立教大学学術リポジトリ

月本 昭男

粘土板に刻まれた文学――『ギルガメシュ叙事詩』の場合

久保田 浩

   ｜   269あとがき本書は、2010、11 年度に立教大学文学部人文研究センターにおいて実施された共同研究プロジェクト「「異文化間」の誕生と成立に関する理論的及び事例的研究」の研究成果の一部である。立教大学文学部人文研究センターは、専門領域横断的な研究の推進を掲げ、従来数々の共同研究プロジェクトを企画、実施してきたが、本共同研究プロジェクトは、こうしたインターディシプリナリティへの視点を継承しつつ、更にトランスディシプリナリな問題設定と分析スタンスの可能性を問おうとしたものであった。当初の研究目的には次のように記してある。本研究においてはまず、特定の時代・地域における「諸文化」の接触に起因する、個別「文化」に収斂され得ぬ新たな現象の成立の現場に立つことを旨としたい。換言すれば諸「異文化」間の境界を越境することによってのみ成立する新たな現象の成立の現場に着目し、その諸相を解明したい。そのために、……研究分担者各自のディシプリン及び研究領域を意図的に越境し、トランス・ディシプリナリな人文学研究を構築していく。このように本共同研究は当初より、対象とする現象に見られる「異文化間」性への眼差しと共に、それを眼差す研究の「異文化間」性、トランスディシプリナリティへの視線によって貫かれていた。そのささやかな成果の一部をここに本書として上梓する運びとなったが、それが研究プロジェクトの当初の目的に相応しいものとなっているか否か、たいへん心もとな270   ｜いものがある。読者諸氏のご判断とご批判にお委ねする次第である。本共同研究プロジェクトの実施並びに遂行に当たり、並々ならぬご尽力を賜った方々に対し、この場を借りて深謝の念を述べさせていただきたい。まず、本共同研究発足に際し、その基本的な構想の枠組みを与えて下さったのは、当時の人文研究センター長千石英世氏である。氏の構想とセンター長としてのご支援とご尽力なくしては、本書がこうした形で日の目を見ることがなかっただけでなく、そもそも本研究プロジェクト自体の成立もあり得なかった。本研究プロジェクト発足後、各研究分担者によって具体的に研究が進捗していく過程では、千石氏を継いでセンター長としてご活躍された林みどり氏、並びに丸山浩明氏のお二人には、研究プロジェクト遂行上の様々な局面において多大のご示唆とご協力を賜った。殊に研究成果の公表の方法については、お二人は様々な局面で労を厭わずご献身くださった。また、本共同研究の遂行並びに本書の刊行にあたって、立教大学学部事務一課の菅原春美氏は、わたくしどもの無理難題にも拘わらず、煩瑣な事務的作業の労をお取りくださった。そして、本書がこうした形で上梓されるに至ったのは、リトンの大石昌孝氏の並々ならぬご手腕と氏の大いなる忍耐力のお蔭である。ここに改めて、諸氏のご尽力とご協力、並びにご献身に対し、心より深謝申し上げる次第である。本書にご執筆くださった方々には、本書の刊行が遅延に遅延を重ねてしまったことを、この場を借りて深くお詫び申し上げたい。共同研究プロジェクトの代表者として、そして本書の編集責任者として、自らの至らなさを恥じ入るばかりである。本書がトランスディシプリナリな学問研究に多少なりとも寄与するものとなることを祈りつつ。　　　　　　　　　共同研究プロジェクトを代表して　　　久保田　浩

