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森本　七海

ヒューマンサイエンス　2025　No.28心理職のバーンアウトについて―被援助志向性の観点から―神戸女学院大学大学院　人間科学研究科博士前期課程 2 年　森本　七海Ⅰ．問題現代社会には実に多彩なこころの問題がある。例えば、発達障害やいじめ、不登校、引きこもり、自殺、精神疾患、適応障害による休職等である。こころの問題で悩む人々の増加に伴い、2017年 9 月に公認心理師法が施行され、心理職初の国家資格である公認心理師が誕生したことからも、心理職のニーズの高まりが伺える。心理職は人々や組織のこころの健康のために心理学の専門性を発揮する職業である。心理職は様々な領域に必要とされており、働き方も実に多様である。被支援者は簡単には解決できない複雑な問題を抱えていることもあり、そこへアプローチする心理職も心理的な負担があると考えられる。また、 1 人職場で周囲に相談できる人がいないことや、他の職種の方と連携することが求められていることからも、心理職はバーンアウトしやすい職業であると考えられる。心理職自身が潰れてしまう、つまりバーンアウトしてしまっては、被支援者にとっても不利益が生じてしまうため、心理職はセルフケアを心がけることが必要である。しかしながら、本人がセルフケアを心がけたとしてもバーンアウトしてしまう場合があるのではないかと筆者は考える。また、心理職はバーンアウトしやすい職業であることが推測できるにもかかわらず研究が少ないことにも筆者は疑問を感じた。国内では、バーンアウトの研究対象は看護師や教師が多く、心理職のバーンアウトを説明する要因はほとんど明らかにされておらず（近藤・宮下，2019）、国内の心理職のバーンアウトはほとんど分かっていない状況である（近藤，2022）。心理職の休職・離職率を知る資料はなく、「悩むことはあってはいけない、恥ずかしいことである」と国内の心理職は自身のケアに回避的である（田所，2020）と言われている。筆者は、バーンアウトしてしまう要因として、 1 人で問題を抱え込んでしまうこと、援助を求めることが上手くできないことがあると推測する。本研究では心理職を対象として、バーンアウトと関連のある要因について、主に被援助志向性の観点から検討する。Ⅱ．目的・方法1 ．予備調査予備調査の目的は、小堀・丹野（2004）の多次元完全主義認知尺度と、小牧（1994）の職場内ソーシャルサポート尺度の教示文を一部変更したため、尺度の信頼性について検討することである。2024年 6 月22日～ 2024年 6 月24日に調査を実施した。個別回答形式のGoogleフォームを用いて、「『心理職のこころの健康に関する調査』の予備調査」と題するWeb調査を実施した。実施時間は 2 分程度だった。調査対象者は、22歳から26歳の心理系大学院生41名と心理職 1 名の計42名（男性 3 名、女性39名）で、平均年齢は23.05歳（SD=0.87）であった。調査対象者への倫理的配慮として、質問への回答は強制でないこと、気分が悪くなった場合は途中で回答をやめることが可能であること、調査対象者のプライバシーが侵害されることはないことを明記した。α係数の値が十分に高いことを確認したため、本調査でも同尺度を用いることとする。2 ．本調査本研究の目的は大きく 2 つある。 1 つ目の目的は、ストレスへのモニタリング志向、ソーシャルサポート、完全主義と被援助志向性の関連と、被援助志向性とバーンアウト傾向の関連34を調査し、仮説が検証されるか確認し、心理職がバーンアウトする要因について検討することである。 2 つ目の目的は、心理職の働き方やバーンアウトの実際について、心理職自身が相談することに対してどのような考えを持っているかを明らかにすること等のデータ収集である。仮説 1 － 1 ： ストレスへのモニタリング志向が高い人の方が被援助志向性が高い仮説 1 － 2 ： ソーシャルサポートが多い人の方が被援助志向性が高い仮説 1 － 3 ： 完全主義な人の方が被援助志向性が低い仮説 2 ： 被援助志向性が高い人の方がバーンアウト傾向が低い2024年 6 月29日～ 2024年 9 月24日に調査を実施した。個別回答形式のGoogleフォームを用いて、「『心理職のこころの健康』に関するアンケート調査」と題するWeb調査を実施した。実施時間は10分程度だった。参加者は、筆者が直接お会いできる心理職の方に依頼をして、その方の働く職場や知り合いの心理職の方に拡散するよう依頼する、オンラインセミナーの主催者に参加者への回答を依頼する等のスノーボールサンプリング法で集めた。今回の研究では公認心理師又は臨床心理士資格を持つ心理職の方に対象者を限定したため、それに該当しない方のデータ 1 名分を除いて分析した。本研究における調査対象者は、24歳から65歳の公認心理師又は臨床心理士資格を持つ心理職92名（男性19名、女性72名、回答しない1 名）であった。調査対象者への倫理的配慮として、質問への回答は強制でないこと、気分が悪くなった場合は途中で回答をやめることが可能であること、調査対象者のプライバシーが侵害されることはないことを明記した。質問紙の構成を表 1 に示す。表 1　質問紙の構成1 日本版バーンアウト尺度（久保・田尾，1992）2 被援助志向性尺度（田村・石隈，2001）3 ストレスへのモニタリング志向尺度（菅沼他，2018）4 コミュニティ内ソーシャルサポート尺度（（小牧（1994）の職場内ソーシャルサポート尺度に一部変更を加え、予備調査にて信頼性を確認した）5 日本語版ソーシャルサポート尺度（岩佐他，2007）6 多次元完全主義認知尺度（小堀・丹野（2004）の尺度に一部変更を加え、予備調査にて信頼性を確認した）7 フェイスシート8 他者に相談することのメリット・デメリット（自由記述式）9 ご意見・ご質問等（自由記述式）他者に相談することのメリット・デメリットの考えに関する自由記述回答について、KJ法（川喜多, 1967）に準じて分類・カテゴリー化を行った。分類、分析を実施する際は、客観性を確保するために、筆者 1 名のほか、ゼミの指導教員である若佐美奈子准教授と臨床心理学分野専攻の大学院生 3 名の計 5 名で実施した。まず、記述回答から意味のあるまとまり毎に一文からなる意見ラベルをつけて 1 枚のカードや付箋に記した。この作業は筆者が行った後、他のメンバーの意見を受けて修正を行った。次に、模造紙上に意見ラベルを広げ、見比べて類似した意見ラベルを集合させ、一次カテゴリーの小グループを編成し、一次表札名を考えた。その後、一次カテゴリーの小グループ間の関係性や距離感を考慮し、さらに大きな二次カテゴリーのグループを編成し、二次表札名を考えた。なお、グループ化が困難な意見ラベルについては、単独で意味を持つイメージとして扱い、グループ化しないことも可能とした。この作業は前述の 5 名で実施した。35ヒューマンサイエンス　2025　No.28Ⅲ．結果・考察1 ．バーンアウトと被援助志向性について共分散構造分析によって仮説を検証した。仮説 1 - 1 は不支持だったが、仮説 1 - 2 、仮説1 - 3 、仮説 2 は一部支持された。仮説 1 - 2 は、「友人のサポート」から「援助の欲求と態度」に中程度の正の影響、「大切な人のサポート」から「援助関係に対する抵抗感の低さ」に中程度の正の影響、「情緒的サポート」、「道具的サポート」から「援助の欲求と態度」に弱い正の影響が見られた。仮説 1 - 3 は、「ミスへのとらわれ」から「援助関係に対する抵抗感の低さ」に弱い負の影響が見られた。仮説 2 は、「援助関係に対する抵抗感の低さ」から「情緒的消耗感」と「脱人格化」にそれぞれ強い負の影響、「援助の欲求と態度」から「情緒的消耗感」と「脱人格化」にそれぞれ中程度の正の影響が見られた。しかし、モデルの適合度指標はGFI=.579、AGFI=.341、CFI=.136、RMSEA=.244で、十分なモデル適合度が得られなかった。共分散構造分析でモデルの適合度が低くなった要因として、バーンアウトに関連する要因は今回用いたもの以外にも多数あり、それらが複雑に絡み合っていることが考えられた。セルフモニタリングがバーンアウトにあまり影響していなかったことについては、セルフモニタリングできているかどうかを質問紙で回答させること自体が難しい可能性が考えられる。また、セルフモニタリングをしていてもバーンアウトしている人はいるということの表れであるとも考えられる。セルフモニタリングをすることで被援助志向性を高めることやバーンアウトを防ぐことが可能であると考えていたが、それだけでは弱いことが示唆された。ソーシャルサポートから被援助志向性には影響が見られるが、バーンアウトにはあまり影響が見られない。これは、ソーシャルサポートがあってもバーンアウトする人はいることが示唆された。完全主義認知の「ミスへのとらわれ」は、「情緒的消耗感」に強い正の影響、「個人的達成感の減退」に中程度の正の影響が見られた。つまり、ミスにとらわれることで情緒的消耗感が増し、個人的達成感が減退し、バーンアウトが促進されることが示唆された。本人の中でミスにいつまでもとらわれ続けることは、自分の内面に注意が向いている状態とも言えるだろう。客観的な視点を持つために、他者に相談するという行為は有効であると考えられる。「完全性追求」は、「脱人格化」に強い正の影響、「個人的達成感の減退」に強い負の影響が見られた。つまり、完全性を追求するからこそ、やりがいが高まり、個人的達成感を感じやすいが、完全性を求めることで相手を人として見ることが疎かになる可能性が示された。被援助志向性から「個人的達成感の減退」に影響が見られず、個人的な要因である完全主義認知は「個人的達成感の減退」に影響を与えていたことからも、やりがいを感じるかどうかには被援助志向性という他者とのやり取りは関係なく、本人が心の中でどう思うかが大事であると考えられる。2 ．相談することに関する質的調査について相談することのメリットを図 1 、デメリットを図 2 に示す。質的調査から、相談内容として、守秘義務の問題から相談できないというものが見受けられ、相談相手を選んだり、相談するための準備をする必要があることが特徴として見えてきた。また、相談する前に自らで悩み、抱えて、考えるというプロセスに意味を見出すという点は心理職ならではの心の働きかもしれないと考えた。バーンアウトを予防する上で、相談することは大切であるが、相談する相手を選ばないとかえって傷つく可能性があることが示唆された。そのため、各個人の被援助志向性を36向上させるだけでは不十分で、安全に相談できる環境の整備も同時に推進していくことが求められていると考える。図 1　相談することのメリットの図2    図 2　相談することのデメリットの図37ヒューマンサイエンス　2025　No.28Ⅳ．引用文献岩佐一・権藤恭之・増井幸恵・稲垣宏樹・河合千恵子・大塚理加・小川まどか・髙山緑・藺牟田洋美・鈴木隆雄（2007）．日本語版「ソーシャル・サポート尺度」の信頼性ならびに妥当性―中高年者を対象とした検討―　厚生の指標, 54, 26-33.川喜多二郎（1967）．発想法　中央公論新社.小堀修・丹野義彦（2004）．完全主義の認知を多次元で測定する尺度作成の試み　パーソナリティ研究, 13, 34-43.小牧一裕（1994）．職務ストレッサーとメンタルヘルスへのソーシャルサポートの効果　健康心理学研究, 7, 2-10.近藤孝司（2022）．心理職のバーンアウト研究の動向と展望　兵庫教育大学教育実践学論集, 23, 101-108.近藤孝司・宮下敏恵（2019）．臨床心理専門職におけるバーンアウト傾向と職業的ストレスを規定する要因に関する探索的研究　上越教育大学研究紀要, 39, 103-114.久保真人・田尾雅夫（1992）．バーンアウトの測定　心理学評論, 35, 361-376.菅沼慎一郎・中野美奈・下山晴彦（2018）．精神的健康における適応的諦観の意義と機能　心理学研究, 89, 229-239.田所摂寿（2020）．カウンセラー教育におけるセルフケアの重要性とその応用　作大論集, 10, 21-32.田村修一・石隈利紀（2001）．指導・援助サービス上の悩みにおける中学校教師の被援助志向性に関する研究―バーンアウトとの関連に焦点をあてて―　教育心理学研究, 49, 438-448.38

