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プラトン ギサク テアゲス ケンキュウ
学習院大学Gakushuin University博士(哲学)Doctor of Philosophy in Philosophy本論文は、プラトン(偽作)『テアゲス』を古代での受容や真偽問題および、対話篇そのものの内容吟味も含めて、包括的に読み解くことを目的とする。古代において、『テアゲス』はプラトンの真作だと一致して認められていた。少なくとも、『テアゲス』の偽作性を糾弾する古代のテクストは存在しない。それにもかかわらず、19世紀ドイツの古典文献学者たちによる極めて厳密な真偽判定の結果、『テアゲス』を含む、多くの作品が偽作の烙印を押された。現在はこうした状況からの揺り戻しが起こり、ほとんどの対話篇が復権されたものの、取りこぼされた対話篇も存在する。そして取りこぼされた対話篇は、偽作のレッテルの下、研究対象とはみなされてこなかった。この傾向は、特に日本で顕著である。こうした状況に一石を投じることも、本論文が目的とすることの一つである。
本論文は二つの部分から構成される。第1部「真偽問題とテクストの受容」では、『テアゲス』を対象とした真偽問題および、『テアゲス』のテクストの受容を取り上げ、真偽問題に関する従来の主張の妥当性を再検討する。第2部「『テアゲス』の統一的解釈」では、『テアゲス』の内容を登場人物や場面設定から吟味し、『テアゲス』の著者が―それがプラトンであるか否かを問わず―どのような意図を持って『テアゲス』を執筆したのかを明らかにする。
第1部は、第1章と第2章から構成される。第1章「Platonicをめぐる言論―近現代における『テアゲス』真偽論争―」では、『テアゲス』の真偽問題を詳細に取り上げた。先にも述べたように、『テアゲス』が偽作と認定されるようになった原因の多くは、19世紀ドイツの古典文献学の研究にある。しかしなぜ、当時の研究者たちは『テアゲス』を偽作とみなしたのか。本章では『テアゲス』の真偽問題に関する論述を、その発端である19世紀ドイツの古典文献学にまで遡り、再検討した。具体的にはフリードリヒ・シュライアマハーとフリードリヒ・シュレーゲルによる「プラトン著作集」のドイツ語翻訳プロジェクトにまで遡り、真偽論争はその発生当時から、解釈者同士のプラトン観をめぐる争いであったことを明らかにした。その上で、現代において『テアゲス』を偽作とする主張もまた、そのような主張の前にあるプラトン観に基づいたものであることを指摘した。『テアゲス』を偽作と断定するための客観的証拠はないのである。また他方、少ないながらも、『テアゲス』を真作と主張する研究者も存在する。本章では、それらの研究者の判断に一定の説得力があることを認めるが、やはりそれらの判断も、客観的証拠に基づいたものではないことを指摘した。以上のように、真偽の判定に関連した多様なプラトン観および、プラトン対話篇の読み方が提案されていることに鑑みて、本章では『テアゲス』の真偽判定を積極的に保留するべきだと論じた。
第2章「古代における『テアゲス』の受容―プルタルコスのダイモニオン解釈をめぐって―」では、中期プラトン主義者に分類されるプルタルコスに注目し、古代における『テアゲス』受容の一端を探った。具体的には、残存しているプルタルコスの著作『ソクラテスのダイモニオンについて』におけるプルタルコスの主張を検討することで、すでに散逸してしまった彼の著作『プラトンの『テアゲス』擁護のために』の内容を推測した。本章の議論により、古代に『テアゲス』を偽作とするテクストが存在しなくとも、『テアゲス』は偽作である可能性が高いとみなしている、現代の研究者の見解が批判される。
第2部は、第3章から第7章で構成される。第3章「『テアゲス』の構造と著者の意図」では、『テアゲス』で展開される対話とその構造、および、主要な登場人物に注目することで、『テアゲス』の著者がどのような意図を持って『テアゲス』を執筆したのかを明らかにした。その結果、本論文の骨子となる二つの主張を導出した。一つは、「『テアゲス』の著者はソクラテスを哲学者として描いている」というものであり、もう一つは、「『テアゲス』の著者は、テアゲスが哲学へと導かれる様子を描いている」というものである。『テアゲス』に以上のような主張と構造を読み込むことで、『テアゲス』の著者は『テアゲス』を、「プラトン哲学入門」として描こうとしているのだと論じた。 第4章と第5章の考察は、第3章の結論を補強するものとなっている。第4章「登場人物と場面設定の意味―『テアゲス』と『カルミデス』の比較―」では、『テアゲス』と『カルミデス』の両作品に登場しているカルミデスの描かれ方に注目することで、『テアゲス』にカルミデスが登場している意味を探った。その結果、カルミデスは哲学へと適切に導かれなかった人物として描かれており、このことが逆説的に、テアゲスが哲学へと成功裏に導かれたことを示しているだと主張した。つまり『テアゲス』に登場するカルミデスは、テアゲスという人物の特性を引き立たせるための装置なのである。そしてこの結論から、『テアゲス』の著者は、『テアゲス』という作品が持つプラトン哲学入門としての機能を高めようとしていると論じた。
第5章「人間の限界とダイモニオン―『テアゲス』(128D1–129D8)の解釈―」では、『テアゲス』で描かれているダイモニオンの逸話に焦点を当て、この箇所でのダイモニオンの役割を論じた。従来、当該箇所でのダイモニオンは、プラトンのその他の対話篇からの逸脱とみなされていた。しかし本章では、こうした従来の見解を批判する。そして、『テアゲス』で描かれているダイモニオンは、その他のプラトン対話篇と整合的に解釈可能であると主張した。特に、ティマルコスが死刑になった理由の説明に際して言及されるダイモニオンは、その超越的能力の不安定性が強調されているのではなく、ソクラテスが持つ人間としての限界を超えさせないことを意図したものであると解釈した。この解釈により、『テアゲス』で描かれているソクラテスは、プラトンが描いたのと同じ、哲学者としてのソクラテスであると明らかにした。
第6章「哲学することと神的存在―アリステイデスの逸話とθεία μοῖραの意味―」では、『テアゲス』解釈における最大の争点の一つである、アリステイデスの逸話の意味を考察した。
従来、当該箇所は『テアゲス』の著者が『テアイテトス』および『饗宴』を曲解した場面であるとして、顕著に非プラトン的とみなされてきた。しかし本章では、それらの従来の解釈を退け、アリステイデスの逸話を新たに解釈することを試みた。本章で注目したのは、ソクラテスがダイモニオンの説明を導入する際に用いた「神の定め」(θεία μοῖρα)という語である。θεία μοῖραという語はその他のプラトン対話篇でも使用されている。この語の意味の一つには、「人間のコントロールを超えたもの」というものがある。ここでの「人間のコントロールを超えたもの」に、哲学ならびにその実践が含まれるというのが、本章の解釈である。その上で、『テアゲス』の著者は、ダイモニオンがソクラテス以外の他者にも現れうることおよび、ソクラテスから他者へとダイモニオンが伝播していく可能性を描くための原理として、θεία μοῖραという語を用いたのだと論じた。その結果、アリステイデスの逸話は、こうしたθεία μοῖραの作用に与れなかった人物による、失敗談としての意味を持っているのだと結論付けた。
第7章「哲学の勧めと神的存在―『エウテュデモス』におけるダイモニオンの出現について―」では、『テアゲス』そのものの解釈からは離れ、『エウテュデモス』に現れるダイモニオンの解釈を行った。『エウテュデモス』には『テアゲス』同様に、その他のプラトン対話篇からは逸脱していると思しきダイモニオンの描写が存在する。それゆえに、『エウテュデモス』でのダイモニオンに積極的な解釈がなされることは少なく、その重要性は割り引かれてきた。本章では『エウテュデモス』におけるダイモニオンもまた、『テアゲス』を含んだその他のプラトン対話篇と同様に、ソクラテスの行為の正不正に関わっていると解釈した。さらに、この解釈を前章までの『テアゲス』解釈と結びつけることにより、ソクラテス以外の人間にも、ソクラテスと同様に、ダイモニオンと共に哲学する可能性が開かれているのだと結論付けた。
以上のように本論文は、『テアゲス』に真偽判定を下すことを積極的に保留することで、真偽問題という既存の枠組みそのものを批判しつつ、『テアゲス』の内在的解釈によって、『テアゲス』の著者が『テアゲス』をプラトン哲学入門として描いていることを明らかにした。application/pd
