列として重要な役割を果たしていることが示唆された。  第 2 章 ラミニン α4 鎖および α5 鎖 G ドメイン由来ペプチドライブラリーを用いたインテグリン結合ペプチドのスクリーニング 2) ラミニン α4鎖・α5鎖 G ドメインに由来する 211 種類のペプチドライブラリーを用いてインテグリン結合ペプチドのスクリーニングを行った。結果として、211 種類中37 種類のペプチドが細胞接着活性を示し、その内の 13 種類のペプチド（A4G25、A4G79、A4G84、A4G102、A5G15、A5G19、A5G41、A5G56、A5G63、A5G67、A5G81、 A5G84、A5G101）では細胞伸展活性が確認された。また、これら 13種類の活性ペプチドに対する細胞接着は全て EDTA と抗インテグリン β1抗体によって阻害され、さらに、A5G81（AGQWHRVSVRWG）と A5G84（TWSQKALHHRVP）に対する細胞接着については抗インテグリン α3抗体と抗インテグリンα6抗体によっても阻害された（Fig. 2）。また、A5G81と A5G84に接着 Fig. 1. Localization of cell adhesive peptides in N-terminal region of laminin α2 chain. Fig. 2. Effect of anti-integrin antibodies on cell attachment to A5G81 or A5G84. した細胞では、FAK（focal adhesion kinase）のチロシン（Tyr397）リン酸化や接着斑・アクチンストレスファイバーの形成が確認された。これらの結果は、A5G81と A5G84がインテグリン α3β1 と α6β1 を介して細胞接着していることを示唆している。また、今回同定したインテグリン結合ペプチドの多くは LGモジュールのループ領域に位置しており、インテグリンのリガンド（ペプチド）認識においてその立体構造が重要であると示唆された。  第 3 章 ラミニン α 鎖相同ループ領域に由来するインテリン結合ペプチドの立体構造の重要性 3) ラミニン α鎖の各 LG モジュールは A～Nの 14本の βストランドがサンドイッチ構造を取ることが報告されている。βストランドの間の領域はループ構造をとっており、タンパク質の表面に位置していることから、この領域が特定の細胞表面受容体に結合するものと考えられている。本章では、これまでに細胞接着ペプチドが数多く発見されているラミニン α鎖 LG モジュール（LG1～LG5）の E-F ループ領域に着目し、インテグリンを介した細胞接着におけるペプチドのコンフォメーション効果を解析した。E-Fループ領域由来の 3種類のインテグリン α2β1結合ペプチド（G5EF1、G3EF3、G5EF5）に焦点を当て、それらの活性ペプチドの立体構造と細胞接着活性との関係を調べた。この 3種類の活性ペプチドについて最小活性配列を同定したところ、G5EF1z（IGLEIVDGKVLFHVNN）、G3EF3z（LLVTLEDGHIALST）および G5EF5z（KVLTEQVL） が最小活性配列であること、それらの最小活性配列を環状化したペプチド（ cycloG5EF1z 、 cycloG3EF3z 、cycloG5EF5z）は、直鎖状ペプチド（ G5EF1z 、 G5EF1zA 、 G3EF3z 、G3EF3zA、G5EF5z、G5EF5zA）と比較して、インテグリン α2β1を介した細胞接着活性が増強することがわかった（Table 1）。これらの結果から、インテグリン α2β1結合 EFペプチドの細胞接着活性はその立体構造に依存しており、E-F ループ領域の立体構造が LG モジュールの生物活性に重要な役割を果たしていることが示唆された。  ECM 由来のタンパク質は以前から細胞培養の足場材として用いられてきたが、近年の再生医療への注目度の増加に伴い、iPS 細胞をはじめとする各種幹細胞の足場材としてその重要性がさらに増している。特に、基底膜由来のラミニンは iPS 細胞の未分Table 1. Cell attachment activity of linear and cyclic peptides derived from G5EF1, G3EF3 and G5EF5. 化維持培養や各種体細胞への分化誘導において、足場材としての利用が広がっている。ラミニンを細胞培養の足場材として考えた場合、そのフラグメントである合成ペプチドは全長タンパク質に比べ安定性が高く、構造の変換や修飾が容易といったメリットも考えられる。このように、本論文において同定された活性ペプチドは、ラミニンの機能解明に役立つだけでなく、細胞培養の足場材として再生医療の分野において役立つことも期待される。  【研究結果の掲載誌】 1) J Biol Chem, 287, 25111-25122 (2012).  2) Arch Biochem Biophys, 521, 32-42 (2012).  3) J Pept Sci, 26, e3284 (2020).  論文審査の結果の要旨  石川晶也氏の博士学位申請論文は、合成ペプチドを用いたラミニンα2 鎖・α4 鎖・α5 鎖の細胞接着部位の同定と活性ペプチドの環状化により細胞接着に及ぼす効果の解析を目的として行われた研究である。 第 1章では、ラミニンα2鎖N末端領域（short arm領域およびコイルドコイルドメイン）に着目し、218種類の合成ペプチドと 3種類の組換えタンパク質を用いて行い、11種類の細胞接着配列を同定した。特に LN モジュールに存在する A2-8（YHYVTITLDLQQ）配列がインテグリンα2β1 に結合する活性配列であることを明らかにし、その配列中の 6 番目の Ile 残基、8 番目のLeu残基、9番目の Asp残基が重要であることを Ala置換ペプチドや Ala置換組換えタンパクを用いて確認した。 第 2 章では、ラミニンα4 鎖とα5 鎖 G ドメインに着目し、211 種類の合成ペプチドを用いて13種類のインテグリン結合ペプチドを同定した。中でもラミニンα5鎖 LG4モジュールに位置する A5G81（AGQWHRVSVRWG）と A5G84（TWSQKALHHRVP）はインテグリンα3β1・α6β1に結合することを明らかにした。 第 3 章では、インテグリンを介した細胞接着におけるペプチド（リガンド）の環状化効果を解析するため、細胞接着ペプチドが数多く発見されているラミニンα鎖 LG モジュール（LG1～LG5）の E-Fループ領域に着目した。特に、E-Fループ領域由来の 3種類のインテグリンα2β1結合ペプチドに焦点を当て、それらの最小活性配列を同定した後、環状ペプチドを合成して細胞接着活性を評価した結果、環状ペプチドは直鎖状ペプチドに比べ、細胞接着活性が大きく向上することを明らかにした。 以上、本申請論文では、ラミニンα2 鎖、α4 鎖、α5 鎖から複数の細胞接着部位を同定し、インテグリンα2β1 やα3β1・α6β1 の結合部位を明らかにした。さらに、タンパク質中での構造を模倣して環状化することにより活性が増大することを見出した。これらの知見はラミニンα鎖の機能や受容体との相互作用の解明に役立つだけでなく、再生医療を目的とした組織工学などの分野に役立つことが期待される。  以上、本申請論文は全体的にまとまっており新規性・応用性もあり、博士（薬学）の申請論文として価値あるものと判断できる。 

ラミニンα鎖の細胞接着部位の同定とペプチドの環状化が細胞接着に及ぼす効果の解析

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