Waseda University Repository

小西, 達也

Konishi, Tatsuya

書　評   西山教行・大山万容編著複言語教育の探究と実践くろしお出版、2023年発行、192p.ISBN：978-4-874-24942-0小西　達也１．はじめに本稿は、約10年間１ベトナムに在住している日本人の筆者が、欧州評議会によってCEFR （Common European Framework of Reference for Languages:ヨーロッパ言語共通参照枠）が発表されて以来、日本で盛んに議論されるようになってきた「複言語教育」を探求すべきだと主張する『複言語教育の探求と実践』（西山・大山 , 2023）の書評である。ここで敢えて「ベトナム」「欧州」「日本」の３つの国・地域に言及したのは、それぞれ「複言語教育」に関する議論の進捗や状況が異なるからである。「欧州」は言うまでもなく、欧州評議会によってCEFRを発表してきたわけであるから、「複言語教育」の議論はCEFR発表以前から最先端を走っている。しかし、日本では欧州評議会に加盟している国ではなく、CEFRの発表後、それに追随するかのように議論が盛んになってきた。他方、「ベトナム」は社会主義国家であるという揺るぎない事実があるため、「自由」「民主主義」といった欧州評議会の基本的価値観はそもそも共有されていない。しかし、国家基準の指標としてCEFRが用いられていたり（拝田 , 2012）、高等教育機関においてCEFRをもとにしたCan-do項目を作成した機関も存在したりする。だが、現場の教員まで浸透しているかというと、現場感覚ではあるがそのように感じることは希薄である。「複言語教育」について議論されることはましてやない。まえがきで、編者の１人である大山氏が「国際社会の中で生きる日本が、欧州評議会が掲げるのと同じ価値観を持ち、それを守る立場にあると表明すべき場面はますます増えている」（同書 ⅲ）と述べていることからわかる通り、日本が欧州評議会の“後追い”をするような状況である。さらにベトナムは欧州評議会の基本的価値観を共有していないにも関わらず“後追い”をしようという様子もうかがえる一方で、全く現場や実践レベルには下りてきていない。つまり、筆者は欧州評議会が掲げた価値観を共有しようとする日本人でありながらも、その価値観を共有しづらい4 4 4 4環境下にあるベトナムという国で日本語教育に従事しているのである。まずは、このような状況下で「複言語教育」を題材とする本書を筆者が書評することには非常に複雑性があるように感じることを示しておきたい。そし297て、本書は筆者のように複雑性のある人であっても、いやむしろ、複雑性のある人こそ読むと様々な文脈の「複言語教育」を共感したり、批判したりできるようになっている。２．本書の構成と概要2.1　全体の構成と概要本書は、タイトルにある通り「複言語教育」に関して、理念を探求することと実践を表すことの両側面から論じられた論考が10名の著者によって９本収められている。第１部（第１章～第５章）と第２部（第６章～第９章）の２部で構成されている。第１部には「複言語教育」の考え方や「複言語教育」について議論が積み重ねられる中で浮上してきた重要概念について検討されている論考が集められている。第２部は日本における「複言語教育」の実践に関する論考が集められている。本書では「複言語教育」が共通テーマである一方で、様々な文脈の中で「複言語教育」について論じられている。学校教育（第１章、第２章、第６章、第７章）、日本語教育（第３章）、イタリア（第５章）、大学（第８章、第９章）と国や地域が異なれば、教育の対象者も異なっている。第４章でも論じられているように、「複言語・異文化間教育の重要な目的の１つとして、学習者に言語・文化の多様性に気づかせることであり、「多様性」は重要な概念である」が、本書を読み進め、全体を読み終えたときには「多様性」を意識させられることとなるはずである。2.2　第１部の概要第１部（第１章から第５章）では、「複言語教育」に関わる重要概念について、各章で異なる概念が論じられている。第１章は「媒介」について、CEFR（2001）及びCEFR-CV（2021）における「媒介」に対する捉え方とCEFRの著者の一人であるCosteの捉え方の違いを取り上げている。CEFRでは「媒介」を外国語教育の文脈として捉えているが、Costeは「媒介」を学校教育へと拡張し、媒介の意義を学校教育自体に認めるよう主張していると、著者の西山氏は指摘している。本書でも検討されている通り、CEFRの日本語訳ではmediationを「仲介」と訳しており、それ以降の文献でも「仲介」と訳されることが多かったが、CEFR-CVがmediationを言語コミュニケーションの次元だけではなく、認知活動としても捉えていることとmediationに関わる議論の経緯から、より正確な「媒介」を著者は用いている。第２章は「言語以外の教科における言語」と「学術言語（アカデミック・ランゲージ）」について論じられている。