ダツ ブッシツ シュギ セツ ノ サイケントウ ユウケイザイ ノ シェアリング エコノミー ニ チャクモク シテ
学習院大学Gakushuin University博士(経営学)Doctor of Philosophy in Management本博士論文は,シェアリング・エコノミーの普及を背景とする脱・物質主義説を批判的に検討することを目的としている。近年,有形財のシェアリング・エコノミーの拡大に伴い,世俗的な実利を重視する物質主義傾向が低下し,より倫理的で成熟した社会への転換が進んでいるという主張がある。しかし,この考えには議論の余地がある。本博士論文では,物質主義とシェアリング・エコノミーの関係に脱・物質主義的な面と物質主義的な面の二つの側面があることに注目し,物質主義傾向が強い消費者を,有形財のシェアリング・サービスに対してポジティブとネガティブの相反する評価や態度を持つ「両価的な」消費者として捉える仮説を立て検証した。
本博士論文では三つの定量調査を行った。第一に,物質主義的な傾向が「所有欲」と「探索的製品獲得」の傾向を通じて,有形財のシェアリング・サービスの利用意図にプラスとマイナスの相関関係を持つという仮説モデルを検証した。第二に,物質主義傾向とシェアリング・サービスに対する両価的態度との関係を分析した。第三に,物質主義傾向と,サービス利用後の「不本意さ」他者への「推奨意図」との関係,さらに「恥をかくリスク」の影響を検証した。
研究の結果,物質主義傾向が強い消費者は所有できないことに不満を感じる一方で,様々な製品を試せることに魅力を感じるといった複雑な心理状態にあることが明らかになった。また物質主義傾向が強い消費者は,サービス利用に対して不本意な気持ちが強く,他人への推奨意図が低いことも明らかになった。さらに,サービスの利用を他者に知られて恥をかくかもしれないというリスクが,物質主義傾向と不本意さや推奨意図の低下と関連していることを確認した。
研究結果は,シェアリング・エコノミーの普及が必ずしも脱・物質主義を象徴するのではなく,むしろ物質主義的な面も含んでいることを示唆している。本博士論文は,物質主義と有形財のシェアリング・エコノミーの関係に関する先行研究の主張を統合し,脱・物質主義説に関する議論の精緻化に貢献している。
今後は,物質主義傾向が強い消費者がシェアリング・サービスに感じるリスクや不本意さを軽減し,サービス利用を通じて物質主義傾向を低下させるための施策が重要となる。その具体的な施策の開発と施策の効果検証が今後の課題としてあげられる。application/pd
Biological study on tau pathology in the entorhinal cortex toward Alzheimer's disease prevention
学習院大学Gakushuin University博士(理学)Doctor of Science患者のquality of lifeを著しく低下させる認知症の患者数は、超高齢化社会の訪れとともに増加の一途を辿り、これは喫緊の社会課題の1つである。認知症患者のおよそ7割を占めるアルツハイマー病患者の脳内では、過剰にリン酸化されたタウタンパク質の凝集体が存在することが知られている。タウ病理は、嗅内野と呼ばれる脳領域で最初期に出現した後、Braakステージと呼ばれる典型的な様式に従い進行し、その進行は認知機能の低下とよく相関する。そのため、初期段階でのタウ病理進行の抑制が認知症発症を抑制すると考えられる。しかし、最初期の嗅内野のタウ病理で特徴づけられる“嗅内野ステージ”では、①明確な認知機能低下を示さないため、患者のスクリーニングができず、②それゆえ有効な治療法も確立されていないという問題がある。本研究では、これらの問題を解決するため、マウスモデルを用いて、嗅内野のタウ病理存在下における行動学的異常および機能的な脳ネットワーク異常を探索し、アルツハイマー病の超早期病態への新規介入戦略の可能性を示すことを目的とした。
第二章では、嗅内野のタウ病理を反映する行動学的変化を探索するため、嗅内野に特異的に存在するグリッド細胞が、経路統合という空間ナビゲーション機能に寄与することに着目した。経路統合能とは、出発点と現在地点間の相対位置を認識する能力である。マウスモデルで経路統合能を測定するタスクとしてL字迷路試験を検討し、化学遺伝学的な嗅内野の神経活動の抑制によりそのスコアが低下したことから、本試験の嗅内野依存性が確認された。さらに、嗅内野に顕著なリン酸化タウの蓄積を示す6ヶ月齢のPS19マウスモデルにおいて、野生型よりもL字迷路試験のスコアが低下したことから、嗅内野へのリン酸化タウの蓄積と経路統合障害の関連が示された。以上の結果は、タウ病理による嗅内野の機能低下を反映するバイオマーカーとして、経路統合能測定が有用であることを支持する。
さらに、第三章では、嗅内野のタウ病理によって引き起こされる脳ネットワーク変化を明らかにするため、空間探索タスクにおける嗅内野を含むナビゲーション関連ネットワークの変化を探索した。脳ネットワークは、多数の脳領域クラスターによる協調活動や、それらのバランスにより機能的に調節されている。そこで、神経活動を反映する分子マーカー(c-Fosタンパク質)を用いて、嗅内野のリン酸化タウ蓄積を示す6ヶ月齢のPS19マウスと、その対照群である野生型マウスにおける機能的ネットワークを解析した。野生型マウスでは、空間探索により、ナビゲーション関連領域におけるc-Fos陽性細胞数の有意な増加と、機能的結合性強度の有意な増加が観察された。また、タスク下の機能的ネットワークに対するグラフ理論解析および因子分析において、c-Fos発現パターンでクラスタリングされた3つの脳のモジュール構造が同定された。1つ目は、前頭-体性感覚運動皮質および海馬前部から構成され、空間探索における環境馴化と関連した。2つ目は脳梁膨大後部-感覚情報処理皮質および傍海馬領域、視床前部から構成された。3つ目は、報酬系や扁桃体、海馬後部を含む辺縁系で構成され、空間探索における情動指標と関連した。
一方で、PS19での変化は病理の中核であった嗅内野に留まらず、タスク時のc-Fos陽性細胞数は脳全体で野生型の70%程度に低下した。また、タスク時の機能的結合性強度は、嗅内野を含む傍海馬領域に加え、脳梁膨大後部皮質, 新皮質, 皮質下領域で野生型に対して有意に減少し、ホームケージ下では脳梁膨大後部皮質の結合性強度が野生型よりも有意に増加していた。脳梁膨大後部皮質は嗅内野からの情報を新皮質・皮質下領域に接続するハブ領域であることから、タウ病理下での嗅内野の機能低下は、このような脳梁膨大後部皮質での異常な結合性変化を引き起こし、さらに脳全体の結合性強度に影響したと考えられる。
さらに、タスク下のPS19では、野生型で観察された認知機能と関連するモジュール構造が消失しており、in silicoでの脳梁膨大後部皮質を含む頭頂-後頭部の正常化で、部分的にその構造が回復した。そのため、頭頂-後頭部のネットワークの正常化は認知症予防に効果を示す可能性がある。一方、動機付けに関連する領域は、PS19における行動変化との関連が示され、脳に本来備わる機能的な代償機構の存在が示唆された。application/pd
モノガタリロン カラ サイコウ スル パラアスリート ノ ヒョウショウ タシャカ カラ リンジンカ エ
学習院大学Gakushuin University博士(表象文化学)Doctor of Philosophy in Cultural Studies on Corporeal and Visual Representation本研究は,パラアスリートを題材とした表象に着目するものである.パラアスリートの表象は,彼らの障害のある身体を如何に描くか(描けるか)という課題を抱え続けており,たとえ世に発信されたとしても,削除や変更を余儀なくされることが珍しくない.こうした状況は,それぞれの作品を体系的に評価したり,位置づけたりすることを困難にしている.と同時に,視点を定めた議論を十分に積み重ねることができていないという学術的な課題にも繋がっている.以上の問題関心のもと,本研究では,パラアスリートの表象を体系立てて評価するための参照軸を打ち立て,その参照軸にもとづいた分析をとおして,パラアスリートをめぐる表象全体の様相を明らかにすることを目的とする.この目的を遂行するために,本研究は五つの章と一つの補論から構成される.