あとがき

野田 研一

ノダ ケンイチ

Kenichi Noda

42 Rikkyo ESD Journal No.7 (March 2023)　マサチューセッツ州ニューベドフォードにある「捕鯨博物館」（Whaling Museum）に一枚の絵が展示されている。題して「ゴズノルド、カティハンクに到着、1602年」（図版１）。アルバート・ビアスタットという画家による1858年の作品である。「ゴズノルド」とは歴史上名高いイギリスの探検家バーソロミュー・ゴズノルド（1571-1607）。彼が率いる一行が大西洋を渡って現在のニューイングランド地域にある島嶼、カティハンク島に到着・上陸した1602年。その事蹟を描いたものである。図版１　アメリカ大陸へのイギリスからの初期植民者のニューイングランド地域への到達という歴史的場面である。画面左奧の海浜に人間の集団がいる。右側の集団（先住民）が左側の集団（イギリス人）と対面する図である（部分拡大：図版２）。図版２　さて、この絵にはさまざまな特徴があるのだが、最大の特徴は風景を海側からではなく、大陸側から描いていることだ。これはヨーロッパ人側から描いていないという意味になる。もう一つは、この歴史に基づく人間のドラマそのものを小さく描き、前景に〈自然〉を重点的に配置していることである。この絵の制作年は1858年。上陸から約250年の歳月が流れており、それだけの時間の経過が《アメリカ》と《アメリカ人》を形づくったことを物語る。それが《アメリカ》側からのまなざしを成立させた、この風景の構図に結びついている。　前景には鹿（左）と水鳥の一群（右）が描かれている。左前景にいる４頭の鹿のうち、１頭、角の長い雄鹿が目を惹く。この鹿は離れた海岸で行われている人間界の異文化遭遇のドラマに目を向けているようにも見える。（この絵の視点を代理するという説もある。）対して、右側前景の水鳥の集団には飛び立とうとする動きが見える。これも深読みすれば、遠景のドラマに呼応する緊張感の表現であろう。ヨーロッパ人たちを大陸に迎え入れたのは先住民だけではない。アメリカ大陸の〈自然〉もまた大西洋の向こうからの植民者たちに何らかの反応をしているとみえる。　問題はアメリカ大陸側の視点を代理するこの雄鹿である（部分拡大：図版３）。じつは、30年ほど前にこの「捕鯨博物館」を訪れたとき、館内ガイドと覚しい初老の男性が近づいてきて、こう言った─「この絵の鹿はニセモノです」と。その後、じつはすっかり忘れていたのだが、15年ほど経ったある日、おそらくこの画家の画集を眺めていたとき、不意に彼の言葉を思い出した。そこでこの鹿について調査を開始した。するとまず３つの事実が明らかになった。①当時この絵について書かれた新聞評論で、「ニューイングランドにしてはトロピカルな印象がある」という指摘がある。評者が描かれた自然に何らかの違和感を抱いたらしい痕跡である。②画家自身がほかにいくつか描いた習作には鹿は描かれていない。③描かれている鹿について詳しく論じた研究文献はない。　以降、「鹿はニセモノ」説の調査を本格化した。2004年ごろのことである。題して “Deer Hunt”。この絵を所蔵する「捕鯨博物館」およびスミソニアンなどアメリカ風景画図版３19世紀アメリカを代表する風景画家アルバート・ビアスタットが1858年に描いた１枚の絵、「ゴズノルド、カティハンクに到着、1602年」。この絵には、これまで誰も指摘してこなかったある謎がある。この絵には鹿が描かれているのだが、当時（つまり16－17世紀）、この種の鹿はその地域（ニューイングランド）に棲息しているはずがなかった可能性があるのだ。もしそうだとすると、画家は何を間違えたのか？あるいはなぜ間違えたのであろうか？筆者は長年にわたり、少しずつその謎を解こうと調査を試みてきた。ヨーロッパから新大陸にやってきた移民たちは、目の前にいる未知の動植物をどのように描きだしたのか。否、なぜしっかり観察することができなかったのか。この絵の検証を通じて、異文化遭遇と自然観察をめぐるアメリカ的問題を考えてみる。野田研一Landscape から Land へ─「鹿はニセモノ」説をめぐって─エッセイ43Rikkyo ESD Journal No.7 (March 2023)の専門家のいそうな研究機関に問い合わせをする一方、アメリカ風景画に造詣の深い地元出身の文学研究者、およびカナダの動物学者に相談に応じてもらった。アメリカの歴史に深く根差す絵画だけに、いずれもこの絵については知悉しておられたのだが、「鹿はニセモノ」説については初耳だとの回答であった。ただ、文学研究者からは「鹿の角の形状が気になる」とのコメントがあった。　また、「捕鯨博物館」からも貴重な情報が届いた。わざわざ地元のハンターに問い合わせてくれ、「この鹿はこの地域のものではない」という返事をえたという。現在、この地域に棲息している鹿はWhite-tailed Deer（Odocoileus virginianus）で、この絵の鹿とは異なるというのだ。ほぼ同じ頃、カナダの動物学者からも「描かれている鹿は北米に棲息する種類ではない。少なくとも植民地時代以前にはいなかったはずだ」との情報が届いた。さらに、角の形状に触れて、「絵の鹿は角が後ろに向かって伸びている。これはユーラシア大陸の鹿の特徴（日本の鹿も同種）であって、アメリカ大陸の北東部にはいなかったはずだ」と。　