浅野, 京子

Japanese

Meiji Repository (Meiji University)

留学生の災害時支援 -ことばの面から考える-言語: Japanese出版者: 明治大学図書館公開日: 2022-05-30キーワード (Ja): キーワード (En): 作成者: 浅野, 京子メールアドレス: 所属: メタデータhttp://hdl.handle.net/10291/22322URL83特集　東日本大震災と図書館留学生の災害時支援―ことばの面から考える―浅野　京子*1　明治大学の国際化の現状本学は、2014年度に文部科学省が創設したスーパーグローバル大学創成支援事業に、グローバル化牽引型（タイプ B）として採択された。本学における外国人留学生数は右肩上がりに増えており、2014年度は 1,603名の留学生を受け入れた。これは 5年前のおよそ 2倍の数字であり、本学が掲げる構想である「世界へ！MEIJI8000」では、2023年に年間 4,000人の留学生を受け入れることを目指している1。留学生の出身国は、中国や韓国が圧倒的多数を占めるが、2009年度に始まった先端数理科学インスティテュートMIMS Ph.D.プログラムを皮切りに英語のみで学位を取得できるコース2が設けられ、留学生の国籍も多様化してきた。* あさの・きょうこ／学術・社会連携部　図書館総務事務室1 スーパーグローバル大学創成支援事業構想紹介パンフレット「世界へ！MEIJI8000」 http://www.meiji.ac.jp/gakucho/sgu/6t5h7p00000iqqr1-att/sgumeiji.pdf（参照：2016/1/13）2 現在では学部、大学院合わせて 6コースまで拡充している。84また、世界 44ヶ国に 248校（2015年 3月現在）の協定校を持つ本学へは、短期留学生も多数やってくる。これらの学生も自由に図書館を使えるよう、一時的な利用資格を付与している。図書館内ではパソコンを使ったり母国語の新聞を読んだりする学生が見受けられ、熱心な学生は、グループ閲覧室を利用したり洋書が配架してある書庫へ行ったりもする。学生だけではなく、外国籍の教員や研究者も積極的に採用しており、2014年度時点で 255名が在籍している。2　図書館における国際化対応本学図書館の外国人利用者へのサービス向上の取り組みについては、『図書の譜』第 10号 3、第 11号 4および第 12号 5, 6を参照いただきたい。これらの報告以降も、外国語版利用案内および外国語版ホームページ（英語、ハングル、繁体字、簡体字）の作成、特別予算での外国語資料購入、各国の新聞が読める電子新聞の導入7や、館内掲示物の多言語化など、大学の国際化に対応すべく、図書館の利用者サービスにおける国際化は進んできているといえる。3　経験から考える私は現職に就く以前、ブリスベン市（オーストラリア、クイーンズランド州）に留学をしていた。亜熱帯地域に位置する同市は“サンシャインステート ”と呼ばれ、年間約 300日が晴れの日であると言われているが、一方で、雨はまとまって降ることが多い。在学中に、連日の大雨により市内全体を大きく S字に流れるブリスベン川が氾濫し、市内の至るところで洪水が発3 久松薫子「大学図書館のアウトリーチサービス」『図書の譜』10，p159-169，2006.34 土田大輔，仲山加奈子，西脇亜由子，矢野恵子「大学図書館のアウトリーチサービス（2）」『図書の譜』11，p233-252，20075 矢野恵子「留学生のための英語による図書館利用支援の現状」『図書の譜』12，p30-34，20086 久松薫子「大学図書館のアウトリーチサービス（3）」『図書の譜』12，p248-252，20087 2012年、和泉図書館に導入された。85生したことがあった。公共交通機関は止まり、停電をする地域もあった。後で分かったことだが、その年クイーンズランド州では、記録的な長期渇水の後の過去最も多雨の年だったようで、最高水位が予測された日の前日の午後、州首相が住民に対して早期帰宅・外出差控えを呼びかけたそうだ 8。しかしそれは、留学生である私のところには届かなかった。母国語以外で、情報を理解することの難しさは想像し得るかもしれないが、それ以前に、そもそもどこから情報を収集したら良いのかさえ分からない。