第一章では,障害表象の歴史的変遷を検討することで,パラアスリートの表象に関してどのような観点のもと議論することが可能なのかを見出していった.一般大衆に対しても障害表象が直接に受容されていたという点から,見世物文化まで遡り,次いで慈善的な障害表象,そしてパラアスリートの表象という流れで変遷を辿ることにした.見世物文化については,日本の見世物小屋と西洋のフリーク・ショーにおける当時の興行記録を中心に参照した.慈善的な障害表象については,「ポスター・チルドレン」と呼ばれる障害児の表象や今日のチャリティ番組を代表する『24時間テレビ』などの事例をもとに検討をおこなった.パラアスリートの表象に関しては,パラリンピックの報道とその考察をしている先行研究をもとに確認を進めた.こうして変遷を丹念に紐解いていくと,その共通点として「物語」というものが浮かび上がってきた.障害のある身体に対するイメージは,常に物語をとおして形成されてきたのである.
第二章では,障害表象の歴史的変遷を辿るなかで導き出された「物語」という観点を,より精緻にすることで,本研究全体を貫く研究視座を準備した.精確にいえば,パラアスリートの表象を「物語」の観点から考察するための具体的なアプローチを探査していった.このとき,まず押さえておく必要があるのが,そもそも物語とは,どのような表現形式なのかという点である.物語論や文学理論,その応用可能性を説く研究を概観すると,物語には意味の単位に関わる次元と意味同士の結びつきに関わる次元があることが窺えた.そこで本研究では,これら二つの次元にもとづきながら,「物語として表象するとは,どのような過程なのか」を整理していった.また,物語を構造的に読み解く視座が整えられたところで,「物語としてのスポーツ」に関する研究へも視野を広げていった.実際にスポーツにみられる物語を把握するために,どのような手法が採用されているのかを探査するためである.そして多くの研究が,メディア・テクスト分析という手法をもとに,スポーツにみられる物語を解釈していることが示唆された.一定の実証的な成果が認められることも踏まえて,本研究においても有効なアプローチとして採用することにした.
本研究を貫く分析手法が定まったところで,第三章(補論を除く)からは具体的な作品を取り上げて,分析と考察をおこなった.こうした実証的な試みは,それぞれにパラアスリートをめぐる表象の一端を捉えようとしたものである.その意味では,分析によって得られた結果の一つひとつが,パラアスリートをめぐる表象全体の様相を描き出すことに資する示唆を含んでいるといえる.
第三章では,『スポーツ大陸』及び『アスリートの魂』に対する分析をとおして,パラアスリートが表象されるときに典型的に認められる物語のパターンとその特徴に迫った.分析の結果,〔栄光〕→〔障害による絶望〕→〔スポーツによる救済〕→〔努力〕⇄〔挫折〕→〔再起〕というパターンが認められ,本研究では,これを典型的な物語構造と呼んだ.こうした決まりきった意味の流れが,パラアスリートに対して固定的なイメージを与え続けてきたといえる.また,従来の障害観に疑問を投げかけるような描写も一部で認められた.ところが,典型的な物語構造では,変化や抵抗の兆しを内包しつつも,それを埋没させることによってわかり易い筋書きを強固に維持していることが明らかとなった.こうして他の物語へと分岐していく可能性が封殺され,障害の克服を煽る物語ばかりが,再生産され続けてきたのである.
一方で,「物語」という参照軸は,そこから外れる表象の考察も可能にする.こうした意識のもと,第四章ではチャンネル4が制作したSuperhumansシリーズを取り上げ,そのテクストの分析を試みた.分析の結果,「間身体性」にもとづく感覚運動的な共感を生起させる描写と,障害者に対する「まなざし」に関わるような描写が認められた.チャンネル4は,言語的説明にほとんど頼らず,障害のある身体が味わってきた経験を視聴者に追体験させることによって,障害そのものを伝えようとしたのである.と同時にSuperhumansシリーズは,障害のある身体を表現する上で,「物語」は必須ではないことを示した事例と位置づけられる.こうした物語を必要としない表象が現れたことで,パラアスリートが限定的な意味付与やイメージから解放される局面が開かれていったのである.
ただし,物語による意味づけの誘導から離れることは,パラアスリートの存在が単なる記号として消費される可能性も併せもつ.この点については,補論として触れている.具体的には「ダイバーシティ&インクルージョン」の文脈で表象されるパラアスリートに焦点をあて,記号として消費される可能性に迫った.その結果,パラアスリートが共生社会の実現という大義名分のもとで,ダイバーシティ推進に向けた一つの目玉商品ように扱われていることが示唆された.パラアスリートの存在から,それぞれがもつ個別具体的な背景が剥ぎ取られ,アイコンといえるほど単純化していたのである.これは「ステレオタイプ」の一つの形態といえ,容易に「他者化」に繋がる表現といえる.こうして物語からの解放は,記号として消費される局面もまた開いていったのである.
これらの局面がパラアスリートをめぐる表象全体を覆いつつあるなか,とくに彼らの存在が記号として消費され,「他者」として捉えられる現状とどのように付き合っていけばよいのか.この問いに対する一つの応えを見出せたのが,第五章で扱った『WHO I AM』プロジェクトに対する分析である.この作品では,物語構造のなかにいくつかの「空所」を設けることにより,「ステレオタイプ」を拒絶し,パラアスリートに対する「他者化」の発生を退けていることが看取された.そこには「我々」と「他者」を区切るために恣意的・人為的に引かれてきた境界線を,無力化する契機が認められたのである.本研究では,これを「他者化」と対置するものとして,「隣人化」と定義した.
