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    下層階級の漢文世界は『本朝文粋』的漢文世界とどのように相対するのか : 見過ごされてきた平安朝漢文学のもう一つの世界―

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    平安朝漢文学の担い手といえば、大学寮で高度な漢学の研鑽を積み、漢語を自在に用いて作詩や作文が行える文人官僚たちを、多くの人は思い浮かべるであろう。菅原道真や大江朝綱、大江匡衡、菅原文時、院政期に降っては大江匡房などがその代表的存在として挙げられる。しかし、平安時代、漢語を用いて漢文を綴っていたのは、これらの名だたる文人官僚たちばかりではない。これらの文人官僚たちの下もと、朝廷で下働きをする官人、あるいは地方の国衙やその出先で働く在地の官人、都や地方の寺院で文書の作成に携わる僧侶など、多くの場所に様々な漢文を綴ることを生業なりわいにしていた人々がいた。こうした人たちが作成する漢文の大半は日常的な文書の類たぐいであり、その役目が終わると廃棄されてしまい、残されたものも歴史の「史料」とはなっても「作品」と呼べるものはほとんど残っていない。とはいえ、中にはそう呼べるものもいくつか存在し―本稿で扱う『尾張国解文』『将門記』『仲文章』などが挙げられる―、細々ほそぼそとではあるが現在まで伝わっている。本稿では、こうした下層の官人や僧侶たちが生み出したと思われる作品や、その作品を形成している漢文の世界に焦点をあて、それらが前述の名だたる文人官僚たちの作成した漢文の世界―彼らの代表作が収められた書物『本朝文粋』の名を取り「『本朝文粋』的漢文世界」と仮称する―と相対的にどのような関係にあるのかを考察し、こうした下層階級の漢文作品の存在意義について述べてみたい

    Reasons for the Introduction of Ceramic Machinery in the Nishimikawa Roof Tile Production Area: A Case Study of Shinkawa-cho, Hekikai-gun, and  Surrounding Areas in the Taisho Period

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    本稿の目的は、大正期、製瓦先進地を誇ってきた西三河(碧海郡)瓦産地において、窯業機械を導入した要因を明らかにするものである。明治後期頃より国内各地では新興瓦産地が現出した。大正期に入ると碧海郡を中心とした西三河瓦産地では、生産量、生産額の減少傾向が見られるようになった。製瓦業者は、窯業機械の導入により製瓦先進地の地位復興を図ろうとした。 明治期は、国内の家屋が板葺き、草葺きから瓦葺きへ移り変わる時代であった。瓦需要は高まっており、瓦師の出稼ぎ、移住などの人的交流により、全国各地で続々と瓦産地が誕生した。また、大正期には窯業機械の導入が各地で始まり、生産量の増加が見られた。全国の瓦産地が発展する中で、碧海郡の瓦生産額は相対的に低下していた。西三河瓦産地では、安価で高品質、より多くの生産量を求め、積極的に土練機、荒地製瓦機、製瓦機等を導入し、手工作業製瓦からの「脱却」を図った。三州瓦土練機製瓦機荒地出し機石炭

    線刻糊防染による記憶の表現

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    博士論文金沢美術工芸大学202
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