Japanese

心理職のバーンアウトについて―被援助志向性の観点から―

高木　俊人

国内外来種としてのニホンジカ神戸女学院大学　人間科学部　環境・バイオサイエンス学科 専任講師　高木　俊人現代社会において、外来種の引き起こす諸問題は甚大な被害をもたらしており、対策の急がれる社会問題の一つである。日本では2005年に特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律（外来生物法）が施行されて以降、農林水産業の健全な発展や生物多様性保全を目的とした外来種対策が進行している。しかし、国内由来の外来種については現在でも認知度が低く、十分な対策が行われていない場合もある。本稿では筆者が現在進めているニホンジカ（Cervus nippon）の国内外来種問題について紹介する。ニホンジカは、日本列島だけでなくロシア沿海州から中国、ベトナム、台湾に生息する大型野生哺乳類である。日本列島では北海道、本州、四国、九州、対馬、五島列島、大隅諸島（馬毛島、種子島、屋久島、口永良部島）に生息している。日本列島のニホンジカは江戸時代から明治時代初期の乱獲などによってその個体数を減らし、分布域を縮小した過去を持つ。1970年代後半の環境庁（当時）が主催した分布調査では，シカの分布域が調査区域の25.4％にまで縮小しており，「最悪の状態にあるといってよい」と記述されるほど悲観的なものであった（日本野生生物研究センター 1981）。しかし第二次世界大戦後に続いた狩猟制限などの保護政策や、中山間地域の人間の利用の変化、森林面積の拡大など様々な要因が複合的に重なり、分布域の拡大を引き起こしている。1978年から2018年の約40年間でニホンジカの分布域は2.7倍に拡大し、国土の約 7 割までを占めるに至っている（環境省 2021）。これらのニホンジカの分布拡大が進む中で、人間によって野外に放たれた個体が存在することはあまり知られていない。従来、ニホンジカの亜種は形態的な変異だけでは判別することが難しかったため、問題が表面化していなかったものの、2000年代以降の遺伝解析技術の普及に伴い、日本各地で人為的な移入が疑われる個体が検出されるようになった。例えば北海道の渡島半島ではキュウシュウジカの遺伝子型を持つ個体（Terada et al. 2013）が、神奈川県の丹沢山地では、馬毛島・種子島が原産のマゲシカの遺伝子型を持つ個体（Hata et al. 2018）が確認されている。さらに分布の再拡大地域である北陸地方の富山県では、調査個体の約 4 割が屋久島や口永良部島が原産であるヤクシカの遺伝子型を持つことが明らかとなっている（Yamazaki 2018）。このほかにも日本列島各地で、人為的な移入が疑われるニホンジカが散発的に報告されているものの、網羅的な調査は行われていない。近年のニホンジカが引き起こしている様々な問題は、在来の個体が増加・再拡大しているように受け止められがちであるが、一部地域では人為的に移入された個体に端を発する場合がある。これまでに遺伝的攪乱の調査やシカ類の飼育の規制が十分に進んでいるとは言えず、各地域で固有の特徴を持つニホンジカの地域個体群を保全するためにも、網羅的な調査の実施が急がれる。引用文献Hata, S., Konishi, S., Yoshioka, S., Arai, K., & Mizoguchi, Y. （2018）．Identification of origin of sika deer （Cervus nippon） in recently expanded habitat areas in Tokyo Metropolis based on mitochondrial D-loop sequences. Kanto Journal of Forest Research, 69(2), 167-170.環境省 （2021）．「全国のニホンジカ及びイノシシの個体数推定及び生息分布調査の結果について（令和 2 年度）」<http://www.env.go.jp/press/109239.html>（2025年1月14日）147ヒューマンサイエンス　2025　No.28日本野生生物研究センター（1981）．動物分布調査報告書．哺乳類 全国版 その2 ＜https://www.biodic.go.jp/reports/2-6/ad038.html＞（2025年1月14日）Terada, C., Yamada, T., Uno, H., & Saitoh, T. （2013）．New mtDNA haplotypes of the sika deer （Cervus nippon） found in Hokkaido, Japan suggest human-mediated immigration. Mammal study, 38(2), 123-129.Yamazaki, Y. （2018）．Genetic population structure of sika deer, Cervus nippon, derived from multiple origins, around Toyama Prefecture of Japan. Zoological science, 35(3), 215-221. 148