そして結論では,この「隣人化」の契機を有する表象が開いていく可能性について論じた.とくに自己と他者をめぐる関係性の結びなおし,及びそこから生まれる寛容さについて考察を深めていった.その上で,本研究が辿り着いた景色として,自己でもあり他者でもあるという感覚と,それにもとづいた想像力や相互理解によってつくられていく社会を提示した.application/pd
ゼニゴケ チョウタン ブンレツ ソシキ ニオケル MpCLE2 ペプチド シグナル ノ サヨウ キコウ ノ カイセキ
学習院大学Gakushuin University博士(理学)Doctor of Science植物は固着性の体制を持ち、各個体が特定の場所で一生を過ごす。そのため、植物は反復して器官形成をおこない、固着した場所に適応した形態を作り上げる。反復的な器官形成能は、植物体の頂端部分に維持される分裂組織の活動によっている。分裂組織には幹細胞が含まれ、未分化な状態を保持しつつ、新たな器官を形成する細胞を供給している。分裂組織は幹細胞の増殖と器官形成のための細胞の供給とのバランスを制御することで、幹細胞の数 (幹細胞領域サイズ) を維持し、植物体の成長の源となっている。
分裂組織の幹細胞領域サイズはCLE (CLV3/ESR-related) ペプチドホルモンを介した細胞間コミュニケーションによって調節されている。被子植物では、茎頂分裂組織中の幹細胞領域サイズを減らす活性を持つCLV3ペプチドホ ルモンと、幹細胞数を増やす働きを持つWUS (WUSCHEL) 転写因子の負のフィードバックにより、茎頂分裂組織中の幹細胞領域サイズが一定に保たれている (Brand et al., 2000; Schoof et al., 2000)。一方で、コケ植物のゼニゴケでは、MpCLE2ペプチドホルモンが分裂組織中の幹細胞領域サイズを増加させる活性を持ち、被子植物のCLV3とは逆の活性となっている (Hirakawa et al., 2020)。これより、ゼニゴケのMpCLE2と被子植物のCLV3は異なる標的遺伝子の調節によって分裂組織活性を調節することが示唆された。
近年、シロイヌナズナにおいて幹細胞領域サイズを増やす働きを持つAtCLE40ペプチドホルモンが報告された (Schlegel et al., 2021)。AtCLE40シグナル伝達はCLV3とは独立に働くことから、MpCLE2とAtCLE40の幹細胞領域サイズを増やす経路が陸上植物に普遍的であるというモデルが提唱された (Hirakawa, 2022)。植物における普遍的なCLEペプチドの機能やその進化を解明するには、MpCLE2やAtCLE40シグナルの標的遺伝子を解析し、系統間で比較解析することが重要と考えられる。
本研究ではCLEペプチドが頂端分裂組織の幹細胞を増やす分子機構を解明することを目的として、MpCLE2の受容におけるLRR型受容体様キナーゼMpCIKの機能解析、MpCLE2シグナルの標的遺伝子の探索、ならびに発見した標的遺伝子の機能解析をおこなった。
結果と考察
第1章 MpCLE2の受容におけるLRR型受容体様キナーゼMpCIKの機能
シロイヌナズナのCLV3ペプチドはCLV1受容体とCIK共受容体の複合体を介してシグナル伝達を行う (Hu et al., 2018)。ゼニゴケのMpCLE2シグナルでは、CLV1ホモログのMpCLV1が受容体として働くが、CIKホモログの関与は明らかではなかった。当研究では、分子系統解析により同定したCIKホモログ遺伝子をMpCIKと命名して、MpCLE2ペプチドシグナルへの関与を解析した。CRISPR/Cas9により獲得したMpCIKノックアウト株ではMpCLE2ペプチドホルモンの応答性が失われていることを明らかとした。共免疫沈降による相互作用解析から、MpCLV1とMpCIKはわずかに相互作用していることが示唆された。これらの結果より、MpCIKはMpCLE2シグナルに必要不可欠な因子であり、MpCLV1との相互作用を介してMpCLE2ペプチドを受容する働きを持つと考えられる。
第2章 RNA-seqによるMpCLE2シグナル標的因子の探索
MpCLE2シグナルの標的遺伝子を探索するため、野生型、MpCLE2異所発現株、MpCLV1ノックアウト株、MpCIKノックアウト株を比較するトランスクリプトーム解析を実施した。この結果、MpCLE2異所発現株で特異的に発現変動する転写因子を4遺伝子、MpCLV1およびMpCIKノックアウト株で特異的に発現変動する転写因子を1遺伝子発見した。これらの転写因子は全て頂端分裂組織周辺で発現が確認されたため、これら5つの転写因子をMpCLE2シグナル標的遺伝子候補とした。
第3章 MpNAC6/JINGASA転写因子による幹細胞領域の細胞アイデンティティーの調節
MpCLE2標的遺伝子候補の中でも、MpNAC6/MpJINGASA (MpJIN) の発現量はMpCLE2異所発現株で顕著に減少していた。CRISPR/Cas9により獲得したMpJINノックアウト株はMpCLE2ペプチドに対する反応性が高まっていた。また、MpJINノックアウト株の幹細胞領域サイズは増加しており、MpJINはMpCLE2シグナルの下流で幹細胞領域サイズを負に調節することが考えられた。
プロモーターレポーター解析により、MpJINの発現は幹細胞領域の中央付近では検出されず、側方にある細胞群で強まるというパターンが見られた。特に、幹細胞領域の外側で表皮と平行な方向の細胞分裂 (並層分裂) が生じた細胞で蛍光が強かった。MpJINの発現誘導株では、幹細胞領域に異所的な並層分裂が生じた。これらの結果より、MpJINは幹細胞領域の周辺で高発現し、並層分裂を促すことで幹細胞領域サイズを調節していることが示された。
第4章 MpERF14転写因子による杯状体・無性芽形成の制御機構
MpCLE2標的遺伝子候補のMpERF14の発現量はMpCLE2異所発現株でわずかに減少していた。CRISPR/Cas9により獲得したMpERF14ノックアウト株では、クローン個体の無性芽と、無性芽を貯蔵する杯状体が形成されなかった。これより、MpERF14はMpCLE2シグナル下流で杯状体及び無性芽形成を制御する因子であることが示唆された。
MpERF14過剰発現株の表現型解析より、長期的な過剰発現の誘導では小さく未熟な葉状体が形成され、一過的な発現誘導では無性芽様の構造が形成されることが分かった。この無性芽様の構造は野生型の無性芽と同様に、親個体から脱離し、クローン個体として成長することができた。したがって、MpERF14は無性芽の発生に必要十分な因子であり、無性芽への発生運命を決定する役割を持つことが示唆された。
参考文献
Brand, U., Fletcher, J.C., Hobe, M., Meyerowitz, E.M. and Simon, R. (2000). Dependence of stem cell fate in Arabidopsis on a feedback loop regulated by CLV3 activity. Science. 289:617-619.
Hirakawa, Y. (2022). Evolution of meristem zonation by CLE gene duplication in land plants. Nat Plants. 7:735-740.
Hirakawa, Y., Fujimoto, T., Ishida, S., Uchida, N., Sawa, S., Kiyosue, T., Ishizaki, K., Nishihama, R., Kohchi, T. and Bowman, J.L. (2020). Induction of Multichotomous Branching by CLAVATA Peptide in Marchantia polymorpha. Curr Biol. 30:3833-3840. Hu, C., Zhu, Y., Cui, Y., Cheng, K., Liang, W., Wei, Z., Zhu, M., Yin, H., Zeng, L., Xiao, Y., Lv, M., Yi, J., Hou, S., He, K., Li, J. and Gou, X. (2018). A group of receptor kinases are essential for CLAVATA signalling to maintain stem cell homeostasis. Nat Plants. 4:205-211.