学校教育の中の言語の多層性に着目し、「言語教科」だけではなく、「言語以外の教科における言語」の重要性を論じた上で、「学術言語（アカデミック・ランゲージ）」の機能および特徴について明らかにしている。すべての学習者に対して知へのアクセスを確保することと、すべての学習者が公平で質の高い教育を受ける権利を有していることからこれらの議論が進められていく。第３章は「学習者の持つ言語レパートリー」について、CEFRの提唱する複言語主義の意義を提示しながら、日本語教育において日本語の習得だけを目標とすべきではなく、包早稲田日本語教育学　第36号298括的なことばの教育を行うべきであるとし、複言語教育の根幹となる価値を明確に示している。著者の奥村氏は13年間、日本語教師としてドイツで暮らしており、その体験から複言語教育の考え方へと発展させている。母語・方言・集団語・外国語など、私たちが生まれてから様々なことばや文化に接して、自分独自のことばや文化を持っていることに注目し、特にこの自分独自のことばを奥村氏は「わたし語」と呼び、CEFRの「複言語能力」についてわかりやすく説明を補っている。一人一人のことばを育てること、一人一人に向けた教育を考えることが複言語教育の基本だとしている。第４章は「多様性」と「創造性」について、複言語・異文化間教育には、多様性を理解するだけではなく、「多様性」を「創造性」に結びつける仕組みが備わっていると論じている。そして、複言語・異文化間教育の目的を、多様性の尊重、寛容だけに限定せず、問題解決能力、創造性といった能力の養成の必要性を訴えかけている。論じる際には、筆者の大木氏が複言語、複文化能力とはどのような能力なのかについて正面から取り組んでいるとする「言語と文化の多元的アプローチのための参照枠」（CARAP）と、ダイバシティ・マネジメントの研究を応用している。第５章は言語学者トゥッリオ・デ・マウロによって創出された「民主的言語教育」について論考されている。CEFRが複言語主義・複言語教育を提唱する以前において、1970年代イタリアでは民主的言語教育を包括するplurilinguismoという概念がすでにマウロによって提唱されていた。しかし、マウロのplurilinguismoはイタリアに置いて定着していないように見える。筆者の西島氏はその理由を、１）イタリアの教育関係者はplurilinguismoの存在をあまり認知していないこと、２）plurilinguismoと欧州評議会の複言語主義の類似性、３） イタリアでは外国語教育や外国人生徒への教育が喫緊の課題で、それを議論する際には欧州評議会の複言語主義が参照されること、の３点と分析している。2.3　第２部の概要第２部（第６章から第９章）では、「複言語教育」の実践を具体的な文脈を明らかにしたうえで、議論の俎上に乗せている。第６章は、複言語教育法の価値としてPASTELアプローチを活かすことを提案しつつ、日本の小学校の文脈とした実践を事例として紹介している。PASTELアプローチとは、複言語主義のアプローチとSTEAM（科学、技術、工学、芸術、数学）アプローチを指しており、本章では日本の小学生に対して実施された、チョコレートの科学を含む教育シナリオが紹介されている。見事に領域横断的で複合的な学習シナリオが示されている。第７章は日本の国語教育と外国語教育との接続について検討することから、現在の国語科教育が日本語非母語話者である児童生徒を受け入れる際に、「言語の教育」の要素不足を指摘し、「言語技術教育」を意識することの必要性を指摘している。「言語技術教育」は自己を表現するために、「うまく話す／聞く／読む／書く」ための「言語教育」のことである。これは、言語知識や言語スキルの習得、国民教育のアイデンティティ形成の流れで読解中心主義となった国語教育からの脱却を目指す１つの方法として提言されている。第８章は日本の大学で実施されたCARAPを方向性の軸とした実践について、論じられている。この実践では、母語や第一言語の再発見と相対化を通して、「言語の等価性に関書　評299する認識」が生まれてくるとしている。「統合的教授法」に最も影響を受けている本章の実践では「学習者が、自身の言語レパートリーにすでに持つ様々な言語を関連づけつつ、目標言語を学んでいけるようになる」（本書 p.143）ための方策を立てることが実践者の方針にあった。しかし、このような方針は実践者である著者の山本氏にまずは理念があったわけでなく、この実践を設置した背景には現実的な事情があったことまで記されている。第９章は日本の大学の文脈における第二外国語教育で統合的教授法を実施する意義について論じたうえで、実際に日本の大学でフランス語教育において統合的教授法で実施されている実践について紹介している。実践は、フランス語教育に別の言語である英語を用いて、フランス語と英語を比較しながら文法を学んでいく方法を示している。第二外国語教育の目的が対象言語の学習だけではなく、多言語・異文化間の出会いに備える能力を身につけることに、社会の変化とともに変化してきていることから、個々の学習者がさらに別の言語でも継続していく力を身につけさせようとする実践であることがうかがえる。