学位記号番号 : 博理工乙第201号博士の専攻分野の名称 : 博士(理学)
学位授与年月日 : 平成24年3月22日textapplication/pdfthesi

17181

川名, 進吾

Japanese

Saitama University Cyber Repository of Academic Resources

－　　－90論文の内容の要旨宇宙線は 1912 年に発見され、これまで 109eV から 1020eV に渡るエネルギーの宇宙線が観測されている。その中で、超高エネルギー宇宙線と呼ばれる 1019eV を超えた宇宙線の存在は、最も関心を集めた。地球に到来する宇宙線は、その伝播過程におけるエネルギーロスのために 1019.6eV 付近で激減することが理論的に予測されている。	AGASA実験は、この限界を超えたエネルギーを持った粒子 11 例を観測したと報告した。一方でHiRes実験は理論予想と無矛盾な結果を報告した。しかし、これらの実験はエネルギーの決定精度と統計量が低く、次世代の観測実験による検証が必要とされた。	テレスコープアレイ（Telescope	Array,	TA）実験は、米国ユタ州において超高エネルギー宇宙線の高精度観測を行うことを目的とした実験である。この実験はグラウンドアレイを用いた電磁成分の検出と、光学望遠鏡を使った大気の発光現象を捉えるカロリメトリーのハイブリッド実験で空気シャワーというカスケード現象を通じて行われる。望遠鏡を使った手法は、大気透明度の補正が正しく出来ればシャワー軸の決定、縦方向発達の様子、最大発達地点を精度良く決定することが出来る。地表検出器は空気シャワーの横方向発達の観測に適している。	一方で、超高エネルギー宇宙線の到来頻度は 100 平方 kmに 1年に 1回と、非常に少ない頻度であることが予想される。このことは統計的な誤差を生むことが予測されるため、解析的なエネルギー決定精度、検出器の較正精度が過去の実験よりも向上されることが要求される。殊に撮像カメラの光学素子として使用される光電子増倍管（Photo	Multiplier	Tube,	PMT）は入射した光子を電子に変換することで信号を発する、カメラの性能に最も決定的な影響を与えるものであり、入射光子と出力信号の較正は精度良く行われていなくては宇宙線一次粒子のエネルギー決定に大きな影響を及ぼす。1. 既存の問題点 従来の手法では微弱な光の照射によってPMTカソードから平均 1光電子未満が発生させ、ゲインを較正していた。この手法には問題として、以下の 3点がある。	1.	1 光電子のピークの決定精度。	氏 名	 川名　進吾博士の専攻分野の名称	 博士（理学）学 位 記 号 番 号	 博理工乙第 201 号学位授与年月日	 平成 24 年 3月 22 日学位授与の条件	 学位規則第 4条第 2項該当学 位 論 文 題 目	 テレスコープアレイ実験における大気蛍光望遠鏡撮像カメラの絶対較正論 文 審 査 委 員	 委員長　　教 授　　井上　直也	 委　員　　教 授　　鈴木　　健	 委　員　　教 授　　田代　　信	 委　員　　准 教 授　　寺田　幸功－　　－912.	数万イベント測定にかかる測定時間。	3.	量子効率、収集効率の測定誤差。	これらの精度によって、PMTへ入射する光子数の見積もりは〜 14%程度が考えられる。ある程度の事象数が期待できる観測対象であれば問題にならないが、超高エネルギー宇宙線の事象数は多くないことが予想されるため、深刻な問題として残る。2. CRAYS システム 上記の問題を解消すべく、新しい原理で行う較正システムを構築した。光源は波長337.1nmの窒素レーザーを使用する。散乱箱に純粋気体を充填し、ガスによるレイリー散乱で散乱された光子を用いて測定を行う。このシステムの利点は、以下の 4点である。	1.	レイリー散乱による散乱光子数の計算精度が高い。	2. 光電子ベースの較正よりも高光量で行うことが出来る。そのため統計量を稼ぐ必要が無く、暗電流の寄与が相対的に小さい。	3. 空気シャワー大気蛍光と同じ発光原理で発光する窒素レーザーを使うことで大気蛍光の発光スペクトルと同じ波長で測定できるため、波長依存性の補正も小さく抑えることが出来る。	4.	光子数と出力信号強度を end-to-end で一括較正が可能である。	1. の散乱光子数の計算精度は、レイリー散乱が電子によるシンプルな散乱現象であり、散乱断面積を求める各種実験の結果は電磁気学の理論計算とよく一致していることを根拠としている。また、傍証として本システムで純粋窒素と純粋アルゴンの散乱断面積比は 0.857 ± 0.007 で理論計算から得られる 0.849 と 1%以内で一致していることが確認された。	散乱光子数および迷光の寄与については、モンテカルロ・シミュレーションを使用し、レーザー出力200nJ、標準状態の純粋窒素ガスから823個のレイリー散乱光子と3光子相当の迷光があることが分かった。	3. 較正の結果 TA実験で使用するPMT較正には、アナログ‐デジタル変換を行うFADCやケーブルなど、大部分が現地観測で使用される機器と同じものを使用した。