Schlegel, J., Denay, G., Wink, R., Pinto, K.G., Stahl, Y., Schmid, J., Blümke, P., Simon, R.G. (2021). Control of Arabidopsis shoot stem cell homeostasis by two antagonistic CLE peptide signalling pathways. Elife. 10:e70934. Schoof, H., Lenhard, M., Haecker, A., Mayer, K.F., Jürgens, G. and Laux, T. (2000). The stem cell population of Arabidopsis shoot meristems in maintained by a regulatory loop between the CLAVATA and WUSCHEL genes. Cell. 100:635-644.application/pd
Correlation between curved trajectory and cell shape on the gliding of Mycoplasma mobile
学習院大学Gakushuin University博士(理学)Doctor of Science多くのバクテリアは運動する能力を持ち、生存するためにより好ましい環境に移動することができる。バクテリアの運動方法には多様性があるが、大きく分けると水中で動く運動と固体表面にくっついた状態で行う運動の2つに分けることができる。前者のうち、特に大腸菌などの運動方法であるべん毛の回転による泳ぐような運動については、良く調べられてきた。一方、後者の固体表面上での運動については、あまり調べられていない。主な固体表面上での運動には、Ⅳ型線毛を用いた方法と毛を利用しない滑走運動の2つが存在する。Ⅳ型線毛による運動方法は、バクテリアが進行方向に向かって線毛を伸ばし、固体表面に接着させ、そのまま伸縮させることで細胞が引っ張られるようにして動く。一方、滑走運動では、バクテリアは毛を使わずに固体表面上にくっつき、くっついたまま滑るように移動する。本研究で使用したMycoplasma mobile(M. mobile)は、後者の毛を使わずに運動を行うバクテリアである。
M. mobileは頭部と胴体部分の間がくびれたひょうたんのような形をした直径約0.8 μmのバクテリアであり、一般的に1.5-4.0 μm/secの速度で滑走運動を行う。M. mobileが属するモリクテス綱というグループに属するバクテリアは、ペプチドグリカン層を持っていないため、べん毛や線毛といった毛を使わず、独自の運動装置を用いて運動を行っている。また、M. mobileは滑走運動時に左右どちらかの方向に旋回する軌跡を示す傾向が見られている。M. mobileの運動装置の構造やしくみについては研究が進んでいるが、細胞がどのようにして旋回運動を行っているかは、まだ明らかになっていない。
本研究では「細胞の形状によって旋回する方向が決定する」と仮説を立て、仮説の検証を行った。仮説の検証を行うためには、細胞の形状を定量化する必要がある。そこで、私たちは、細胞の頭部と胴体部分をそれぞれ別のガウス関数でフィッティングし、細胞の形状を2つのガウス関数の式で再現することに成功した。そして、式から得られたパラメーターをもとに頭部と胴体部分のなす角度を求め、細胞の進行方向の角度と比較し、相関関係を示すことで「細胞の形状によって旋回する方向が決定する」という仮説の証明を試みた。application/pd
ロラン バルト ノ ミチナカバ ノ シガク セイ ト シ ヒヒョウ ト ショウセツ ノ ヒョウリュウ
学習院大学Gakushuin University博士(フランス文学)Doctor of Philosophy in French Language and Literature本研究は、ロラン・バルト(Roland Barthes, 1915–1980)の1960年代後半から1980年までのテクストを通じて、彼が批評から小説へと移行するなかで書く行為にたいする思考がどのように変遷したのかを、「生のエクリチュールとエクリチュールとしての生の二重の問題(la double question de l’écriture de vie et de la vie comme écriture)」を中心に再検討し、その詩学を明確化することを主眼としたものである。
バルトはその執筆活動の初期は文学や演劇、あるいは社会現象などを対象に批評テクストを多く書いたが、晩年になると小説の執筆を志したことでも知られている。そして、この移行の道半ばには「生の記述(biographie)」をめぐる考えがあるように思われる。これは1971年に執筆された『サド、フーリエ、ロヨラ』の「序文」に端を発する考えであり、そこにおいてバルトは〈biographème〉というコンセプトを導入する。バルトは他者の文章を読む時、その細部に共感したり、心を惹かれることがあり、そのテクストの著者の嗜好や趣味、あるいは語へのこだわりに共鳴するこの経験を〈テクストの快楽〉と呼んだ。そして、バルトはこの快楽を喚起する要素を〈生の記述素〉(biographème)と名付けた。バルトは読み手としてテクストから〈生の記述素〉を享受し、そしてその快楽に基づいて、書き手としてもテクストを生産した作家である。いわばバルトは、読む行為と書く行為の2つのパースペクティヴから執筆活動に取り組んだのであり、この交差点に〈生の記述素〉が存在するのである。
本研究は、バルトのエクリチュールの変遷に関する先行研究を踏まえつつ、この作家の批評テクストと晩年の小説のエクリチュールを分かつものを明確化するために、バルトの仕事を便宜上3つの段階に分けて論じた。
第1段階は1960年代後半に焦点を当て、バルトが構築した書くための理論と、そこから生まれた〈生の記述〉および〈生の記述素〉のコンセプトの発展を整理した。分析の補助には同時代の思想家であるミシェル・フーコーや言語学者のエミール・バンヴェニストの中動態の議論を援用し、バルトのエクリチュール概念の特異性を明確化した。
第2段階は、1970年代前半から半ばにかけてであり、バルトのロマネスクの実践が見られる時期を設定した。この時期のテクストには、虚構的な枠組みや、人称代名詞の特異な使用法が見られる。これを〈生の記述素〉との関連において検討し、批評テクストが小説的なテクスト、つまりロマネスクへ移行するその過程を分析した。これにあたって、本研究では近年のバルト研究の傾向に沿って、高等研究実習院でのセミナー記録を補助資料として使用した。
第3段階では、1977年から彼の没年である1980年までの小説という形式に傾倒する時期に着目し、彼がいかにして小説執筆を決意し、実際に構想したのかを、〈死〉および〈喪〉の概念に光を当てて検討した。この年はバルトが小説を執筆すると公言した点において重要なだけでなく、最愛の母の死もまた訪れた年であり、これが彼のエクリチュールに大きな変革をもたらしたからである。プルーストさながら、喪を契機に〈批評の方〉から〈小説の方〉へと向かうバルトの軌跡を、複数のテクストおよび講義録をもとにして追った。その上で、本研究はダンテ・アリギエーリがバルトに及ぼした影響もまた考慮に入れた。それは、バルトは小説の構想段階においてこのイタリアの詩人から「創造にまつわる衝撃」受けたと覚書に残しているからである。プルーストとバルトの比較研究はこれまで多く存在するにもかかわらず、バルトの研究史において、このイタリアの詩人の存在は軽視されるきらいにあり、バルトが受けた「衝撃」が彼のエクリチュールにいかなる変革をもたらしたのか、いまだ明らかにされていないのも事実である。本研究はこの空白地帯を埋めるものであり、ダンテの影響を通じてバルトの晩年の言説を再検討することで、彼の生と死の、批評と小説の「道半ば(nel mezzo)」の詩学に新たな解釈を提示することにつながった。application/pd