国内外来種としてのニホンジカ

大西　智裕

心的外傷後の心理的変容プロセスおよび成長神戸女学院大学大学院　人間科学研究科 博士前期課程 2 年　大西　智裕Ⅰ.問題・目的Ⅰ-1．辛く苦しい出来事についてストレスとなり得るライフイベントは、対人関係や学業・仕事面での問題など日常生活における普遍的で発達的意味を持つものから、自然災害や家庭内暴力など非日常的で誰もが経験するわけではなく、心的外傷となりやすい体験まで多岐にわたる（Cohen, 1988; Johnson, 1986）。生死に関わるような体験をした人の中には、強い衝撃を受けた後で、その体験の記憶が当時の恐怖や無力感とともに、自分の意思とは無関係に思い出され、まだ被害が続いているような現実感が生じ、心的外傷後ストレス障害（PTSD; Posttraumatic Stress Disorder）を引き起こす可能性もある。外傷的な出来事をきっかけとする精神的なもがきの結果、ポジティブな心理的変容を遂げる心的外傷後成長（PTG; Posttraumatic Growth）が経験される場合もある。もちろん、辛く苦しい出来事を経験した人のすべてがそれを機に成長を遂げるとは限らない。PTGのような心理的変容を体験した人々に焦点を当て、辛く苦しい出来事とどのように付き合いながら人生を歩んでいるのか、そのプロセスを研究することによって、PTSDや辛く苦しい経験に苦しむ人々の支援につなげたい。Ⅰ-2．心的外傷後成長（PTG）についてCalhoun & Tedeschi（2006）の作成したPTGの包括モデルは以下のようなものである。辛く苦しい出来事を体験した個人は、その体験によって引き起こされた内面の変化に対して様々な「挑戦」を行う。「挑戦」とは、「嘆きの管理」、「信念と目標の確認」、そして「物語ること」である。これらの「挑戦」ができた場合には、PTGに向かう次の段階へ進むことができるが、そうでない場合には、「嘆き・悩み」へと進んでしまう。ただし「嘆き・悩み」に留まる時間が長い場合や「辛く苦しい出来事」の意味づけが否定的なことから肯定的なものへと直線的に進まない場合もあるだろう。「挑戦」を経て、「沈思黙考・反すう」の作業を行うことになるが、この内面的な作業はほとんど無意識的かつ侵入的に行われる。その作業は自己開示、つまり体験自体や体験に伴って起こった心的変化の過程を書いたり話したりすることと並行して行われる。その後は、より社会文化的なモデルを参照するようになり、意図的な反すうや体験の全体像の転換などが行われ、最終的なPTGの段階へと進んでいく。Ⅰ-3．辛く苦しい出来事という曖昧な状況への態度PTSDを含む辛く苦しい出来事の曖昧さとは、Budner（1962）の「熟知した手がかりが全くない新しい状況」や、Norton（1975）の「不確実性」、「不明瞭性」が当てはまると考える。Bossは曖昧な喪失には、 2 つのタイプがあることが示した。（Boss, 2005）。 1 つ目の曖昧な喪失は、身体的には不在であるが、心理的には存在していると認知されることにより経験される喪失である。 2 つ目の曖昧な喪失は、身体的に存在しているが、心理的に不在であると認知されることにより経験される喪失である。曖昧な喪失は、喪失が「最終的」か「一時的」かが不明確であるため、悲嘆の過程を始めることができず、人々を困惑させ、身動きできなくさせてしまう（南山, 2016）。Ⅱ．量的研究辛く苦しい出来事を経験した人々の心理的変容プロセスに曖昧さへの態度がどのように影響するのか仮説生成的に検討した。また、ストレ53ヒューマンサイエンス　2025　No.28ス反応のレベルに差異がある場合は、異なる回復過程を示す可能性があるため、PTSD診断基準Aに該当する「狭義の外傷体験」と「その他の外傷体験」を区別してプロセスを検討した。質問紙調査は個別自記入形式で実施した。本学の学生には、調査内容について文書と口頭で説明を行い、合意を得た上で集合調査形式にて調査を実施した。その他学生や成人には、個別配布個別回収形式で実施した。PTSD診断基準Aに該当する狭義の外傷体験者37名（男性 6 名、女性31名）とその他の外傷体験者103名（男性14名、女性89名）、無回答 4名の計144名を調査対象者とした。本研究では、無回答の 4 名を除いた計140名のデータを用いて分析を行った。調査対象者の平均年齢は30.35歳（SD=14.22）であった。質問紙調査の構成を表 1 に示す。表 1　質問紙の構成1 ．年齢2 ．性別3 ．辛く苦しい出来事の例4 ．辛く苦しい出来事の経験時期5 ．辛く苦しい出来事の経験年齢6 ．辛く苦しい出来事の期間7 ．PTSD診断A基準に関する質問8 ．ERRI-J: 日本語版－出来事に関連した反すう尺度（宅, 2015）． 9  . PTGI-X-J:日本語版－外傷後成長尺度拡張版（Tedeschiら, 2017）10．意味の付与尺度（宅, 2005）11．曖昧さへの態度尺度（西村, 2007）12．インタビュー調査の協力を考えている方、可能である方の氏名とメールアドレスの記入欄13．ご意見・質問記入欄「狭義の外傷体験者」と「その他の外傷体験者」の曖昧さへの態度の間に差があるかどうかを検証するために、平均値の差の検定を行った結果を表 2 に示す。表 2　狭義の外傷体験者とその他の外傷体験者間の曖昧さへの態度の差n 平均 標準偏差 F値 t 値肯定的態度曖昧さの享受狭義の外傷体験者 38 4.21 .93 .25 .20その他の外傷体験者 99 4.18 1曖昧さの受容狭義の外傷体験者 38 3.41 .74 .84 -2.86**その他の外傷体験者 100 3.82 .76否定的態度曖昧さへの不安狭義の外傷体験者 38 3.86 1.02 .51 -1.40その他の外傷体験者 100 4.12 .95曖昧さの統制狭義の外傷体験者 37 4.48 .92 .75 .48その他の外傷体験者 98 4.40 .80曖昧さの排除狭義の外傷体験者 38 3.68 1.15 1.02 .44その他の外傷体験者 98 3.60 .98検定の結果、「狭義の外傷体験者」の「曖昧さの受容」は「その他の外傷体験者」よりも有意に低いことが示された。「狭義の外傷体験」はこれまで経験したことのないような手がかりのなく受け入れがたい状況である。筆者は、「狭義の外傷体験」を経験した人々は何を喪失したのかも曖昧であり、その状況に意味を与え理解することが困難で、受容しがたい経験なのではないかと考えた。次に、PTGの仮説モデルを検証するために、共分散構造分析を行った。結果のパス図を図 1 に示す。54図 1 　心的外傷後成長に及ぼす曖昧さへの態度と出来事に関連した反すう意味の付与のパス・ダイアグラム「曖昧さの不安」から「侵入的思考」に対して有意な正の影響が見られた。辛く苦しい出来事が生じた際の反応として、ネガティブな側面への注意や不快感が生起し、意図せず不安や恐怖、罪悪感を引き起こし、出来事の理解や価値の発見を抑制することが考えられた。「曖昧さの享受」は「侵入的思考」と「意図的熟考」両方に有意な正の影響を及ぼしていた。「曖昧さの享受」の態度は、トラウマを含む辛く苦しい出来事に対して過度に明るく楽観的に応じており、躁敵防衛とも捉えられる態度である可能性がある。Ⅲ．研究2（質的研究）辛く苦しい出来事を経験した方の心理的変容プロセスを描き出すことを目的とした。