３．本書の意義と課題3.1　日本語教育の視点による意義本書のテーマが「複言語教育」であることからすると、本書の最大の魅力・意義は、「複数性」を肌で実感をし、そこから読者の置かれた文脈と行き来しながら読み進めることができることではないか。第５章では、イタリアにおける複言語主義の展開について検討されているが、ここからも各国・地域の複言語教育の発展には各々の事情があり、教育理念、教育方法、あらゆるものがその文脈の上で構築されていくことが実感できる。日本語教育の視点に立つと、この「日本語教育」の範囲もどこまでを指すか定義づけることが難しいなか、本書の様々な文脈と読者の今いる文脈とを往来することにより、自分自身の日本語教育理念や信念が揺れ動かされ、また１つ深まっていくのではないか。筆者の場合、ベトナムの日本語教育では複言語教育を採り入れることができるのか、そもそも考える必要があるのか、日本人である自分は複言語教育を日本語教育の中に採り入れたいと思っているのか、欧州が良いとしているものをただ受け入れようとしているだけではないか、そのようなことを考えながら読めるのである。そして、読んで考えた先には、また自分自身の文脈で新たな自分自身の「日本語教育」が広がり、様々な人と共有していけるのである。3.2　本書の課題一方、本書について１点気になる点がある。それは扱われている文脈が欧州あるいは日本と限定されていることである。本書ではいくつかの章で日本の学校教育の外国語が英語だけであることに触れられており、それらは否定的に論じられているが、本書の各章の文脈が欧州あるいは日本と限定されていることに対して、筆者は違和感を覚える。確かにベトナムに在住しているからといって、ベトナムの文脈で執筆されている内容ばかりが必要かと言えばそうではない。しかし、「複数性」あるいは「多様性」を重要視する「複言語教育」であるからこそ、本書以上の多様な文脈を読者に届けることはできないだろうか。今後、アジア、中東、アフリカ地域、その他多様な文脈の研究や報告が期待される。早稲田日本語教育学　第36号300４．おわりに複言語主義が「複数性」を認めることを重視しているのと同様に、複言語主義・複言語教育に関して、多種多様な環境下で、複数の見解があることもまた認める必要がある。そこで、筆者は次のように考えたい。複言語主義・複言語教育というものは全世界唯一の規範やルールとし、どのような国や地域、文脈においてもそれを押しつけがましく良いものとして採用させようとするものではなく、よく理解していないうちにそれを採用しようとするのもまた違うということである。そのように考えると、複言語主義・複言語教育に対する、各国・地域、各文脈の主体的で自律的な態度や見解は「家庭内ルール」たるものであるということを理解しておかなければならないのではないか。「家庭内ルール」は家庭の数だけあり、そのルールに対して外部からとやかく言われる筋合いはない。一方、外部に何らかの制約を与えるものでもないし、外部の影響を受け、自分たちの家庭の状況を十分に鑑み、変化していくこともある。そうすると、やんわりと複言語主義・複言語教育の必要性を感じながら、無理のない程度にグローバルにもローカルにも変化が生まれるのではないか。本書がテーマとする「複言語教育」と筆者の複雑性を通じて、そのようなことを考えさせられ、また新たな文脈へと挑戦したいと強く背中を押してくれたように感ずる。注1 筆者は2014年から2024年３月現在において、ベトナムのハイフォン市及びハノイ市の高等教育機関で日本語教育に従事している。参考文献拝田清（2012）「ベトナムの言語教育政策─CEFR の受容と英語教育、そして少数民族語─」平成21-23年度科学研究費補助金研究基盤研究（B）研究プロジェクト報告書『EUおよび日本の高等教育における外国語教育政策と言語能力評価システムの総合的研究』、東京外国語大学、pp.13-21Council of Europe（2001）Common European Framework of Reference for Languages: Learning, teaching, assessment. Cambridge: Council Europe, https://rm.coe.int/1680459f97（2024.3.11）Council of Europe（2021）Common European Framework of Reference for Languages: Learning, teaching, assessment Companion volume. Strasbourg: Council Europe, https://rm.coe.int/common-european-framework-of-reference-for-languages-learning-teaching/16809ea0d4（2024.3.11）（こにし　たつや　早稲田大学大学院日本語教育研究科・博士後期課程）書　評301