ゼイ コウカ カイケイ ノ リエキ ニンシキ クリノベ ゼイキン シサン ノ トウショ ニンシキ ト サイヒョウカ
学習院大学Gakushuin University博士(経営学)Doctor of Philosophy in Management本研究では、「繰延税金の相手勘定である法人税等調整額を純利益に算入する合理性はあるか」を基礎概念との整合性分析という手法を用いて検討した。先行研究では、繰延税金資産の当初認識と再評価を異質な手続きと解しているため、当初認識と再評価において異なる会計処理を提案していた。具体的には、当初認識に際して計上される法人税等調整額を純利益に算入することについては異論がみられないのに対し、繰延税金資産の回収可能性テストに伴って計上される法人税等調整額については、現行基準が求める処理とは異なり、これをその他の包括利益に含める提案や、そもそも回収可能性テストの必要性自体に疑義を向ける先行研究もみられた。
これに対し本研究では、法人税等調整額が投資のリスクから解放された成果といえるかどうかに関して、当初認識と事後修正(回収可能性テスト)で異なる立場をとりえないことを示した。投資のリスクから解放された成果といえるかどうかは、投資の成果に係るリスクが一定の閾値の範囲に収まるかどうかに依存するのであって、これは当初認識であっても事後修正であっても変わらない。本研究では、繰延税金資産においては「将来課税所得の見積り」や「税率変更」などの不確実性が存在していることを前提に検討を行い、当初認識と再評価は純利益の認識における不確実性の許容という点で等質的であり、評価差額が実現しているか否かは純利益に求められる不可逆性の程度に依存することを明らかにした。
本研究の貢献は、税効果会計における繰延税金資産の当初認識に伴う純利益の調整と、その再評価に伴う純利益の修正は、不確実性の許容という点において等質的なロジックに支えられていることを明らかにし、税効果会計における先行研究の結果を拡張していることである。どの程度の不確実性が純利益の認識において許容されるのかを明らかにすることで「何が純利益」が明確になる可能性がある。近年の「実現しているか否か」に関する対立や混乱は、「どのような性質の不確実性が、どれだけ減少したときに実現したといいうるのか」に関してコンセンサスが図られていないために生じていると考えられ、これを克服することで会計基準の体系を支える基礎概念としての「実現」を復権させることができる可能性がある。本研究の含意は、今後の基準設定に対して、一定の意義を有している。application/pd
ゲンジ モノガタリ ウジ ジュウジョウ ロン ウキフネ モノガタリ トワ ナニカ
学習院大学Gakushuin University博士(日本語日本文学)Doctor of Philosophy in Japanese Language and Literature序論では、「浮舟物語」の梗概と研究史を整理した上で、研究上の問題点と本論の問題意識を述べる。本論は「浮舟を沈黙させた物語とは何か」という問いにこだわりながら考察していく。以下、全十二章の要旨を順に述べる。
第Ⅰ部 「周縁」から読む浮舟物語
第Ⅰ部は浮舟の周辺人物の動きから浮舟物語を考察する。具体的には薫、宇治山の阿闍梨と横川僧都、明石中宮、そして天候としての雨である。あえて「周縁」という表現で括ることで、浮舟物語の主人公である浮舟にとって「周縁」と見えるものがいかに物語を動かしているのか、浮舟の外部にある他者の言動がどのように浮舟を導いていくのかを探った。
第一章「薫の「建築」論―建てることへの志向とその蹉跌―」では、薫が建物を建てることへ志向について、自身を持続させていくための薫なりの方法であることを論じた。「建築」は薫の欲望構造の問題とも不可分に結びついている。薫は建てることに裏切られ、そこに住まわせられる予定の女君は薫の建物におさまることがなく逃れていくが、それは物語を前進させる方法であるとともに、女君の問題ともかかわる。浮舟は大君のかわりとなる「人形」として登場したが、それは「建築」同様、薫を挫折させる。薫の欲望の射程内におさまるようでおさまらない浮舟であるが、それゆえに薫は浮舟をひたすら追い続けることにもなる。
第二章「宇治の阿闍梨と横川僧都―僧の媒介機能による「内部と外部」の生成力学―」は宇治の阿闍梨と横川僧都の媒介性を論じた。阿闍梨は薫を宇治へと導き、八の宮と姉妹との隔てのきっかけともなるが、それは恋愛の仲介という皮肉な媒介機能といえる。僧都は浮舟を宇治から小野へと横断させ、さらには中宮に浮舟の情報を漏らすことで、最終的には薫も浮舟の生存を知ることになるり、結果的に薫を浮舟に近づけることになる。浮舟の生存を薫に知らせることで、浮舟が自ら逃れてきた世界にふたたび浮舟を案内するという皮肉な媒介機能を果たしているのであり、浮舟本人が希求するあり方とは逆の方向へ浮舟を導いてしまうのである。
第三章「語りの場としての明石中宮―「蜻蛉」巻・「手習」巻を中心に―」は明石中宮を論じた。中宮は「蜻蛉」巻以降では話の「聞き手」の役割が大きくなる。大納言の君から浮舟の正確な情報を聞き、「手習」巻では横川僧都の体験談を聞く。「蜻蛉」巻の世界は浮舟を大きな情報網の中で語ろうとするが、その情報網の中心にいるのが中宮である。また、小野では浮舟は浮舟であると判明せず、中宮のもとでのみ浮舟は浮舟である判明する。噛み合わない情報が接続され、「浮舟物語」として統合されていくのは中宮という「語りの場」である。のみならず、小宰相に命じて浮舟の生存を薫に知らせることで、匂宮、薫、浮舟の動向を左右してもいる。中宮によって「浮舟物語」が動かされていくことで、浮舟が「浮舟物語」から逃れられないという結末が導かれていく。
第四章「浮舟物語の「雨」―隠すこと・顕すこと―」は「浮舟物語」に用例の多い「雨」の機能を論じる。正篇世界における雨の中でも、とくに「物語」とのかかわりに目を向け、雨が「物語」の現場を形成する機能があることを確認した。「浮舟物語」の雨は浮舟を世間から隠すことに加担する。その一方で、正篇の方法である「物語」の現場を形成する機能を利用しながら、今度は中宮という「語りの場」を作り出し、浮舟を話題にさせることで浮舟の存在を顕していく雨として機能する。「浮舟物語」の雨は浮舟を決して隠し通すことはない装置としてある。
補論「『うつほ物語』「国譲」巻における立坊争いと夫婦関係―忠雅夫妻の挿話における二層構造の「語り」―」は『源氏物語』に先行する物語である『うつほ物語』について扱う。忠雅夫妻の挿話が国譲りという国の大事を動かす力学を考察した。『うつほ物語』においても周縁的人物たちが戦略的に用いられて物語の動力とされていることを明らかにした。
第Ⅱ部 「手習」「手紙」から読む浮舟物語
第Ⅱ部が第Ⅰ部と異なるのは、とくに「手習」が内部から分泌した外部であるという点に目を向けたことである。浮舟でありつつ浮舟の思いどおりにならない外部としての「手習」、それとのかかわる「夢浮橋」巻の「手紙」を扱った。
第一章「浮舟の手習―贈答としての手習―」は浮舟の贈答に注目した手習の発生論である。従来、自閉的な営為と位置付けられてきた浮舟の手習がが贈答と深くかかわる形で行われるようになる点に目を向けた。「浮舟」巻では、贈歌を受けつつも一般的な男女の贈答からは外れて自身の身の上を詠んだ歌になってしまうが、それは浮舟の苦悩を抱え込んでいくあり方と対応するものである。一方で「手習」巻では、散文の記述をふまえると、より積極的に他者を意識するような性質が見受けられる。浮舟の手習は孤独の中で行われているようにみえる場合でも、自閉的なものとはいえないことを確認した。