辛く苦しい出来事を他者に開示したかどうか、またそのことが調査協力者にとってどのような影響を与えたかについて尋ねた。インタビュー調査の実施に際して、量的研究の質問紙にてインタビュー調査への協力の可否を問う項目を作成した。この項目に対し、氏名とメールアドレスを記載した調査対象者にのみ、個別で詳しい説明を行い、依頼した。しかしながら、侵襲性の高い内容であったため、量的研究の対象者から質的研究の対象者のすべてを選定することができなかった。そのため、指導教員と協議を重ね、量的研究を依頼していない方にも質的研究のみ依頼することとなった。同意した男性 2 名、女性 2 名をインタビュー調査対象者とした。M-GTAで分析した結果、Bさんはまだ辛く苦しい出来事の渦中におり、Aさん、Cさん、Dさんとは違う心理的変容プロセスを辿っていることが考えられたため、Bさんは個別に検討することとした。Aさん、Cさん、Dさんにおいて、最終的に33個の概念、 1 個のコアカテゴリー、7 個のカテゴリーが生成された。Bさんは18個の概念が生成された。辛く苦しい出来事の後の心理的変容プロセスについてまとめた結果図（結果図 1 ）を作成した。（形式上、結果図は巻末に記載する）。結果図を踏まえ、概念名とカテゴリー名によってプロセスを要約するストーリーラインを以下に示す。分析の最小単位である概念を「」、概念間の関係から生成されたカテゴリーを＜ ＞、大カテゴリーを【 】で表す。55ヒューマンサイエンス　2025　No.28辛く苦しい出来事の最中は＜感情鈍麻＞を引き起こし、辛く苦しい出来事を実感できなかったり、受容できなかったりして、「心も体もついていかない」。辛く苦しい出来事を経験した直後は、どこへも助けを求めずに自分の中に気持ちを留めて＜個人内葛藤＞や＜他者関係の中での葛藤＞が生じる。しかしながら、このままでは立ち行かないことに気づき、他者に話を聴いてもらって気持ちが楽になったり、同じ経験をした人と話をすることによって「自分だけではない安心感」などを抱いたり、＜カタルシス＞や＜ノーマライズ＞が生じる。そして＜視点の広がり＞が生じる。辛く苦しい出来事を「受け入れるのではなく引き受ける」というような出来事との付き合い方に変化が生じ、＜運命を引き受ける＞。そうして、【辛く苦しい出来事の意味や価値を見いだす】ようになる。Bさんは＜感情鈍麻＞、＜自己偽り＞、＜他者承認渇望＞、＜自他境界不明瞭＞、＜自己探索＞の 5 つの時期に区別できた。Bさんは子どもの頃から自分の気持ちとは裏腹な行動をとって適応しようと努め、意識的に感情を排除して生きてきた。これを＜感情鈍麻＞と名付けた。Bさんは幼少期、自分の気持ちや願望をすべて押し殺して＜自己偽り＞し、その後Bさんは「承認欲求の著しい追及」という行動に出て＜他者承認渇望＞する。Bさんは本当の感情など＜自己捜索＞を行うプロセスにいるのだと考えられる。Bさんは子どもの頃に誰にも抱えてもらうことができず、「対人コミュニケーションの歪み」が生じていたことが考えられる。抱えてもらう経験のなかったBさんは「保護されることへの羨望と嫉妬」が生じ、それが「世代間伝達」を産み、「自分の持っている怖さに気づく」きっ56かけになっていると考える。そうして不明瞭だった自他の間に境界線が見え始める。自分の気持ちに蓋をし続けてきたBさんは、自分の心に従いたくても自己が見えにくい状況にあると考えられる。辛く苦しい出来事のトラウマ反応として、これまで築いてきた自己感を揺るがされ、葛藤する主体が希薄化していることが考えられる。Ⅳ．総合考察辛く苦しい出来事によって「信頼関係の崩壊」が生じ、怒りや恥、不安や恐怖などの感情が援助を要請することを妨げていたり、対人関係を築いても感情のコントロールが上手くいかなかったりする場合があることが分かった。辛く苦しい出来事を経験したすべての人は、自分が生き残る上でのなにがしかの機能を持っており、葛藤の中で「このままでは立ちゆかない」という気づきが生じる。辛く苦しい出来事を経験した人の中には、出来事の意味を見いだせず、もがき続けている人もいる。同一性を有する自己が存在しなければ、レジリエンスやPTGを経験することは難しいことが推測される。量的研究にて、辛く苦しい出来事に直面した際、問題を解決することよりも、疑問や曖昧な状況に留まり人生の意味や感情の葛藤など答えの出ない曖昧さに向き合い続ける態度が大切であることが示唆された。これは、辛く苦しい出来事を経験した当事者だけでなく、それを支援する側にも求められる態度だと考える。セラピストは、辛く苦しい出来事と共に生きる人に対して、「受容すること」の援助ではなく、「理解すること」の援助が必要である。経験や感情を他者に語り、内的な作業を繰り返すことによって＜カタルシス＞が発揮され、持続可能な心理的変容を遂げることが出来るのではないだろうか。Ⅴ．引用文献Boss, P. （2005），「さよなら」のない別れ別れのない「さよなら」─あいまいな喪失（南山浩二, 訳）．学文社.Budner, S. （1962）．Intolerance of ambiguity as a personality variable. Journal of Personality, 30, 29-50.Calhoun LG, Cann, Tedeschi RG （2010）．The posttraumatic growth model: Sociocultural consideration. In T Weiss & R Berger（Eds .） Posttraumat ic  Growth and Culturally Competent Practice: Lessons Learned from Around the Globe. New Jersey: John Wiley & Sons, pp.1-14.木下康仁（2007）．修正版グラウンウンデッド・セオリー・アプローチ（M-GTA）の分析技法富山大学看護学会誌, 6（2），p1-p10.南山浩二（2016）．あいまいな喪失―生と死の＜あいだ＞と未解決の悲観―, 質的心理学フォーラム, 8, 56-64.Norton, R.（1975）．Measurement of ambiguity tolerance. Journal of Personality Assessment, 39, 607－619. Tedeschi, R. G., & Calhoun, L. G. （2006）．Expert companions :  Posttraumatic growth in clinical practice. In Calhoun, L. G., & Tedeschi, R. G. （Eds.）, Handbook of posttraumatic growth: Research and practice （pp.291-310）．Mahwah, NJ: Lawrence Erlbaum Associates.Tedeschi, RG., Cann, A., Taku, K., Senol-Durak, E., & Calhoun, L. G. （2017）．The Posttraumatic Growth　Inventory: A revision integrating existential and spiritual change. Journal of Traumatic Stress, 30, 11-18.57