では画家が描いた鹿は何だったのか？動物学者氏によれば、中央ヨーロッパ一帯に広く見られるRed Deerではないか。「画家はドイツ出身なのでよく知っていたはず」。Red Deerは北米大陸にも棲息するが、基本的には極西部が中心。当時の東部ニューイングランドにはいなかったはずだとの見解であった。図版４の比較を参照されたい。右側のWhite-tailed Deerが現在、地元に棲息する鹿で、角の主たる部分が前方に倒れている。これに対して、左側のRed Deerの角は主幹が後方に向かって反っている。　こうして、「鹿はニセモノ」説は徐々に有力になってきた。傍証的な材料は揃ってきたので、次なる問いに進むことになる。なぜビアスタットという高名な画家が、その地にいない動物を描きこんだのかという問いである。（次号へ続く）注記１ ．本稿は、日本アメリカ文学会東京支部例会シンポジウム　「環境をアダプトする：エコクリティシズムと視覚芸術」　（2018年12月８日、慶應義塾大学）における研究発表に基づくものである。２ ．図版４の出典：Monika Zagrobelna, “How to Draw Animals: Deer-Species and Anatomy,” （Dec.25, 2013）（URL: https://design.tutsplus.com/articles/how-to-draw-animals-deer-species-and-anatomy--vector-21372）野田研一（のだ・けんいち）立教大学名誉教授、立教大学ESD研究所運営委員、広東外語外貿大学（中国）客座教授。専門：アメリカ文学/文化、環境文学。主な業績：“The Log ic o f the Glance : Non-Perspect iva l L i te ra ry Landscape in Wildfires by Ooka Shohei,” Embodied Memor ies , Embedded Heal ing : New Ecolog ica l Perspectives from East Asia, Lexington Books, 2021.「石牟礼道子の銀河系─「直線の覇権」（インゴルド）に抗して」、『たぐい』Vol.4、亜紀書房、2021.「脱人間中心主義の文学─石牟礼道子の《魂の秘境》」、ハルオ・シラネ編『東アジアの自然観─東アジアの環境と風俗』、文学通信、2021.「ネイチャーライティング─自然体験の文学」「絵画─アメリカ風景論の出発点」、竹内理矢、山本洋平編『深まりゆくアメリカ文学─源流と展開』、ミネルヴァ書房、2021.「解説　アメリカ人自身によるアメリカの発見─See America Firstとは何か」、Athena Press, 2020. 野田研一・赤坂憲雄編『フィールド科学の入口　文学の環境を探る』、玉川大学出版部、2020.図版 4  こうして、「鹿はニセモノ」説は徐々に有力になってきた。傍証的な材料は揃ってきた で、次なる問いに進むことに 。なぜビアスタットという高名な画家が、その地にいな 動物 描き んだのかという問いである。（次号へ続く）  注記 1. 本稿は、日本アメリカ文学会東京支部例会シンポジウム 「環境をアダプトする：エコクリティシズムと視覚芸術」 （2018 年 12 月 8 日、慶應義塾大学）における研究発表に基づくものである。 2. 図版 4 の出典：Monika Zagrobelna, “How to Draw Animals: Deer-Species and Anatomy,” (Dec.25, 2013)（URL: https://design.tutsplus.com/articles/how-to-draw-animals-deer-species-and-anatomy--vector-21372）  野田研一（のだ・けんいち）立教大学名誉教授、立教大学ESD 研究所運営委員、広東外語外貿大学（中国）客座教授。専門：アメリカ文学/文化、環境文学。主な業績： “The Logic of the Glance: Non-Perspectival Literary Landscape in Wildfires by Ooka Shohei,” Embodied Memories, Embedded Healing: New Ecological Perspectives from East Asia, Lexington Books, 2021.「石牟礼道子の銀河系—「直線の覇権」（インゴルド）に抗して」、『たぐい』Vol.4、亜紀書房、2021.「脱人間中心主義の文学—石牟礼道子の《魂の秘境》」、ハルオ・シラネ編『東アジアの自然観—東アジアの環境と風俗』、文学通信、2021.「ネイチャーライティング—自然体験の文学」「絵画—アメリカ風景論の出発点」、竹内理矢、山本洋平編『深まりゆくアメリカ文学—源流と展開』、ミネルヴァ書房、2021.「解説 アメリカ人自身によるアメリカの発見—See America First とは何か」、Athena Press, 2020. 野田研一・赤坂憲雄編『フィールド科学の入口 文学の環境を探る』、玉川大学出版部、2020. 図版４