Japanese

【書評】西山教行・大山万容編著 複言語教育の探究と実践

早稲田大学修士(工学)master thesi

Nogami, Taisei

野上, 大成

English

On the Expressive Power of Regular Expressions with Practical Extensions

山口, 大介

Yamaguchi, Daisuke

イラク開戦に向けたブッシュ政権の情報対策とメディアの反応
― 戦争準備期におけるメディア議題設定の条件 ―

豊田, 晶子

動画視聴を取り入れた文型・文法の定着 -iGen世代の学生の教授法-

雨宮, 和輝

Amemiya, Kazuki

神辺靖光「一九五〇年前後の早稲田大学をめぐる回想」

長谷部, 圭人

Hasebe, Kiyoto

「身体教育」の創出と天然痘 -近世フランスの医学系育児マニュアルを手掛かりに-

Xu, Yiran

Representing In-Betweenness in Postwar Japan: Shimada Masahiko's Suisei no Jūnin

後藤, 絵美

Goto, Emi

竹村, 奈々花

Takemura, Nanaka

三宅, 夏芽

Miyake, Natsume

88後藤　絵美、竹村　奈々花、三宅　夏芽GOTO Emi, TAKEMURA Nanaka, MIYAKE Natsume《書評》村田晶子・森脇健介・矢内琴江・弓削尚子著『ジェンダーのとびらを開こう　自分らしく生きるために』（大和書房、2022年、320頁）Jendā no tobira wo hirakō: Jibun rashiku ikiru tame ni （How to be Yourself: Opening the Door to Gender）. By Murata Akiko, Moriwaki Kensuke, Yauchi Kotoe, and Yuge Naoko. Daiwa Shobō, 2022.　本書は10代の読者を主な対象として設定した「ジェンダー」に関する入門書である。その最大の特徴は、高校生と大学生からなる 5 人の登場人物の経験を軸に、主に会話形式で物語が展開していく構成にある。冒頭におかれた 4 頁の漫画は、読者が各登場人物のイメージをつかみ、自分自身もかれらの会話の輪に入っているような感覚を味わうことができるようにという工夫であろう。本書は全 8 章からなる。各章のタイトルには、それぞれの中で扱われる主なテーマが示されている。　はじめに／登場人物紹介　 1 章　ジェンダーって何だろう？　　ジェンダーと自分らしさ　 2 章　「男性／女性」だけじゃない　　ジェンダーと多様性　 3 章　性の多様性をめぐる過去と現在　　ジェンダーと歴史・制度　 4 章　家族の「当たり前」を見直す　　ジェンダーと家族　 5 章　まじめにしゃべろう、恋愛と性　　ジェンダーと身体　 6 章　だれもが活躍できる社会へ　　ジェンダーと仕事早稲田大学ジェンダー研究所紀要『ジェンダー研究21』2023年vol.13©Waseda University Gender Studies Institute89『アール・デコと英国モダニズム　　20世紀文化空間のリ・デザイン』　 7 章　なんで、メイクはマナーなの？　　ジェンダーと自己表現　 8 章　「隠れたカリキュラム」　　ジェンダーと学校　エピローグ　それぞれの未来へ　おわりに／参考文献・Webサイト　以下ではまず、各章の内容を紹介し、その後、本書を通して評者らが考えたことを記す。なお、本書評は、イスラーム圏のジェンダーを研究テーマとする後藤が企画し、本書の読者対象である10代の竹村と三宅に協力を依頼し、共に執筆したものである。全体の構成と内容紹介（ 1 章から 4 章）、後半の会話の進行および書き起こしは後藤が担当した。内容紹介（ 2 人が特に関心を持った5 章から 8 章）と会話での回答部分は、竹村と三宅によるものである。　本書の第 1 章では、「ジェンダー」という言葉の意味がさまざまな方向から検討されている。ジェンダーとは、一般に「社会的・文化的につくられた性」と説明されるが、それは「男らしさ」や「女らしさ」が、社会、文化、時代によってつくり出されてきたという理解のあり方とも言える。