第二章「浮舟の手習―外在化された内部としての機能―」は第一章で扱った浮舟の手習の発生論を受けたものでもある。まず、手習が「手習する主体」と「手習にあらわされた主体」という二重性をもつことに着目した。手習は外在化された内部として、もう一人の自己とも呼べる主体という性質を色濃くして生成され、機能する。一方、それは書かれたことばであるため、自分でありつつ、自分ではないという矛盾を抱え込んでいる。手習が他者あるいは手習した本人の目にふれた時、どのように他者あるいは本人に作用するのかは予測不能であり、自分の管理下に置けない自分という性質をふまえて「管理不能性」を手習の特徴と捉える。それを前提として、「浮舟」巻と「手習」巻の手習を考察した。「浮舟」巻では匂宮に「中空」の手習を咎められた場面にはじまり、浮舟は手習を人に見せず、悩みを深めて入水を決意することと並行して、手習類を処分し、自らも入水を試みる。しかし、処分した手習は残存し、浮舟もそれと対応するように生き残る。「手習」巻では手習が浮舟の唯一の自己表現手段であるとされつつ、手習を他者との窓口として頼ろうとする時、管理不能の手習が思いも寄らない形で浮舟を追い詰めるはたらきをしてしまう。手習は浮舟の頼みの綱であるはずが、浮舟を身動きがとれない状況に追い込むはたらきをしてしまう。
第三章「「夢浮橋」巻の手紙と物語の終わり―横川僧都と薫の手紙―」は「夢浮橋」巻における横川僧都の手紙と薫の手紙を考察した。僧都の書いた二通は順番が前後して小野に届き、宛先に混乱をもたらす。薫の手紙が届いた場面には柏木の手紙の問題を彷彿とさせる「つぶつぶ」という記述があり、柏木のような女君への執着を暗示させる。そして「夢浮橋」巻の手紙は正篇の終わりに描かれた手紙とは異なり、処分されることなく、内容の解釈も宙吊りのままである。「夢浮橋」巻では他者の書いたことばである手紙までもが押し寄せて、浮舟はそれに包囲されるように物語は終わる。
補論「「すさび」「すさぶ」考―「手習」とのかかわりから―」は第Ⅱ部で中心的に論じてきた「手習」とのかかわりに注目し、書くことの「すさび」「すさぶ」という表現を考察した。「手習」を「書きすさび」としたのは『源氏物語』からである。「手習」に「心のおもむくままに書く」という定義がなさていくことに加えて、夫婦関係に限らない人物間のコミュニケーションにおいて、意外性のある贈答から交流を切りひらく工夫がみられる。
ここで第一章から第三章までの議論の関連についてまとめると、第一章は手習の発生論、第二章は手習が外在化された時の機能を論じた。浮舟の手習は他者とのかかわりの中から生じるが、あくまで贈答ではなく手習であり、それは書かれた自己であるからこそ内部の外部として浮舟を追い詰めるようにも機能する。浮舟の手習を自閉的なものと捉えるだけでは「浮舟物語」の手習を捉えることはできず、他者、外部という観点から考察する必要性についても明らかにした。第三章で扱った手紙も浮舟を追い詰める外部という点でかかわりをもつと考えられる。手習とのかかわりについての詳しい考察は今後の課題だが、正篇世界の終わりとは徹底して異なる終わり方を打ち出していることはたしかである。
第Ⅲ部 「引用」から読む浮舟物語
第Ⅲ部は「引用」の観点から浮舟物語を考察した。その意図は「手習」や「手紙」のように作中人物の書いたことばとあえて区別し、人物の内面、心情、意図とは別の次元で「浮舟物語」のことばの問題を考えるためである。
第一章「浮舟と匂宮の「中空」―『伊勢物語』二十一段と「若菜上」巻の紫の上を手がかりにして―」は、「浮舟」巻で浮舟と匂宮が手習する際に、浮舟が和歌中に詠んだ「中空」という語に注目し、匂宮がこの「中空」を咎め、浮舟が紙を引き破るという展開に発展することの意味について考察した。「中空」は『伊勢物語』以降、男女の別れという文脈で使用される語であり、浮舟の手習歌の「中空」が思わず呼び込んでしまったその意味が匂宮の咎めを導いたと考えられる。浮舟の「中空」は他の用例と異なり、女君の側に責任を負わせる形で用いられる。このような引用は浮舟にことばの責任を負わせるはたらきをしているのである。
第二章「「手習」巻の「夕霧」巻引用―〈記憶=テクスト〉としての夕霧物語―」は「手習」巻において、「夕霧」巻の引用の機能を考察した。「手習」巻では浮舟の過去の記憶がフラッシュバックするようにくり返し問題となるが、夕霧物語も物語にとっての記憶であり、くり返される引用の記述とその機能を〈記憶=テクスト〉と称した。妹尼、浮舟、中将という関係は「夕霧」巻の御息所、落葉の宮、夕霧という関係をふまえたものと考えられるが、とりわけ中将と妹尼のやり取りは夕霧と御息所のそれと重ねられながらも、自身の願望や欲望を全面に押し出したものとなっている。そのため、落葉の宮にくらべて浮舟の特異性が際立つような引用ともなっている。出家を果たせなかった落葉の宮をふまえることで、逆に出家を果たしたことの意味を問われ、逃げ道のない方向に導かれていく浮舟が鮮明に描き出されている。
第三章「浮舟の最終詠「あまごろも」歌と手習―『竹取物語』引用と歌を「書くこと」―」は、第Ⅱ部第二章で扱った浮舟の最後の手習であるあま衣歌について、『竹取』引用という観点から考察した。本章は一首内における「や…む」という語の呼応関係を重視して、先学の指摘による「不望予想」の用法と考えた上で、物語内の和歌中における同様の用法を検討した。『源氏物語』内にも「不望予想」の用法が使用された和歌は十首余り確認することができた。その上で、浮舟があま衣歌を「書く」ことの意味を考察した。かぐや姫は昇天する際に手紙を書き残すが、その本文には「書く」という語が幾度も使用されている。そして、かぐや姫の昇天と手紙を書き残す行為は表裏一体の論理である。浮舟のあま衣歌は「手習」という語がなく、「と書きて」とあることから、この箇所も『竹取』引用として重視すべきだと考える。書くことで昇天を決定付けていくかぐや姫とは異なり、浮舟はその落差を示される。そのような引用の方法であり、なおかつ、浮舟に手習をやめさせる一因としての引用でもある。
本論の結論では、以上の内容に示したような各章の内容を整理した上で、今後の課題を述べた。application/pd
キンセイ チョウテイ ノ ジツム シュウダン ト コッカ シャカイ
学習院大学Gakushuin University博士(史学)Doctor of Philosophy in History本論文は、近世朝廷を実務面で支えた口向(くちむき)役人を取り上げ、その組織や役割、存在形態などについて、国家および社会との関係から検討するものである。より端的にいえば、口向役人が朝廷運営の基底部、かつ朝幕関係の枠組みを支えた基礎部分であり、また朝廷と外部社会(武家・寺社・町方・在方・被差別民など)との媒介項であったことを論証する。かかる考察を通じて、この役人集団の存在を前提に、日本近世の国家・社会において朝廷がいかに存立しえたか、明らかにすることを目指す。
これまで近世朝廷研究では、主として天皇や公家を軸に、朝廷独自の様相が丹念に明らかにされてきた。それに対して本論文は、現場・実務レベルから朝廷を見据え、かつ近世史の諸分野――幕藩政治史・宗教史・都市史・村落史・部落史・文書管理史など――との接合をも企図する。朝廷をことさらに特殊視せず、実務集団の存在形態や社会・民衆との関わりといった点で幕府・諸藩と共通するような、朝廷の近世支配機構としての普遍性に着目する。
二部八章から構成され、これに加えて、先行研究の成果と問題点、および本論文の視角・課題を整理する序章と、全体の結論部分にあたる終章を設ける。
第一部「近世国家と口向役人」は、朝廷運営と朝幕関係の基盤解明を目的として、近世国家の構成諸要素――天皇・朝廷執行部、幕藩権力の諸主体――との関係から口向役人の諸相を考察する四章を配置した。
第一章「口向の組織構造と支配形態」では、口向役人の組織や処遇に関する基礎的考察を行う。近世の禁裏など各御所は、天皇・公家たちからなる表、女性たちからなる奥、そして両者を実務面で支えた口向の三領域に分かれており、これらの連携によって朝廷運営は成り立っていた。このうち口向では、帳簿の作成など財政面をはじめ、料理、営繕、記録管理、掃除など多岐にわたる職務が分掌されていた。その担い手である口向役人は、職制上、侍分と下部しもべとに大別され、たとえば寛政9(1797)年時点で、禁裏御所では169名の侍分、193名の下部が確認できる。口向は奥とともに「御内儀」とも称され、口向役人は奥(後宮)のトップである長橋局の配下にあった一方で、在京幕臣(旗本)の禁裏付の管轄下にもあった。口向役人の任免権は禁裏付の掌中にあり、人事への長橋局の関与は限定的であることからして、口向は幕府による朝廷統制の末端に位置づく、近世特有の実務組織であったといえる。