心的外傷後の心理的変容プロセスおよび成長

濱田　百映花

ヒューマンサイエンス　2025　No.28重合開始剤MTMPがメダカ（Oryzias letipes）に及ぼす雌性ホルモン様作用に関する研究神戸女学院大学大学院　人間科学研究科 博士前期課程 1 年　濱田　百映花1 ．はじめに1-1．内分泌かく乱化学物質について現在、地球上には多くの化学物質が存在しており、その中には生物の成長や生殖など体内の重要な機能を担っている内分泌系の働きに影響を及ぼすものがある。こうした化学物質を内分泌かく乱化学物質という（環境省, 2019）。また、内分泌かく乱化学物質の多くは、その構造的特徴から女性（雌性）ホルモン様作用を持つことが知られているため、古くから野生生物を雌化させる物質として注目されている（征矢野, 2013）。世界各地で内分泌かく乱化学物質によると考えられる野生生物の異常が報告されている。例えば、英国では1985年にニジマス（Oncorhynchus mykiss）の雌化が確認され、避妊ホルモン療法で使用される合成エストロゲン17α-エチニルエストラジオールが下水処理水を介して河川に流出したことが原因と推測されている（戸津川　2011）。1-2．重合開始剤について重合開始剤とは、熱や紫外線などを用いて重合反応を開始させるために用いられる化学物質であり、熱重合開始剤と光重合開始剤に大別される。その重合開始剤の 1 種として 2 -Methyl- 4 '-（methylthio）- 2 -morpholinopropiophenone （MTMP）がある。MTMPは、日本では2011年の化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律の改正において新規公示化学物質に分類されており、「一定数量（ 1 t）以上製造又は輸入した者は、その数量等を経済産業大臣に届け出なければならない」とされている（経済産業省　2011）。MTMPの2022年度の製造・輸入数量は1,000t未満と公表されており（経済産業省, 2022）、使用量や用途に関する書類の提出が要求される対象になっている。1-3．MTMPについて近年、MTMPは雌性ホルモン様作用物質として の 疑 い が あ る こ と が 報 告 さ れ て お り（Kawasaki & Sendo, 2021）、環境中へ流出した場合はそうした作用が野生生物へ及ぶことが想定される。そのため、MTMPの環境中濃度を把握することが重要であるが、MTMPの環境中濃度については未だ調査されていない。しかし、MTMPの使用量は今後より一層増えると推測されており、使用量の増加に伴い環境中への排出量増加も懸念される。一旦河川に流出すると魚などに影響が及ぶ可能性があるため、雌性ホルモン様作用を含め環境生物に対する影響を調べることは重要な課題であると考えられている。2 ．研究目的本研究では、MTMPが雄メダカに対して雌性ホルモン様作用を誘発するのか、誘発する場合、その最小影響濃度を明らかにすることを目的とする。3 ．MTMPの雄メダカに対する雌性ホルモン様作用の検出3-1．ビテロジェニンについてビテロジェニン（VTG: Vitellogenin）は化学物質の雌性ホルモン様作用を検出するバイオマーカーである（原, 2001、石橋, 2002）。VTGとはリン、脂質、糖を含む複合タンパクであり、卵黄タンパクの前駆体である。通常は雌性ホルモンの刺激により卵生の生物の肝臓中で合成され、血中に分泌される雌特異的タンパク質である（松原ら, 2008）。VTGは正常な雄ではほとんど検出されない130が、雌性ホルモン様作用物質の影響を受けた雄では肝細胞内のVTG遺伝子の転写が促進され、VTG合成が見られる。雄は卵母細胞が存在しないこと、VTGタンパク質の分解速度が遅いことから血液中に大量に分泌される（原, 1999）。そのため、魚類の雄が雌性ホルモン用作用物質に曝露された場合、高濃度で血液中に存在することが報告されている（原, 1999、松原, 2008）。3-2．方法MTMPがメダカに対して雌性ホルモン様作用を誘発させる最小影響濃度を調べるために、雄を用いて14日間の曝露試験を行った。3-2-1．濃度設定1 mg/L から公比 2 で0.5 mg/L 、0.25 mg/L、0.125 mg/Lと対照区の計 5 濃度区を設定した。3-2-2．曝露流水装置にセットした 2 L容角形ガラス水槽に 1 濃度区 5 尾ずつメダカを投入した。曝露期間中は 1 日 2 回ブランシュリンプ孵化幼生を給餌した。水温は24± 1 ℃、光周期は明16h:暗 8 hの条件下で行った。また、曝露期間中はメダカの症状を毎日観察、記録すると共に、流水装置の流量の確認を行った。3-2-3．水質測定測 定 項目は 溶 存 酸 素 濃 度（DO: Dissolved Oxygen）、㏗及び水温とし、週に 1 回測定を行った。3-2-4．肝臓体指数、生殖腺体指数14日間の曝露終了後、曝露個体から肝臓及び生殖腺を摘出し、以下の方法で肝臓体指数及び生殖腺体指数を算出した。生殖腺体指数あるいは肝臓体指数(%） = 精巣あるいは肝臓重量(g) ÷ 体重(g) × 1003-2-5．ビテロジェニン遺伝子の発現解析14日間の曝露終了後、曝露個体から摘出した肝臓からVTG遺伝子の発現量を以下の手順で解析した。コントロール遺伝子としてRPL- 7（Ribosomal Protein Lange- 7 ）を使用した。RPL- 7 とは雌雄問わず、あらゆる臓器で一定量発現しているリボソームタンパク質である。メダカでは 2 種のVTG （VTG 1 、VTG 2 ）が知られているが、それぞれ化学物質に対する感受性に差があるため（山口, 2008）、2 種のVTGの発現レベルを解析した。摘出した肝臓よりRNAを抽出し、それを鋳型にcDNA合成及びリアルタイムPCRを行った。そして、∆∆Ct法によりRPL- 7 、VTG- 1 、VTG- 2 の相対発現解析を行った。解析結果を対照区のオスの平均値を基準として比較し、統計学的な有意差がみられるか否かを確かめた。すべての統計処理はIBM SPSS Statistics 22 （IBM）を用い、ボンフェローニ補正を適用したマンホイットニーのU検定を実施した。有意確率は p < 0.05とした。3-3．結果3-3-1．メダカの死亡及び症状曝露期間中、全濃度区でメダカの死亡は観察されなかった。3-3-2．生殖腺体指数対照区の平均値は0.936%であった。曝露区における0.125mg/L区では0.724%、0.25mg/L区では0.577%、0.5mg/L区で0.788%、1.0mg/L区では0.635%であった。各曝露区における平均値は対照区よりも低い値であった。しかしながら、曝露濃度依存的な低下傾向はみられなかった。3-3-3．肝臓体指数対照区の平均値は2.21%であった。曝露区にお け る0.125mg/L区 で は、 平 均 値 が2.52%、131ヒューマンサイエンス　2025　No.280.25mg/L区では2.11%、0.5mg/L区では2.29%、1.0mg/L区では2.46％であった。0.5mg/L区では対照区と同程度であったが、他の各曝露区における平均値は対照区よりも高い値であった。しかしながら、曝露濃度依存的な上昇傾向はみられなかった。3-3-4．ビテロジェニン遺伝子の発現解析VTG 1 の相対発現比は、0.125mg/L区では4.24、0.25mg/L区 で は48.8で あ っ た。 ま た0.5mg/L区では3.51×104、1.0mg/L区では3.30×105であった。VTG 2 の相対発現比に関しては、0.125mg/L区 で は69.0、0.25mg/L区 で は419、0.5mg/L区では4.42×104、1.0mg/L区では1.25×108であった。全曝露区におけるVTG 2の発現量はVTG 1 の発現量よりも大きかった。VTG 1 及びVTG 2 共に曝露濃度依存的な上昇傾向がみられ、VTG 1 及びVTG 2 の相対発現比は0.5mg/L区以上において対照区との間に統計学的な有意差がみられた。3-4．考察MTMPは曝露濃度依存的にオスメダカにVTG遺伝子発現を生じさせたことから、MTMPがメダカに対して雌性ホルモン様作用を誘発させることが確認され、その最小影響濃度は0.5mg/Lであることが示唆された。また、今回の結果を他の雌性ホルモン様物質及び雌性ホルモンそのものを用いた試験結果と比較してみると、MTMPは比較的高濃度で曝露する場合に雌性ホルモン様作用を発揮し、雌性ホルモン様作用は弱いことが示された（表 1 ）。表 1 　本研究におけるMTMP のメダカVTG 産生に関する最小作用濃度と他物質との比較物質 最小作用濃度（mg/L）曝露期間（day） 検出対象 備考MTMP 0.5 14 mRNA 本研究エストラジオール 0.0000257 28 タンパク質 国立環境研究所（2022）ノニルフェノール 0.05 35 mRNA Tabata et al （2003）4 -t-オクチルフェノール 0.0823 21 タンパク質 いであ株式会社（2015）ブチルパラベン 0.102 14 mRNA Yokota et al. （2013）ビスフェノールA 3.12 21 タンパク質 Kang et al. （2001）本研究の結果、MTMPは雄メダカに対して雌性ホルモン様作用を引きおこすことが示されたため、その雌性ホルモン様作用によって雄メダカに生殖異常が生じ、繫殖影響につながる可能性がある。そのため、今後はMTMPの雌性ホルモン様作用によってメダカの繫殖に影響が生じるか否か、生じる場合はその最小影響濃度を調べるための試験を実施する予定である。4．引用文献ビスフェノールAを対象としてこれまでに実施した第１段階生物試験結果及び化学物質の内分泌かく乱作用に関連する報告の信頼性評価結果<https://www.env.go.jp/chemi/end/extend2016/commi2020/13.pdf>　（2025年1月29日）ECHA  Substance Name: 2-methyl-1-（4 132-methylthiophenyl）-2-morpholinopropan-1-one<https://echa.europa.eu/documents/10162/e4917be1-32fd-dbd6-e305-90f269d446dd＞　（2025年1月29日）Eguchi ,  S .  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重合開始剤MTMPがメダカ （Oryzias letipes）に及ぼす雌性ホルモン様作用に関する研究