ジェンダー問題とは、性による差別が生み出してきた問題であり、それに向き合い、考えることで、人は「自分らしく生きる」ための一歩を踏み出すことができると主張される。　第 2 章が扱うのは、性の多様性をめぐる話題である。人はたいてい、生まれてすぐに、身体的特徴を根拠に「男」と「女」に分けられる。そして、「男」は「女」に、「女」は「男」に恋愛感情や肉体的欲求を感じると一般に考えられている。しかし実際には、人間の身体のつくりは多様であり、また体の性と心の性がつねに同じになるわけではない。さらに、恋愛対象についても、様々なパターンがある。つまり、「男」と「女」という二つの極の間に、さまざまな人がいると理解することも可能である。　第 3 章と第 4 章では、ジェンダーを歴史的に考えることが促されている。第3 章では、性の多様性をめぐる理解が、第 4 章では家族の中の男女の役割をめ90ぐる認識が、それぞれ近代という時代の中で、否定されたり、狭められたりしたことが指摘される。日本では明治維新以降、近代国家として富国強兵政策が取られる中で、国防を担う男性と国民を生む母体としての女性という形で男女の二元論が強まった。イエ制度が法制度の中に含まれ、家族内での男女の位置づけや役割に対する考え方の固定化が強まったのも、明治時代のことであった。その後100年以上が経つ中で、より緩やかな捉え方が少しずつ受け入れられてきたが、たとえば、同性婚に対するハードルや、専業主婦や選択的夫婦別姓をめぐる議論など、過去からの影響を受けたジェンダー問題にまつわる課題は、いまだに多くあることがわかる。　第 5 章では、ジェンダーやセクシュアリティなどに関することが語られた。性や身体のこと、対人関係のことなど、人は普段の生活の中でさまざまな疑問や違和感を抱く。そして多くの場面で悩み、我慢を強いられ、生きづらさを感じることもある。さらに、気づかぬうちに被害者にも加害者にもなりうる。たとえば、性暴力や性的同意の有無といった問題が挙げられる。自分のセクシュアリティや生き方を大切にし、周囲からの理解を得ることが性や恋愛の問題において必要不可欠だということが示される。　第 6 章では、仕事や職業におけるジェンダーが取り上げられた。ここでは、性別分業意識が根強く残っているために、女性が社会で思うように活躍できていない現実について書かれている。誰もが活躍できる社会を作るためには優遇措置を取り入れ、格差の改善を図る必要があると主張される。　第 7 章では、ジェンダーと自己表現の多様性が扱われている。たとえば、小中高校生はメイクをすることが校則で禁止される場合が多いが、大人の女性はメイクをしていないとマナー違反と言われることもある。さらに、最近では性別にかかわらず、メイクに関心を持つ人も多い。また、言葉づかいや振る舞い方についての男らしさや女らしさに関する決まりもあり、より深刻なものとして、女の人は話すなという教育の歴史が受け継がれている部分がある。性別の違いで、表現の仕方や有無に大きな差が出てくることは問題だと指摘される。91『アール・デコと英国モダニズム　　20世紀文化空間のリ・デザイン』　第 8 章では、高校生 ３ 人がクラスメイトとの対話の中で気がついた、学校にあるジェンダーに関する問題について書かれている。学校には授業で直接的には教わらない ｢隠れたカリキュラム｣ が存在している。学校にも社会と同じようなジェンダーのルールがあるのだ。ジェンダーの差別意識や考え方は学校教育の中でも自然に形成されている。章の最後には、 3 人がジェンダーのルールに左右されず ｢自分らしさ｣ で将来を考えようとする姿勢が描かれる。　エピローグでは、数年後の登場人物 5 人の姿が描かれる。ジェンダーのとびらの向こうにかれらが見つけたのは、さらなる疑問や、「あたりまえ」に対する違和感、そして、「自分らしく生きる」ためには、他人の生をも大切にする必要があるという気づきだった。　ジェンダーという語の意味に始まり、過去から現在までの、政治・社会的な出来事から、身近な日常生活にまつわる事柄まで、さまざまな性をめぐる話題が取り上げられる本書を読み、評者 ３ 人は、それぞれ多くのことを考えた。以下では、その一端を本書にあやかって会話形式でお伝えしたい。