頼れる人も限られるし、地元の人を頼るにしても、やはり言語が障害になってしまう。土地勘がないため、被害状況の想定すら出来ない。まして、州からの呼びかけなど、留学生たちの耳には届いてはこなかった。日本に住む外国人留学生にとっても同じではないだろうか。4　防災に対する意識と知識の違い地震大国ともいえる日本で生まれ育った私たちにとって、小規模の地震は誰しもが経験していることであり、小さい揺れであれば驚くこともなく普段通りの生活を送っている。東日本大震災以来、意識は少しずつ変わりつつあるかもしれないが、それでも地震は「日常の一部」と思っている人が多いのではないだろうか。また、そんな私たち日本人にとって「避難訓練」は子どもの頃から慣れ親しんだものであり、発災時にはとにかく急いで避難するという意識が染みついている。東日本大震災の時に仙台市内の図書館では、多くの本が書架から落下したにもかかわらず、利用者全員が怪我なく無事だったのも9、「避難」が身に着いていたからではないだろうか。一方で、例えばほとんどの学校で避難訓練が行われない中国では、過去に大地震や火災が起きた時には多くの人が逃げ遅れ、命を落としたそうだ10。地震や津波の被害に遭ったことのある国では、防災訓練が行われている地域もあるが、日本の避難訓練に実際に参加した外国人は、その真剣さや、規8 国土交通省国土技術政策総合研究所による報告  http://www.nilim.go.jp/lab/kikou-site/data/info_data/2012_itagaki.pdf（参照：2016/1/13）9 2015年 6月に訪問した東北大学附属図書館および宮城県図書館では、幸い怪我人は出なかったと伺った。10 諏訪清二「防災教育の不思議な力―子ども・学校・地域を変える」岩波書店，201586律正しい訓練の様子に驚くという。私たちが当たり前に受けてきた避難訓練を含む防災教育が行われていない国がたくさんあることを、十分認識する必要がある。そして、地震が「日常の一部」と化している日本人でさえその場にしゃがみ込んでしまうほどの大きな揺れに、地震の揺れそのものに慣れていない留学生が襲われた時、どうなるかも考えなければいけないだろう。5　発災時の「伝え方」では、日本語が不自由で、普段から防災意識を持たず、パニック状態に陥ってしまうかもしれない留学生に対して、発災時にはどのように情報発信したら良いのだろうか。アンケート調査によると、日本に住む外国人が不安に思うこととして上位に挙げられるのは、「ことばの問題」である11, 12。その対処としてはじめに考えられるのは、母国語での情報伝達ではないだろうか。しかし、図書館が留学生へ情報を発信するタイミングは主に発災直後、つまり緊急時の情報であり、瞬時に様々な言語でアナウンスを行うのは時間的にも人力的にも、極めて不可能に近い。また英語のみで学位を取得できるコースが増えてはいるものの、先に述べたとおり英語圏以外からの留学生が多くを占めているため、英語の案内だけでもやはり不十分であると考えられる。母国語が異なる留学生に、万遍なく瞬時に、かつ的確に情報を伝える情報伝達の手段を考える必要があるだろう。その方法の一つとして、「やさしい日本語」がある13。「やさしい日本語」とは、弘前大学人文学部社会言語学研究室の研究者らによって提唱されている、普通の日本語よりも簡単で、外国人もわかりやすい日本語のことである。災害が起きた時に、簡単な日本語表現を使って日本語に不慣れな外国人を安全な場所へ誘導し、簡単な日本語で書いた掲示物で、避難生活で11 独立行政法人日本学生支援機構　私費外国人留学生生活実態調査  http://www.jasso.go.jp/statistics/scholarship/ichiran.html（参照：2016/1/21） 12 佐藤和之「生活者としての外国人へ災害情報を伝えるとき―多言語か「やさしい日本語」か―」『日本語学』28-6，p173-185，200913 弘前大学人文学部社会言語学研究室ホームページ http://human.cc.hirosaki-u.ac.jp/kokugo/（参照：2016/1/13）87必要になる情報を伝えようと考えだされた。