FADCはサンプリングレート 40MHz、ダイナミックレンジ 2Vである。較正は、各PMTのレスポンス（光子数 /FADCカウント）を一律に合わせるように設定高電圧（HV）を決定するように行った。較正は以下の手順で実施した。	1.	印加電圧と相対ゲインの相関曲線（ゲインカーブ）の取得。	2.	PMT有効面の中心 36mmφを使用して、ゲイン 6× 104	相当になるHVを決定。	3.	2. で決定したHVで解放面積を 20mmφ、光電面全体を照らし、光電面の不均一性の測定。	4.	YAlO3 パルサーの信号強度の測定。	測定の際には、室内環境とガスの状態をモニターし、入射光子数に対する補正を行った。計 75 本の PMTの測定を行い、全体として較正係数は 2.259 ± 0.029（photon/FADCcount）という結果であった。CRAYSキャリブレーションにおける系統誤差は、レーザーの出力を測定するプローブの精度 5.0%、散乱箱内のaperture 計算 2.0%、レイリー散乱の断面積 2.8%、FADC信号の評価 1.9%、純粋ガスの温度・圧力の測定 1.3%、地磁気の効果 1.0%でトータル 7.2%である。－　　－92論文の審査結果の要旨本学位論文では、1019eV 以上の超高エネルギー宇宙線実験として、米国ユタ州で実施中であるテレスコープアレイ（TA）実験に関連し、その大気蛍光望遠鏡で使用されている光電子増倍管の絶対較正を目的とした、レイリー散乱光によるキャリブレーションシステムについて、その装置概要、測定とデータ解析、較正結果をとりまとめている。超高エネルギー宇宙線の起源と加速メカニズムについては未だ多くの謎が含まれており、多様な理論予測の中で、宇宙線粒子質量組成を含め、実験的な解明が求められている。一般に超高エネルギー宇宙線は陽子を主体とする各種原子核と考えられており、それが大気に入射すると大気原子核と相互作用を起こし、粒子多重発生と電磁相互作用による電子・ミューオン・光子の増殖を繰り返し、10 億個を超えるような二次粒子を生成し、それが地上にて半径 1-2km にも及ぶ領域に降り注いでくる（空気シャワー）。同エネルギー領域でのパイオニア的な実験は 2004 年まで 11 年間稼働した超高エネルギー宇宙線実験（AGASA）であり、1020eV を超えるエネルギーを持つ事例を 11 例観測し、これは理論予測として知られるGZK	cutoff（超高エネルギー陽子と宇宙背景輻射光子との相互作用により 5x1019eV にてエネルギースペクトラムに遮断が生じる）と矛盾した観測結果を得た。それに続く宇宙線実験として、南アメリカでのAUGER実験、米国ユタ州でのTA実験がAGASA実験の観測能力を超える規模と精度で観測を始めており、このGZK	cutoff については暫定的であるが、肯定的な結果が出てきている。その結果、限られた事例統計量での評価ではあるが、超高エネルギー宇宙線到来方向分布の結果と合わせて、加速天体候補、高エネルギー粒子相互作用、宇宙線質量組成などに関連した新たな知見が得られてきており、宇宙物理学のみならず、素粒子物理学の観点からもその研究成果に注目が集まってきている。このような科学的背景の元、TA実験に関わる共同研究を実施し、本論文研究としてとりまとめた内容を以下に詳述する。（1）テレスコープアレイ実験テレスコープアレイ実験（Telescope	Array）は地表展開型シンチレーション検出器アレイと、夜間晴天時に稼働する大気蛍光望遠鏡の 2種類の異なるタイプの検出器を使用し、ハイブリッド観測により同一空気シャワーを測定するものであり、今回の研究に関連する大気蛍光望遠鏡では、空気シャワーが大気中を通過する際に大気原子から発せられる微弱な紫外線蛍光を観測する。TA実験では現在、新型大気蛍光望遠鏡として、2つのステーションを 35km 離れて設置し、1.2km 間隔で配置された 500 台を超える地表検出器群を臨むように、地表面から 33 度 x108 度の視野を観測領域として、その中を横切る空気シャワーを観測している。1ステーションは 18 台の紫外線反射望遠鏡から構成され、それぞれの焦点面に 256 本の光電子増倍管（PMT）からなるカメラが設置され、各PMT当たり 1.1 度 x1.0 度の視野領域を受け持ち、空気シャワー粒子が発する大気蛍光光子群の到着時間分布を測定し、複数の望遠鏡からのデータ解析を通して、空気シャワーイメージを再構成する。TA実験における大気蛍光望遠鏡による空気シャワー観測では、シャワー粒子発達の時間プロファイルを再構築することが可能であり、一次宇宙線質量組成を解明するために有益な、シャワー最大発達大気深さの実験的決定を行える点に特徴がある。また、空気シャワーのエネルギー決定においては、空気シャワー粒子の発達全体像をカロリーメータ的に測定できることから、その決定精度において地表検出器アレイによるエネルギー決定精度を凌ぐものとして、そのエネルギースペクトラムの信頼性、また、地表検出器アレイから決めたエネルギースペクトラムに対する正しいエネルギースケールの提供に大きな役割を果たしている。