本坊　桃菜

ヒューマンサイエンス　2025　No.28女子青年の両親間葛藤認知とアサーションの関連神戸女学院大学大学院　人間科学研究科 博士前期課程 1 年　本坊　桃菜 Ⅰ．問題1 ．両親間葛藤認知について我が国において一方の親が子どもの前で他方の親に暴力を振るったり暴言をはいたり、夫婦喧嘩を子どもにみせたりする面前DVの認知件数が年々増加しており、令和 5 年（2023）における通告児童数は約 5 万 2 千人に上る（警察庁，2024）。釣谷ら（2023）は「面前DVのような深刻な問題にまで至らなくとも、両親間の対立に悩む子どもは多くいる」と指摘している。特に子どもは青年期において、自らとその養育者を客観視し、養育者を自分の両親であると同時に夫婦のモデルとして認識し（川島ら，2008）、両親のあり方をより敏感に感じ取るようになる（Davis, Dumenci & Windle, 1999）。親との心理的距離ができることで親を相対化してとらえるようになり、「親・両親」という視点のみだけでなく、「男女・夫婦」といった視点も生じてくることから、両親間の葛藤に対する認知も児童期とは異なり、より客観的に捉えられ影響も異なってくる（山本ら，2012）と考えられる。また、こういった時期に両親の葛藤にさらされることは、子どもの心理的不適応を引き起こす可能性がある（宇都宮，2005）。そして、青年期においては実際の夫婦関係よりも、彼らの目に映る夫婦関係のほうが重要な意味をもつこと が 指 摘 さ れ て い る（Grych & Fincham, 1993）。つまり、実際の夫婦関係の事実よりも、夫婦関係を子どもがどのように認知するかということが重要であるということである。両親間葛藤とは、夫婦の間に何らかの心理的（認知的・情緒的）対立のある状態（川島ら，2008）であり、子どもの不安や抑うつ等の内在化問題や攻撃性や非行等の外在化問題の発生との関連が多くの実証実験で明らかになっている（Van Eldik et al, 2020）。両親間葛藤が子どもの適応にどのような影響を与えるかを説明するときの主要な理論として認知状況的枠組み理論（Cognitive-contextual framework; Grych & Fincham, 1990）と情緒安定性理論（Emotional Security Theory: 以 下ESTと す る; Davies & Cummings, 1994）がある。認知状況的枠組み理論は、両親間葛藤に対して子どもが恐れや自己非難を認知することで心理的適応に影響を及ぼすことを想定している（Grych & Fincham, 1990）。ESTは、両親間葛藤によって子どもの情緒安定性が脅かされることで子どもの心理的適応に影響を及ぼすことを想定している（Davies & Cummings, 1994）。これらの理論に基づいて欧米では数多くの実証的研究が行われている。日本では、欧米と比較して両親間葛藤と子どもの適応に関する研究は数少ないものの、いくつか挙げられる。日本で両親間葛藤に関する研究が遅れている背景として濱口（2021）は、子どもへの影響性を考慮した両親関係に関わる尺度が未整備であることを指摘している。統一的な尺度がないことは、日本で理論に基づく体系的な研究が進まない原因の一つである（濱口，2021）。このように基準となる両親間葛藤の尺度の確立が求められる一方で、日本独自の両親関係を踏まえた検討や尺度の作成も行われている。川島ら（2008）は、巻き込まれ感と両親への情緒的つながりに着目して認知的状況的枠組み理論とESTを基に両親間葛藤の認知的評価と抑うつとの関連を検討した。その結果、子どもが認知した両親間葛藤の深刻さや巻き込まれ感が恐れや自己非難を介して抑うつと関連することが明らかになった（川島ら，2008）。また山本ら（2012）は、「川島ら（2008）の「巻き込まれ」尺度は、両親間葛藤尺度から独立しており、またその特性内容に適さない項目が含まれていた」ことを指摘した。そこで新たに巻き込まれ感を表す項目を含めたう104えで、日本の夫婦関係の実情に見合った両親間葛藤尺度の開発を行い、その尺度を用いて抑うつと自尊感情との関連について検討した。その結果、子どもが認知した両親間葛藤の激しさが巻き込まれ感を介して自尊感情や抑うつ、恐れと関連することや、両親間葛藤の持続性が直接自尊感情へ影響することを明らかにした（山本ら，2012）。これらの研究から、両親間葛藤が子どもに大きな影響を与えることが明らかになった。両親間葛藤は、夫婦間のコミュケーションの延長にあるものであると考え、その様子をみる子どもは、親の両親間葛藤からもコミュケーションの仕方を学習する可能性があるのではないだろうかと推測する。このことから両親間葛藤認知が子どものコミュニケーションの仕方に何らかの影響を与えるのではないかと考える。2 ．両親間葛藤とアサーションについて両親間葛藤とアサーションに着目した後藤ら（2023）の研究では、子どもは両親の様子を観察して自分自身の自己表現に応用する力があることを指摘している。近年、自己表現の在り方としてアサーションが注目されている。アサーションは、米国で生まれ、黒人や女性の権利を主張する運動から発展した人間関係における自己表現の仕方である。この自己表現の方法は 3 つのタイプに分かれる（平木，2014）。それは、攻撃的表現と非主張的表現とアサーティブな表現である。攻撃的表現とは、自分だけを大切にして相手を軽んじる表現のことである。非主張的表現とは、自分のことは二の次で、相手に合わせる表現のことである。アサーティブな表現とは、自分も相手も大切にする表現のことである。これら 3 つのうち、後藤ら（2023）は、非主張的表現に焦点をあて、両親間葛藤の激しさが非主張的表現に影響を及ぼすことを示した。3 ．性差について両親間葛藤の子どもの適応への影響に関する性差について、一貫した結果が得られていないことが示されている（川島ら，2008）。一方で、両親間葛藤への子どもの巻き込まれに関する認知では、女性の方が巻き込まれ感が高く、家族間の問題に対して敏感であることが示された研究もある（Amato & Afifi, 2006）。本研究では、女子青年に対象者を絞って研究を進めていくこととする。Ⅱ．目的以上より、本研究では両親間葛藤を認知することが、青年の自己表現の在り方にどのように影響を与えるのか検討することを目的に、今後研究を進める。Ⅲ．今後の展望今後、上記の目的に沿って質問紙調査を行う。質問紙調査で使用する尺度は、子どもが認知した夫婦間葛藤尺度（山本ら，2012）と自己表現尺度（内山，2020）を予定している。そして分析方法は共分散構造分析を行い、探索的な研究を進めていく。Ⅳ．引用文献Amato,P.R,& Afifi ,T.D.（2006）. Feeling caught between parents: Adult children’s relations with parents and subjective well-being. Journal of Marriage and Family. 68, 222-235.Davies ,P .T. ,& Cummings ,E.M.（1994）. Marital conflict and child adjustment: An emotional  security hypothesis . Psychological Bulletin, 116, 387-411.Davies, P. T., Dumenci, L., & Windle, M. （1999）. The Interplay Between MaternalDepressive Symptoms and Marital Distress in the Prediction of Adolescent Adjustment. 105ヒューマンサイエンス　2025　No.28Journal of Marriage and Family, 61（1), 238-254.後藤美結・山田哲子・興津真理子（2023）．両親間葛藤認知がもたらす青年の自己表現の在り方及び結婚観への影響―要求拒否想定場面におけるアサーション能力に着目して― 心理臨床科学, 13（1), 17-30.Grych, J. H., & Fincham, F.D.（1990）．Marital conflict and children’s adjustment:A cogn i t i v e-con tex tua l  f r amework . Psychological Bulletin, 108, 267-290.Grych, J .  H. ,  & Fincham, F.D.（1993）．Ch i l d r en ’ s  a pp r a i s a l s  o f  ma r i t a l confl ict :Initial investigations of the cognitive-contextual framework. Child Development, 64, 215-230.濱口佳和（2021）．子どもからみた両親間のやりとりに関する探索的検―両親間交流尺度作成の試み―　筑波大学心理学研究, 59, 37-48.平木典子（2014）.  自己カウンセリングとアサーションのすすめ 金子書房川島亜紀子・眞榮城和美・菅原ますみ・酒井厚・伊藤教子（2008）．両親の夫婦間葛藤に対する青年期の子どもの認知と抑うつとの関連 教育心理学研究, 56, 353-363.警察庁（2024）．R5_STDVRPCAkouhousiryou_syuusei.pdf（2024/12/19閲覧）釣谷美沙貴・直原康光（2023）．両親間葛藤、情緒的不安定性と青年の心理的適応の関連に対する対処行動の調整効果 富山大学 心理学研究, 95(3), 153-163.内山有美（2020）．自己表現尺度の作成および信頼性と妥当性の検討 パーソナリティ研究, 28(3), 247-249.宇都宮博（2005）．女子青年における不安と両親の夫婦関係に関する認知―子どもの目に映る父親と母親の結婚生活コミットメント―教育心理学研究, 53, 209-219.Van Eldic, W. M., de Haan, A. D., Parry, L. Q., Davies, P. T., Luijk, M.P., Arends, L. R., & Prinzie, P. （2020）. The interparental relationship: Meta-analytic associations with children＇s maladjustment and responses to interparental confl ict . Psychological Bulletin, 146, 553-594.山本倫子・伊藤裕子（2012）．青年期の子どもが認知した夫婦間葛藤と精神的健康との関連 家族心理学研究, 26(1), 83-94.106

