Udo Shigeharu

ウドウ シゲハル

シライ タツヤ

タテヤマ ノブヒト

ヒビノ キンヤ

日比野 欣也

有働 慈治

白井 達也

立山 暢人

Departmental Bulletin Paper共同研究departmental bulletin pape

日比野, 欣也

有働, 慈治

Udo, Shigeharu

立山, 暢人

白井, 達也

KANAGAWA University Repository

76  雷雲からの放射線を探る  日比野 欣也＊   有働 慈治＊＊ 立山 暢人＊   白井 達也＊  Search for Energetic Radiation from Thunderclouds  Kinya HIBINO＊    Shigeharu UDO＊＊ Nobuhito TATEYAMA＊    Tatsuya SHIRAI＊     １．はじめに NASA の高エネルギーガンマ線観測衛星「フェルミ」が，2009 年 12 月にエジプト上空を通過中に約 30 ミリ秒間に渡り，511keV のエネルギーを持ったガンマ線を検出した(1)．511keV のガンマ線とは，電子・陽電子対消滅の際に発生する特徴的な放射であり，どこかで大量に反物質である陽電子が生成されたことを示していた．詳細なデータ解析により，陽電子の発生場所はエジプトから南におよそ 4,500km 離れたザンビアで発生した雷雲であることが突き止められ，雷雲が大量の反物質を発生させたことを示唆する貴重な発見として報告された． 反物質である陽電子の発生メカニズムに関しては，雷雲や雷放電の中で高エネルギー粒子（主に電子）の加速が行われ，その粒子が大気中の原子核の近傍を通過する際の制動放射により，高エネルギーガンマ線を発生させる（この現象は，1990 年代の初めごろに Compton Gamma Ray Observatory (CGRO)という高エネルギーガンマ線観測衛星により発見され，Terrestrial Gamma-Ray Flash (TGF)と名付けられた(2)）．次にこの高エネルギーガンマ線が対創成により電子と陽電子に替わり，その陽電子が地球の磁力線に沿って運ばれて，フェルミ衛星を造っている物質内の電子と衝突して対消滅することにより 511keV ガンマ線が発生するという複雑なシナリオが考えられている． このシナリオの中で も理解が進んでいないところは，                                                                  *教授 物理学教室 Professor, Institute of Physics **特別助手 物理学教室 Research associate, Institute of Physics 電子などの荷電粒子が雷雲や雷放電の中で加速されるメカニズムである．雷雲内で高エネルギー粒子が作られていることは，天文観測衛星や 近の地上観測装置により明らかであるが，そのメカニズムを探求するにはまだ観測データが不足しているのが現状である． 高エネルギー粒子の加速メカニズムの解明は天文学や宇宙物理学の分野では重要な研究テーマとなっていたが，近の研究から意外にも身近な気象現象の中にその謎を解く鍵が隠されているかも知れないと考えられるようになってきた．本稿では，神奈川大学横浜キャンパスで始めた雷雲からの放射線観測実験の報告と，それに先立ち中国チベット自治区羊八井（標高 4,300m）での準備実験からの観測結果を報告する．  ２．雷雲からの放射線観測実験 天文観測衛星で発見された TGF 現象は地球全体で 1日当たりおよそ500事象以上の頻度で起こっていると見積もられている．そのうちの幾つかは地上でも捉えられていたとしても不思議ではない．実際，高山では数例観測されており，2000 年に落雷現象に同期した 1MeV を越える放射線が観測されていた(3)．日本においても，柏崎原子力発電所など北陸に設置された放射線モニタリングポストの放射線量が冬季雷雲通過に伴って，増大するという報告もあった(4)．その後，土屋らの理研・東大グループが柏崎原子力発電所敷地内において本格的な雷雲に伴うガンマ線観測を開始し，2007 年には雷放電と同期したガンマ線放射を検出し，そのエネルギースペクトルを求めることに成功し，雷雲内での放射線発生メカニズム解明に新たな知見を与えることになった(5)． 雷雲からの放射線を探る 77理研・東大グループの観測の特徴は，放射線モニタリングポストに較べ，放射線感度が高いだけでなく，荷電粒子とガンマ線との識別や放射線の到来方向の推定，および40keVから80MeVまでのエネルギー領域に感度があることであった．今回，我々が開発した検出器の特徴は，BGO 無機シンチレータを用いることにより，さらに高いエネルギー領域を測定できることである．BGOシンチレータはNaIやCsIと較べて有効原子番号が大きく密度も高いため，阻止能が高く，単位面積当たりの放射線の光電吸収率が高いため，高エネルギー領域の放射線検出器として優れている．    図 1 雷ガンマ線検出器概念図．それぞれのシンチレーション検出器ごとに検出できるエネルギー領域を分けて，全体としてダイナミックレンジを大きく取った．  本実験装置の概念図（図 1）は，40keV~3MeV領域をNaI(Ti) ， 300keV~20MeV 領 域 を CsI(Ti) ，1MeV~100MeV 領域をBGOと，それぞれのシンチレータが検出エネルギー領域を重複させながら，広いエネルギー領域をカバーできるように設計した．