LandscapeからLandへ : 「鹿はニセモノ」説をめぐって

映像身体学専攻修士論文、及び修了制作・副論文題目1012021年度 映像身体学専攻修士論文、及び修了制作・副論文題目長谷部　利器 演劇と時間 ―アーサー・ミラー作品の物語論的分析石田　智哉 映像制作がもたらす障害者の身体変容 ― “否定→克服” から “肯定→創造” へYu Yuanyuan 修了制作：『ダブル・ライフ』 制作論文：修了作品『ダブル・ライフ』の成り立ち我妻　直弥 修了制作：『田圃』 制作論文：『田圃』における〈タブロー〉と身振り

2021年度映像身体学専攻修士論文、及び修了制作・副論文題目

張 啟豐

伝統的な戯曲から現代戯曲へ：舞台装置／ステージデザインの変化と共存

 プログラム 社会・コミュニティを変える力とは？―21世紀の日本をけん引する立教型グローバル人材育成を日本語教育の視点から考える―開会の辞　石川　　巧 氏（日本語教育センター副センター長、文学部教授）趣旨説明　丸山　千歌 氏（異文化コミュニケーション学部教授、前日本語教育センター長）「立教大学が目指す国際化―『新しい』グローバル・リーダーの育成」松井　秀征 氏（国際化推進機構長、法学部教授）「パネルディスカッション海外へ行かないとグローバル人材になれないのか？―キャンパス内での経験を見直してみよう！」中村　拓海 氏（株式会社 Sociarise 代表）益本　佳奈 氏（本学卒業生、Fundacja SAKURA（さくら日本語学校 教師））中内　美沙 氏（立教大学社会学部現代文化学科 4 年）小西　佐和子 氏（立教大学異文化コミュニケーション学部 3 年）「キャンパスを“協創”の場に！―日本語教育センターは大学の国際化のために何ができるのか」池田　伸子 氏（日本語教育センター長、異文化コミュニケーション学部教授）全体討議コメンテーター & パネルコーディネーター：中村　拓海 氏（株式会社 Sociarise 代表）司会者 ： 鹿目　葉子 氏（日本語教育センター教育講師、日本語教育センター員）コーディネーター：丸山　千歌 氏（異文化コミュニケーション学部教授、前日本語教育センター長）総　　括　厳　成男 氏（国際化推進機構副機構長、経済学部教授）閉会の辞　杜　国慶 氏（国際センター副センター長、観光学部教授）司 会　鹿目　葉子 氏（日本語教育センター教育講師、日本語教育センター員）日　時：2022 年 7 月 9 日（土）　13：30 ～ 17：00場　所： ハイブリッド開催 池袋キャンパス・マキムホール（15 号館）M302 教室 オンライン（Zoom)主　催：立教大学 日本語教育センター

プログラム (社会・コミュニティを変える力とは？ : 21世紀の日本をけん引する立教型グローバル人材育成を日本語教育の視点から考える)

      東アジアにおける 舞台性大衆娯楽のグローカル化を巡って  東亞大眾藝術型態的全球在地化新思維  論 文 集        細井尚子 編著          Rikkyo University Centre for Asian Area	 Studies Tokyo, 2023                                        表紙写真： 客家戯「丹鳳山」の崔玉蓮に扮する勝春園の黃秀滿（黃秀滿氏提供） 表紙デザイン：武田佳子（立教大学アジア地域研究所）  

標題紙

大山 載吉

オオヤマ ノリヨシ

Noriyoshi Ohyama

真偽と無縁の時間 : ドゥルーズ『シネマ』における『去年マリエンバートで』

渡名喜 庸哲

三宅 萌

トナキ ヨウテツ

ミヤケ モエ

Yotetsu Tonaki

Moe Miyake

スリジー=ラ=サル・シンポジウム報告 レヴィナスとメルロ=ポンティ : 身体と世界

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粘土板に刻まれた文学――『ギルガメシュ叙事詩』の場合

あとがき

LandscapeからLandへ : 「鹿はニセモノ」説をめぐって

2021年度映像身体学専攻修士論文、及び修了制作・副論文題目

伝統的な戯曲から現代戯曲へ：舞台装置／ステージデザインの変化と共存

プログラム (社会・コミュニティを変える力とは？ : 21世紀の日本をけん引する立教型グローバル人材育成を日本語教育の視点から考える)

標題紙

真偽と無縁の時間 : ドゥルーズ『シネマ』における『去年マリエンバートで』

スリジー=ラ=サル・シンポジウム報告レヴィナスとメルロ=ポンティ : 身体と世界

映画観客の視点 : 非－没入の空間としての応援上映

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