本書の形式・読みやすさ後藤 「この本は、高校生の友人同士の会話とか、大学生との会話、セミナーへの参加、大学の講義、それからLINEや電話でのやり取り、それに動画の内容が文字で表現されていて、他の本とはずいぶん形式が違うよね。読みやすさはどうだった？」竹村 「漫画から入って、その後も自然な会話から始まっていたから読みやすかった。」三宅 「確かに。自分もそこに一緒にいるみたいな感じで読めた。」竹村 「ところどころにメモとか資料があったのもよかった。会話や文章だけが続くよりも内容が理解しやすかった。ただ、 4 章とか、文章が長々と続く部分が多いところは、正直、あまり集中して読めなかった。」92後藤 「 4 章って、大学の授業のところ？　授業ってああいう感じだから、（大学で教えている）私はむしろ読みやすいと思ったけど、高校生にとってはそうでもないのかな。」三宅 「私も、もう少し学生の意見なんかが入るとよかったかもしれないと思った。」「ジェンダーのとびら」は開いたか？後藤「この本を読んで何か変わったことはあるかな。」三宅 「普段の生活で何か変だなと思うことがあっても、その場の雰囲気を壊すのもどうかと思って、言葉にしてこなかった。友達と少し話したこともあるけれど、それほど盛り上がらなかったし。この本を読んで、同じような違和感をもつ人が他にもいるとわかって、自分の感覚は間違ってなかったんだと思った。」後藤「たとえば、どういうこと？」三宅 「高校の体育の授業で、男子は柔道、女子はダンスと決まっているところとか。名簿が混合なのに、先生たちが〇〇くん、〇〇さんって呼び分けしているところとかもそうかな。先生によってかなり違うけど。先生が男女を区別し過ぎると、そういう雰囲気が全体に広がってしまうんじゃないかって心配になる。」竹村 「確かに、学校ではジェンダーとかセクシュアリティとか、そんな話題にはならないよね。ただ、私の高校は海外経験がある子も多くて、個性的なのがあたりまえだから、一方的に何かを押し付けられたりする感じもないけど。それに、先生たちはたいてい男子に厳しくて女子に優しいから、女子で得したような気にもなるかな。」三宅「それはあるよね。」竹村 「私は正直なところ、この本を読んでも、「ジェンダー」という言葉の意93『アール・デコと英国モダニズム　　20世紀文化空間のリ・デザイン』味が理解しきれていない気がする。でも、男女で区別をしたくないとか、体の性とか性表現とか、そういうことを大切にする人がいるということがわかったのは、よかったと思う。」今とこれから後藤「とくに興味を持った話題をあげてくれる？」竹村 「メイクの話とか、ジェンダーと自己表現のところかな。今だとマスクもここに入るかもしれない。」三宅 「確かに。うちの高校では男子は皆マスクを外しているけど、女子はしている。」竹村 「うちの学校は、女子も半分くらい外しているよ。女子の場合、予防のためもあるけど、男子に顔を見せたくないって子も多いよね。」後藤 「二人も学校では外していないよね。なぜ？」竹村 「私にとってはファッションの一部だから。見せたくない部分を隠せるし。」三宅 「顔を見られるのがイヤだっていうのはある。でも友達同士だと、外している方が会話は弾むよね。奈々花ちゃんと会うときはいつも外しているし。」後藤 「なるほど、マスクをするかしないかは、相手しだい、環境しだいというところもあるのね。……ジェンダーに関しては、二人は今度、どうなっていくといいと思う？」三宅「性別で区別されないようになるといい。でも、少女漫画なんかを読んでいると、性別があるから楽しめるっていう部分もあると思うこともある。」竹村「男女の身体の違いについては皆が知っておくべきだと思う。その上で、誰もが「同じ」じゃないということをわかって、たとえば、BLとか百合とか、普通の漫画とかが、全部並べて、楽しめるような環境になるといい94と思う。」後藤「区別は一切ダメという押しつけではないってことだね。性別に縛られないで、自分らしく生きられる社会が理想ということかな。」竹村・三宅「そうだね！」　以上が、評者らが話し合った内容の主な部分である。本書をきっかけに、普段あまり話す機会のない話題にしっかりと向き合えたことが嬉しく、また楽しかったというのが、 3 人に共通した感想である。そして、本書のメッセージが、10代の読者だけでなく、親世代や学校教職員の方々をはじめ、若い世代と接するすべての大人に届くことも願っている。