第二章「近世朝廷の記録管理と口向」では、「禁裏執次所日記」(計71冊現存、宮内庁書陵部蔵)を素材に、研究蓄積の薄い、朝廷における組織的な記録管理について考察する。本日記は、口向の筆頭職である取次(執次)の職務日記であり、口向役人に関する事柄のほか、朝廷の年中行事や、天皇・公家らの相続、幕府・諸大名による朝廷献上物など、きわめて多岐にわたる収載内容を持つ。取次が職務上の必要から本日記を利用したものと思われるが、その作成や簡便な利用のために、日記役を中心として口向の諸職が組織的に動員された。さらに記録の情報源は、朝廷の各部署などから取次にもたらされた文書類が中心であったとみられる。したがって、朝廷全体での出来事を総括した公的記録たる「禁裏執次所日記」の管理は、口向の組織的基盤と取次による情報集積によって存立していたといえる。こうした記録管理のあり方は、幕府の「右筆所日記」(いわゆる「江戸幕府日記」)との共通点を見出すことができ、幕府の記録管理システムに倣った可能性が考えうる。実際、禁裏付が特定の情報を「禁裏執次所日記」に記すよう取次に命じるなど、幕府としても本日記の収載情報を朝廷統制上、重要視していたことが窺える。
第三章「「安永の御所騒動」再考」は、安永2・3(1773・74)年において種々の不正に手を染めた口向役人180名が、幕府により一斉に処罰された「安永の御所騒動」(口向役人不正事件)について、口向役人を主軸に据えて総体的に再考する。騒動では大量の役人が処罰されたが、一斉に退身した場合は口向が機能停止となり、朝廷が不安定な状況に陥ることを幕府は懸念し、断絶対象は重罪人を出した家に限定した。加えて、先行研究が注目する勘定所系列の幕臣のみならず、従来からの在京幕臣(京都町奉行・禁裏付とその配下の役人ら)が積極的に関わることで新たな口向への統制の枠組みが構築された。この時の幕府の朝廷統制策は、公家や女官など朝廷全体にも及んでおり、その後も口向役人を中心としつつも朝廷構成員全体を縛るものとして機能し続けたとみられる。その意味で御所騒動は、幕府が朝廷への統制を強化した契機として把握しうる重大事件の一つであったと考えられる。
第四章「近世公武における御所取次の役割と特質」では、口向筆頭職の取次を扱う。前述の通り口向は幕臣である禁裏付の管轄下にあったが、彼ら(2名が月番交代で御所に日勤)は短期間で交代する役職であり、朝廷・公家社会には不案内であったため、取次による日常的な補佐が不可欠であったとみられる。ほかにも取次は、口向組織の実質的な統括や、奥・表への対応、外部社会(大名家・寺社・民衆など)の窓口といった役割を担った。7名前後が常置され、近世を通じて世襲で取次を輩出した家は19家確認される。このうち土山家は、近世後期(明和~文政期)において、幕府に対して家格上昇を企図した訴願運動を展開した。これは、近世初期に初代当主の土山武久が朝幕間を取り次ぐ独自の役目を果たしていたことと、それ以来、同家が取次を世襲で務めてきたことなどを由緒に、「御目見以上」(直参格)の待遇への格上げを願ったものである。幕府はこの要望を認めることはなかったが、土山家が家格上昇のためのロジックとして取次の役割を前面に押し出し、幕府との関係を強調している行動そのものに、幕府に寄与する役職としての取次の特質を見出すことができる。
つづいて第二部「近世社会と口向役人」では、朝廷と社会・民衆との有機的関係の解明を目的に、口向役人を媒介項とした朝廷と近世社会(おもに京都とその周辺地域)との様々な関わりを究明する四章から構成される。
第五章「口向役人の身分と存在形態」では、口向役人の担い手について考察する。口向役人のうち侍分は、地下じげ官人や社家、幕臣(口向上級職の数名のみ)が務めたほか、約半数は侍分のみに従事する者たちであった。一方の下部は、基本的に町人や百姓出身の者がその担い手とみられる。これらから、口向役人は多様な諸身分を内包する役人集団であったと指摘できる。そして彼らの居住地は京都とその近郊に広く点在し、侍分・下部ともに約7割が町方に居所を有していた。いわば近世朝廷の日常的な実務は、京都とその周辺地域を基盤として成り立っていたのである。侍分と下部はともに朝廷内の分限帳に登載され、かつ切米が支給されていたことから、口向役人は全体として支配身分に位置づけうる。その一方、彼らの縁戚関係をみてみると、それぞれのおもな通婚対象は、侍分が支配身分、下部が被支配身分の者たちであり、一部重なるものの大きく異なっていた。とはいえ、いずれも居住地や通婚圏は京都とその近郊が中心であり、口向役人は当該地域を人的基盤としていたといえる。
第六章「口向役人としての上賀茂社家」では、口向役人のうち侍分の二割程度を占めた社家の存在形態を検討する。口向役人に任用された社家はほとんどが上賀茂社の社家で構成され、19世紀初頭までに32家の任用が確認できる。そのうち約6割にあたる19家が経理担当職(賄頭・勘使・賄役)を経験した。社職に就けず、経済的基盤に乏しい上賀茂社の非役氏人にとって、口向役人は朝廷内における「受け皿」の一つであり、とりわけ経理担当職に就く場合には多くの役得が期待できた。こうしたことから、従来いわれている以上に、京都近郊の社家は朝廷内に根を下ろしており、近世朝廷の実務運営の担い手として不可欠な構成要素であったことが確認される。
第七章「近世の朝廷と周辺社会」では、京都とその近郊などの諸主体から朝廷に対する労働力や物品の供給のありようを明らかにする。まず、口向を通じて、京都の様々な用達が朝廷と出入関係を結んでいたが、なかでも人足請負人(いわゆる口入屋)は日用人足を供給し、これをもって口向役人(とくに下部)の雑務が補完されていた。こうした人足は、禁裏料村々や、後述する禁裏六丁町ろくちょうちょうからの直接の供出が本来のあり方であったとみられるが、18世紀を迎える頃に人足の代銀納化が進行し、都市下層民衆がその担い手となっていたものと思われる。一方で、こうした労働力とは異なる意味合いのものとして、被差別民による朝廷に対する独自の役割があった。彼らのなかには遠隔地(山城国外)の者も含まれるが、小法師こぼし役(御所での掃除を担う)の奉仕や、御太おぶと(草履)の献上のために上京し、それらへの応対は口向役人(それぞれ山之者、仕丁頭)が担っていた。こうした関係を活用し、自らの権利の維持・伸長を実現しようとする被差別民の主体的な姿勢も垣間みられ、注目される。
第八章「近世京都の禁裏六丁町と朝廷・幕府」では、近世京都の惣そう町ちょうの一つである禁裏六丁町が朝廷に対して果たした役割と、それを通した同町と朝廷・幕府との関係をみる。六丁町が担った御用の第一は、九門内外や各御所における掃除であった。このほかにも、儀式や行事などにおける各種の雑用を務めており、まさに六丁町は朝廷の日常を支える労働力の重要な供給基盤であったといえる。こうした恒例御用の担い手は、18世紀初頭には多くが請負人によって調達されており、同世紀末にはそれが全面展開されるに至った。ただし、御所の出火時の駆付人足などの臨時御用については町人自らが務めた。こうした六丁町の恒例・臨時の人足徴発については、口向侍分の修理すり職しきが管掌しており、いわば六丁町にとっての朝廷側の窓口となっていた。一方で、町奉行所は、人足数の定期的な把握や人足請負人の承認などを行ったほか、朝廷に関わる新規の御用を六丁町にたびたび課そうとした。六丁町はいずれもそれを忌避する姿勢をみせたが、やむを得ず新規御用を引き受けることもあった。
最後に終章では、本論文の成果と課題・展望を提示する。成果としては、①口向役人が朝廷運営の基底部として不可欠の役割を果たし、かつ朝幕関係(朝幕一体不可分の関係)の枠組みを支えた基礎部分であったこと、②口向役人を媒介に、朝廷が自らの存立基盤として、京都とその近郊を中心とした人的・物的資源に一定程度依存する構造を有したこと、おおよそこの2点を解明しえたことに集約される。近世朝廷の存立を支えた構造面を提示することに主眼を置いたため、時期的変化への言及は一部にとどまる結果となった。今後はその点をも留意しつつ、よりいっそう口向役人を軸に検討を進めることで、近世朝廷像のさらなる刷新を可能ならしめるのではないかと展望される。application/pd