女子青年の両親間葛藤認知とアサーションの関連

編　集　後　記2024年度、28号目となるヒューマンサイエンスが完成いたしました。神戸女学院大学大学院人間科学研究科の博士前期課程には「臨床心理学」、「人間行動学」、「環境科学」、「健康科学」の 4 つの分野があります。また、博士後期課程には「臨床人間科学」、「人間環境科学」の 2 分野の教育課程で編成されています。ヒューマンサイエンスは、各分野の日頃の研究内容を 1 冊の研究誌としてまとめたものです。2024年には、パリオリンピック・パラリンピックが開催され、世界中のアスリートが熱戦を繰り広げました。日本選手も多くのメダルを獲得し、大きな感動を与えました。また、科学技術の分野では、日本の宇宙探査機「SLIM」が月面着陸に成功し、探査技術の進歩を示しました。さらに、大阪・関西万博の準備が本格化し、日本の未来に向けた新たな展望が広がる一年となりました。しかし一方で、自然災害も相次ぎました。 1 月に発生した能登半島地震は、多くの方々に深刻な影響を及ぼし、現在もなお被災された方々の困難な状況が続いています。また、日向灘でも大規模な地震が発生し、南海トラフ巨大地震への警戒が一層強まりました。さらに、2025年には阪神・淡路大震災から30年を迎えることもあり、改めて震災への備えと意識を高める必要性を痛感しております。研究を支えてくださる多くの方々に深く感謝申し上げます。こうした支援のもと研究を続けられることを誇りに思い、今後も学問の発展に寄与できるよう努めてまいります。末筆ではございますが、寄稿頂きました國吉知子名誉教授、高岡素子教授、木村昌紀教授、高木俊人専任講師に感謝申し上げます。また、心理学部・人間科学部の先生方、心理学部・人間科学部事務室の方々にも感謝申し上げます。編集委員一同、このヒューマンサイエンスの編集・執筆に関わることが出来たことを大変光栄に思っております。2025年　若葉が芽吹く季節に酒巻　里菜 岡松　初季竹田佐和子大野　愛加156

編集後記

活動記録（2024年度）⚑．機関名称変更2024年度より女性学インスティチュートからジェンダーインスティチュートへ機関名称変更⚒．講演会他（⚑）ジェンダーインスティチュート主催特別講演会開催日：2024年⚖月⚗日題 目：「おそるおそる育休を取った私が考える、おそるおそるじゃなく休むために大事なこと」講演者：環境・バイオサイエンス学科 西 靖 特別客員教授（毎日放送アナウンサー）（⚒）定例研究会開催日：2024年⚖月⚘日テーマ：「男性育児」発表者：甲南大学 文学部 中里 英樹 教授茨城大学 教育学部 佐藤 裕紀子 教授（⚓）ドキュメンタリー映画上映・解説トークイベント開催日：2024年11月24日（西宮市大学交流センター）上 映：『燃えあがる女性記者たち』監督 リントゥ・トーマス／スシュミト・ゴーシュ解 説：青山学院大学 地球社会共生学部 菅野 美佐子 助教（⚔）合同研究会開催日：2025年⚓月⚗日（オンラインおよび学内対面開催）共 催：奈良女子大学アジア・ジェンダー文化学研究センター発表Ⅰ：「リプロダクティブ・ヘルスを考える―女性の健康を守り、そして揺るがすもの」発表者：奈良女子大学アジア・ジェンダー文化学研究センター 曾 璟蕙 協力研究員発表Ⅱ：「金原ひとみとフェミニズム―その距離の危うさ」発表者：総合文化学科 田村 美由紀 専任講師⚓．助成・補助（⚑）研究助成：⚑件「ドキュメンタリー映像によるジェンダー教育の可能性（⚓)―『燃えあがる女性記者たち』を事例に」グローバル・スタディーズ学科 南出 和余 准教授（⚒）国内学会等出張補助：⚑件Asian Studies Conference Japan 2024グローバル・スタディーズ学科 瀬戸 智子 准教授81⚔．学生懸賞論文（第26回ジェンダーインスティチュート賞）応募総数：⚑編最優秀賞：⚑編優秀賞 ：なし＜最優秀賞＞南原 怜奈 氏（2024年⚓月総合文化学科卒業）「マーガレット・ミッチェルの『風と共に去りぬ』が描く「古き良き南部」の名誉と調和―スカーレットが愛したプランテーション社会―」⚕．授業Cu130ab 「女性学（Ⅰ）」a、bCu131ab 「女性学（Ⅱ）」a、bCu236ab 「ジェンダー学」a、b⚖．ジェンダーインスティチュート学生サポーター「ミルラ」の活動（⚑）サポーター学生数：15名（2025年⚒月現在）（⚒）新入生オリエンテーションにて前年度芦屋市と共同で作成した「デート DV防止啓発パンフレット」の説明と配布（⚓）学内生理用品設置プロジェクト・前年度に引き続き、学内に生理用品配置・アンケート実施（⚔）西宮市「未来につながる私のアクション」、ウィメンズセンター大阪「GIRLSFESTIVAL」で生理用品設置プロジェクトについて発表（⚕）岡田山祭出店（特定非営利活動法人HIKIDASHI（性教育カフェ）と共同出店）・学内生理用品設置プロジェクトとデート DVについての展示・ジェンダーに力を入れている企業の紹介・月経周期を学べるブレスレット作成コーナーの設置等（⚖）第23回めぐみ会賞（2024年度）受賞（⚗）ミルラ公式インスタグラム開設他、学内外で広く活動⚗．ジェンダーインスティチュートホームページのリニューアル2024年⚕月より研究所・女性学インスティチュートホームページから独立した新たなホームページを公開⚘．国際女性デー2025年⚓月⚘日国際女性デーに大学およびジェンダーインスティチュートホームページ・SNSからメッセージ発信予定⚙．発行物『ジェンダーインスティチュートジャーナル』第39号（2025年⚓月発行）82⚓ 校

活動記録（2024年度）

ISSN 0389-1658神戸女学院大学目 次研究論文精神保健福祉士養成教育におけるグループスーパービジョンの課題―養成校でのソーシャルワーク実習指導におけるグループの効果的活用に向けた文献検討―宮 脇 英 子…… 1安価な手作りウェルプレートを使用した酢酸およびアンモニアの電離平衡に関するマイクロスケール実験教材の改良と授業実践中 川 徹 夫……19高校生友人間で LINEの返信が無い場面の受け止めについての検討―ネガティブ感情と想起内容を切り口に―須 藤 春 佳、白 畑 眞 緑……31福岡女学院メサイアの演奏史 津 上 智 実……49⚒⚐⚒⚕年⚖月神 戸 女 学 院 大 学 研 究 所ISSN 0389-1658CONTENTSArticlesThe Issues of Group Supervision in Training for Mental Health Social Workers—The Effective Use of Groups in Social Work Practicum at Training Institutions :A Literature Review—MIYAWAKI Eiko…… 1Improvement of Microscale Experimental Materials on Shifts in Ionization Equilibria ofAcetic Acid and Ammonia using Low-Cost Handmade Well Plates and Their PracticalLessonsNAKAGAWA Tetsuo……19Examination of High School Students’ Perceptions of Situations Where Their FriendsDo Not Reply on LINE—From the Perspective of Negative Emotions and Thought Content—SUDO Haruka, SHIRAHATA Minori……31A History of the Messiah Performances by Fukuoka Jo GakuinTSUGAMI Motomi……49

裏表紙・目次

ISSN 0913―6630第39号ジェンダーインスティチュートジャーナルJournal of the Kobe College Gender Institute2024 vol. 39R7/03/18　背幅変更 背幅 3.7ｍｍ 明朝神戸女学院大学ジェンダーインスティチュートジャーナル第39号神 戸 女 学 院 大 学ジェンダーインスティチュート