これらシンチレーション検出器は上方から到来する放射線を検出するように，側面と底面には鉛ブロックで囲み，雷雲や雷放電とは関係ないバックグラウンド放射線の遮蔽を行う．シンチレーション検出器の上部にはプラスティックシンチレーターの平板を設置して，上方から入射する放射線の荷電粒子とガンマ線識別を行う．図２は製作途中の実験装置である．鉛ブロックによる遮蔽はシンチレーション検出器ごとではなく，3 台をまとめて取り囲むようにした．プラスティックシンチレーターの長方形の平版は黒い光遮蔽シートで被い，側面よりライトガイドで光を集め，光電子増倍管で検出する． 本検出器は6号館4階屋外テラスに雨風を防ぐためにアルミ製の観測箱に収納して設置する．さらに雷雲および雷放電との同期を調べるために，同館屋上に設置した他の放射線検出器群や気象モニターと同時観測を行う．   図 2 製作中の雷ガンマ線検出器．上面以外を遮蔽するように3台のシンチレーション検出器を取り囲んでいる．黒い光遮蔽シートの中にはプラスティックシンチレーターの平版が入っている．  ３．チベットにおける雷雲放射線観測 我々は 1989 年より中華人民共和国西蔵自治区羊八井（標高 4,300m）に国際宇宙線観測所を建設し，日中共同研究として超高エネルギー宇宙物理分野の研究を行っている(6)．観測所では，約 3,700 平米の敷地に 789 台のシンチレーション検出器を升目上に並べた宇宙線空気シャワー観測装置（図３）を中心に様々な放射線検出器による観測実験を行ってきた．  図 3 羊八井国際宇宙線観測所全景．白い点状に見えるものがシンチレーション検出器からなる宇宙線空気シャワー観測装置．中心部に制御室や中性子観測装置などの建物がある．  この観測所は標高が高いため雷雲と地面との距離が近いこと，さらに他種類の検出器との同時観測が容易に実現可能であることから，将来的に大規模な雷ガンマ線観測を行うには 適な場所と考えている．我々は 2010 年より気象モニター，落雷トラッカーや大気電場計をこの観測所に設置して，予備的データの収集に行ってきた．ここでは我々のデータとこの観測所に設置してある理研や名大 STE 研の中性子観測装置の観測データから導き出された雷放射線に関する興味深い結果を報告する(7)． 我々の検出器は，雷雲や雷放電が起こったときの大気の電場強度を測定する装置（図4右）と理論的に近傍数百キロメートル以内で起こった落雷を検出する落雷トラ神奈川大学工学研究所所報 第 35 号 78ッカー（図 4 左）を観測所の制御室屋上に設置し，24時間体制でデータ収集を行ってきた．また，赤外線センサーによる雲モニターも敷地内に設置し，これと合わせて外気温，湿度，照度などの気象のモニターも行ってきた．  図 4 三脚に設置された観測装置．右が Boltek 社のフィールドミル型大気電場計，左が同社落雷トラッカー．設置場所は図３中央の制御室屋上．  この地域は例年 5 月から 8 月が雨期にあたり，落雷を伴う激しい雷雨が多く到来する．2010 年 7 月 22 日に観測所上空を通過する激しい雷雨の時には大気の電場強度は激しく変動し，これと同期して観測所内にある理研・名大 STE 研の中性子観測装置のデータにも大きな変動が記録された．図 5 はこのときの激しい雷雨が通過した前後の大気電場強度と中性子観測装置の計測数の時間変動である．雷雲内は強い電荷分離が進んでいるため，地上との間に大きな電位差が生じることが図 5(f)から確認できる．この雷雲は下部に負電荷が生じていることが分かる．電場計の短時間のスパイクは雷放電を示しているが，中性子観測装置の計測数にその時間分解能はない．しかしながら，全体を通して電場強度と強い相関があることが分かる．図５の(a)から(e)はエネルギー領域ごとに分けても，高エネルギー領域まで同様の相関があることを示している． これらの中性子観測装置は太陽や銀河の宇宙線強度を観測するために設定されている．そのため，宇宙からの10MeV/nのエネルギー以上の一次宇宙線が大気中で核反応を起こして生成する二次宇宙線の核子成分が検出できる．しかしながら，雷雲や雷放電から陽子や中性子のような核子成分が生成されているとは考えにくいので（もし本当なら大発見であるが），高エネルギーガンマ線にも感度を持っているのではないかと予想された．それを調べるために，詳細な検出器シミュレーションを行い，図６のような結果を得た．10MeV から 1GeV までのガンマ線に対して，核子成分の 1/20 から 1/125 とかなり小さいが感度があることを突き止めた． この結果，我々は雷雲からの高エネルギーガンマ線を捉えていたという結論に至った．ここで大変興味深い事実は，雷放電というミリ秒単位の現象でガンマ線が放射されているのではなく，40〜50 分という非常に長時間にわたり40〜160MeVを越える高エネルギー粒子放射が起こっている可能性を示していることである． 近では，イタリアのX線・ガンマ線天文衛星であるAGILEがTGFの観測からガンマ線のエネルギースペクトルが 100MeVまでは延びていることを報告しており(8)，我々の観測結果と矛盾しない．しかしながら，雷雲の中での粒子加速およびガンマ線放射のメカニズムをこの 1 事象から導くことはできない．もっと多くの事象を統計的に解析できるように観測を継続しなければならない．  図 5 2010年7月22日の落雷現象に伴う大気電場と観測された中性子観測装置の計測数の時間推移（文献 7 より）．