村田晶子・森脇健介・矢内琴江・弓削尚子著『ジェンダーのとびらを開こう -自分らしく生きるために』(大和書房、2022年、320頁)

小松茂久教授 略歴・業績

Developments in 2022 ̶ Academic Societies 109 Keiko Nagaiwa （Associate Professor, Aichi Gakuin University）3 “Liability for Indirect Infringement on Commercial Operations” Daisuke Takaoka （Associate Professor, Kyushu University）Day Two （October 9th）:Symposium: 「The Elderly and Civil Law」Chairpersons: Naoki Kanayama （Emeritus Professor, Keio University） and Naoya Katayama （Professor, Keio University）1 “The Various Faces of the Elderly and the Role of Elder Law ─ An Approach from a Civil Law Perspective” Katsumi Yoshida （Emeritus Professor, Hokkaido University）2 “The Elderly and Residence ─ On Private Housing with Social Welfare Services for the Elderly” Hiroyuki Hirano （Professor, Keio University）3 “The Elderly and Torts ─ The Elderly as an Independent Subject and the Elderly as a Subject Requesting Protection” Tomohisa Ishio （Assistant Professor, Kanazawa University）4 “The Elderly and Property ─ Succession and Management of Property” Kiyoko Nishi （Professor, Keio University）5 “The Elderly and Consumer Protection ─ Universal Design of the Law on Consumer Protection” Tsuneo Matsumoto （Emeritus Professor, Hitotsubashi University; Advisor, National Consumer Affair Center of Japan）Commentators:Norio Higuchi （Professor of Law, Musashino University）4.　Family Law39th Annual Meeting of the Japan Society for Socio-Legal Studies on Family Issues110 Waseda Bulletin of Comparative Law Vol. 42The Japan Society for Socio-Legal Studies on Family Issues held its 39th Annual Meeting on November 6, 2022.（1） Young Scholars’ Colloquium （a） “Revision of the Adult Guardianship in the Argentine Civil and Commercial Code and Conformity with the Convention on the Rights of Persons with Disabilities” 　Shiho Yamaguchi （Ph.D student, Keio University） （b） “Consanguinity and its Limitations in German Parenthood Law: Focusing on Biological Paternal Rights” 　Yukiko Yamashita （Associate Professor, Meijo University）（2）  Symposium: “Current Status and Issues of the Division of Inherited Property” （a） “Aim of the Symposium” 　Yu Kamitani （Professor, Doshisha University） （b） “The Significance of the Division of Inherited Property: A General Study” 　Kiyoko Nishi （Professor, Keio University） （c） “Legal status before the Division of Inherited Property” 　Yoshio Shiomi （former Professor, Kyoto University） 　＊Since he passed away suddenly on August 19, 2022, a pre-recorded video was broadcast. （d） “Division of Inherited Property and the Third Party” 　Takeshi Ishida （Professor, Hitotsubashi