表紙

吉川　友香

完璧な子育て志向の母親と育児ストレスとの関連神戸女学院大学大学院　人間科学研究科 博士前期課程 1 年　吉川　友香Ⅰ．問題・目的1 ．育児ストレス佐藤・菅原・戸田・島・北村（1994）では、育児ストレスについて「子どもや育児に関する出来事や状況などが母親によって脅威であると知覚されることや、その結果、母親が経験する困難な状態」と定義されている。高橋（2007）は、乳児の母親の育児ストレス状況とその関連要因について検討し、特性不安尺度の下位尺度である、比較的安定した個人内特性としての不安を喚起しやすい傾向の「特性不安」は、育児ストレスを高める傾向にあることを示した。中谷・中谷（2006）は、子どもの反抗行動に対する母親の認知と虐待的行為との関連について検討し、育児ストレスが母親の否定的認知・被害的認知を高め、虐待的行為に影響を与えていることが示唆された。しかし、自尊感情が高いほど、被害的認知を抑制できると述べられていた。以上のことから、育児ストレスと母親のパーソナリティには関連があると推測される。2 ．完璧な子育て志向の母親内閣府が行った「青少年の社会的自立に関する意識調査」では、15 ～ 29歳までの父親もしくは母親を対象とし、育児行動に関する 7 つの質問項目に回答を求めた （内閣府政策統括官（共生社会政策担当）， 2005）。この調査から、育児行動には、勉強や生活習慣を厳格に求める「きっちり」した側面と、子どもの遊びや体験、希望や意見の表明を重視する「のびのび」した側面があるとされた（本田, 2008）。「きっちり」育児と「のびのび」育児には、どちらにも力を入れるか、どちらにも力を入れないという関連がみられた。また、学歴が短大、大卒など高学歴の母親において、「きっちり」と「のびのび」の両方の育児行動が高まり、子育ての様々な側面に力を入れる「パーフェクト・マザー」を志向する傾向があるとされた。齋藤（2009）は、日本の母親は「完璧な母親」が求められてきたことを指摘している。世間にそう思われているかは別として、「母親たるもの、子どもの面倒をきちんとみなければならない」「子どもを家に残して外に遊びに出かけるなんて、許されない」「仕事がいくら大事だろうと、母親は子どもを優先させなければならない」と、母親当人たちがそう感じざるをえない何かがあると述べている。行政は、育児支援として「親のあり方」を学べる機会を提供いるが、そこに参加する人たちは意識が高い母親であり、行政の支援が母親たちへのプレッシャーとなる懸念があると指摘している。3 ． 母親のパーソナリティや認知と、不適応な育児行動の関連中川・宮本（2020）は、幼児の負の感情表出と母親の不適切な対処行動との関連について調査し、母親の不適切な対処行動に直接影響を及ぼす要因として、母親のイライラ感と子どもの年齢との関連がみられた。そして、母親のイライラ感を高める要因として、子どもの育てにくさと、完璧主義という母親の認知様式が関連していることが示された。中川・宮本（2020）の研究では、母親の「認知様式」としての完全主義に着目していたが、三重野・濱口（2005）の研究では、「子育て」における完全主義傾向に着目し、育児ストレスとの関連について検討されている。「完璧な子育てを目指す母親」は、子育てにおいて高い完全主義傾向を示すだろうという考えから、Hewitt ＆ Flett（1991） の「Multidimensional Perfectionism Scale」を日本語に翻訳した、大谷・桜井（1995）「完全主義尺度」、桜井・大谷（1997）「新完全主義尺度」を、子育ての状況に123ヒューマンサイエンス　2025　No.28沿うよう項目を修正し、「子育てにおける完全主義傾向」尺度が作成された。下位尺度は「子育てにおける自己志向的完全主義傾向」「子育てにおける子ども志向的完全主義傾向」「子育てにおける社会規定的完全主義傾向」で構成されている。調査の結果、「子育てにおける自己志向的完全主義傾向」と「子育てにおける社会規定的完全主義傾向」が、育児ストレスを高めることが示された。以上のことから、完璧を求める母親の認知やパーソナリティは、不適切な養育行動につながり、育児ストレスを高める傾向にあることが示唆された。しかし、ここでは子育てにおける完全主義傾向の母親が、実際にどのような育児行動をとっているのかは示されていない。4 ．完璧な子育て志向の母親のストレス要因完璧な子育て志向の母親は、そうでない母親と比較し、理想とする育児行動の水準が高いと考えられる。そのため、完璧な子育て志向の母親の母親は、理想の育児行動と、実際に行っている育児行動のズレが大きくなり、育児ストレスが高まりやすい傾向にあると考えられる。Ⅲ．本研究の目的本研究では、完璧な子育て志向の母親が育児ストレスを高める要因について検討することを目的とする。完璧な子育て志向の母親が、実際にどのような育児行動をとっているのか調査し、完全主義傾向の母親と、そうでない母親との間には、育児行動に違いがみられるのか検討する。完璧な子育て志向の母親は、理想の育児のあり方の水準が高く、それに向かって行動することで育児ストレスが高くなっていると推測する。そのため、理想とする育児行動と実際に行っている育児行動の差を調査し、理想と現実の育児行動の差による影響について検討する。Ⅳ．今後の展望本研究では、完全主義傾向の母親の適応的な側面についての研究を行おうとしているが、現時点での研究の方法として、母親の育児行動のみを考えており、母親の育児行動に対する子どもの反応のことを考慮できていない。育児は親と子の双方の関わりであるため、研究の方法について検討を重ねていきたい。しかし、先行研究で完全主義傾向の母親は、育児ストレスを高めるという結果が示されていることから、完全主義傾向の母親の適応的な側面についての研究ではなく、完全主義傾向を低減させるようなアプローチにつながる研究の方が意義があるのかもしれない。母親が育児に完璧を求める要因について検討し、そこから育児に対する完全主義傾向を低下させる方法について考えていくという研究の方向性も考えられる。今後の課題として、研究の目的について考えなおしていき、研究の目的が決まり次第、方法についても検討していきたい。Ⅴ．引用文献Hewitt, P.L. & Flett, G.L. （1991） Perfectionism i n  t h e  s e l f  a n d  s o c i a l  c o n t e x t s : Conceptualization, assessment, and association with psychopathology. Journal of Personality and Social Psychopathology, 60, 456-470.本田由紀（2008） 「家庭教育」の隘路　子育てに強迫される母たち　勁草書房.三重野洋子・濱口佳和（2005） 乳幼児をもつ母親における子育て完全主義傾向と育児ストレス　筑波大学心理学研究, 29, 109-116.内閣府政策統括官（共生社会政策担当）（2005） 青少年の社会的自立と意識：青少年の社会的自立に関する意識調査報告書　国立印刷局.中川陽子・宮本信也（2020） 幼児の負の感情表出に対する母親の不適切な対処行動につな124がる要因の検討　日本健康教育学会誌, 28（1), 15-24.中谷奈美子・中谷素之（2006） 母親の被害的認知が虐待行為に及ぼす影響　発達心理学研究, 17(2), 148-158.大谷佳子・桜井茂男（1995） 大学生における完全主義と抑うつ傾向および絶望感との関係　心理学研究, 66, 41-47.斎藤嘉孝（2009） 親になれない親たち　子ども時代の原体験と親発達の準備教育　新曜社.桜井茂男・大谷佳子（1997） “自己に求める完全主義”と抑うつ傾向および絶望感との関係　心理学研究, 68, 179-186.佐藤達哉・菅原ますみ・戸田まり・島　悟・北村俊則（1994） 育児に関連するストレスとその抑うつ重症度との関連　心理学研究, 64, 409-416.高橋有里（2007） 乳児の母親の育児ストレス状況とその関連要因　岩手県立大学看護学部紀要, 9, 31-41.125

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心理職のバーンアウトについて―被援助志向性の観点から―

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重合開始剤MTMPがメダカ（Oryzias letipes）に及ぼす雌性ホルモン様作用に関する研究

女子青年の両親間葛藤認知とアサーションの関連

編集後記

活動記録（2024年度）

裏表紙・目次

表紙

完璧な子育て志向の母親と育児ストレスとの関連

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