すでに多くの地方自治体や機関で取り入れられており、防災ガイドラインをはじめ様々な情報発信の場で、英語や中国語などの他言語と並列して使われている。また、本学においても国際日本学部の学生が、早稲田大学の大学院生やキャンパス所在地である中野区等の協力を得て「留学生のための中野生活ガイド」のやさしいにほんご版を作成した。図書館で大地震が起きたら、書架から離れる、机の下に隠れる、揺れがおさまったら安全な場所に避難する、といったことは、毎日図書館で働いている職員にとっては体に染みついており、とっさに行動出来ることである。また、これらのことを利用者に対して大声で呼びかけることは出来るかもしれない。しかし、その情報を、留学生の耳に的確に届けることが出来るのだろうか。例えば「書架」という言葉一つをとっても、留学生には耳慣れない言葉であろう。大型地震の発生時には、留学生だけではなく、地震にも図書館にも慣れている職員でさえ平常心ではいられないことが想定されるため（実際に東日本大震災の時にはそうであったと多くの図書館職員から聞いた）、日本語とはいえ簡単な言い回しを即座に発するのは極めて難しいだろう。「やさしい日本語」の存在を知るだけではなく、使えるようになるための準備や訓練が必要である。また、掲示物も同様である。意識して館内を見渡してみると、まだまだ日本語がぎっしり詰まった掲示物が多いことに気付く。多くの情報を載せても利用者の目には留まらないし、まして日本語に慣れていない留学生は見向きもしないだろう。日常で図書館を利用しながら、留学生に防災意識を高めてもらうため、簡単な日本語や、ピクトグラム14をはじめとする絵文字や図記号を使用した掲示をするのも効果的ではないだろうか。6　今後の課題既に述べたように、母国語であっても、簡単な言い回しというのは普段14 絵文字や図記号等を用いた視覚記号。だれにでもわかりやすい単純な構図で、非常口やトイレの目印に代表されるように、文字がなく、目につきやすい。88から使っていないと容易に出てくるものではない。この「やさしい日本語」を本学図書館の防災に活用できるよう、具体的な方法を検討し、訓練していくことを今後の目標としたい。中央図書館では今年 1月に、初めて防災に関する展示企画を行った。簡単な日本語表現もしくは英語表現と絵による館内掲示（資料 1）や、宮城県内の各図書館が収集し公開している東日本大震災のデジタルアーカイブ15から、図書館における被害の様子が分かる写真をダウンロードし、図書館内に展示した。視覚に訴える企画は、外国人利用者の目にも留まったことと思う。また、震災・防災に関する資料を入館ゲート付近の特集コーナーに集め、多くの利用者が手に取れるようにした。今回使用したポスターは今後も検討を重ねつつ、常時掲示出来るようにし、本企画をシリーズ化して図書館職員・利用者共に防災意識をさらに高めていければと考えている16。15 東日本大震災アーカイブ宮城　～未来へ伝える記憶と記録～  https://kioku.library.pref.miyagi.jp/index.php（参照：2016/1/13）16 本誌 p75「防災（減災）ランチ」から生まれた、図書館職員有志による企画   資料1　防災ポスター89終わりに本稿では、外国人利用者に対する災害時支援のことばにおける課題について考えるにとどめることとした。実際にこの課題について考える中で、「やさしい日本語」という考え方を知ることが出来た。これらの課題は、図書館だけではなく留学生を受け入れる大学全体として考えなければならないことである。図書館で働く立場として、まずは自部署で問題の把握や解決策の検討を重ね、国籍に関係なく安心して図書館を利用してもらえるよう、引き続き防災・減災のために何が出来るのかを考えていきたい。また、職員として大学全体に還元していければと思う。

留学生の災害時支援 -ことばの面から考える-

https://meiji.repo.nii.ac.jp/record/14228/files/toshokankiyo_20_83.pdf

留学生の災害時支援 -ことばの面から考える-

Abstract

Similar works

Full text

Available Versions

Meiji Repository (Meiji University)