Interpreter des passages douteux : reponse a une critique de la deconstruction

Abstract

もしテキスト,文章,節,語句,又は単語に確固たる文脈がない場合,それらはどのように理解されるのでしょうか。本研究は,この果てしない読解の問題が,二つの異なる解釈論の伝統である,解釈論と脱構築の間の論争について判断を下す手段として用いられるという考えを土台としています。元来のように聖書的であろうが,現代のように哲学的であろうが,解釈学は,「難解なテキスト(ambigua)」を人々に理解させる手段を求めることによって,頻繁に正当化されてきました。40年以上も脱構築の旗手として名高いジャック・デリダもこの解釈の問題に言及しています。更に,デリダは彼の難解なテキストに対するアプローチを,解釈学のアプローチと区別する試みをしています。解釈の問題について2つの伝統を対比させることによって,次のような結論に到達しました。つまり,著名な解釈学の歴史学者であるジョン・グロンダンによって行われた脱構築への批判は,デリダの著書に対する彼の理解不足を露わにすることになりました。脱構築は,解釈論に対する伝統的な仮説,特に意味を決定する際の著者の意図が果たす役割を批判する点において重大な問題を残しています

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