University） （e） “Current Situation and Issues in the Division of Inherited Property: From the Judge’s Perspective” 　Nobuyuki Seki （Judge, Tokyo District Court） （f） “The Current Situation and Issues of the Division of Inherited Property: From a Lawyer’s Perspective” 　Katsuhisa Masuda （Attorney-at-Law, Osaka Bar Association） （g） “Comment 1” 　Atsushi Omura （Professor, Gakushuin University） （h） “Comment 2” 　Masaaki Matsubara（Attorney-at-Law, Tokyo Bar Association）Developments in 2022 ̶ Academic Societies 111（3） Discussions Moderators: Yu Kamitani （Professor, Doshisha University） and Teiko Tamaki （Professor, Niigata University）（4） Summing Up Atsumi Kubota （Professor, Kobe University）5.　Law of Civil Procedure and BankruptcyThe Japan Association of the Law of Civil Procedure held its 92nd General Meeting at Ryukoku University and Online on May 21 and 22, 2022.Individual Reports （First Day）:（1） “The Significance and the Role of the Civil Execution Agency in the Field of Compulsory Execution of Surrendering Custody of a Child” Ayako Imazu （Associate Professor, Tohoku University）（2） “The Publication of Court Proceedings on Civil Litigation in the Digital Age and its Issues” Manabu Honma （Associate Professor, Kanazawa University）（3） “The Interpretation and the Operation of the Civil Execution Act which was Amended in 2019” Satoshi Aizawa （Judge, Osaka District Court）（4） “The Right to Conceal Confidential Information which is Obtained through Legal Services” Hiroshi Tega （Professor, Tokyo Metropolitan University）Symposium （Second Day）:“Considerations on the Discipline of Civil Judicial Activity” Chairperson: Masahiro Takada （Professor, Waseda University）（1） “The Concept of Judicial Discretion in Civil Procedure and its Discipline: Especially about the Judicial Decision Concerning Control of Litigation Proceedings” Shigeru Tsuruta （Professor, Osaka Metropolitan University）（2） “Rules About the Judicial ‘Small Decision’ and Its Operation” Hirotoshi Uchiumi （Professor, Rikkyo University）

ACTIVITIES OF ACADEMIC SOCIETIES: 4. Family Law

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【書評】西山教行・大山万容編著複言語教育の探究と実践

On the Expressive Power of Regular Expressions with Practical Extensions

イラク開戦に向けたブッシュ政権の情報対策とメディアの反応 ― 戦争準備期におけるメディア議題設定の条件 ―

動画視聴を取り入れた文型・文法の定着 -iGen世代の学生の教授法-

神辺靖光「一九五〇年前後の早稲田大学をめぐる回想」

「身体教育」の創出と天然痘 -近世フランスの医学系育児マニュアルを手掛かりに-

Representing In-Betweenness in Postwar Japan: Shimada Masahiko's Suisei no Jūnin

村田晶子・森脇健介・矢内琴江・弓削尚子著『ジェンダーのとびらを開こう -自分らしく生きるために』(大和書房、2022年、320頁)

小松茂久教授略歴・業績

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