－　　－93この大気蛍光望遠鏡において、その能力を維持し、さらに高めるためには用いられている焦点面検出器であるPMT群のゲイン絶対較正が不可欠であり、加えて各カメラを構成する 256 本の PMTゲインの一様性とカメラ相互間のゲイン一致性の保証が課題となる。本論文研究で目指した成果は、従来のPMT較正システムを凌ぐ高精度で、効率的にPMT絶対較正を行うことである。（2）CRAYS 較正システム開発本研究の中心課題であるPMT較正は、「Calibration	using	RAYleigh	Scattering(CRAYS)」と呼ばれるシステムで行われたものである。それに用いる光源は波長 337nm、パルス当たり 300nJ を発光可能なN2 レーザーであり、それを窒素 1気圧に満たした散乱箱内にてレイリー散乱光を発生させ、それをレーザー光軸と垂直におかれたPMT検体への入射光として用いる。PMT較正においては従来、単一光子入射程度の微弱光を用いてその特性が調べられてきたが、本研究での特徴は、PMT較正に上記のレイリー散乱光をキャリブレーション光として用いる点であり、理論的に確立している散乱断面積値を元にPMT入射光子数を厳密に計算可能であり、加えて十分な光量をPMTに対し照射させることができ、そのPMT出力電気量測定から、PMTの END-to-ENDキャリブレーションが行える点に優位性がある。CRAYSの構成はレーザー光源と関連する光学系、50cmφ窒素充填散乱箱とその真空制御系、光量モニター用エネルギーメーター等からなり、レーザー光源は 200nJ/ パルスで運用し、その強度揺らぎはσ=3%と実測している。レイリー散乱断面積は波長、屈折率、粒子数密度から計算され、窒素分子においてはσ=3.50x10-26cm2	となる。この過程に基づき、散乱箱内でのレイリー散乱光をPMT入射窓における到着光子数として評価するため、ビームライン上での散乱点、散乱角、散乱箱内での反射を考慮したレイトレースシミュレーションを行った。その結果、PMT入射光量として、1レーザーショット当たり 823 光子であることを明らかにし、そのうち壁面反射による入射分としては 3光子程度であることを確認した。（3）PMT 較正較正対象のPMTは、実際にＴＡ実験で用いられているデータ収集系装置と接続し、その出力値をFADCで測定し、その値を時間積分することによりPMT出力電気量として記録する。散乱箱内気体気圧の変化に対する、出力FADC値をアルゴン、窒素気体の場合についてそれぞれ測定し、3Pa から 1013hPa までの範囲でその直線性は精度よく保たれていることを明らかにし、一方で、その傾きから得られる両気体のレイリー散乱断面積比を求め、0.857 ± 0.007 という結果を得るとともに、理論予測値 0.849 とよく一致することを確かめた。その上で、PMT絶対較正を以下の手順で行った。○	PMTのゲインカーブ（印可電圧 -FADC値の相関）の測定。○	CRAYSで PMTゲインが 6× 104 になるように印可電圧の設定。○	CRAYS測定にあたりチェンバー内気圧、温度、室内気圧、温度の測定。○	PMT窓マスクサイズ（20mm径、36mm径）を変えてレイリー散乱光の測定。○	YAIO3 パルサー（放射性物質＋シンチレーター）によるデータを取得。全 75 本の PMTに対して測定を行い、1FADCカウントに対するPMT入射光子数を求め、それをキャリブレーション定数とした。その分布の平均値として 2.259 光子 /FADCcount（RMS=0.029）を得た。また、CRAYSシステム全体のゲイン評価に対するuncertaintyとして、レイリー散乱断面積信頼度2.8%、ガス温度・圧力測定精度 1.3%、レーザー出力測定精度 5.0%、ビームライン aperture 精度 3.0%、FADC値測定誤差 2.0%と実測評価したうえで、その積算として、PMTキャリブレーション精度を 7.2%と評価した。－　　－94以上の結果は従来の単一光子によるPMT較正における較正精度 15%に比べ、遙かにすぐれた測定精度で、また大光量入射によるPMT較正を可能にする手法の開発を果たしたものであり、従来法で問題になるPMT暗電流の寄与や測定統計量の改善（較正の作業効率）を果たしている点からも意義深い。この研究にかかわる成果は、査読付き論文１編、学術雑誌（Proceedings）１編にまとめられており、加えて研究分野に関連した査読付き学術論文１編が発表済みである。よって本審査委員会は本論文が博士（理学）の学位論文として十分価値あるものであると認め、合格と判定した。

テレスコープアレイ実験における大気蛍光望遠鏡撮像カメラの絶対較正

https://sucra.repo.nii.ac.jp/record/9884/files/GD0000354.pdf

テレスコープアレイ実験における大気蛍光望遠鏡撮像カメラの絶対較正

Abstract

Similar works

Full text

Available Versions

Saitama University Cyber Repository of Academic Resources