(a)〜(e)はエネルギー領域を>40 MeV, >80 MeV, >120 MeV および >160 MeVで分けた中性子の計測数．(f)は電場強度を示す．破線は推測されたバックグラウンドの数を表し，データ点の縦軸は１σの誤差を示す．時間は世界標準時である．  雷雲からの放射線を探る 79 図 6 中性子観測装置の粒子ごとの検出効率（文献7より）．  ４．今後の展開 今後，安定的に観測を行い，多くのデータを蓄積し，事例を増やす計画である．平地での観測となるために雷放射線が地表に到達する確率も少なくなるというデメリットもあるが，長期観測が期待できる大学内に観測拠点を持つことは重要である．将来的にはチベットなどの高地での大規模な観測実験を計画することも視野に入れるべきであろう． また，Gurevich らが雷放電のトリガーが高エネルギー宇宙線による空気シャワーによる可能性を主張している(9)．全ての雷放電をこの仮説で説明することは困難だが，発生頻度的に TGF を引き起こす頻度程度なら有り得るかも知れない．我々は，本学 6 号館に小規模ではあるが空気シャワー観測装置も稼働させており，今度データが蓄積されれば，雷ガンマ線観測データとの照らし合わせた解析も行う予定である．  図 7 雷放電のトリガーが宇宙線空気シャワーという仮説（文献9より）． 謝辞 チベットにおける雷放射線観測に関しては，日中の共同研究者，特に東大宇宙線研究所の川田和正氏や宇都宮大の堀田直己氏の協力がなければ実現できませんでした．また，本学の検出器開発に関しては，理研（現在は原研）の土屋晴文氏の助言を頂きました．ここに深く感謝致します．  参考文献 (1) M. Briggs et al., “Electron-positron beams from terrestrial lightning observed with Fermi GBM” , Geophys. Res. Lett. , VOL. 38, L02808, 2011. (2) G. Fishman et al., “Discovery of intense gamma-ray flashes of atmospheric origin” , Science, vol. 264, p. 1313, 1994. (3) C. Moore, K. Eack, G. Aulich, and W. Rison, “Energetic radiation associated with lightning stepped-leaders” , Geophys. Res. Lett., vol. 28, no. 11, pp. 2141–2144, 2001. (4) T. Torii, M. Takeishi, and T. Hosono, “Observation of gamma-ray dose increase associated with winter thunderstorm and lightning activity” , J. Geophys. Res., vol. 107, no. 17, p. 4324, 2002. (5) H. Tsuchiya, T. Enoto, T. Torii, K. Nakazawa, T. Yuasa, S. Torii, T. Fukuyama, T. Yamaguchi, H. Kato, M. Okano, M. Takita, and K. Makishima, “Observation of an Energetic Radiation Burst from Mountain-Top Thunderclouds” , Phys. Rev. Lett., vol. 102, no. 25, Jun. 2009. (6) Tibet ASγ実験プロジェクト公式ホームページ，  URL: http://www.icrr.u-tokyo.ac.jp/em/index-j.html (7) H. Tsuchiya, K. Hibino, K. Kawata, N. Hotta, N. Tateyama, M. Ohnishi, M. Takita, D. Chen, J. Huang, M. Miyasaka, I. Kondo, E. Takahashi, S. Shimoda, Y. Yamada, H. Lu, J. L. Zhang, X. X. Yu, Y. H. Tan, S. M. Nie, K. Munakata, T. Enoto and K. Makishima,  “Observation of thundercloud-related gamma rays and neutrons in Tibet” , Phys. Rev. D, 2012. (8) M. Tavaniet al., AGILE Team, “Terrestrial Gamma-Ray Flashes as Powerful Particle Accelerators” , Phys. Rev. Lett., vol. 106, no. 1, Jan. 2011. (9) A. Gurevich, “Runaway breakdown and the mysteries of lightning” , Physics Today, 2005. 

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